kyu MARU(博報堂DYホールディングスの戦略事業組織「kyu」の人材交流プログラム)の一期生として、2017年6月10日から8月19日までの10週間「kyu」グループのSYPartnersで研修をしてきたラン ペイファーによるレポートをお伝えします。
2012年博報堂に中途入社。グローバルビジネス統括局媒体部を経て、2015年10月より
博報堂DYホールディングスkyu事業室勤務。
SYPartners(以下、SYP)は、ニューヨークとサンフランシスコの二都市に拠点を持つブティック・コンサルティング会社です。本社はマンハッタンのウェスト・ヴィレッジ南にあるカーペンターズ(大工)組合ビル8階。昨年12月により広い新しいオフィスに移転して以来社員数も増え、現在、東西で過去最大の250人が勤めています。創設者であるキース・ヤマシタは、元アップルの社員で、スティーブ・ジョブスのスピーチライターを務めていた人物。「よいスピーチを書くには、よい戦略が必要である」との気づきから、この会社を立ち上げたと聞いています。
今日では大手コンサルティングなどと競合するSYPですが、仕事の内容が今よりもっとブランディングやコミュニケーション寄りだった創設当時から、目的意識と信念に裏打ちされた企業の変革(Transformation)こそが成功(Greatness)への近道だと説いてきました。Nike、HP、IBM、Starbucksなどの企業のトップ・リーダーたちとの仕事を通じて、組織・チーム・個人のTransformationを促すための独自のメソッドやツールを磨き上げて早20年。SYPはアメリカのコンサルティング業界でもユニークなポジションを占めるに至っています。
そんなSYPの1日は大概キッチンで始まります。会社に着くとまずみんな朝食。めいめいが、アーモンド・バターを塗った焼きトーストの上にスライスしたバナナを乗せていたり、グラノーラとラズベリーが入ったボールにミルクを入れていたり、アボガドの種を取っていたりします。もちろんコーヒーをマグカップに注いでいる人も。そこから会話が始まります。「昨日の夜ランどうだった?」、「今日、クライアントがオフィスに来るから準備が大変なんだよ」、「お腹にいる子が元気で夜中蹴りまくるの…」少し話をしたら朝食を手に、各自担当しているプロジェクトの専用スペースに移動し、朝のミーティングです。ルールや決まりごとは特にありません。各プロジェクト・チームがそれぞれのスタイルとスケジュールで動いています。
私が研修中アサインされたプロジェクトは、米女性ファッション・リテールの上場グループ会社。スコープオブワーク(SOW)で合意された当初の課題は、業界全体が苦戦中のファッション・リテールで、トップライン成長を実現させるためのイノベーティブなビジネス・アイディアを2~3つ考えて欲しいということでした。しかし、システム思考(System Thinking)がアプローチとして浸透しているSYPでは、得意先にとっての目先の課題や現状からズームアウトする視点を常に持ち、クライアントの組織運営の中で何が欠如しているのか、どこが機能していないのか、その結果どのようなことが起こっているのか、深く考慮しながらシステム全体の構築・強化に務めようとします。その結果、当初のスコープ(SOW)を大幅に超える仕事をすることはざらだと聞きました。私の関わったクライアントでも、目的と戦略を明確にした企業の「物語」(Narrative)を策定するという仕事と、組織・リーダーシップが真に変わるための仕掛けを作るという仕事が、プロジェクト開始後、新たに加わっています。
念入りなリサーチに基づいた、考えるための「材料」を準備・提供し、様々なクリエイティブな実体験を通してクライアントに実際に考えさせ、自らの答えに導くのがSYP流です。そして、その際のキーワードとなるのが、Empathyです。共感と訳されることの多い言葉ですが、個人的には想像力に近いのではないかと思っています。クライアントと同じ目線に立ち、彼(女)らのしがらみや望みを想像すること、クライアントの傾向やクセを理解(想像)した上で、それらを先取りして体験を組み立てること、クライアントと人間的に向き合うこと… EmpathyがSYPのコンサルティングやデザインワークを自然にリードします。
プロジェクトの中心となるのは、ストラテジストとデザイナーです。この強力なデュオこそがSYPのコンサルティング・ワークの真髄であり、エンジンであると言えるのではないでしょうか。ストラテジストが、クライアントの課題やビジネスを取り巻く環境を誰より深く理解し思考の方向性を定めるのだとすれば、デザイナーは目に見えない複雑なアイディアやプロセスを、より人間中心(Human-centered)でエモーショナルなものとして具現化します。SYPでは、また、役割は固定されたものではなく互換性のあるものと考えるため、デザイナーが方向性を決め、ストラテジストがデザインのアイディアを出すこともよくあります。この二人三脚の仕事のクオリティとスピードは圧倒的でした。
SYPにおけるデザインの役割と意味も特筆すべきものがあります。昨今では大手グローバルコンサルティング企業がデザイン会社を買収し、ストラテジーからファイナル・エグゼキューションまで内製することは稀でなくなったかもしれませんが、SYPではデザインの考え方と実践を最初からコンサルティング・ワークの中枢に取り入れています。「デザインとは、未来を思い描き、そしてすべての要素をアレンジし、パワフルな現実にするための方法である」これがSYPにおけるデザインの定義です。そのため、戦略・組織・組織文化・サービス・体験・リーダーシップなど全てがデザインの対象であると考えます。(プロトタイピングの反復を含めIDEOの「デザイン思考」と非常に親和性が高いです。)
自分たちのファシリテーションを通じて、クライアントが自らの置かれている状況を別の目で見られるようにすること、見えるものを違うレンズを通して見、見えないものをも見ようとする目を持つこと。その直接的な体験から、トランスフォメーションの芽が生まれることをSYPのチームはよく理解しています。そして、時と場合によってそのような「気づき」に繋がる体験は、ある程度感情的なものである必要があるとも考えます。SYPにおける心理学の役割はなかなか独特です。中にいるとすぐに分かってくるのですが、SYPは理性と感情の両方を大変バランスよく操ることのできるプロフェッショナルの集団です。
企業風土を形成する要素のひとつに、その会社特有の「儀式」(Ritual)が欠かせないとしたら、SYPにもそういうものが多く存在するような気がします。例えば、毎週木曜日の午後4時からカフェ・スペースで行われるUnWINEd。これは、緊張を解く、リラックスするという意味のUnwindという動詞とワインをかけたなかなかうまい造語です。ここでは、新しくSYPにジョインしたメンバーや会社を離れていく者の紹介や、社員に関するニュース、シャウトアウトといって何か面白いことをした人に対していいね!と言葉を掛け合ったり遊び・ゲームみたいなものが行われます(夏はキャンプだろうということで、皆でキャンプ・ソングを歌ったりもしました。)イベントの名の通り、ワインが振舞われますが(どれもこれも素晴らしいワインです!)、皆一杯ほど楽しみ、30分ほどで散っていきます。
Naked Lunch(直訳すると裸の昼食。これはkyuの別の子会社であるSid Leeから借りてきたアイディアだそうですが…)といって、SYPの社長であるスーザン・シューマンと経営幹部を中心に社員全員が輪になって着席し、赤裸々に質問を投げかけるというようなミーティングも興味深かったです。会社の戦略や方針に関する質問、ボーナスに関する質問、(会社が提供する)ランチの内容に対する不満など、基本的にタブーな質問はありません。社長も幹部もできるだけ透明な形で答えようとします。その他にも、外部のスピーカーを囲んでの「Snack & Learn」と呼ばれるお菓子付きの勉強会や、特定のテーマに関するトーク/ディスカッション・シリーズなど、社員が自主的に提案し、実施していく形のものもたくさんあります。いずれにしても、SYPの様々なRitualからは、表現・共有・学び・遊びを大事にする姿勢が明確に伺えます。クリエイティビティはこのような土壌に育つのかもしれません。
SYPでは、個人の心身の幸福度や成長が仕事とイコールであると考えています。つまり、組織の一員として良い仕事をし、社会にインパクトを与えるというSYPの目標(Purpose)を実現するためには、社員一人ひとりが仕事だけでなく、私生活でも十分に自己を表現・実現できている必要があると思慮するのです。それ故、この会社では、プライベートと仕事の区別がほとんどありません。公私を含む360度の経験が個人に独自の視点を与え、その視点こそが仕事に欠かせないものだと信じています。「SYPにいる時間は、皆さんにとって、人生とキャリアの両方において、実用的かつ深く成長できるものでなくてはいけません。」人事のトップの言葉が今でも頭の中で響きます。
いつか誰かが、「SYPは企業や組織のカウンセラーのようなものかもしれない」と言っていましたが、なかなか分かりやすい例えではないかと思います。ますます不透明で不確実な世界、気分や体調がすぐれない、なんとなく不安である、しかし外なのか内なのか問題がどこにあるのかよく分からない。そのような状況において、自分が一体何者なのか、どこから来ているのか、どこに向かっていく存在なのか、5年後にはどうなっていたいのか、そのためにはなにをすればいいのか。単に処方や処置をするのではなく、正しい問いを投げかけ、自らの存在目的についてクリエイティブに考えさせることで、内に秘められた潜在的な能力を解き放ち、変革を遂げ続けるマインドと体質を持った高みへとクライアントを導くこと。SYPは今日も全力でそんな仕事をしているのです。