白根:いま博報堂キャリジョ研では、女性のキャリアに対する支援だけでなく、ヘルスケアの分野にも注力していて、シオリーヌさんのYouTubeもとても興味深く拝見しています。女性が子育てとキャリアをどう両立していくべきかについても探っているところですが、シオリーヌさんはまさにお子さんを産んだばかりですよね。今日はいろいろとお話しをきけたらうれしいです。まずは自己紹介からお願いできますか?
シオリーヌさん(以下、敬称略):わたしは総合病院の産婦人科で3年間助産師として働いているなかで、性教育について関心をもつようになりました。みんなもっと早くから性について正しい知識をもったほうかいい。そのうえで自分のライフデザインをしていくってすごく重要なことだと思ったんです。2017年頃から細々と講演活動をはじめたのですが、やっぱり1回の講演活動で出会える人数って限界があるんですよね。そこではじめたのがYouTube。若い年代の方が家で気軽に情報を得てもらえる環境をつくりたいと思って、2019年の2月からスタートしました。
性教育の発信活動をもっと広げていきたいという気持ちに加えて、昨年自分が出産をしたことをきっかけに産後ケアへの関心がすごく高まったんです。自分自身も産後ケアのサービスにすごく助けられたので、みんなの選択肢として当たり前に用意されている環境をつくりたいと思って。事業としてしっかり取り組んでいくために、昨年秋に会社を立ち上げました。あと4月からは大学院に進学もする予定で…。わたしこれから一体どうなるんだろうって、自分でも思ってるところです(笑)。
信川:お子さんを出産してまだ半年くらいですよね!?どのタイミングで大学院に行きたいと思ったんですか?
シオリーヌ:大学院に行きたいと思ったのは妊娠7ヶ月ぐらいのとき。YouTubeの発信活動も楽しくやらせていただいていますし、この3年くらいの活動で性教育を学ぼうというムーブメントをつくることに少しは貢献できた気がするんですが、それでも社会ってそんなに変わっていないんですよね。制度も、子どもたちがもってる選択肢も変わっていない。いちインフルエンサーができることって限界があるなってすごく思って、もっと説得力のある情報をもちたいと思うようになりました。アカデミックなバックグラウンドをもって、自分が実践してきたことを話せる人になりたいって。それで妊娠7ヶ月ぐらいのときにファミレスで「大学院に行きたい」って夫に切り出して。夫は「いいんじゃない?」って感じでした。昔から、やりたいと思ったときに実行したい性格なんです。夫にも「あなたは母になっても何も変わらないね」って言われます(笑)。
松村:すごく理想的な夫婦ですよね。
シオリーヌ:うちは夫が育休を取ってずっと家にいてくれるからできることだし、恵まれているのだろうと思います。でも、もし自分が男性だったら「恵まれている」と言われるだろうか?とも思います。子どもが生まれてさらに仕事を頑張りたい、自分のキャリアのために勉強したいという男性は沢山います。その影に支えているパートナーがいても「あなたは恵まれてるね」なんて言われないことも多い。でも男性である夫が育児をしていると、めちゃくちゃ褒められるんですよね。うちはわたしが大黒柱なので、家族の生活のために仕事をしなくてはいけない責任も背負っていますが、女性が働くことについては自己実現の部分がフォーカスされがちで、そこに違和感は感じます。
白根:いま男性育休の話が出ましたが、わたしが話をきいた男性育休コミュニティの方が、育休は育児のスタートラインを揃えるための期間であると言っていて。女性だけ育休を取って子育ての知識をつけていってしまうと、オムツはこうやって変える、ミルクはこうするといったルールが確立していき、結果、夫婦間で先輩後輩みたいな関係ができてしまうと話していました。
シオリーヌ:本当にそう、ルールメイクを一緒にするのって大切なんですよね。育休はそのための時間だとも思いますし、うちは家庭の中でめちゃめちゃ話します。哺乳瓶はどのメーカーにするか、白身魚のタラはいつから食べさせるのか、そういうことを一つ一つ話して、一緒に決めています。子育てって小さい意識決定がたくさんあるんです。何時に風呂に入れるか、どの保湿剤を使うか…そういう小さい意思決定を全部母親がやらなきゃいけないというのはストレスですし、うまくいかなかったときの責任もひとりで負わなきゃいけない。2人で決めたよねと言えるだけで全然負担が違ってくると思います。小さい意思決定をする場にパートナーがいることの意味をすごく実感してます。
松村:よく、女性は妊娠期間中から母親になるけど、男性は子供が産まれてはじめてお父さんになるから、そもそも足並みが揃わないというような話を聞きますが。
シオリーヌ:女性だって、妊娠しただけでは親になれないと思います。妊婦にはなれますけど、子育てははじまってないんで。妊娠期間中に自然とお母さんに適用できるシステムになっていくなんてことはないです。生まれたらどうしたって子育てがスタートするから、目の前のこの子を生かしておくために一生懸命その日必要な情報を調べてやってるだけなんです。なぜかお母さんは母性でできるって言われがちですけど、はじめてなのは同じですもん。
信川:女性も男性もスタートラインは同じなのだとすると、男性の意識はどう変えていけばいいのでしょうか?シオリーヌさんが妊娠中に、旦那さんにどんなインプットをしていたのか教えてください。
シオリーヌ:インプットするという意識はなかったです(笑)。子育てってそもそも、妊活からはじまってると思うんです。最初からパートナーシップを育んでいないと、いきなり子育てから主体的になる人っていないと思う。妊活の時点からそういう話を面と向かってできる人かどうかがすごく影響していると思います。なので、わたしが夫を教育したことは一度もないし、そもそもお互いに話し合いができない相手とは付き合えないという前提で意気投合したパートナーだから、話し合いを避けるのは我が家で一番のタブーなんです。
白根:シオリーヌさんと旦那さんは、妻と夫というよりパートナーや共同事業主のような関係なのでしょうか?
シオリーヌ:パートナーという言葉がしっくりくるかもしれません。お互いの人生の足りないところを補っていこうみたいな。子育てがはじまってよりバディー感が増しましたけど(笑)。パートナー同士って独立した個人のつながりだと思っていたけど、子育てがはじまるとお互いの時間が連動するんですよ。わたしが自由時間が欲しいイコールそれが夫の育児時間。各々の時間軸ではなく、まさしく天秤ですね。そういう意味でも結びつきは強くなってる感じはします。
松村:天秤のバランスはどうやってとっているのですか?
シオリーヌ:それは本当にコミュニケーションですね。我が家にはリフレッシュデーという制度があって、お互いリフレッシュしたい日を申告するんです。その日は片方がワンオペを担う。産後ケア制度が利用できる間は月に1回は利用していました。自治体の産後ケア事業ってだいたい4ヶ月までで、5ヶ月過ぎてからは対象外なんです。でも保育園にもまだ入れない。なので、最近は定期的にシッターさんに来てもらうようにしています。
信川:シッターさんを頼ってもいいんだよ、という風潮が出はじめて、自治体によって補助もあると思いますが、経済的な理由以外にまだ抵抗を感じる方もいますよね?
シオリーヌ:産後ケアサービスを立ち上げるためいろんなお母さんにヒアリングをしているんですが、やっぱり「みんなは自分でできてるのに」って思ってしまうみたいで。自分は何でこんなにできないんだろうと責めてしまって、助けを求めるという発想にならないと言うんですね。それは本当に変えていきたいと思うところ。そもそも子育ては頼っていいものであることをちゃんと発信していきたいと思っています。
あと、自治体から補助金が出る産後ケア事業は自己負担少なく利用できる反面、すごく対象が絞られたりするんです。民間の産後ケアホテルも増えていますが、1泊5万円が相場。これから赤ちゃんにお金がかかるのに自分にお金をかけてる場合じゃないという気持ちもすごくわかります。でも、実際産後ケアホテルを利用してひと晩しっかり寝たあと、次の日に会った我が子がめっちゃくちゃ可愛かったんですよ。楽しみながら育児できてると思っていたけれど、泣いていても可愛い、何をしてても可愛いみたいな気持ちになった自分を改めて見たときに、すごく疲れてたんだなって気がついた。子育てって楽しいと思えるこのゆとりがもっといろんな人に用意されていないといけないって痛感したんです。
だからこそいまやりたいのは、ホテルみたいなホスピタリティとか1日5回の美味しい食事は提供できなくても、本当にみんなが求めてる最低限の産後ケア「寝たい」というところをカバーする、手が届く価格の産後ケアサービスなんです。
白根:日本人の休みたいのに休んじゃいけないという意識はどうすれば変えられるんでしょうか?
シオリーヌ:それこそ博報堂がつくる広告のように、メッセージを発信しつづけることが大事なんだと思います。台湾って産後ケアがすごく根付いていて、出産施設を探すより先に産後施設を探すらしいんです。所得も日本とあんまり変わらないし、産後ケア施設の利用料も結構高いのに。
そういう話を聞くと、やっぱり産後ケアを当たり前にするというフェーズがまずは必要なんだろうなと感じます。いまってプレミアムプランしかない感じがするんですよね。スタンダードプランとかライトプランみたいな選択肢が世の中に増えていく必要もあるんだろうと思います。最近ようやくYouTuberさんが産後ケアホテル行くみたいな動画が出てきましたが、まずは使っているところを見せるのが必要。お母さんも休んでいいんだっていうのを見せていくしかないんだろうと思います。
白根:休む=サボるという意識もあるなかで、ポジティブに捉えてもらうためにどうすればいいのでしょう?休むことが子育てにもたらすいい変化には、どんなことがありますか?
シオリーヌ:大前提としてそもそも休むためにメリットなんて考えなくていいものですが、あえて考えるなら産後クライシスの予防には効果があるのではないでしょうか。産後に夫婦関係が悪化すること心配する人って、多いと思うんです。たとえば自分のキャリアへの不安から育休1年取るなんてできないと思っていて、でもパートナーには健やかに子育てをしていてほしいという願う男性にとっても、産後ケアはすごく必要なはず。産後ケアが福利厚生になったらいいなという思いもあって、企業さんとの取り組みについても考えていきたいと思っています。
山田:そういうシオリーヌさんの「なにかやろう!」というバイタリティーはどこから生まれるのでしょう?
シオリーヌ:人の役に立つ仕事をすることが自分にとってやりがいなのと、そこに自分のパーソナリティーや能力を生かしていきたいという気持ちからでしょうか。むかしから人前で話すことは得意で、産婦人科で働いていたときも一番好きな仕事が母親学級だったんです。あと、もともと子どもがすごく好き。学生時代に児童相談所でアルバイトをしたり、塾の先生をやったり。就職をしてからも子ども達をサポートしたいという気持ちはずっとあります。子どもたちが自分の人生を好きなように選んでいける社会にしたいし、そのために自分の得意なことを役立てたいという思いはありますね。
信川:今日は子育ての話がメインになりましたが、妊活などそれ以外のことで伝えておきたいことはありますか?
シオリーヌ:わたしたちが受けたことのある性教育って「妊娠を望まないときには避妊しなさい」ということが中心なので、妊娠したかったら避妊をやめたらいい=コンドームさえ外せば妊娠するだろう思っている方も多くいます。避妊ももちろん大事なことですが、妊娠するって案外むずかしいことなんだよ、というのも同じくらい伝えないといけないことだなと感じます。妊娠を望むタイミングになったら、まず病院に検査に行くという文化をつくりたい。自分の状況を知ることが大事ですし、そこで検査しようという話ができて、カップル揃って検査に行ける関係性だったら、そこから先もいろんなことを一緒に決めていけるんじゃないかと思っていて。そこが、パートナーと歩みを揃えられるかどうかの第一歩のような気がします。
白根:パートナーとの子育ては妊活からはじまっているということですね。最後に男性の視点も伺いたいのですが、月経周期もある女性の方が、自分の体調に対して敏感だったり身体のことをよく考えていると思うのですが、男性はそこまで意識が高くないように感じます。これから未来に向けて、もっと男性にこうあってほしいというメッセージがあればお願いします。
シオリーヌ:男性に限らない話ではありますが、やはり自分の不調やセルフケアに気を配っておくことは大事なこと。いまの社会は、まだまだ男性に対して強くあるべきというプレッシャーが強いのも事実ですが、やっぱり自分の嫌なことや辛いことにフタをしていていいことないなって思うんです。男らしくあれ、弱音を吐くことは女々しいという文化自体も変えていきたいですし、自分の不調に気を配れない人が、ほかの人を大事にするのって難しい。だから、まずは自分を満たすことが大事なのではないでしょうか。
白根:そこは男性女性問わずということですよね。そのためのファーストステップとして、自分のからだを知ることが大切。今日は産後ケアについて、パートナーとの関係について、さまざまなヒントをいただけました。今後の活動も楽しみにしています。ありがとうございました。
総合病院産婦人科、精神科児童思春期病棟にて勤務ののち、現在は学校での性教育に関する講演や性の知識を学べるイベントの講師を務める。
性教育YouTuberとして性を学べる動画を配信中。オンラインサロン「Yottoko Lab.」運営。
著書『CHOICE 自分で選びとるための「性」の知識』(イースト・プレス)、『こどもジェンダー』(ワニブックス)。