―― 斉藤さんがプロデュースした「リリックスピーカー」について教えてください。
斉藤
リリックスピーカーは、音楽を再生すると、スピーカー前面の透過スクリーンにその楽曲の歌詞が浮かび上がるスピーカーです。楽曲の雰囲気や構成に合わせて歌詞のフォントや動きが変化するようにプログラミングされていて、優しい曲であれば優しいグラフィックで、エネルギッシュな曲なら力強いグラフィックでと、音楽を聴きながら豊かな歌詞の表現を楽しんでもらえます。曲の雰囲気を解析し、それぞれの楽曲にふさわしい歌詞のモーショングラフィックを自動で生成していきます。
昨年から、新ラインとして「リリックスピーカー・キャンバス」も発売しています。リリックスピーカー・キャンバスも、リリックスピーカーと同じく、音楽とともに歌詞を味わうためのスピーカーです。こちらはレコードのジャケットを2枚重ねて立てかけたようなデザインで、言葉をインテリアのように部屋に飾るというコンセプトで開発しています。
―― リリックスピーカーが生まれた経緯は?
斉藤
SIXでのミーティングの中で生まれました。SIXは、6人のクリエイティブディレクターとひとりのプロデューサーで設立した会社です。SIXでは、単に話題になるものを考えるのではなく、企業や社会、ユーザーにとっての本質的なニーズや課題を解決する、という思考プロセスで様々な問いと向き合っています。
その中で、当時の僕には、“音楽の聴き方”についての課題意識があって。最近の音楽はストリーミングなどで手に入りやすくなったけど、聴いている時間の密度とか、音楽と向き合う熱量は、以前より減っているのではないかと、1リスナーとして感じていました。
たとえば、歌詞カードを見ることも減りました。ですが歌詞は楽曲の大きな部分を占めているものです。「音楽で救われた」とか「音楽に背中を押してもらった」という経験は誰にでもあると思いますが、その主成分は歌詞だったのではないかと思いました。
歌詞が人の気持ちに与える影響は大きいのに、その体験は過去よりリッチにはなっていない。であれば、歌詞体験を進化させる装置があったら、いまの音楽体験をアップデートするものになるのではないか、と思ったんです。
―― 歌詞の可能性に着目したということですね。
斉藤
歌詞をきっかけに、それまで興味を持っていなかった曲の魅力に気づくこともあります。たとえば、リリックスピーカーのユーザーさんからは、「普段は洋楽オンリーで、日本のアイドルの曲は聞いていなかったが、リリックスピーカーでふと聴いたら、歌詞で歌われている10代の葛藤などに興味を持ち、そこに共感もして好きになった。なかなか新しく好きになる曲がなかったから、趣味の守備範囲が広がって良かった」という話を聞きました。一方で「もう30年間さんざん聴き尽くした70年代の古いバンドの曲が、歌詞を中心に聞きなおすことで、また新鮮な気持ちで楽しめている」という声も聞きました。
このようにリリックスピーカーが、昔から馴染みのコンテンツも、新しいコンテンツもどちらもより充実して聴く時間を提供できる体験になればいいなと思っています。
―― リリックスピーカーは、音楽の楽しみ方の“別解”と言えるのではと思います。別解が生まれた瞬間があったとしたら、いつだったと思いますか?
斉藤
ひとつは、コンテンツが無限に生まれてくる現代、それらを追いかけるのも楽しいのですが、過去のコンテンツをもっとじっくり味わう、それも音楽体験の進化だなと思ったことです。
たとえば現存するレコードって、そろそろ100年前のものもあるような時代になっています。1920年のレコードとかもあったりして、そういったものも素晴らしい普遍的な芸術だったりします。新曲をどんどん楽しんでいくのも良いのですが、過去の曲を新しい聴き方で聴くことも、新しい時代の音楽体験なのではないか。そんなことに思いを巡らせた瞬間です。
もうひとつは、最近の音楽がどんどん“ツイッターのようになってきている”という肌感です。最近の欧米のアーティストって、曲の長さが1〜2分とかすごく短くなっていて、またリリースペースも早くなったように感じます。これってまるで、曲がソーシャルメディアのように「言葉」になっていっていて、アーティストが思ったこと感じたことを、そのままむき出しで歌にして発信していく時代になってきたということなのかなと。
そうであれば、歌詞を味わいながら世界のヒットチャートを聴いたとしたら、それはまるで世界の人々のいまこの瞬間の感情や、思っていることが次々と表現されるタイムラインのようで面白いのではないか。部屋の中に、世界の感情が現われては消える額縁みたいものがあったら面白いなと。このあたりの気づきが、リリックスピーカー・キャンバスにも繋がっています。
―― 実際の開発にあたってのこだわりはどういう点ですか?
斉藤
普通に曲を聴く、ライブを見るなど音楽体験はいろいろありますが、リリックスピーカーで歌詞を見ながら音楽を楽しむことは、それらとは違ったオルタナティブな楽しみ方として、別の感動をもたらす体験にしたいと思っています。
たとえば、言葉がバン!と強く心に入ってきて、「ああ!たしかにこのアーティストが歌っているように、それこそ真実なんだ!」といった気づきの瞬間があると面白いと思っていて、そんな気づきの瞬間が生まれるように、文字の美しさ、モーショングラフィックの心地よさ、言葉のインパクトなどにこだわって作っています。
―― 最後に、斉藤さんが考える別解についてお聞かせください。
斉藤
僕はここ10年くらい、テクノロジーを使った音楽体験の進化に焦点を絞って、集中しています。いまはリリックスピーカーの体験をひたすらアップデートしています。また、リリックスピーカーで活用されている歌詞をビジュアライズする技術を様々な音楽体験の中でも楽しめるようにするトライをしています。
別解を生み出すために重要なのは、領域を絞ることだと思います。ずっと同じテーマで、前回のトライを踏まえて、次はまた違うものにしていこうと新たなトライをしていく、そのトライアンドアップデートに進化があると思います。
COTODAMA リリックスピーカーのサイト:https://lyric-speaker.com/
斉藤迅(さいとうじん)
クリエイティブディレクター集団SIXの共同執行責任者。広告制作・ブランディングのほか、COTODAMA CEOとして、再生した楽曲の歌詞が浮かび上がるスピーカー「リリックスピーカー」の制作・開発・販売を手がける。
OK Go X Double A 「Obsession for Smoothnes」でカンヌ・クリエイティビティアワードGOLDなど、これまで多数の海外賞を受賞する。