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【別解が生まれた瞬間 #6】別解は、“義憤”から生まれた行為だった。~SEEDATA代表 宮井弘之「トライブ・リサーチ」

2019.10.10
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博報堂のクリエイティビティには「“別解”を生み出す力」がある、と考えます。論理的に考えてたどり着く“正解”では解決できない課題が増え続ける社会において、常識を打ち破る“別解”で課題を突破し、新しい価値を生み出していく。すでに博報堂グループの中でもさまざまな別解の芽が生まれ、未来を切り拓く挑戦が始まっています。
このインタビューシリーズでは、別解を生み出し、その社会実装に取り組むプロジェクトのメンバーに「別解が生まれた瞬間」を尋ねます。第6回では、博報堂DYグループの社内ベンチャー企業である株式会社SEEDATA(シーデータ)代表の宮井弘之に話を聞きました。

“もったいない”という思いが原点

――2015年の秋に設立され、今年で4期目となるSEEDATA。社員数も順調に増やしながら事業を拡大していっていますが、まずは同社設立のきっかけについてお聞かせいただけますか?

宮井
博報堂DYグループの社内ベンチャープログラム「AD+VENTURE」を活用して起業しました。その頃、僕は博報堂のブランド・イノベーションデザイン局でストラテジックプランニングやコンサルティングの仕事に従事していました。その中では調査の業務が数多くあり、あるクライアントのために調査を行い、詳細に分析したレポートをそのクライアントに納品する、ということを日々繰り返す中で、ずっと“もったいない”という意識があったんです。「3ヶ月前にあのクライアントで実施した調査は、本当はこっちにも使えたのになぁ」というような思いがすごくあって。調査のデータや知見を1社だけにではなく、他の企業にも活用することができたら、価格や納期も含めて色々なメリットがあるんじゃないかと考えていました。
それを実現する方法として、「あらかじめ自分たちで調査を行い、それを低コストで広く提供する」という仕組みをつくりたいと思ったのがきっかけです。

――その構想はいわば「リサーチの別解」だったと言えると思いますが、宮井さんはどうやって当時の常識から抜け出すことができたのでしょうか。事業化されるまでは色々な反応があったとか?

宮井
当初、この事業案に対しては「リサーチとは、クライアントからの依頼や目的があって行うべきもので、“先にリサーチしておく”というのはおかしいのでは?」といった社内の反発もありました。リサーチ、特に定性調査はクライアントの課題を受けてオーダーメイドで行うものだというのが業界の基本認識で、誰もそこに疑問は抱いてなかったんですよね。僕自身も、かつてはそう思っていましたから。

ただ、僕には “もったいない”という気持ちに加えて、「100万円で1回の調査をやるよりも、10万円で10種類の調査を試した方がいい」という確信があったんです。新しい商品やサービスを開発する時は、どのアイデアが当たるか分からないので、なるべく多く数を打った方がいい。費用がかさむオーダーメイド調査だと数を打てないけれど、僕らのリサーチを使ってもらうことで、数倍の可能性を検証できるようになる。
その確信の背景には、ブランド・イノベーションデザイン局に在籍しているときに『2回以上、起業して成功している人たちのセオリー』(アスキー新書、2013年)という書籍を制作した際、成功した起業家の方々にインタビューする中で、彼らに共通していたスタンスとして「未来は分からないから、何が起こっても大丈夫なように自分の体制を整えておく」ことが重要だと学んだことがあります。予測できない未来に対しては、たくさんの球を用意した方がいいんです。

――様々な反応を、具体的にはどのように乗り越えましたか?

宮井
これは企業内新規事業をおこす際の共通点でもあるのですが、みんなただ理由もなく反対しているわけではないんですよね。十分に伝わっていないだけなんです。みんなが思いもよらない突飛なことを始めようとするのが起業家なわけだから、起業したい人は他者に向けて、自分のやろうとしていることを丁寧に説明する必要があるんです。僕も「伝わるまで伝える」というスタンスで、事業化するまでの半年間は色々な人のもとに話に行きました。

自分としての動機だけでなく、“時流を捉える”という観点でも説明しましたね。SEEDATAを創業した2015年を「オープン・イノベーション元年」と僕は呼んでいるのですが、今でこそ一般的になった「オープン・イノベーション」という言葉が、Googleトレンドで調べると検索ボリュームが2倍になった年だったんですね。リサーチの知見を公開し共有可能なものにすることで、同じことに興味を持ったクライアント同士がつながり、コラボレーションにつながる契機を生むこともできる、そのためにやるんですと。

トライブに話を聞くほど面白いことはない

――そしてSEEDATAは、「トライブ・リサーチ」を事業の主軸として会社化しました。同事業内容について教えていただけますか?

宮井
5年後ぐらいに一般的になりそうな価値観や行動スタイルを、すでにいち早く体現している先進的な消費者群、いわゆる突き破っているような人たちを「トライブ」と命名し、僕たちの調査の対象として設定しました。具体的な事業としては、新たなトライブを発見し、そのトライブの行動や意識を明らかにする定性調査「トライブ・リサーチ」を実施し、調査から得られた知見を「トライブ・レポート」としてまとめ、クライアントに提供しています。
レポートには単なる調査結果ではなく、SEEDATAのアナリストによる未来洞察が記載されます。加えて、トライブから生まれ得る様々なビジネスチャンスへの示唆まで行っているのが僕らの強みです。トライブへの個別インタビューなどの生データも収録しているので、利用者が独自に分析を行うことも可能です。
企業はトライブ・レポートを活用することで、オーダーメイドで調査をゼロから設計する時間も費用も圧縮できます。

――起業時点では、衣・食・健康など様々な切り口から200程度のトライブをリストアップしていましたね。初期の「トライブ・リスト」(トライブ一覧)には、「ミックスチャネラー」、「ファンランナー」、「ドクターシューマー」などが並んでいます。
トライブのネーミングは、雑誌に出てくる「美魔女」のような言葉に近いようで、ちょっと違う感じですね。

宮井
「美魔女」は一般の人向けの言い方ですが、SEEDATAのトライブはビジネス向け(to B)の言い方をしています。読んだ人が、ビジネスチャンスを思い浮かべられるように。創業当時は「ビジネスマン向けのBRUTUS」というコンセプトでレポートを作っていました。トライブが使っているサービス名も、なるべくトライブ名の中に含めるようにしています。

ちなみに今は数十人のメンバーで毎年20冊ぐらいのレポートを発表していますが、立ち上げた頃は、僕と共同創業者の藤井陽平君と2人だけで一週間に1冊のレポートを作るという血迷ったことをしていて。調査の実施も含めて1週間です。あれは辛かったですね(苦笑)。でも、やるしかなかったんですよね、ベンチャーだし、これが僕らの“製品”なわけだから、熱狂的にやるしかなかった。

――初期の頃にリストアップしたもので、特に印象に残っているトライブはありますか?

宮井
4本目のレポートとなった「ノンラブティンダラー(Non Love Tinderer)」。「Tinder」や「Pairs」といったアプリはもともと恋愛目的で利用している人が多かったですが、当時一部のユーザーの間で、恋愛とは全く関係なく、ヨガや英語を教えてくれる人を探すためにアプリを使うという動きが生まれていて。僕らはそういったユーザー、つまりトライブを「ノンラブティンダラー」と名付け、取材し、生態を分析してレポートにまとめました。

このトライブが何を示していたかというと、例えばそれまでは、英語の教師を探すならばTOEICの点数などのスペックを指標に探すのが一般的だったのが、その人の部屋や暮らしなどの画像を見ることによって、自分の好きなライフスタイルの人に英語を教えてもらいたいと思うような「右脳的なマッチング」の兆しが現れていたんです。

この兆しはその後トレンドとなり、今でこそ不動産や人材をはじめ、あらゆる業界に広がっていますが、4年前の時点でその萌芽はTinderに生まれていたんですよね。

――SEEDATAのトライブは現在も数を増やし続けています。現時点で公開しているのは290個?

宮井
290個の全てが「ノンラブティンダラー」のように“当たる”かどうかと聞かれたら、「分かりません」というのが僕の答えです。でも、不確実な世界に対応していくためには、伸びそうだと思ったものには可能なかぎり手をつけておかないといけないと考えます。
以前、新しい形態の農家さんについてのレポートを作った時は、出張取材しながら相当力を入れて2冊も作ったのに、3年間は1冊も売れませんでした。ところが3年後に急に売れまくったんですよね、「こんなレポートがあったんですか!」って。全然売れなかったのは、あのレポートが時代を先取りし過ぎていたからだろうと思います。

SEEDATAの「トライブ・リスト」

――これだけ多くのトライブを探しつづけるのには、かなりの根気が必要な気がします。

宮井
僕たちはこういう仕事を始めたからには、世界一、生活者に詳しくなりたいと思っています。日本だけじゃなくて、世界中のトライブを探しています。「こんな面白い人がいる」というニュースを聞いたら、そのニュースを紹介するだけではダメで、SNSなどを活用してさっさとそういう人を探して会いに行く。「米国にいる」と聞いたら、米国に会いに行きます。

とにかく僕、トライブが大好きなんですよ。僕は学生の頃から消費者は面白いとずっと思っていて、それも、突き抜けているトライブとなると、彼らの話を聞くことほど面白いことはなくって、これをライフワークにもしていきたいほどに大好きなんです。SEEDATAにはそういう仲間が集まっています。トライブを肴にお酒が飲める人たちです(笑)。

別解を生むための2つの要件

――まもなく5期目を迎えるSEEDATAですが、立ち上げ時と比べて何が変わりましたか。

宮井
今も「トライブ・リサーチ」を核にしていることは変わりません。そのうえで、より企業のイノベーション支援に事業内容が近づいていっています。

トライブという発想がどうイノベーションにつながるかは、製造業を例にすると分かりやすいかと思います。旅行者に人気のカメラがあったとして、従来のマーケティングは旅行者のことを研究して、旅行者が求める性能を高めようとしていた。そうすると、上がっていく性能は大体ずっと同じような部分なんですよね。そこで一度既存ユーザーから離れて、サーファーの観点から発想してみると、波乗り中のひどい手振れがある状況でも写真を撮ろうとするエクストリームなニーズから、「尋常じゃないぐらいブレた状態での安定性」といった新たに向上させるべき性能のヒントが見つかります。
そうやって生まれたイノベーティブなカメラを、サーファーじゃなく、もともとのユーザーである旅行者に売っていこうというのが、僕らが今取り組んでいる「トライブ・ドリブン・イノベーション」です。

――今後もトライブ発想をもとに、次々と“別解”を生んでいきそうですね。

宮井
僕は今回のインタビューをきっかけに、別解はどうやれば生まれるのかを、分解して考えてみたんです。おそらく構造としては、別解が生まれるための“状況”を整えることと、別解を“行為”として実現することの2つの要素が必要だと言えるんじゃないかと思います。

僕個人においては別解が生まれた“状況”は、ベースにあった「義憤」だったと思っています。センス・オブ・ジャスティスですね。現状に対する怒りです。SEEDATAを起業したときは、今のリサーチのやり方は何ともったいないんだという義憤が着想のベースにありました。
僕だけじゃなく、何かに真剣に取り組んでいる人はだいたい義憤を持っていると思いますね。どんなイノベーターも義憤を持っているから、自ら動いて足りないものを解消しようとする。新しい行動を起こしているトライブも義憤を持っているんですよ。

もう一つ、僕が別解について強く思うのは、別解は“行為”でなければいけないということです。アイデアを出すだけでなく、ちゃんとした営み、アクションになっていなければいけない。それが本来の“解く”ということなんじゃないかなと思います。
僕の場合の行為としての別解は、「デペイズマン」と言えます。デペイズマンとはフランス語で、あるものを思いがけない場所ー本来そのものがない所ーに置くと、概念や価値観が崩壊するという現象のことを言いますが、クライアントのビジネスにトライブという発想を持ち込むことで、クライアントの価値観を壊し、そこからの発想をイノベーションへとつなげていく。そういうことを常に目指しています。

――実行力が重要ということですね。

宮井
そうです。課題を見つけるだけでなく、アイデアを出すだけでもなく、「実行力」を重視するということは、総合広告会社として博報堂に備わっている一つの強みだと思います。アクションを伴った解を出そうとすること、それは博報堂で新しいチャレンジをしている社員だけでなく、成功した起業家たちも、様々な分野で何かに真剣に取り組んでいる方々も、みんなに共通している態度だと思いますし、僕もそうありたいですね。
SEEDATAに話を戻すと、いつも僕は「責任あるプランニング」という言い方をしているのですが、レポートや事業計画を作ってプレゼンすることは手段でしかなくて、本当に実現につながっていくような、「実際にあなただったらやりますか?」と聞かれたら「やりますし、できます。」と答えられる企画を、常に提案し続けていきたいです。

■株式会社SEEDATA:https://seedata.co.jp/

■TRIBE List 2019: 290 Extreme People(トライブ・リスト):https://www.amazon.co.jp/dp/B07SMMBY4Q

プロフィール

宮井弘之(みやいひろゆき)
02年博報堂入社。主に博報堂ブランド・イノベーションデザイン局にて新商品・新サービス・新事業の開発支援に従事。幅広い業界のリーディングカンパニーと300を超えるプロジェクトを経験。博報堂子会社であり、近未来の消費者洞察データを基軸にイノベーション支援を展開する株式会社SEEDATA(シーデータ)を経営。

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