WEB・雑誌の編集者、TV・ラジオのプロデューサー・ディレクター等のメディア・キーパーソンと連携し、ニュース性の高いコンテンツを開発するプロジェクトチーム「tide(タイド)」。tideチームリーダーの川下和彦が、時のメディア・キーパーソンの方々と「潮流のつくり方」を語るシリーズです。
記念すべき第一回のゲストは「東京カレンダー」の大槻篤編集長。ウェブ版で月間2150万PVを導き出した秘密や、これからチャレンジしたいことなどについて伺いました。
川下:今回、tideの対談企画第一回なのですが、大槻さんにご登場いただけて光栄です。僕たちのチームtideは日本語にすると「潮流」ですが、逆から読むとedit「編集する」になります。僕は時代の潮流は「編集」から生まれるのではないかと考えていて、時流のつくり手としていま活躍されている方々に話を聞いていこうというのがこの対談の主旨なんです。
大槻:編集はあくまでも裏方の仕事だと思っていたので、そういう風に編集を評価していただけるのは嬉しいです。
川下:大槻さんが編集長を務められる「東京カレンダー」は、ウェブ版が今年5月時点で月間2150万PVを突破されましたよね。すごいことだと思います。もともと大槻さんは、「ちょい不良(ワル)オヤジ」などの流行語を生み、一時代を築いた雑誌「LEON」の編集者でいらっしゃったわけですが、どのような流れでウェブと関わってこられたのでしょうか。
大槻:10年ほど前、「LEON」よりもさらに上の富裕層を狙った「ZINO」というウェブマガジンに携わったのが最初です。当時はまだ目新しかったウェブと紙のクロスメディアを謳っていたわけですが、紙のコンテンツのつくり方をそのままウェブに応用しようとしたところIT業界の常識とのずれが生じてしまい、かじ取りが難しかった。結局休刊となってしまったのですが、おかげでウェブの基礎や考え方を早い段階で学べたので結果的にはよかったですね。
その後コンデナスト・ジャパン社さんからお声掛けいただき、iPad発売に合わせた「GQ」のデジタル化に携わります。タブレット端末でのコンテンツ配信黎明期だったこともあり、やはり紙媒体との考え方の違いなどがあって、細かな気苦労などが多かったです(苦笑)。
川下:それぞれの場所で、業界の変革のただなかにいられたわけですね。
川下:そして「東京カレンダー」の編集長になられてからは、当初50万だったウェブ版のPVを2000万まで育てられました。
大槻:「東京カレンダー」の母体はIT企業なんですが、幸い僕らのやり方をよく理解してくれ、さらに一緒になって面白がってくれるところでした。ですからいまは、紙とウェブのノウハウや技術を融合させていけば、どこまでも可能性を突き詰められるような気がしています。
とはいえ、当初はまだウェブでの発信ノウハウがなかったため試行錯誤もありました。本誌はグルメ情報が主なので、ウェブでもひとつの店舗だけをじっくり紹介していたんですが、これが全然伸びない。そこでほかのグルメサイトや、主な流入元であるSNSやニュースサイトを検証したりしました。ウェブはとにかく興味をひかれなければあっという間に素通りされてしまうんですよね。だからたとえば、本誌だと女優さんと料理の写真が並んで写っていたとしても、ウェブの方のサムネイルではかなり大胆にトリミングしてしまって、おいしそうな料理に寄った写真にするなどの工夫をしています。
川下:心をつかむポイントは、雑誌とウェブで明らかに違うんですね。
大槻:そうですね。タイトルも、雑誌だと訴求ポイントを凝縮しないといけない。インパクトがあってキャッチーで……。でもときにそれが回りくどかったりもするんですよね。ですからウェブでは、訴求ポイントが高い順にキーワードを羅列します。そして先に強いワードを意図的に持っていく。読者は左からばーっと読んでいって、気になるワードがあればクリックしてくれるからです。
川下:シェアされやすいような内容にするというのもありますか?
大槻:そうですね、それもあります。また、通勤時にはランチ情報を、お昼時には夜のデートに使えるディナー情報を上げたりします。夜には小説などのちょっとムーディなものも。曜日や時間も意識して、狙って更新しています。これらは、サイトを運営するなかで、編集の皆で研究し発見していったノウハウなんです。
川下:読者の行動のちょっと先を読んで、その気分にズレないように発信していくんですね。
大槻:最近IT業界の方と話していると、「紙の編集ができる人がほしい」と言われることがあります。紙をやっていた人は、ゼロベースでコンテンツをつくることができて、きめ細かく、裏どりまででき、かつ面白いものをつくるからと。そういえば僕の周りでは、飲みの誘いを断らないことが多いのは紙の編集者(笑)。企画の話をするにしても、「まあ飲みながらでも」というノリは紙の人に多いですね。IT業界の方にしてみれば、人を巻き込んでいくというか、人たらしというか、そういうウェットなところも含めて紙の人材が欲しいということなんですかね。
川下:編む力って何だろうと考えたときに、アンテナの感度を高めていろいろと動き回って、世の中の兆候とかヒントを察知して集めていくというのはもちろんですが、それを実現するために人をどんどん巻き込んでいって動かしてしまうという実行力もあるのかなとも思います。人までも編み込んでいく力というか。
大槻:少し前にトランジットジェネラルオフィスの中村貞裕さんとお話させていただいたんです。中村さんはさまざまな飲食店や店舗をプロデュースされていますが、中村さんいわく、やっていることは編集と同じだと。まずは予算と、どこに店をつくるかというところから始まって、後は面白そうな、読者が飛びつくようなワードやトレンドになりそうなものを考え、形にするという考え方だそうです。同じ世界観のものを集めて、周りを巻き込んでムーブメントをつくっていく。それはおそらく雑誌の特集の考え方と同じだよねという話でした。
川下:中村さんのような方も広い意味で編集者と言えるのかもしれませんね。
ヒットするものをつくったり育てたりする人って、その人なりの知見を持っていて、それが大事な武器になっていると思うんですよね。大槻さんのもとでもそんな人たちが編集をされている。
大槻:そうですね。だからその人が辞めるということになったら大変なロスになってしまいます。
川下:人の価値ってそこなんだろうなと思います。その人が持っているユニークな知見。これはほかには替えられない価値ですよね。
自分の肌感として、これからは企業の製品やサービスを編集してほしいというニーズが高まってくるんじゃないかとも思うんです。というのも、よくクライアントの方から「ニュースにしてほしい」というお題をいただくんですが、すでにある製品とサービスに無理やりニュースになるような付加価値をつけるよりも、最初の開発の段階からニュースになるものをつくっていったほうがぱっと出した瞬間の力は強くて、みんなが集まってくるものになる。無理にニュース化しなくてもニュースになるし、それは自然と先にいるお客様が欲しいものになっているはずですから。そういう意味でも編集力のある人の役割は大きい。
大槻:ただ、ウェブをやっていて課題と感じるのは、仕事の価値の部分ですね。紙だと色校オッケーです、校了です、というふうに仕事に区切りがある。ウェブだとなかなか手離れしないというか、延々と更新作業が続けられてしまうんですよね。タイアップにしても、我々はどこまでも面白くする自信がある一方で、仕事の市場価値がそこまで認められていない気もして悩ましいところです。生々しい話ですみません(笑)。
川下:確かに(笑)。ただ、いまは過渡期なのではないでしょうか。野球選手と一緒で、いずれは勝率の高い人とそうでない人に分かれていって、勝率の高い編集者の価値はちゃんと上がっていくと思います。そういう意味でやはり、媒体を売るという考え方よりは、今後はその人の知恵とか経験を売っていくという風になるんじゃないでしょうか。
出版、ITに限らず、編集経験があってコンテンツがつくれて、しかもインタラクティブな世の中の反応を自分でちゃんと体感できる編集者の価値は、これから大きくなっていくと思いますよ。
大槻:そうなっていけば我々としてもやりがいもありますし、嬉しいですね。
現在発売中の「東京カレンダー」はビール特集なのですが、誌面上で店舗デザイナーの方の話を聞いて実際にブルワリーのパースをつくったりとか、シェフにメニューを考案してもらったりとか……。これならリアル店舗もできちゃうな、なんて思ってるんです(笑)。
川下:僕らもオープンイノベーション的に、編集の知見がある人と、それを面白がって一緒にやりたいと言ってくれるクライアントさんをつなぐ場を将来つくっていきたいなと思ってるんです。そういう動きを一緒に盛り上げていきたいですね。
大槻:是非やりたいですね!
川下:よろしくお願いします!
<終>
「LEON」「GQ JAPAN」など、数々のクオリティライフスタイル情報誌の編集を経て、2013年2月「東京カレンダー」プロデューサー兼編集長に就任。「東京カレンダーWEB」は2015年のローンチ後、15カ月で2,150万PVを達成。日々更新される首都圏のダイニング情報を軸に、トレンドファッション、雑貨など東京で輝くためのライフスタイルを発信中。
2000年博報堂に入社。マーケティング部門を経て、PR部門にてジャンルを超えた企画と実施を担当。自動車、食品・飲料、IT、トイレタリーなど、幅広い領域で大手クライアント業務を手掛ける。「tide(タイド)」を発足後、積極的に社外のコンテンツホルダーと連携し、幅広いネットワークを持つ。著書に『勤トレ 勤力を鍛えるトレーニング』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)等がある。