(Kellog BusinessStyle Japanコラム 「グローバル・リーダーの視点」より転載)
【著者プロフィール】
宮澤 正憲
博報堂ブランドデザイン リーダー
[主な経歴・業績]
1966年生まれ。東京大学文学部心理学科卒。
博報堂に入社後、マーケティング局にて食品、自動車、トイレタリー、流通など、多様な業種の企画立案業務に従事。
2001年に米国ノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院(MBA)卒業後、次世代型ブランドコンサルティングの専門組織である「博報堂ブランドデザイン」を立上げる。
近著に「「応援したくなる企業」の時代」(アスキー・メディアワークス)
みなさんは“ブランディング”と聞いてどんなことを思い浮かべるでしょうか?私が卒業したノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院は、特にマーケティング分野で有名で、卒業後にマーケティング関連のビジネスに携わる人が多数います。そんなケロッグの卒業生と同様に、私も、ブランドコンサルティングという領域を専業として仕事をしています。今ではブランディング自体はすっかりメジャーな業務になりました。ただ、ブランディングという領域だけを専門にしている人は実はあまり多くありません。私が所属する広告業界でさえも、この領域を専門職とする人はごく限られ ています。
そんな私から見た最近のブランディングについて、つらつらと書いてみたいと思います。
仕事柄、毎日のように「ブランディングをしたいのですが」という問い合わせや相談を受けます。それはそれでうれしい相談なのですが、その度に私は聞き直さなくてはいけません。「そのブランディングって、いったい何のことを言っていますか?」実はブランドやブランディングという言葉は、ビジネスではとても曖昧に使われています。同じ「ブランディング」でも、名称やロゴの変更、広告づくりといったイメージ寄りの内容もあれば、理念やビジョンを扱う抽象的なもの、逆に商品開発や店舗開発など具体的なもの、それから会員組織立ち上げなど顧客づくりの話、社員のモチベーションなどの人事系の相談など、中身がもう本当にバラバラです。
なぜ、こんなにもいろいろなことが「ブランディング」に集約されるのでしょうか?それは、ここ十数年の間に、ブランディングの概念が大きく変化していることが背景にあります。私は入社以来ずっとブランディングの業務に携わってきましたが、振り返ってみると、昔と今ではたしかに仕事の内容も随分と異なっています。ここから少し、その変化を見てみましょう。
ブランド・デザインのワークショップ風景
私が博報堂に入社したバブル時代の頃にも、ブランディングという考え方は存在していました。
ただ、当時のブランドは、「ブランドもの」と言われるよ うな高級服や宝飾品を指すことが多く、ビジネス手法としてはそれほど注目されていませんでした。あくまでも広告やロゴのデザイン変更が主な手段で、「表面的なイメージによって化粧をするような作業」が仕事の中心でした。また、商品のブランディングが中心で、企業ブランディングという考え方はあまり一般的ではありませんでした。
私がケロッグに留学したのは1999年から2001年にかけてですが、ちょうどその前後あたりから、ブランドのとらえ方が大きく変わったように思い ます。ブランドとは短期的なイメージではなく、マーケティングの結果として蓄積される無形資産である、という考え方が浸透し始めたからです。
私の仕事も、広告をつくる作業から、「最終的にどんなブランドにすべきか」といった中長期的な戦略やブランドビジョンを作成する作業が中心となってきました。また、イメージを操作するのではなく、商品・サービスそのものや店舗や接客といったリアルな体験によってブランドを構築していくような “実体”をつくる業務へシフトしていきました。ホテルを開発したり、プロダクトデザインを手がけたりするのも、社内外に「これもひとつのブランド業務だ」と認識され始めました。現在、博報堂はプロダクトデザインで有名な米国IDEO社(アイデオと読む。アップル、P&Gなど一流会社を顧客に持つデザインコンサルティング会社)と業務提携していますが、私が彼らと出会って意気投合したのもこの頃でした。
このように、私のブランディングの仕事は、イメージづくりから実体づくりへと変化していったのです。
それでも、2000年代はじめの頃のブランディングは、あくまでも外向け(アウター向け)の活動をどう設計するかという業務が中心でした。外向けの 活動には、当然ながら商品自体、販売、営業、広告など、幅広い企業活動が含まれます。これらを本気になって統合するなら、まずは社員の意識が一つにならないとうまくいきません。そんな状況に、多くの企業が直面しました。
素晴らしいブランドビジョンを会社が提示できたとしても、それを一方的に通達しただけでは社員が動かない。従って、そのビジョンを社内に浸透させ、 組織のモチベーションを向上させていくことが、ブランディングの第一歩となります。そうした必然的な流れから、社内への浸透もブランディングの重要業務になりました。
これは「インナーブランディング」と呼ばれる領域で、組織開発や人材開発と重なる領域です。つまり、ブランディングが“外向け”の魅力向上だけでな く、社内の意識を一つに束ね、求心力を高める“内向け”の業務も含むように変化してきたのです。現在もこの領域の仕事はブランディングの中核作業の一つになっています。
この頃から、ブランドの概念が拡張してわかりにくくなったため、私はやや強引に、「ブランドとは“らしさ”である」と言い換えをするようになりました。つまり、将来的に魅力あるその企業ならではの“らしさ”を設定し、その実現に向けて社内の意識をまとめ、さまざまな企業の実体活動を通じて社外に伝えていくこと。ブランディングは、そんな業務になってきたのです。
実際、最初のころは、デザイナーとマーケッターだけで構成されていた私の部署も、今では商品開発の専門家や一級建築士、プロダクトデザインが得意な者、コンサルティングファーム出身者、コピーライター、法務家、人材・組織開発の専門家など、多様な専門性を持つ者たちがそろった不思議な集団になっています。これも意図的なものではなく、変化するブランディング業務に対応していたら結果的にこうなっていた、といった方が正しいかもしれません。
一つお断りしておけば、こうしたブランディングの変遷は、あくまでも実務家である私個人の業務変化を述べたものですので、他の専門家や、学問としてのブランド領域の変遷とは、区分けが異なっていると思います。ただ、区分はともかくとして、ブランディングの中身が大幅に変化してきていることには異論はないかと思います。
多彩なバックグラウンドを持つ博報堂ブランドデザインのメンバー
このような流れの中で、私はここ数年、「ブランド=“らしさ”」と仮定義して、インナー向け活動とアウター向け活動の両輪で業務を行ってきました。しかし、業務内容はまだまだ変化し続けているように感じます。
一番のきっかけは、リーマンショックと東日本大震災でしょう。
特に日本では震災以降、マーケティングやブランディングに関する企業や生活者の意識が大きく変わったことを肌で感じています。取捨選択が以前より一層厳しくなるなど、消費そのものへの意識が変わり、またソ-シャルメディアの浸透によって情報に対する接し方が変わってきているからです。
こうした環境変化の中、ブランディングがどのように変わってきているかというと、ひとことで言えば管理統制型から、「共創型」へとシフトしているということです。
「共創」という2文字は、マーケティングの世界ではもはや使い古された感すらあるくらい、ここ1~2年ですっかり定着しました。フィリップ・コトラーも、現在のマーケティングを「共創のステージ」と名付け、「企業が一方的に製品をつくり、一方的に宣伝し売るのではなく、製品がどうあるべきか、どのようなメッセージを送り出すべきかを顧客と一緒に考え始めるようになった時期」と述べていますが、まさしくそんな時代が本格的に幕を開けたのです。
私はこうした共創型のブランディングのことを、「オープン・ブランディング」と呼んでいます。社内と社外が共創しながら、企業と生活者が同じ立場に立って、より社会に開かれたブランディング活動を進めることを指しています。ブランディングも、競争の時代から、共創の時代へ。これが最近のキーワードに なってきているのです。
では、オープン・ブランディングとは、既存のブランディング活動と何が異なるのでしょうか? 次回は、ブランディング手法の変化についてです。
(Kellog BusinessStyle Japanコラム 「グローバル・リーダーの視点」より転載)
博報堂ブランドデザインについて
博報堂内の次世代型コンサルティング専門チーム。マーケッター、デザイナー、
コピーライター、一級建築士、組織開発コンサルタント、リサーチャーなど、多彩なバッ
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で実行するのが特徴。ブランド戦略立案をはじめ、組織・風土改革、ビジョン策定、新事
業開発、商品・サービス開発、CI・VI、ネーミング、空間デザインといった様々なビジネ
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