博報堂の安藤執行役員、山之口マーケティングシステムコンサルティング局長がノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院モハン・ソーニー教授にインタビューした記事がDIAMONDハーバード・ビジネス・レビューに掲載されましたので、全文転載いたします。(全4回)
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モハン・ソーニー(以下略):それは素晴らしい質問ですね。企業によって、アプローチが違うというのが、実は私の見ているところです。CDO(Chief Digital Officer)という職務を作っている企業もあります。このCDOがデジタル変革の責任者となっています。他の企業会社では、Chief Innovation Officerという職務を設定しているところもあります。このChief Innovation Officerは、主として創造破壊的なデジタルビジネスモデルを推進する責任を負っています。他の会社では、CMOがこのチャレンジを受けて立っています。
ですから実際に大切なのは、肩書ではなくて、誰が顧客と対面する仕事をしているのかということです。最終的には、CMOでさえ、時代遅れの肩書になるでしょう。Chief Customer Officer、あるいは、Head of the Front Officeといった肩書のほうがふさわしいかもしれません。こうした肩書の人々が、顧客との対面業務を管理することになります。企業ごとに、その組織文化や力のある人々の影響下でさまざまに切り分けられた役割ですが、CMOの役割を担う人は、自分の強みを認識している必要があると思います。
たとえば、自動化やアナリティクスの理解に強みがあると思う人は、その方向に注力すべきです。そして、ビジネスモデルイノベーションはCDOに任せるべきでしょう。一方、自分の会社はデジタル変革を成し遂げるビジネスモデルを追求すべきだと強く信じているならば、自分がCDOの役割を果たすべきでしょう。
私は、日本では、大きい企業でもCMOのいる割合が非常に低いのに驚いています。その数は米国よりずっと少ない。ですから逆に、米国のCMOが犯した過ちを、日本のCMOは犯さないで済むでしょう。
日本では、CMOの新しい職務が設定できて、役割を飛躍的に進化させることができるかもしれません。テクノロジーとデジタル時代により適合した新たな役割を持つ新しい形のCMOを誕生させることができるかもしれません。このように、米国と日本で同じ間違いを繰り返す必要はないし、同じような進化プロセスをたどる必要もないのです。むしろ、いま、CMOの設定を検討している企業なら、CMOの次世代モデルから始めたらどうでしょうか。
日本には、飛躍的な進化を遂げる機会があると思います。次世代CMOの役割を創出できるのではないでしょうか。過去から受け継いだものはないのですから、引きずる問題はないでしょう。ゼロからのスタートですから。これは、飛躍的に前進する機会になると思います。
ただし、欧米ではITに関するより多くの予算がIT部門ではなくマーケティング部門に計上されるようになりつつあります。これは大きなシフトです。これから2年間で、ITに関わる支出額は、CIOよりCMOの方が多くなる、と予測されています。お金は今後、マーケティングの方に回ってくるのです。欧米の市場で企業が行っている投資の例を示すことで、CMOこそがIT関連の費用について決定権を持つべきだと、促し説得することができるのではないでしょうか。
IT部門はもちろん、こうした決定権を引き渡したくはないでしょう。しかし私の考えでは、この新しいフロントオフィスITを構築するにあたって、IT部門はマーケティング部門のよきパートナーとなるべきです。バックオフィスITは、IT部門に管理され続けるかもしれませんが、フロントオフィスITにおいては、CMOが非常に重要な役割を果たすのだと思います。
まさにおっしゃった通り、結局のところ予算を持ち支出の決定権がなければ、こうしたフレームワークを具現化することはできません。
そこで一番の足枷はCMOたちの自信のなさだと思うのです。CMOは、志を大きく持ち、より高度な戦いに挑み、自信をもって役員会の席を占め、CEOの右腕として働き、成長の旗印となり、売上の推進力にならなければなりません。しかし残念ながら今日でも多くの企業では、役員会にCMOが出席していません。CMOはサポート機能だと考えられているからです。しかし、CMOは、サポート機能から成長の原動力へと進化しなければなりません。CMOが会社に売上をもたらすようになったら、注目されるようになるでしょう。逆に、CMOが自分に自信がなく、マーケティングコミュニケーションだけだと卑下していたら、CMOの役割はゆっくりと縮小されてゆくでしょう。IT部門にとって代わられ、広報宣伝部門にとって代わられ、ソーシャルメディアやITや自動化にとって代わられてしまいます。CIO直属のデータサイエンスグループがアナリティクスを行うようになるでしょう。そうなると、もはやCMOでもなくなります。テレビ広告部門長、ということになります。人々はもはやテレビや広告を見なくなっていますから、その人はなんの部門長でもなくなってしまいます。もし変革ができなかったら、これがその人の未来ということになります。
消費財メーカーがこの間接的な問題に対処するために、2つの考えがあります。1つ目は、消費財メーカーだとしても、顧客との直接商取引を行うことができる、という点です。しかしその対象製品は、会社の主要製品であってはなりません。
たとえばビール会社なら、主力の大衆ブランドとともに、クラフトビールも扱っています。クラフトビールの方が、直接顧客とインタラクションをしやすいです。なぜなら、顧客はクラフトビールについては思い入れがありますし、どのように作られるのか、知りたがっていますし、物語も語れるものがたくさんあるからです。このように、会社のチャネルで網羅されていない分野の製品にフォーカスすることです。
またナイキが20年ほど前に電子取引を検討しており、消費者と直接つながるウェブサイトを立ち上げて靴を売り始めました。当然、小売りのパートナーは「我々抜きに商売をするのは許されない」とこれを歓迎しませんでした。そこでナイキは、小売店で売られている靴は電子取引では売らないと、力づくで合意させられました。ここから、ナイキ工房へと移行してゆくことになりました。これは、オーダーメイドの靴を作る事業で、今や非常に成功しています。ここでは自分だけのオリジナル靴をデザインできて、確かに小売店では手に入らない靴です。こうして、成長や機会のある新しい分野を開拓してゆくこともできるのです。
もう一つの例を挙げましょう。ジェネラルミル社のシリアルです。私だったら、電子取引でシリアルは売りませんが、次のようなビジネスをします。糖尿病を持病とする人がいたとしましょう。あるいは、グルテンアレルギーのある人がいたとしましょう。そこで、こうした健康上の懸念のある人用にシリアルを調合するウェブサイトを作成するのです。そして、糖尿病用のシリアルやグルテンフリーのシリアルを売ります。それを、一箱4ドルではなく、8ドルで売るのです。お店ではこうした品は買えないからでしょう。これが、消費財メーカーが考えるべき戦略です。オーダーメイドの商品や、ニッチブランドなど、ビジネスチャンスのあるところを狙うべきです。これが商取引についてです。
2つ目に、顧客と直接インタラクションにあたっては、何かを売らなければならないということはありません。ブランドについてのインタラクションということもあり得るのです。
ここで一つ、素晴らしい例を紹介させてください。P&Gがオールウェイズ(Always)というブランド商品で行ったことです。オールウェイズは、女性の生理用ナプキンのブランドですが、彼らがしたのは、うちのナプキンの吸収力が優れているという宣伝ではありません。P&Gは、心理学の研究に目を通して、思春期を迎えて生理が始まると、女の子は自己イメージにとらわれるようになる、ということを見出しました。14歳、15歳くらいの年齢の女の子は、感情的に困難な時期を迎えているというわけです。ちょうどそのころ、社会も彼女らに「あなたは女性よ。数学なんかやめなさい。スポーツなんかやるもんじゃない」と教え始めるのです。
こうした背景の中、P&Gは、「少女のように」(Like a Girl)というキャンペーンを始めました。そして、固定概念に挑戦したわけです。「あなたは自分に自信を持っていいのだ。自分のしたいことをしていいのだ。走っていいのだ」と。こうして、大きな社会運動を形成していきました。これを、ソーシャルメディアを使って展開しました。有名人や影響力の強い人も動員しました。「少女のように」というハッシュタグもあり、大きな成功を収めたキャンペーンでした。しかし、P&Gは、生理用ナプキンをネットでは売っていません。今もウォルマートなどの小売店で売っています。それでも、ブランドの浸透を助けました。「少女のように」のキャンペーンとそのメッセージを連想させるからです。
もう一つはインドの例です。インドの働く女性は、仕事と家庭の両立という大きな問題に悩んでいます。仕事に出て稼ぐ一方、家に帰れば料理をし洗濯をし家の中をかたづけ、子供の世話もしなくてはなりません。一方夫は、家事はほとんどしません。これはインドの問題ですけれども、日本にも当てはまるかもしれません。そこで、エラ(ERA)というP&Gの洗濯用洗剤ブランドがあるのですが、このブランドで “Share the Load” (洗濯を分かち合おう)というキャンペーンが繰り広げられました。洗濯は女性だけの仕事ではない、負担を分かち合おう、男性も貢献しなさい、慣行を変えようというキャンペーンでした。女性の仕事、男性の仕事といった固定概念を打破しようという趣旨のものでした。
こうしたものが、消費財メーカーが顧客とエンゲージするために使えるアイデアです。オンライン販売だけが有効なのではありません。物語を語る、ということが重要なのです。ブランドを語るということです。電子商取引について言うならば、小売店で十分に扱っていないものを扱いなさい、と言いたいです。
チャールズ・ディケンズの書いた『大いなる遺産』(Great Expectations)という本の中に、有名な一文があります。「それは、最高の時代でもあったし、最悪の時代でもあった」(It was the best of times, and it was the worst of times. )。今日、まさにこのことがCMOについて言えるのではないかと思います。CMOにとって、今は最高の時代でもあるし、最悪の時代でもあるでしょう。データ、顧客とのエンゲージメント、新しいチャネル、こうした展開を新たな可能性だと見出したならば、CMOにとって最高の時代だと言えるのです。それによって、CMOの役割を根本から変え、成長の原動力となり、ブランドマネージャーとなり、コンテンツ解析の専門家となれるチャンスです。
ところが、CMOが変われなかったら、最悪の時代になります。なぜなら、CMOの役割は縮小され、ますます、あってもなくてもよい職務になってしまうからです。ですから、締めくくるにあたり、次のようなメッセージをお送りしたいと思います。
日本のCMOの皆さんは、こうした可能性に発奮すべきです。仕事を次のレベルに持っていけるという能力を発揮すべきです。そして、この新しい役割をこなせるという自信を持つべきです。一方で、知らないことを認める謙虚さも必要です。25歳の部下のところへ行って、ソーシャルメディアについて教えてほしい、手伝ってほしい、と働きかけることに、まったく問題はありません。若い人を巻き込みましょう。ですから、可能性に対して発奮し、自分の能力に自信を持ち、学ぼうとする姿勢を持ち謙虚であること、この3つの要素が、CMOを成功へと導くでしょう。
イノベーション、戦略的マーケティング、ニューメディア領域において世界的に著名。ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院における当領域の責任者。世界経済フォーラムのフェローでもある。戦略コンサルタントとしては、アクセンチュア、アドビ、AT&T、ボーイング、デル、GE、ジョンソン&ジョンソン、マイクロソフト、マクドナルドなどに助言している。
1988年博報堂入社。以来、50を超える企業の事業・商品開発、キャンペーン開発、グローバルブランディングに従事。現在、博報堂DYグループの“生活者データ・ドリブン”マーケティングの中核推進組織を率いる。ACC(グランプリ)、Asian Marketing Effectiveness(Best Integrated Marketing Campaign)他受賞多数。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。著書『マーケティング立国ニッポンへ―デジタル時代、再生のカギはCMO機能』(共著)。
慶應義塾大学大学院 経営管理研究科修士課程修了。都市銀行、戦略コンサルティング会社を経て、2001年、博報堂ブランドコンサルティングの立ち上げに参画。IMJとの合弁で設立した博報堂ネットプリズム代表取締役社長、日立製作所とのビッグデータ解析プロジェクト、マーケット・インテリジェンス・ラボの共同代表を歴任。2016年4月より現職。ITを活用したマーケティング改革を専門とする。