1957年、戦後焼け野原となった広島で、「女性の輝く時代のために」と創業したガラスビーズ・メーカー、トーホー株式会社。「TOHO BEADS」の名のもと、色、形の揃った高品質なガラスビーズを製造し、世界各国に販売しています。TOHO BEADSの国内手芸用ビーズのシェアは、なんと約7割だとか。
そんな中、3代目社長が4年前に始めたのが、今回取材したブランド「PENTA」です。「PENTA」は、肌に沿う平面のデザインを特徴とした、大人向けのガラスビーズジュエリーブランド。オリジナルの色、形のビーズで作るPENTAのジュエリーは、肌なじみが良く、上品な印象を演出してくれます。雑誌への掲載が相次ぐなど、今注目を集めています。
山田:まずは、どういうきっかけで「PENTA」というブランドをスタートさせることになったのか、教えていただけますか。
山仲:私は家業とは関係無いインテリア関係の会社で働いていました。それが、11年前のある日、創業者である祖父に「戻って来なさい」と言われて。最初は「どうしようかな」みたいな感じで…。
山田:もともとのお仕事も嫌ではなかったのですね。
山仲:嫌じゃないですよ(笑)。全く嫌じゃなかったのですが、家業で、自分は長男だし、使命感というか、誰かやらないといけないんだろうなと思って、戻って来たんです。
戻って来て、感じたことがありまして。これだけの人たちが汗かいて、これだけ苦労してつくっている「ビーズ」というものに対する価値観があまりにも低すぎると思ったんです。
山田:低すぎるというのは…。
山仲:売り値云々という問題よりも、まさにブランドというか、世の中に感じられている「価値」の部分ですね。たとえば「仕事は何をやっているの?」と聞かれたとき、「ビーズをつくっているんだ」と応えると、「あ、ビーズ。子どもの頃やったよ。あのおもちゃ屋さんに売っているやつだろう」という感想で終わってしまうんです。
まあ、それはそうなんだけれど、実は著名な現代アートのアーティストに使われていたり、趣味で使ってくださっているユーザーさんもものすごい作品を作っていらっしゃったりするんですよね。「ビーズ・ビエンナーレ」というビーズのアート・コンテストがあったり、製品の素材としてもシャネルのオートクチュールのドレスに刺繍されていたりですね。
山田:なるほど。伝わっていない部分が大きいと感じたと。
山仲:ビーズって、素材なので、表に出にくいんですよね。例えば、「この服はすごいけど、どこの糸?」と問われても分からないのと一緒です。素材は主役にはなりにくい。製品を引き立てる脇役です。
だから、どうやったら、我々がつくっているものの価値を皆さんに伝えられるだろうかと、ずっと考えていて。考えているうちに、ビーズを材料として売るだけではなくて、形になった状態で直接ユーザーさんに届けるということをやってみようと思うようになったんです。そして始めたのが、素材ではなく完成品として商品を売る事業です。
山田:PENTAはもともと、FUJI TATE P(フジタテペ)さんという個人のデザイナーさんがやっていたブランドだったんですよね。
山仲:フジタテペさんとは、たまたまご縁があって出会ったんです。ある方が「ビーズですごい製品をつくっている子がいるんですよ」と言って紹介してくれたのがフジタテペさんで、彼が銀座で販売会をやっていると聞き、見に行きました。
山田:フジタテペさんがつくられているものを見て、社長も、これはすごいなと思われた、と。
山仲:そうですね。作品が。とても変わっていました。変わっているという言い方はよくないかな。すごく特徴的だったんです。ほぼビーズだけしか使わずに、個性的な立体を表現しているんですよ。これは面白いなと。
うちのビーズの一つの特徴は、さまざまな色が出るところ。フジタテペさんはカラフルな色を活かして、いろいろな作品を作られていて。ビーズだけで本当に多様な表現をしていました。
山田:先ほど、脇役のビーズをどうやって主役にするか、とおっしゃっていましたね。ビーズの価値観を上げていきたいという思いに、ビーズを主役にしてユニークな作品をつくるフジタテペさんはぴったりだと思われたんですね。
山仲:まさにそうですね。すぐ、「一緒にやらない?」と声をかけました。フジタテペさんはもともと自分でデザインしたものをひとつひとつ自分で作りお客さんに売るというスタイルだったんですが、コラボレーションすることで、彼はデザインに集中でき、我々は彼のデザインで製品をつくることができるという双方にメリットがあるかたちになったんです。一緒になってブランドを盛り上げていこうということに、お互いに方向性が一致しました。
山田:PENTAさんの情報を事前に拝見して面白いと思ったのは、そのコラボレーションのあり方なんです。企業がアーティストやデザイナーと組むことはあっても、普通は新しいブランド名をつくったり期間限定コラボレーションにとどまったりが多いと思います。ところが「PENTA」の場合、もともとフジタテペさんという個人がやっていたブランドを、そのまま株式会社トーホーのブランドとしていますよね。個人ブランドが企業ブランド化していくというのが面白いなと思いました。
新ブランドを立ち上げるのではなく、PENTAというブランドをそのまま自社でやろうと思った経緯を教えてください。
山仲:正直言って、我々はそうしたブランディングについてはよくわからなかったので、「PENTAで行こうよ」という気軽な感じでした(笑)。それを受け入れてくれたフジタテペさんの優しさがあったと思います。自分が育ててきたPENTAというブランドを「みんなでもっと大きくしたい」というフジタテペさんの思いがあったんです。
もともと、PENTAのほかにも、素材としてではなく完成品までつくって売る別のブランドがあったんですけど、なかなか鳴かず飛ばずで…。自分たちがデザインをやっていたのではなかなか難しいなと思っていたところだったんです。
フジタテペさんはファッションの世界で評価の高い方で、我々からしたら、そりゃ感度も高いんですよね。そんなフジタテペさんは「もう自分1人のブランドじゃないと思っています。一緒にやっていきましょうよ」と言ってくれました。PENTAをみんなで大きくしていくことに、お互い納得したんです。
山田:トーホーさんとしては苦手だったデザインの部分を、フジタテペさんと一緒になることで克服できた。本来の目的である「ビーズの良さを活かす」ということを叶えるデザインが実現できたわけですね。そして、フジタテペさんも個人の力だけでは難しい製造の面などをトーホーに任せることで、さらにブランドを育て広げることができるようになった。
PENTAをそのまま企業ブランド化することが、お互いWIN-WINなコラボレーションの形だったわけですね。
山田:改めてPENTAというブランドの特徴や魅力をご説明いただいてもよろしいでしょうか。
山仲:PENTAというのは、うちの持つビーズの技術をいかに生かすか、を突き詰めたブランドだと思っています。最初は、うちにもともとあるビーズだけでつくっていましたけれども、今はディレクター兼デザイナーのフジタテペさんが直接うちの工場に来て、色・形・穴の大きさなど、特注のビーズをつくり、それを材料につくっています。できる、できないのぎりぎりを攻めながら、特注ビーズを開発していますね。そうしたことができるのがうちの強みですし。それが、PENTAの特徴なんです。
山田:PENTAのファンの方、ご購入される方はどういう方が多いですか。
山仲:いわゆるハイ・ブランドというよりも、「語れる商品」を身につけたいなと思われる方に買っていただいているんじゃないかなと思います。うちは「砂を溶かすところからつくっている」というモノづくりの部分も押し出しながら販売しています。ユーザーさんには、安いからとかデザインがいいからとかだけじゃなくて、そうした「語れるから買う」という方が多いと思いますね。実際、PENTAを購入した次の日に、友人を連れてまた買いに来てくれた方もいました。
山田:「語れる商品」というのは面白いですね。事前にブランドの冊子も拝見させていただいたのですけど、何種類もの冊子があって、そのうちの一つは工場の製造の過程をすごく丁寧に写真と文章で描かれていますよね。
山仲:そうですね。アクセサリーは世の中にいっぱいあるので、そこでどうやって差別化するかということは意識しています。我々としては、背景にあるストーリーというのが一番大事だと思うのですね。逆にそれしかないんじゃないかな、と。モノをつくっていますのでね。そこが最大にして最強の差別化。ビーズを買って作るのは、誰でもできることなので。
山田:背後にあるストーリーが差別化のポイントになっていくということですね。
山仲:特に日本、アメリカ、ヨーロッパでは、背景のストーリーがあって「何でこれなのか」をちゃんと伝えられる商品か、安くてたくさん売っているシンプルな商品か、二極化しているような気がしますね。
我々はどっちを行くべきなのかと考えたときに、「我々は砂を溶かすところからやっている」、それをお客さんに伝えないといけないかなと。フジタテペさんともそこは共有できているのでそういう冊子を作っているんです。
山田:マーケティング用語で、USP、ユニーク・セリング・ポイントなどと言いますが、背後にあるものづくりのストーリーこそがUSPなのである、と。
山仲:そうそう。まさにユニークな、ここしかないものですね。
山田:冊子以外に、「語れる」ということを広げていくためにやっていらっしゃることはありますか。
山仲:一緒につくったりデモンストレーションしたりというイベントをやっています。普通の人は、ただ製品で置いてあるだけだったら、なかなかどうやってつくられているのか分からない。一個一個「こうやってやるんです」と実演したことがあります。
ユーザーミーティングみたいなのはやりたいですね。何かできないかな。「PENTA」を持っている人集まれ、みたいな。
山田:私たちも、そこに課題意識を持っているんです。企業の側が自分で自分のことをしゃべるというのは、広告だったりPRだったりといろいろな機会があると思うのですが、「ブランドのファンにそのブランドのことを語ってもらう」という機会をつくっていくことが、大切だと思うんです。
山仲:スノーピークなんかは、まさにそれをやっていますよね。ユーザーミーティングをして、そこに経営者が行ってしゃべっているみたいな。そして、来てくれた人がまた別の人に思いをさらに伝えてもらうみたいな。
山田:フジタテペさんのようなコアになるアーティスト、デザイナーの方がいることで、「語れるコミュニティ」みたいなものが広がっていくこともありますよね。
山仲:ええ。メーカーとしてやるよりは、フジタテペさんみたいな特徴的な方がいて、その周りの人たちから広がっていくというところも、けっこうあると思います。
そうは言っても、無理に新しい関係を作るというよりは、縁ですね、全部、縁です。
山田:なるほど。長く続く関係は無理に作ってできるものでもないのかもしれませんね。今日はありがとうございました。貴重なお話をうかがえて、面白かったです!
■ご参考■
ト―ホ―株式会社 http://www.toho-beads.co.jp/
PENTA http://penta-toho.com/
【撮影協力】桑原雷太
博報堂ブランド・イノベーションデザインでは、これからのブランドには「志」「属」「形」の3要素が不可欠だと考えています。「志」はその社会的な意義、「形」はその独自の個性、“らしさ”、「属」はそれを応援、支持するコミュニティを指しています。(詳しくはこちらをご覧ください)
今回は「属」の視点で、「PENTA」から読み取れるこれからのブランド作りのヒントを考えてみたいと思います。
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