―まず、「pacoo」はどんなプロダクトなのでしょうか?
金 :「pacoo」は、「食べ物の記憶をポジティブにする」というコンセプトの子供向けの食育フォークです。フォークで野菜を刺して、口に運ぶと、スマートフォンアプリが連動して、子供が喜ぶポップな音が鳴ります。「ピーマンやニンジンは苦い・おいしくない」というような味に対するマイナスな印象を、「ニンジンは楽しい・おもしろい」という全く異なる軸で、新たな「好き」をつくれるといいなと思っています。
また、pacooによって、食事中に子どもの笑顔が増え、家族のコミュニケーションが活性化できるのではないかと期待しています。
テクノロジーはとてもシンプルです。タッチセンサーと加速度センサーが入っていますので、フォークで野菜を刺して持ちあげて口に当たった時、その二つのセンサーが反応します。この「食べた」というのをセンシングすると、スマートフォンへ信号が送られて、スマートフォンのアプリと連動してスマートフォンから音が鳴るという仕組みです。
― pacooのプロジェクトが始まるきっかけは、なんだったのでしょうか。
金 :元々、私は博士課程で情報理工学系研究科にいて、新しい体験づくりをやってきました。私が興味のあった分野は、テクノロジーの新しい使い方。それは、できないことができるようになったり、苦手なことが好きになったりといった、人の気持ちをポジティブにするテクノロジーです。
プロダクトのアイデアを考えている時に、子供たちの食の好き嫌いにとても悩まされている方々が多いということを知り、子供たちの食がより楽しくなる工夫を考え、調べました。
まず、周囲の子を持つ社員たちに子供に苦手な食べ物をどのように食べさせているかをヒアリングしたところ、丸くする等ちょっと形を変えるだけでも食べてくれるという話を聞き、食べるモチベーションは味だけではないのだということに気付きを得ました。子供たちの興味を引くような「楽しい体験」が、子供が自ら苦手な食べ物に手を伸ばしてくれることに繋がるのではないかと思ったんです。その頃に、塚田先生がされていた研究にも出会いました。
塚田先生:それが1年ちょっと前ですね。金さんから初期のプロトタイプを見せてもらって、今後の相談を受けました。元々、私も何かを食べたときに音でフィードバックを返すと、食事中にどういう影響が出るかということを研究していました。「食べたら色々な音が出るから食べてみようね」というような親子のコミュニケーションが発生して、食べさせやすくなるのではと考え、実験をしていたんです。その際に使っているインタラクティブフォークは、pacooに似た形ではありましたが、もっと無骨な形で、ここまでコンテンツのつくり込みはしていなかったですね。
―お二人とも、個々にかなり近いアイデアで研究されていたのですね。
そこから協働で開発を進めていかれたんですか?
塚田先生:そうですね。大学だけでは、コンテンツをここまでつくり込めないので、プロダクト自体は、「Human X」の方で作っていただいています。
金 :プロダクト開発も、塚田先生にアドバイスをいただきつつ進めていました。また、pacooが実際にどれぐらい効果があるのかという、その評価方法や効果実験を、現在一緒にやっています。今日実施したワークショップも、その場で親子を集めて触ってもらって、どういうような反応があるのかの調査や、今後の研究のための被験者を集めるためのイベントなんです。
―pacooのキーとなっている「音」の開発はどのように進められたのでしょうか?
金 :音のアイデアは先程も触れた、子育てをしている方々からいただいたもので、そこから具体的なアイデアを考えていきました。今採用されている歌とは違うものも色々あって、子供たちに聴いてもらって、試行錯誤しました。実は、ニンジンだけでも10曲くらいバリエーションがあるんですよ。食べるたびにその音楽が変わっていくんです。
―プロトタイプ開発の中ではどういう障壁があったのでしょうか。
金 :アイデア自体は1年半ぐらい前からは練っていたんですが、具体的な制作作業は、SXSW(サウスバイサウスウエスト、アメリカテキサス州オースティンで毎年開催されるテクノロジー・音楽・映画の祭典)の3~4カ月前からなんです。制作の前段階として、どうすれば世の中が受け入れてくれるようなストーリーになるのかという検証に時間をかけていたんです。形になってからも、バグがあったり、予想外の反応が発生したため、それを細かく直すという作業があって、出展のギリギリまでブラッシュアップしていました。
塚田先生:出展までにかなりバタバタしていましたが、何度も打ち合わせをしたような気がしますね。音の検証も一緒にしていまして、例えば、長めの音を分轄してちょっとずつ聴かせて、最終的に一曲が聴けるような形式はどうかとか。試してみたら、子供はあまり待ってくれなかったんですよね(笑)
―SXSWでの現地の人々の反応はいかがでしたか?
金 :SXSWは、一般的なBtoB向けのテクノロジー系展示会とは違って、地域の住民など多いので、子供連れの家族もいらっしゃって、親御さんたちが「今すぐ、これを売ってほしいんだけど!」という声もかなりいただきました。
また、医師など医療関係者もいらしていて、子供が野菜を食べず栄養が偏っているという相談で病院に来る方が結構いるということも伺いました。「子供が野菜を食べない」ということは、全世界共通の課題なのだと知ることができ、これは国内外にニーズがあるのではという手ごたえも感じました。プロトタイプで終わるのではなくて、ちゃんと世の中に出す必要があると確信しました。
技術面のフィードバックもいくつかいただきました。例えば、スピーカーを内蔵したほうがいいんじゃないか、とか、食べ物を認識してその音が鳴るとより良いんじゃないかといったことです。商品化するには、コストや使いやすさを意識しなくてはいけないので、どこまで改良するか、そのバランスを検討しています。
―今日のワークショップで得られたことはありましたか?
金 :音が鳴る楽しさだけでなく、スマホアプリに表示される画面に反応しているのが意外でしたね。子供たちがアプリに反応して楽しんでいました。
また、そうした遊び方をする子たちは小学生だったのですが、当初は、対象年齢を2~5歳と想定していました。それ以上の年齢の子供たちも、ちゃんと楽しんでもらえるということが嬉しい発見でしたね。
塚田先生:アプリ画面をシンプルに表示するのはいいのかもしれないですね。
僕にとっては、手がけたインタラクティブフォークの中で、pacooは3代目ぐらいのフォークなんですが、最初は先程お話した、スピーカーもフォークに内蔵されていて、食べたら音が鳴るというごく単純なもので、二代目がもっと高機能な、食べたものを識別できて、スマホアプリに食育のゲーム機能があったフォーク。pacooは、そのハイブリッドみたいなもので、スマホのアプリはシンプルな画面にして、楽しい音が鳴る。今日のワークショップで子供が喜んでいたのをみて、意外にそれくらいシンプルな方がいいのかなと思いましたね。
金 :今の時代ならではですよね!
保育園に勤めているお母さんからの感想で、小さい子供は、じっとテーブルについていることすらも難しいので、まずはpacooを使うことで、ちゃんと食卓に座っていられるという、食育の第一歩として使えることが良いと、おっしゃっていただきました。
―今後の展望を教えてください。
金 :pacooをいい形で世の中に出したいなと思っています。「いい形」というのは、値段も高くなりすぎず、ちゃんと子供たちの手に届いて、かつ、壊れたら修理ができるなどのアフターサービスも提供できる、そのような点をちゃんと実現できるようにと考えています。世の中のために、どのような進め方が最適かを考え、一緒に取り組んでいけるパートナー企業なども探しながら、実現に向けて今も動いています。
塚田先生:pacooを広く世に出していくためには、エビデンスがあったほうが進めやすいので、本格的な検証をしていきたいですね。ご家庭にpacooをお渡しして一定期間使用していただいた上での効果をとりたいと思っています。食べられなかったものがどれくらい食べられるようになったか、子供の様子がpacooを使っている時と使ってない時でどう違うのかというのを記録して発話や笑顔がどれくらい増えたか、等を観察する予定です。
―最後に金さんが伝えたいことがあるそうで・・・?
金 :そうなんです(笑)学術機関などにはまだまだ素敵な研究がありますが、世の中に出すタイミングが合わなかったり、生活者に届けていくために組む組織として相性の合う出会いがなかったりして、埋もれてしまっているものが沢山あると、強く感じています。そのような研究とコラボレーションすることで、ちゃんと世の中に響く形で出すということをやっていきたいと思っています。今回も、先生がされていた研究をきっかけに、こうしてpacooが生まれています。
塚田先生:すばらしいことだと思います。僕も、インタラクティブフォークを何回も商品化しようとしておりまして、何社にも持ち込んだり、クラウドファンディングをやってみたりもしてきましたが、上手くいきませんでした。
金さんとこうやって、新しい形を試作して、それを使った実験までできるというところまで来れました。大学の研究室にとっては、toC(Consumer)に向けたアイデアやデザインといったリソースにはなかなか割けないため、金さんの参加は非常にありがたく感じています。
金 :ありがとうございます。博報堂の社員として「生活者視点」を活かして、世の中にどのような課題があるのかと、これまでのテクノロジスト・研究者の経歴を生かして、どういう研究が使えるのかを、間に立って見ることによって、そのマッチングをサポートして、より魅力的に見えるような形で世の中へ出していきたいと思っています。そうすることで、研究者の方々にも、生活者の方々にも喜びを作っていきたいと思います。
2005年慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科博士課程修了。博士(政策・メディア)。2005年4月より、独立行政法人産業技術総合研究所 研究員。2008年3月より、お茶の水女子大学 特任助教。2010年10月より、科学技術振興機構 さきがけ研究員(兼任)。(※2012年4月~2013年3月までは専任)2013年4月より、公立はこだて未来大学准教授。生活環境に適したユーザ・インタフェースの研究・開発に従事。2012年イグ・ノーベル賞(音響学)受賞。
博報堂入社以来、テクノロジーを起点とする新しい体験の研究開発に従事。プロダクトの企画・開発、知財領域のマネジメント、大学との共同研究、電子工作やプログラミングを用いたプロトタイピング等を担当。クロスモーダルデザインWS幹事、Affective Media WS幹事、文部科学省科学技術・学術政策研究所専門調査員。