THE CENTRAL DOT

【特別インタビュー】デジタル変革に、CMOはどこまで貢献できるか-モハン・ソーニー教授に聞く「デジタル時代のCMOの役割」【第3回】

2017.04.20
#CMO#デジタルマーケティング

博報堂の安藤執行役員、山之口マーケティングシステムコンサルティング局長がノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院モハン・ソーニー教授にインタビューした記事がDIAMONDハーバード・ビジネス・レビューに掲載されましたので、全文転載いたします。(全4回)

***********************************************

デジタル・マーケティングの第一人者、モハン・ソーニー教授へのインタビューの3回目。ソーニー教授は、デジタル化をとことん進めても、対象としている顧客はあくまで「人間」だという。機械的に顧客をデータとして捉える発想に警告を鳴らした上で、これからのあるべきデータアナリティクスとクリエイティブの関係を語る。聞き手は、博報堂の安藤元博氏と山之口援氏。
※バックナンバーはこちら 第1回 第2回

前回のお話で顧客の購買データだけではなく、顧客を包括的に見なければいけないというお話がとても印象的でした。博報堂は、「コンシューマー」という言葉ではなく「生活者」という言葉を使うようにしています。ソーニー教授は顧客をどういう言葉で言い換えられますか。

モハン・ソーニー(以下略):「生活者」という表現は非常にエレガントだと思いますし、人本主義的で、哲学的でさえあるような見方に思えます。英語では、包括的(holistic)というより、人本主義的な見方(humanistic view)というのが当たるのではないでしょうか。複雑に絡み合った事情、豊富で深い経験、それぞれの生活の味わいなど、顧客を生活者と成すすべての要素と絡めて見ているわけですね。こうした情報を用いて、生活者としてのレベルで顧客とインタラクションするわけです。私の思いつく一番近い表現は、人本主義(humanistic)です。もはや顧客とか、消費者とかいう言葉を使うのはやめたほうがいいかもしれませんね。これは、「あなたは、私の収入源に過ぎない」と伝えているようなもので、経済最優先の呼び方です。「あなたは、ただ単に購買者なのだ、あるいはユーザーなのだ」と。ですから、顧客を生活者と考えるのは、よい方向性だと思いますね。

この文脈で気づいたのですが、私たちは、機械が人間を凌駕して、すべては自動化されアルゴリズムが世界を牛耳ると考えることがあります。ですから、人本主義(humanistic)と表現する場合、我々は最終的には人間のためになることを考えているのだ、という原則を思い出させてくれます。生活者同士のつながりを作っていこうとしているのであって、アルゴリズムと自動化だけの話ではない、ということです。

これからクリエイティブの領域にも自動化が進むかもしれません。しかし、最終的には、我々は人間と関わっているのです。マーケターも人間であり、これからも創造的な発案をします。顧客も人間で、人間としてのマーケターを受け入れてくれるわけです。自動化やアルゴリズムやその他あらゆるテクノロジーを取り入れていきながらも、人間性(humanity)というものを忘れてはならないと思います。

クリエイティビティについてお話がありましたが、自動化が進むなかでクリエイティビティの役割も変わってくるのでしょうか。

それは肝心なポイントだと思います。クリエイティブに変化を及ぼす2つのことが起こったと思います。

1つ目は、単発のクリエイティブで通用しなくなるということです。年に一度のスローガンを発案することだけが、クリエイティブの役割という状況ではなくなったということです。「中心的なコミュニケーション案」とか「カギとなる洞察」と以前呼んでいたような、一つの大きな創造的アイディアを発案し、それを数年間あの手この手で推し進める、というだけでは創造性を発揮したと言えなくなってきました。

今や、クリエイティブとはもっときめ細かくなりました。ブランドの物語はひと言で終わるわけではありません。それをどう語るべきかを考えると、コンテンツを毎日創造する必要があるのです。物語の中には、ストーリーの展開に必要な細かい構成要素がたくさんあります。ですから、私たちは物語を創造し続けなければならないのです。物語には長い脚が必要なのですが、その脚はたくさんのステップを踏まなければならないのです。ですから、創造する必要のあるコンテンツの量は膨大になりました。従来は、5つの広告を打てば済んだかもしれませんが、いまや、500のコンテンツが要求される場合があります。それはビデオのコンテンツかもしれないし、ブログかもしれないし、レポート類かもしれません。ですから、それへの対応は、変化し、進化し、迅速でなければならない。それが1つ目の変化です。

2つ目の変化は、クリエイティブがアナリティクスによって、より力を得られるようになったということです。なぜなら、どの物語が顧客の心に響いているか、人々はどのようにインタラクションしているのかがアナリティクスによって把握でき、そのループをずっと速く回すことができるのです。我々はよく、ショットガン・アプローチとライフル・アプローチの違いを話します。ライフル・アプローチとは、ターゲットを絞ったアプローチですが、いまや、マシンガン・アプローチが必要となっています。とにかく撃ち続けて、何が効果的かを見て、調整していくというやり方です。こうして撃ち続け、データによって顧客インサイトが得られるのです。

データの分析とクリエイティビティが一体になって、相互に絡み合って動いていく感じですね。

クリエイティブとアナリティクスとは、「陰」と「陽」の関係だと思います。同じものの両面ですが、新しいマーケティングでは、全脳思考が要求されます。右脳はクリエイティブと物語用に、左脳はアナリティクスとデータ用に使います。この両方を組み合わせて使うのです。ですから、新しいマーケティングは、すべてアナリティクスとデータである、とは言えませんし、同時に、ただ洞察や直観や創造性を使えばいいのだ、とも言えません。そうしたものは、データでテストしなければならないからです。その意味で、今はワクワクするような時代です。なぜなら、この両方の考えが歩み寄って、統合されて、よりパワフルなマーケティングがこれから展開されるからです。

日本でもそのようなマーケティングを、ネットベンチャーやeコマースの会社は実践しています。一方で、大企業がそういうマーケティングを行うにはどうすればいいのでしょうか。アメリカの大企業が新しい文化をどのようにして取り入れていったのでしょうか。

そうですね、それは簡単ではありません。まずは組織が迅速に動けるようにすることです。組織の俊敏性といえば、まず仕事を小さい単位やチームに分けて、機能横断型のチームをつくることから始めます。しかし、このチームに決定のできる権限を与えなければ意味がありません。チームが発案したことを、上司に持って行って承認を得なければならなかったら、このプロセスは機能しません。そこで、根本的に言えることは、俊敏な決定プロセスに移行するためには、チームに権限を与えなければなりません。組織体制や手続きももっと少なくして、チームやリーダーシップにもっと頼るべきです。

大企業では、こうした文化を変えることは容易ではないでしょう。日本のような階層的な社会では、さらに難しいかと思います。しかし、意思決定は階層的に「上」で行うのではなく、フラット化させて「横」でされるのがいいでしょう。

よく「どうしたら私の上司を変えられるのでしょうか」と聞かれることがあります。これに対しては、私は4つの戦略を勧めています。

1つ目は、「巡礼」と呼んでいる戦略です。この「巡礼」戦略では、自分の会社のリーダー層をスタートアップ企業や、あるいはシリコンバレーの会社へ一緒に連れていきます。そして、そこではどのようにことがなされているかをリーダー層に見せるのです。

20年ほど前にeコマース革命が起こっていた時、マクドナルドは、自社の管理職チームを飛行機に乗せて、一週間シリコンバレーへ送り込みました。シスコやアマゾンなどを見学させて、外の世界で何が起こっているかを直接体験させたのです。これが、第一の戦略です。

2つ目の戦略は、「福音を説く」と呼んでいる戦略です。これは、外部から専門家を呼んできて教育することです。第三者や専門家を呼んで、「約束された土地」つまり「将来像」を見せてもらうのです。このようにして、リーダー層に将来像を見せてあげるのです。こうして、新しい発想(インスピレーション)のきっかけにしてもらいます。

3つ目の戦略は、2つ目の逆です。リーダー層を怖がらせるのです。具体的には、リーダー層を創造的破壊者に突き会わせ、また競合他社の脅威にさらすのです。競合他社がそれをしているなら、こちらも負けてはいられない、というわけです。

4つ目の戦略は、最も現実的で実践的なアプローチで、小さな実験から始めることです。リーダー層に、これならいける、という証拠を突き付けるのです。私なら、端っこの任された分野で俊敏性を発揮し、ゆっくりとコア分野へと迫っていきなさい、とアドバイスします。一朝一夕に全体の運営を変えることはできないからです。

俊敏性は、従来の決定プロセスと共存することができます。小さな実験から経験を積んで、業務が成熟してきて信頼されるようになってくると、組織全体がその方向に動き始めるようになります。大きな会社は、できたばかりの会社のようには動けない、というわけではありません。ただ、リーダー層が決定権をチームに付与して、チームが実際に自分たちだけで決定できるということを明確に打ち出す必要があります。それが大きな会社に必要な組織文化における変化でしょう。

若い世代は、こうした新しい形態の決定プロセスに慣れています。同僚間での意思疎通を活発にして、連携も非常に上手です。しかし、年長の社員がいなくなるのを待っているわけにはいきません。そこまで待っていては、彼らと一緒に会社までつぶれてしまいます。これは確かに簡単なタスクではありません。

最終回に続く

モハン・ソーニー
(Mohan Sawhney)
ノースウェスタン大学 ケロッグ経営大学院 教授

イノベーション、戦略的マーケティング、ニューメディア領域において世界的に著名。ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院における当領域の責任者。世界経済フォーラムのフェローでもある。戦略コンサルタントとしては、アクセンチュア、アドビ、AT&T、ボーイング、デル、GE、ジョンソン&ジョンソン、マイクロソフト、マクドナルドなどに助言している。

安藤 元博
博報堂 執行役員
エグゼクティブマーケティングディレクター

1988年博報堂入社。以来、50を超える企業の事業・商品開発、キャンペーン開発、グローバルブランディングに従事。現在、博報堂DYグループの“生活者データ・ドリブン”マーケティングの中核推進組織を率いる。ACC(グランプリ)、Asian Marketing Effectiveness(Best Integrated Marketing Campaign)他受賞多数。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。著書『マーケティング立国ニッポンへ―デジタル時代、再生のカギはCMO機能』(共著)。

山之口 援
博報堂 マーケティングシステムコンサルティング局 局長
博報堂コンサルティング 代表取締役共同CEO

慶應義塾大学大学院 経営管理研究科修士課程修了。都市銀行、戦略コンサルティング会社を経て、2001年、博報堂ブランドコンサルティングの立ち上げに参画。IMJとの合弁で設立した博報堂ネットプリズム代表取締役社長、日立製作所とのビッグデータ解析プロジェクト、マーケット・インテリジェンス・ラボの共同代表を歴任。2016年4月より現職。ITを活用したマーケティング改革を専門とする。

FACEBOOK
でシェア

X
でシェア