博報堂グループはここ数年、デジタルテクノロジーを活かしたものづくりで、生活者のくらしを豊かにするプロトタイプを次々と世に送り出しています。いずれも、長年培ってきた生活者発想によるクリエイティビティを起点としたものです。
その中で、プロダクト・イノベーション・チーム「monom(モノム)」が開発した、“スマホと連動して、ぬいぐるみをおしゃべりにするボタン型デバイス「Pechat(ペチャット)」”が、クリスマスに向け、12月9日より店頭発売を開始します。博報堂初のデジタルデバイスの商品企画・販売事業となるこのプロジェクトの開発担当者、小野 直紀 monomリーダーに話を聞きました。
―まず、「monom(モノム)」についておしえてください
monomは、博報堂社内のメンバーで立ち上げたプロダクト開発に特化したクリエイティブチームで、僕を含めて11人が所属しています。プロダクトデザイナー、コピーライター、デザインリサーチャー、テクノロジーリサーチャーなど様々な職能を持ったメンバーが集まっています。
―小野さんのmonom結成までの経緯をおしえてください
僕は2008年入社で、広告、空間、インタラクティブと幅広いクリエイティブ領域を担当してきました。一方で、会社の外ではYOY(ヨイ)というプロダクトデザインの活動をやっていて、2015年の2月に博報堂でmonom(モノム)を立ち上げました。博報堂で身につけた広告を中心とする「コトづくり」の職能と自分自身がやってきた「モノづくり」の職能をかけ合わせたら何かが生まれるんじゃないかと思って。
何年か前にR/GA(米国のデジタル系広告会社)が「Nike+ FuelBand」の開発から広告までをやっているのを見たのがなんとなくのきっかけです。カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバルにプロダクトデザイン部門ができたのも、ちょうどmonomの立ち上げ準備をしていた頃でした。世の中的には、IoTや3Dプリンターに代表されるものづくりブームがはじまっていました。
入社当初から、自分は「情報」を扱う広告ど真ん中ではなく、手を動かしてつくったり、人が使ったり体験したりする「モノ」に意識がありました。
―仲間はどうのように募ったのですか?
まず最初に声をかけたのは、経理と経営企画を歴任し数字やビジネスプラニングに強かった人です。彼も僕も大学では建築を学んでいて、やたら相性がよかった。ものづくりの事業ってデザイナーとエンジニアだけ揃ってても全然前に進まなくて、ファイナンスがものすごい大事。しかも博報堂でやる場合は、外から資金をもってくるんじゃなくて社内からとってくる才能がないとだめ(笑)。彼の他には、テクノロジーに強みを持った若手に声をかけたり、ものづくりに興味をもっていそうな社員に声をかけ集めました。
―第一弾は「iDoll(アイドール)」でしたね。
「iDoll」は、最初はコミュニケーションできる手のひらサイズロボットのつもりで作ったんです。いきなり大きな存在感のアシスタントロボットではなくて、もう少し自分に関係するもの。外観がキーになるかなとも思いました。結果的に、ロボットとキャラクターの実在化をくっつけたものと捉えられていますが。メディアにも取り上げていただき、その中で共感してくれる人も増えました。
資金がないものだから、いろんな人に協力をお願いするわけですが、「おもしろいですね」と言って協力してくれる人がすごく多くて。プロトタイプの発表後も、「こういうことはできないか」という相談を各方面からいただきました。
―第二弾の「Memory Clock」もすてきなコンセプトでしたね
「Memory Clock」は写真が映し出される時計なんですけど、時計をつくるという意識よりは家の中にディスプレイをもう一つつくるというイメージでした。スマホやパソコンってもはやパーソナル化しすぎて家の中には存在しない。家族の情報を得るための画面が今後出てくるとしたら、それは時計で、その導入理由として家族写真というコンテンツを活かすのがよいのではと思って。最近は、スマホで撮ったり一眼で撮ったり、撮影する機会は増えているんですが、それを家族みんなで見返す機会は減っているんじゃないかと思って。
ただ膨大な家族写真をどういうタイミングでどう見せたらいいんだろうと考えたときに、撮った写真が時計にストックされてて、撮影日と同じ日に毎年記念日みたいに現れたら、タイミングとしては最高にいいと思った。もっと家族の写真を増やしていこう・・というモチベーションも誘発できると思って作ったプロトタイプです。
―そして第三弾として、この年末話題沸騰の「Pechat(ペチャット)」ですね。
開発の背景と込めた思いを教えてください。
monomが目指したのは、B to C用のプロダクトだったのですよ。で、誰がどこで使うか・・という点については、「家の中」を設定していたんです。先ほどの「iDoll」、「Memory Clock」にしても、すべて家の中を想定したプロダクトです。子持ちのメンバーも入れてディスカッションするうちに、純粋に子どもが喜ぶこと=好きなぬいぐるみとおしゃべりができるという夢のような体験をつくれないか・・・というのがそもそもの発端でした。
親が普通にしゃべればいいじゃんという意見もあったのですが、子どもはぬいぐるみとしゃべることで、コミュニケーションの幅が広がっているんですよね。昔はおじいちゃん、おばあちゃんが家にいたり兄弟がいっぱいいたけど、今は核家族で横の関係や斜めの関係でしゃべる機会が少ない。学芸大の副学長からも伺ったのですが、ペットとのコミュニケーションでさえ、子どものコミュニケーション体験を豊かにするそうです。親以外としゃべるというのはすごく大事だし、親からすると子どもが第三者と話す反応が見られるんです。
―これは「クラウドファンディングでの先行販売でスタートでしたね、結果的にそれが成功の大きな要因でもあったと思いますが
Makuake(マクアケ)という国内で影響力が大きいクラウドファンディグサービスで、チャネルやメディアも注目しています。
まずは「50万円」集めることを目標に始めたのですが、終了してみたら「1500万円」以上集まりました。
もともとクラウドファンディグってお金のないプロジェクトを一般の人が支援するものだと思うんですが、今は大手の企業もどんどん利用しはじめています。その利用目的は資金獲得だけではなく、PRやテストマーケティングといった意味合いが強い。
そして、今はクラウドファンディングに最新のものが集まっているという空気感があるので、メディアや流通も注目しているんです。・・・で、狙った通り、クラウドファンディングを開始してからテレビに3度、ネットメディアや雑誌でもたくさん紹介していただけました。
―Pechat、周りの評判はどうでしたか?
僕がPechatをやってるのを知ってる人に会うと「買ったよ」と言ってくれて素直にうれしい。あと、開発メンバー含め、社内外のいろいろな人にたくさん助けてもらってるんですが、いよいよ完成間近になってきて、時々思い返しては感謝してて(笑)。で、協力してもらっている人たちやクラウドファンディングで支援してもたった方々に報いるためにも、本当に大事なのはこれからなんだと気を引き締めています。
―2017年のmonom最新活動について
現在、3月にテキサスで開催される「サウス・バイ・サウスウェスト」※への出品のための新しいプロダクトの開発が進んでいます。今度もいままでなかった次世代型のツールで、それも教育に特化したものです。お楽しみに。
※毎年3月に米国・テキサス州で開催される、音楽と映画、テクノロジーのための世界最大規模の祭典。Pechatも2015年に発表され、注目を集めた。
―最後に・・小野さんが博報堂でものづくりをする意味ってなんでしょうか?
ものづくりをすること自体は、別に博報堂でやらなくても、自分単体でベンチャーとしてやってくことも可能なのかもしれません。でも、ものづくりへのアプローチとして、博報堂のように、情報によってものを売ったり、ブランディングしたりしてきた会社が参入することで、今までとはまったく違うものづくりのあり方が生まれるんじゃないかなと思ってるんです。最終的には、博報堂がクライアントと一緒にものづくり事業をどんどん生み出していくことを目標としています。そして、博報堂が持っているクリエイティビティを“転用”して、広告とは違う稼ぎ方ができれば、博報堂という会社がもっと面白くなるはずだと考えています。
ものづくりって、実はとても怖いものなんです。子供からお年寄りまで、「良い、悪い/欲しい、欲しくない」とかが瞬時に判断される。結構つらいことも沢山あります。でも一方で、「欲しい」とか「いいね」が世界中から寄せられることもあるので、そのときは本当に嬉しい。
ものづくりというのはすごく古い産業かもしれないんですが、いま、インターネットやAIなどと組み合わさることで、新しい価値が生まれようとしています。だから、その契機に博報堂として何ができるか試したいんです。
― 時代もよかったのかもしれないですね。仮に、これが10年前だったら、多分、ものをつくりたい、と言ったところで理解されにくかったかもしれません。
そうですね。博報堂は、ものづくりを核にすることはないかもしれませんが、広告領域にとどまらずに、新しいことにチャレンジをしていかないといけない。
デジタルテクノロジーがベースとなっているものづくりは、そこで生活者のデータを取得することができたり、ユーザーとつながりったりもできるんです。ものを買ってもらえれば、その先をどんどんひろげていけばいい。広告の延長線上にあるものづくりのあり方も模索しています。これからも僕は博報堂の中で、ものづくりにこだわっていきたいと思います。
Pechatについての詳細は、http://pechat.jpをご覧ください。