WEB・雑誌の編集者、TV・ラジオのプロデューサー・ディレクター等のメディア・キーパーソンと連携し、ニュース性の高いコンテンツを開発するプロジェクトチーム「tide(タイド)」。tideチームリーダーの川下和彦が、時のメディア・キーパーソンの方々と「潮流のつくり方」を語るシリーズです。
第三回のゲストは、『告白』『悪人』『モテキ』、さらに今年世間を席巻している『君の名は。』『怒り』『何者』など数々のヒット映画をプロデュースする一方、『世界から猫が消えたなら』『億男』などのベストセラー小説を生み出している川村元気さん。11月4日に上梓する2年ぶりの新作小説『四月になれば彼女は』の話を中心に、小説というアウトプットに込める思い、世の中を動かすコンテンツづくりのコツなどについてうかがいました。
川下:『四月になれば彼女は』を早速拝読しました。社会に一石を投じるような作品ですよね。すごく好きです。
川村:ありがとうございます。かなりインパクトがあったのか、この数日取材に来られる方は、僕のインタビューというよりも自身の恋愛観に基づいた熱心な感想を話し出されます(笑)。
川下:それはいい手ごたえですよね(笑)。映画のプロデュースをされていた中で、そもそも小説を書かれるようになったきっかけは何だったのですか。
川村:もともと、『悪人』『怒り』でご一緒した小説家の吉田修一さんと、映画と小説、それぞれでできることとできないことって何だろうという話をしていたんですね。そのときに、いまはグーグル検索してしまえば何でも答えがわかってしまう時代だけど、それでも答えが出ないことがある。そういうことを小説で書くべきなのではないかと気づいた。僕にとってそれは「死とお金と恋愛」だったので、死を描いた『世界から猫が消えたなら』、お金を描いた『億男』に続いて、今回のテーマは恋愛になりました。恋愛の問題というのは人それぞれ多様で僕にとっても本当に答えが出ない。読む人もおそらく、自分は人をどう愛そうとしているのか、結婚に対してどうあるべきなのかなど、自分の心の中にどんどん検索をかけていき、そのつど「ここはわかる」とか「ここは痛い」とか人によっていろんなところに刺さったのではないかと想像します。ただ間違いなく言えるのは、皆さんとても身につまされるようですね(笑)。
川下:手法的な部分ですが、1作目、2作目、3作目と書かれる上で、段階的に意識されたことはありますか?
川村:『世界から猫が消えたなら』は1人称を使い個人的な目線で書いた物語だったんですが、吉田修一さんに「次は3人称で書いたら?」と言われて。それで『億男』では、お金を通すとむき出しになってくる人それぞれの欲望のかたち、その多様性を描くことにチャレンジしました。すると今度は吉田さんが「次はいよいよ“描写”をやりなさい」と。確かにそれまで僕は描写を極力抑えて、龍安寺の石庭のようなフレームを作ることにより、その隙間を読者が埋めて読む小説を目指していた。でもやっぱり小説の魅力って描写なんですよね。たとえば男女が隣同士ソファーに座って映画を見るというだけのシーンでも、そこに心の動きは無限にある。二人がどういう表情をしているか、何を飲んでいるか、どんな家具があるかなどをひたすら描写し、その描写の積み重ねによってこの男女の間にながれる不穏な空気を感じていく、そして最後に寝室が別々であるということがわかる。そこで読者は二人はセックスレスなんだと瞬間的に気づき、感情が動く。
川下:なるほど。『世界から猫が消えたなら』、『億男』は、ストーリーの組み方や章立てなどから論理的に書かれた小説という印象を抱きました。『四月になれば彼女は』については、どのようなことを意識して書き進められましたか?
川村:僕はいつも、「半生」で書いていく面白さを感じながら小説を書いています。週刊文春での連載ということもありましたが、構想が半生の状態で書き始め、書いていくうちにやがて固まっていき、最後に自分でもわからなかった答えが出たり、意外な結論にたどり着いたりする。それが小説表現の面白さだと思うんですよね。映画だと、脚本があり、設計図のように構造が決まっていて、そこに向けてスタッフが作り上げていく化学反応の面白さがあります。でも小説の場合は、本当はここにたどり着くはずだったのに全然違う道にそれていっちゃった、といった場合のほうが、宝物の発見率は圧倒的に高い。
川下:川村さんは膨大な映画を見られていますよね。僕も一時期自分で決めて1日4~5本の映画を見続けていた時期があります。すると、特にハリウッドものだとストーリー工学というか型が見えてきてしまって。でも「LOST」とか「プリズン・ブレイク」なんかは、脚本は絶対先まで書いていない感じがして、だから面白いのかなと思ったことがあります。
川村:漫画の連載がまさにそれで面白くなるパターンですよね。「SLAM DUNK」なんか、井上雄彦さんが途中で終わることを選択したことで鮮やかな終わり方になっている。小説も、作家自身が途中で何かを見つけたり、驚いたりしていることが面白いと思います。
川下:確かにそうかもしれませんね。
川下:『四月になれば彼女は』でいうと、僕は読後感が非常によかったんですね。最後、緊張感の後の安堵感というか。あの落とし込みに、映画的な手法があったりするんでしょうか。
川村:そこにはもう間違いなく、映画屋としての執念が働いています。ラストシーンは、観念的なままにしたり投げっぱなしにしたりするんじゃなくて、それこそ映画的な、きちんとした主人公の中の結論を出そうと思っていました。
今回100人くらいの男女に恋愛についての取材をしたところ、セックスレスとか出会いがないとか、そういう話ばかり出てきたんですが、男性は性欲だけがあって恋愛感情が欠落しているような感じで、女性は、恋愛感情の欠損に対する絶望が非常に深かった。そのほぼすべての女性に「小説を書くのなら、必ず答えを出してください」と言われたんです。
半生の状態で始め、答えを探しながら書く作業はほんと苦しくて。必死でした。自分もそうですが、恋愛を通して見ると人は嘘がつけないというか、むき出しの生身になってしまいますから。
川下:そんな風に書かれていたんですね。
川村:ちょうど新海誠監督と『君の名は。』をつくっているとき、「主人公たちを走らせよう」と話していたんです。つまり、「この10年くらい、我々は好きな人のために走ったことがあるか?」という問いがあって。最近は葬式とか結婚式とかでも泣く人が減ったと思いませんか?みんなきちんとセルフコントロールされているというか、自制心があって。
川下:確かにそうかもしれないですね。
川村:僕はそれが、どうなんだろうと思ったんですね。誰かのために走ったり、じたばたして格好悪くあがいたり、それこそこの小説に出てくるような手紙を書くとか、そういうことをしなくなっている。でもそれこそが自制心が効きすぎている大人たちを救うんじゃないかって思ったんです。
いまの大人はあまりにしっかりしすぎちゃっているがゆえに、それこそ今回の主人公の職業である精神科医の先生たちだって、実際、人の悩みを聞くのは上手だけど自分の問題は何も解決できていなかったりする。それは僕らも同じで、飲み屋で人の恋愛の悩みにはいいアドバイスができるのに、家に帰ったら自分は恋人と終りかけていたり。それは面白いし、悲劇でもある。で、そこを突破できるのは、じたばたしたり泣いたり、あがいたりすることでしかない。“走る”ことこそが人の胸を打つんだと思ったんです。高校野球とかにいまだに感動するのはそういうことですもんね。
川下:そういうことですよね、よくわかります。
1979年生まれ。映画『電車男』『告白』『悪人』『モテキ』『バケモノの子』『バクマン。』、本年は『君の名は。』『怒り』『何者』を製作。2010年、米The Hollywood Reporter誌の「Next Generation Asia」に選出され、2011年、優れた映画製作者に贈られる「藤本賞」を史上最年少で受賞。2012年に初小説となる『世界から猫が消えたなら』を発表し130万部突破のミリオンセラーとなる。2014年に2作目となる『億男』を発表。その他の著書に、宮崎駿、坂本龍一ら12人との対話集『仕事。』、理系人たちとの対話集『理系に学ぶ。』、ハリウッドの巨匠たちとの空想企画会議集『超企画会議』などがある。
2016年11月4日、3作目となる『四月になれば彼女は』を上梓。
4月、はじめて付き合った彼女から手紙が届いた。
そのとき僕は結婚を決めていた。愛しているのかわからない人と。
2000年博報堂に入社。マーケティング部門を経て、PR部門にてジャンルを超えた企画と実施を担当。自動車、食品・飲料、IT、トイレタリーなど、幅広い領域で大手クライアント業務を手掛ける。「tide(タイド)」を発足後、積極的に社外のコンテンツホルダーと連携し、幅広いネットワークを持つ。著書に『勤トレ 勤力を鍛えるトレーニング』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)等がある。