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東京文化資源会議「トーキョートラムタウン」構想 ~ 「生活圏2050プロジェクト」#01(後編)

2018.01.29
人口減少社会における新たな生活文化と経済(エコノミー)の創出を構想する「生活圏2050プロジェクト」。プロジェクトリーダーを務める博報堂クリエイティブ・プロデューサーの鷲尾和彦が、既に今各地で始まっている新しい生活圏づくりの取り組みを伝えます。連載コラム第1回は、東京文化資源会議「トーキョートラムタウン」プロジェクトリーダーを務める、東京都市大学・都市生活学部の中島伸先生との対話・後編です。
※前編はこちら
「トーキョートラムタウン」のフィールドワークの様子。たくさんの人たちと一緒に東京文化資源区内を実際に歩きながら、街の文脈を発見し、トラムのルートを構想する。

人のアクティビティを高めるデザイン

鷲尾
先日、「トーキョートラムタウン(TTT)」プロジェクトの公開イベントを行いました。

中島
これまで議論してきたことを、まずはこの東京文化資源区に関わる人たちと共有したいと思って開催しました。公開討論では、経営コンサルタント、金融機関、都市計画家、モビリティデザインの専門家、建築設計事務所、インダストリアルデザイナー、地元企業経営者、自動車産業界の方にまで加わっていただき、幅広い視点からディスカッションできました。実現化に向けて様々なアドバイスももらえて有意義でした。

鷲尾
東京都市大学の学生さんたちにも参加してもらえて嬉しかったですね。その場でもトラムを「都市再生の手段」として捉える発想は共感が高かったと思います。ヒューマンスケールの都市構造への回帰という期待が多くの人の中にあるということなんだと実感しました。

中島
交通計画の専門家である横浜国立大学の中村文彦副学長からは、「今まではピーク時の最大交通量をもとに計画して考えていたが、本当にそんな発想だけでいいのか? 都市の速度を落とすこと、スローの意味をもっとポジティブに議論していくことが重要ではないか」という提案も頂きました。

鷲尾
「都市のスピードを落とす」ことは、人の移動(モビリティ)の選択肢を広げていくだけでなく、これまで以上に人が都市を使いやすくすることだと思うんです。モビリティの速度を落とせば、人と街との関係性が変わる。人と都市との相互関係がより密になる。人が街を楽しむ時間も広がる。「スロー」という価値はそこにあると思うんです。「インナー東京の実体化」についても、どこからどこまでが自分たちの街なのかという輪郭が見えること、視覚的にも感覚的にも「街」を感じ取ることに意味があると思います。
それは、これまでの東京の課題だったようにも思います。

中島
都市には必ず骨格があります。都市の骨格をデザインすることで、人が都市の中で活動しやすくなるということですね。トラムというスローモビリティには、都市の骨格を描き出す、いわば「生活圏」(※注)をデザインするという役割があるわけです。

  • 「生活圏」(Living Sphere) :生活圏とは、地域社会やコミュニティでともに生きる人々が協働し、地域の多様なリソース(自然環境、文化資源、人材、科学技術、産業など)の特色と価値を生かしながら、持続的・自律的な生活を営んでいる圏域のこと。

鷲尾
結局、「トーキョートラムタウン」プロジェクトを通して、僕たちが考えたいことはそこなんですよね。人が都市を、生活者が自らの生活圏をより豊かに生かし、使い、育てていくためのデザインマネージメントの話なんです。生活圏が価値を生み出す苗床であり続けるのは、そこで暮らす人のアクティビティが高まらないと始まらない。

中島:
むしろ積極的にそのような発想の転換をすることで、今あるもの、これまで作られてきた生活圏の可能性を高めることができるんだと思います。特にこれから街の中で人がどのような固有の時間を過ごせるのか、どんな時間を、体験を創造することができるのかを考えることは、その圏域の中でのエコノミーを創り出すという点でも極めて重要になってくると思います。ビジネスチャンスもそこから生まれてくる。

2017年9月28日(木)に開催された「トーキョートラムタウン構想公開イベント」の会場風景

野蛮なテクノロジーが、人に優しくなる時代

鷲尾
先日の公開イベントでも、自動車産業界から次世代モビリティの可能性を探求されている方に参加頂きました。自動運転技術をはじめとする最先端技術から、人が自分の足で歩くことまで含めて、マルチモーダルという発想で、モビリティの可能性全体を捉えたビジネスモデルを考えようとされている。とても刺激的でした。例えば自動運転技術が進めば、クルマはクルマ単体で走るというよりも、次世代の社会インフラとセットになるわけで、そこには生活圏を捉えるという視点がやはり必要になる。その生活圏の中でもっとも価値を生み出すハードとソフト、モノ(車)とインフラや社会構造との関係性は何かを構想する視点が、新たなビジネスの可能性を広げるんだと思います。
すでに、そのことを考えて産業界は動いている。

中島
公開イベントで印象的だったのは、インダストリアルデザイナーで東京大学教授の山中俊治先生の発言でした。「トウキョウトラムタウンのコンセプトには賛成だ。けれどその答えはトラムなのか?」という問いかけです。

鷲尾
2040年には自動車が全自動化している時代になる。例えば地域特性に応じたモビリティを新しい技術が可能にしていく時代になる。例えばこのエリアでは人と共存しながらゆっくり走るようにしよう、とか、モビリティを環境に応じてよりコントロールしていくことが可能になる。スピードに分けたルートマッピングも可能になる。

中島
山中先生は、そのことを「野蛮なテクノロジーが、人に優しくなる時代」という風におっしゃっていたのが、とても印象的でした。

鷲尾
そうですね。はっとする意見でしたよね。

中島
個人的には、それでもトラムのような軌道を走るモビリティはクルマとは違って先に述べたような「都市の骨格をデザインする」こと、つまり生活圏を浮かび上がらせるという空間デザインの独自の機能があると思っています。それはどんな高性能なクルマにも出来ない。しかし、こうした包括的な視点からディスカッションができること自体が極めて今大切だと思います。こうした議論があるからこそ、今僕たちが持てる技術を活かし合う最善の方法を見つけていけるのだと思います。

鷲尾
全くその通りだと思います。やはりどのようにして人の活動(アクティビティ)を支援できるかを考えることではないかと思います。山中先生も「逆に自動運転技術が進んでも、そのまま放っておくと、やはりより便利で速い車ばかりになる。だからこそ都市の生活を描きながら、強い意識を持ってこれからのクルマの使い方を提示しなくてはならない。」とおっしゃっていました。インダストリアルデザイナーとしての強い意思を感じて、僕は心が震えました。

中島
自動運転技術に関しても、それが相応しい環境があると思うんです。人が歩いていない高速道路でひたすら真っ直ぐな広い道であるとか、そんなところでは有効でしょうが、本当に界隈性が魅力の都市の中心市街地でそれが必要かどうかという問いもあると思うんです。

鷲尾
やはりその都市で、生活圏で、どのような生活を私たちが望むのか、そこが問われていくのだと思います。

「トーキョートラムタウン」のフィールドワークの様子から。

都市再生の新しいストーリーを描く

中島:これからの縮退時代における都市や地域社会が目指す社会像として「コンパクトシティ&ネットワーク」が提唱されてきているわけですが、自動運転技術が進めば、人が集まって住んだりしなくても、N地点からN地点へ自由に移動して、しかも事故も起こらないし、ゆっくりも行けるし、混雑もしなくなるから、コンパクトしなくていいんじゃないか、という議論をする人もいるわけですよね。しかし、僕は人が集まって暮らすローカルという価値は絶対失われないと思っています。ローカルって突き詰めて最後まで分割していくと、結局それは「個人」になると思っているからなんです。そうすると、ここに僕のローカルがあって、僕のローカルに触れようと思うと、ここまで来なきゃだめだと思うんですよ。同じように僕も鷲尾さんのローカルに触れるためには、鷲尾さんに会わないと駄目だし、会いに行くというところが必要になってくる。ローカル固有の価値を生んでいく場所はそこなんです。人と人との営みが価値を生んでいく。そこはテクノロジーが代わりにやってくれるわけではないんです。

鷲尾
個人と個人の繋がり、触発、相互作用とその集積が、持続的に活性化され続ける環境がないと、新しいエコノミーも生まれない。

中島
その意味でも、これから重要なのは、「圏」を共有しあう異なる領域の人たちが結びつくことでしょうね。これからの都市再生のためにはとても重要だと思います。「トーキョートラムタウン」もいわば生活文化を軸にした都市再生のストーリーを描くことが目的です。異なる立場や専門性をつないで、新しいストーリーを描くような存在がこれからは重要になっていくでしょう。

鷲尾
1964年のオリンピックでは、青山通りが若者によるアメリカ文化の発信地となったけど、東京には近代以降の日本を象徴する文化資源区が残っている。都心北東部は超高度利用志向の都市開発からは取り残されてきた。でも、その両方が並存していくことが、東京の生活をもっと面白く魅力的にするんだと思うんです。「シングルアンサー」だけでつくられる街はつまらない。シングルアンサーの街はヒエラルキー型です。これから重要なのは、ひとつの答えではなく、多様な個人が結びつき、多様な可能性を生み出す水平のネットワーク型の都市構造なんだと思います。

中島
そのためにも、まずはもっとみんなで街の中で楽しんでみること、いろんな人たちと出会っていくことですね。基本的なことだけど、僕はやっぱりそんなことがこれからますます大切になってくる時代だと思っています。

<終>

中島 伸(なかじま しん)
東京都市大学都市生活学部 講師

東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻修了、博士(工学)。専門は、都市デザイン、都市計画史、都市形成史、景観まちづくり。中野区政策研究機構研究員、(公財)練馬区環境まちづくり公社練馬まちづくりセンター専門研究員、東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻助教を経て、現職。日本都市計画学会論文奨励賞、日本不動産学会湯浅賞(研究奨励賞)博士論文部門受賞。著書:『商売は地域とともに神田百年企業の足跡』(東京堂出版・2017)、『図説都市空間の構想力』(学芸出版社・2015)、『アーバンデザインセンター 開かれたまちづくりの場』(理工図書・2012)等。

鷲尾 和彦(わしお・かずひこ)
博報堂「生活圏2050」プロジェクトリーダー

戦略プランニング、クリエイティブ・ディレクション、文化政策の領域で、数多くの地方自治体や産業界とのプロジェクトに従事。2014年にアルスエレクトロニカと博報堂との共同プロジェクトを立ち上げプロジェクトリーダーを務める。プリ・アルスエレクトロニカ賞審査員(2014~2015年)。主な著書に『共感ブランディング』(講談社)、『アルスエレクトロニカの挑戦〜なぜオーストリアの地方都市で行われるアートフェスティバルに、世界中から人々が集まるのか』(学芸出版社)等。
http://www.hakuhodo.co.jp/uploads/2017/12/20171219.pdf

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