岡本
この1~2年で、いろいろなVRや体験ツアーなどを体験してみましたが、リアルの代替としてデジタルをとらえるのは生産性がないと感じていました。ナスカの地上絵もマチュピチュも、オンラインツアーだとリアルでは行けない視点で楽しむことができるわけですから。それからVRや映像で視覚と聴覚は刺激されるけど、それだけではまだ、そこまでの満足度が得られない。触覚もそうかもしれませんが、一緒に現地のお酒と食べ物を味わいながら体験するなど、プラスアルファの要素が加わればより高い満足感を得られる気がしました。
南澤
いまのテクノロジーだとまだ身体が置いてきぼりで、物足りなさ、深いところに入り込めない感じがあって、僕らもそこはなんとかしていきたいと思っています。それはもしかしたら、時間軸の問題かもしれません。映像やテキストだと、僕らが経験として消化できるスピードを超えてどんどん物事が流れていってしまうので、一つ一つがどうしても浅くなってしまう。自分の五感を使って何かを味わうというその体験を、きちんと蓄積できるかどうかが肝です。
実は、SF映画のように脳みそから直接信号が送られて…という世界は技術的には研究が進んできて徐々に実現に近づいてきているんです。ただ、そこで出てくる疑問は、自分たちは果たして身体を捨てる選択をしたいのかということ。フィジカルな身体とデジタルな身体とのバランスを取らなくてはならないと思います。デジタルで自由に動けるようになるからこそ、フィジカルの経験をどう構築するか。コロナを機にデジタル化が進んだけれど、効率も生産性も上がって仕事量も半分になったかというと、そうはなっていない。いまはちょうどそのひずみが出ている時期で、これからデジタルとフィジカルのバランスの再構築をきちんと考えなければ、個人個人の消耗戦になってしまうような気がします。
岡本
VRやテクノロジーを研究していて、南澤先生のようにフィジカルを重視する立場の方は稀ですか?
南澤
歴史的にはマイノリティでしょうね。僕らの少し上の世代は、SF最盛期世代で、良くも悪くも肉体を捨てることへの憧れがある気がします。宇宙に飛び出すとか300年生きるとかバーチャル世界ですべてが可能になるとか、純粋なユートピアとして語られていて、そんな人たちによっていまのロボットとかVRの領域が切り拓かれてきたんです。僕らの世代はその価値観が一巡している。デジタルだけを追い求めるのは何か違うと感じていて、もう一度身体的な時間、身体の経験を取り戻そうというのが、僕らやもっと若い世代のジェネレーションになんとなく通底する考え方かなと思います。
岡本
僕は清泉女子大学の先生と、ポストコロナに向けた「旅の価値の変化」を整理しているのですが(図表)、大昔に存在した巡礼とか哲学者の旅のように、関係強化の旅とか、学びにフォーカスした旅、自己変革を求める旅が今後もっと増えていくだろうと考えています。これまでマスツーリズムの陰に追いやられていた、旅が持っていた本来の価値が改めて見直されるのではないかと思うのです。話をうかがっていると、デジタルやハプティクス技術も、それぞれの旅のモチベーションに応じて、使われ方は大きく違ってくるだろうなと思いました。
南澤
そうですね。1、2番にある要素としては、この10年くらいはエンタメ体験を高める技術として、ゲーム機などに軒並みハプティクスが搭載されています。5番の自己拡大には使えるかもしれないけれど、自己実現はもしかしたら技術だけでは難しいかもしれません。僕らは、技術によって一人一人が持つ世界観、「環世界」を広げることが大事だと思っています。一点目標に向かっていくのではなく、拡大させていく。山伏もまさにそうで、フィジカルの旅であれデジタルの旅であれ、自分になかった視野を得ることが、自分の生き方にも影響する可能性があるし、生きていく上では大事なのではないかと思うんです。
岡本
なるほど。また、僕らは戦略を考えるときに、欧米向け、中国向けといった、旅行業界に伝統的な地域別のアプローチをするのではなく、その人がいわゆる王道の観光をしたいのか、もしくは何かを学びたいのか、あるいは冒険したいのか…といった旅人のタイプ分類をしています。そのジャンルの一つにVFR(Visit Friend and Relative)という、友人・知人がいるところへ行くというタイプがあるのですが、僕自身、海外へ行くのは圧倒的に出張かVFRしかありません。
南澤
僕も海外へ行くのはほぼ学会など仕事での出張ですが、大学院時代、イタリアのシエナ大学に3カ月ほど留学したことがあって、面白かったのは時間の感覚がまったく日本と違うこと。朝起きてコーヒーを飲んで少し仕事をしたらコーヒータイム、2時間くらいかけてのんびりランチをしたら、食後のコーヒータイムで、3時にまたコーヒー、そして5時には帰るという(笑)。その時間帯のなかに身を置いてみるとすごく快適で心地よくて、意外と夜11時まで働いている日本よりも仕事がはかどっていたりするんですよね。次に海外に行くときには、そういう現地の時間の感覚を感じられるような過ごし方をしたいですね。これはVRではできないことです。
岡本
現地の時間感覚に身を委ねる旅という、また新しいジャンルですね。面白い。
以前この連載に出ていただいた写真家のエバレット・ブラウンさんとは、松尾芭蕉が歩いたところに行けば歌枕の碑があり、昔に想いを馳せて空想することで時空を超えた旅ができるが、そこにデジタル技術があればもっと楽しめそうだという話をしました。昔の人にとっては石碑ひとつもタイムトリップの装置だったはずですから、その形が変わるのは面白いねと。
南澤
IngressやポケモンGOといった位置情報ベースのAR(拡張現実)ゲームも、僕らの街に対する視点を変えたように思います。現実世界のうえに情報の世界がレイヤーで何層も重なっている。ポケモンGOをプレイすることで、別の階層の視点が頭の中に生まれ、石碑を見たときに別の物語を感じることに価値がある。そういう複数のパースペクティブを環世界の人が持つようになれば、世界のとらえ方は結構変わってくるかもしれませんよね。
でも結局僕らは、実はずっとバーチャルな世界に生きているともいえるかもしれません。自分の経験とか記憶とか知識とかによって、同じものを見てもそれぞれいろんなストーリーを思い浮かべるわけですから。だからこそ知識をもって旅をすると面白いわけで。技術はあくまでもそれを助ける手段であり、人間の本質的なところは変わらないのではないかなと思います。
岡本
ありがとうございます。
最後に、いつも皆さんにしている質問なのですが、だいたい10年後くらいをイメージしたとき、南澤先生がしたい旅、あるいは誰か大切な人にプレゼントしたい旅は、どんなものでしょうか。
南澤
世界の見方が変わる旅に興味がありますね。学生時代、学会で始めてパスポートとって海外に行ったとき、ついでに訪れたグランドキャニオンで、まさにそういう体験をしたんです。世界の見え方、捉え方がガラッと変わる感覚があった。僕は仕事でもそういう体験を手軽に届けたいと思ってはいますが、結局心の何かをドラスティックに変える経験とは、なんだかんだ言っても自分の肉体を運んで、そこで時間を過ごすことでしか得られないと思っています。そういう旅を経験できる人が、これからもっと増えるといいと思いますね。
岡本
ありがとうございます。
お話をうかがって、パースペクティブという言葉が、これからテクノロジーと旅を掛け算して考えるときの一つの大きなヒントになるような気がしました。
今日は貴重なお話をどうもありがとうございました!
専門分野:身体性メディア、ハプティクス(力触覚)、バーチャルリアリティ、身体情報学、システム情報学
2005 年東京大学工学部計数工学科卒業、2010 年同大学院情報理工学系研究科博士課程修了、博士(情報理工学)。メディアデザイン研究科特任助教、特任講師、准教授を経て2019 年より現職。
KMD Embodied Media Projectを主宰し、身体的経験を伝送・拡張・創造する「身体性メディア」の研究開発と社会実装、Haptic Design Projectを通じた触覚デザインの普及展開、新たなスポーツを創り出す超人スポーツやスポーツ共創の活動を推進。日本学術会議連携会員、超人スポーツ協会理事・事務局長、テレイグジスタンス株式会社技術顧問等を兼務。慶應義塾大学義塾賞、計測自動制御学会技術業績賞,日本バーチャルリアリティ学会論文賞・学術奨励賞、グッドデザイン賞など各賞受賞
KMD Embodied Media Project — https://www.embodiedmedia.org
JST Moonshot | Project Cybernetic being — https://cybernetic-being.org
Haptic Design Project — http://hapticdesign.org
2005年博報堂入社。統合キャンペーンの企画・制作に従事。世界17カ国の市場で、観光庁・日本政府観光局(JNTO)のビジットジャパンキャンペーンを担当。沖縄観光映像「一人行」でTudou Film Festivalグランプリ受賞、ビジットジャパンキャンペーン韓国で大韓民国広告大賞受賞など。国際観光学会会員。