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SDGs・ESG時代の企業経営の実現に向けて〜利益と社会価値のダブルインパクト創出〜【日経電子版オンラインセミナー登壇レポート】

2023.04.03
#SDGs#博報堂ブランド・イノベーションデザイン
サステナビリティの文脈で今何が起きており、それが企業にどんな影響をもたらすのか。そして、利益と社会価値を同時創出する“ダブルインパクト経営”の実践に向けて必要な視点とは何か。2023年3月9日に開催された日経電子版オンラインセミナーにて、博報堂SDGsプロジェクト共同リーダーの兎洞武揚が、SDGs・ESG時代の企業経営をめぐる現状を解説し、今後の取り組みの参考になる視点を紹介しました。

経済価値、環境価値、社会価値を担うことがいま企業に求められている

博報堂SDGsプロジェクト共同リーダーの兎洞武揚です。マーケティング、ブランドなどの仕事を経て、現在、サステナビリティ経営のコンサルティングの仕事をしています。博報堂SDGsプロジェクトがミッションに掲げているのは、「ダブルインパクトの達成」。これは得意先企業の利益と社会的価値の同時創出を目指していくことの表明です。

今日は、社会課題についていま起きていること、企業への影響について簡単におさらいし、その後ダブルインパクト経営を実現するためのポイントについてお話ししたいと思います。

まず、私たちの経済活動を俯瞰で見ると、自然資本を借りて、金融資本と人的資本を活用し、デザインやサービスをつくり出し、自然資本にアウトプットするということを行っていますが、自然資本を借りる際には、水、森林資源、海洋資源を枯渇させたり、アウトプットにおいてCO2始め、有害な廃棄物を出したりしている。人的資本の活用においては、人権や貧困、縮まらない格差という問題を抱えています。そして金融資本も投資を変化させている。これらが今起きていることです。

こうした状況下で、2015年に国連で採択されたのがSDGsです。
このSDGsをどう捉えるかですが、ビジネスパーソンにもわかりやすい、ウェディングケーキモデルというフレームをご紹介します。まず、ベースとして地球環境が健全な状態で存在している。そしてその上に、できるだけ格差のない社会が実現される。そうして始めて、私たちの経済活動が回っていくということを示しています。今起きていることと照らし合わせて見ても、このモデルは非常に理解しやすいのではないでしょうか。世の中のさまざまな社会課題がこの中に集約されるとも言えます。ここにある経済・社会・環境という3要素はトリプルボトムラインとも呼ばれますが、これらは企業に対してどのようなインパクトを与えるのでしょうか。

かつては、企業はあくまでも経済価値を担うプレイヤーであり、格差や環境問題についてはNPOやパブリックセクターに任されていたかもしれません。しかしいまは企業自体が、経済価値、環境価値、そして社会価値を担うことが期待されています。もはやこの問題は、企業イメージの向上といったレベルの話ではなく、事業の存続や伸長のための、まさに経営課題と直結している話だと言えます。

もう少し、投資家視点でお話をいたします。日本において非常にインパクトが大きかったのは、GPIF(国民年金基金)がESG投資へ動いたことです。国連責任投資原則(PRI)にGPIFが署名し、環境・社会・経済に対してプラスのインパクトを及ぼしている企業に投資をしていくということを、高らかに宣言しました。このことは日本において非常に大きなインパクトをもって受けとめられました。PRIに署名している金融機関も増える一方で、急拡大しています。私もさまざまな機関投資家の方と会う中で、「この時代、企業のバリューチェーンのなかで人権やサステナビリティに投資をしていない企業は、もはやリスクを抱えているとして考えざるを得ない」という話をされたことがあり、大変印象に残っています。

企業の開示情報についても、利益の情報だけではなく、非財務の情報の開示が非常に強く求められるようになってきました。グローバルで見ると、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)といった組織が立ち上がっているし、日本の金融庁においても、2023年3月の決算から、有価証券報告書に非財務情報を開示していくことを義務づける動きがあります。

もう一つ、生活者の目線からの話もしたいと思います。私どもの調査の結果ですが、「生産・製造時に環境に負荷をかけない商品を買う」、あるいは「環境や社会のためになる商品を積極的に買う」という項目にイエスと答えた生活者が、約7割から8割に到達していることがわかりました。SDGsに関する認知度も急速に向上している状況です。

年代別に見ると、若い層、特にジェネレーションZといわれる層において、サステナビリティ意識が非常に高まっていることがわかります。これは教育の影響等も大きいでしょう。私たちビジネスパーソンにおいても、「経済的価値だけではなく、社会的価値との両立を目指す」という考えが浸透してきています。これからの未来の市場、それからリクルーティングなどにおいて、非常に大きな影響を持たらすであろうことは明白だと思います。ではこうした状況は、どのような背景やプロセスで生まれるのでしょうか。

社会課題化については、たとえば国際NGO、国連機関、アカデミアなどが社会課題を明らかにし、どのように解決していくかというアジェンダを設定し、ルールメイクするという流れで起きています。たとえばダボス会議やCOPといった国際会議で話されたことをふまえて、投資原則や評価機関、会計基準、認証制度等々のルールをつくっていくという形になるわけです。このことは企業に対して直接的な影響を及ぼしますし、またメディアや教育を通じて生活者の意識を変化させ、それが企業の選択意識につながっていきます。こうしたプロセスの背景を考えたとき、日本企業も単にルールに従うだけではなく、アジェンダセットやルールメイクに直接かかわっていくべきだともいえるかもしれません。

ここで、いま国際会議などで語られている、企業にかかわりのある主要トピックをご紹介します。
1つ目は、カーボンニュートラルにおけるスコープ3が注目を集めている点です。スコープ3というのは、企業がコントロールできるバリューチェーンの外にある調達先、販売先などにおいても企業の責任が問われていくというものです。
2つ目は生物多様性リスクに対する急速な注目度の向上です。新たに発足した自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)という国際イニシアチブの動きが来年度は本格的になって来ますので、これから生物多様性は注目すべきトピックです。
3つ目は、ウクライナ情勢やコロナ禍の影響を受け、サステナブルなバリューチェーンであるだけでなく、レジリエントなサプライチェーンを再構築していくという視点も重視されています。
4つ目は、近年叫ばれているステークホルダーキャピタリズムのなかでも、特に足元の従業員を重視する動きが出始めており、これからの企業において重要なポイントになると言えると思います。

ダブルインパクト経営を実現するために知っておきたい3つの視点

ダブルインパクト経営を実現するためにまず問うべきは、こうしたゲームチェンジの時代において、どのように企業経営を舵取りできるかということだと思います。

企業経営の立場からすると、生産性向上は改善してきているとはいえ依然として大きな課題であり、さらに人口減や原料調達の物価高など非常に苦しい状況にあるなかで、そのうえサステナビリティに対する社会的要請にも応えなければならないというのは、正直「勘弁してくれ」といいたくなるような状況かもしれません。

ただ、環境・社会課題をコストの対象として捉えたり、企業の問題ではないとして見ないことにするならば、いずれの企業にも将来はないと思います。ここで、環境・社会課題解決を企業の価値創出の機会であると捉えるような立ち位置に立てるか。ここが勝負の分かれ目であると考えます。「言うは易し」ですが、私ども博報堂から、「未来創造」、「ダブルインパクト思考」、そして「With生活者」という3つの視点をポイントとしてお話をしたいと思います。

「未来創造」のうち1つ目の視点に、自社の価値やありたい姿を語ることから、つくりだしたい社会までを踏み込んで描き、そして実行していくという進化の発想があります。最近よく聞くようになった「パーパス」という言葉は、一言でいうと社会的存在意義のことですが、私どもはこれを「創り出したい未来の社会の姿」とその社会における自社の「役割」を宣言することだと解釈しています。これまで、一般企業がそこまで踏み込んで表明することはあまりなかったと思いますが、勇気を出してそれを表明し、自社の役割は何かをしっかりと位置付けることがいま非常に大事になってきていますし、そうした企業がこれから評価を受けていくのだと思います。

「未来創造」における2つ目の視点としては、環境変化への適応から、変化自体をステークホルダーとともにつくり出すという進化の発想があります。一点の将来を予測するのではなく、複数の未来のシナリオを想定して未来に備えるという、シナリオプランニングというアプローチがあります。もともと伝統的なシナリオプランニングは、それぞれの未来が起きたときに我々はどう対応すべきかという、いわば生き残りのための適応型のアプローチでした。そのため、単一の企業組織のなかでシナリオプランニングが行われていました。ご紹介したい進化したシナリオプランニングでは、複数のステークホルダーと一緒に、これら想定できる未来がすべて起きうるいま、我々はどうしたらいいのかということを問うていきます。それがキーの問いになっていく。このことは、一企業がみずから変化することを前提に、いろいろなステークホルダーと一緒にシステミックなチェンジを起こしていくという、変容型のアプローチと言えるでしょう。

一つの事例として「未来教育会議」というプロジェクトを紹介します。
未来教育会議はの現在は中教審のメンバーでもある熊平美香氏が代表を務めていて、企業、関連省庁、教育機関、学校関係者、大学生など多くのステークホルダーがかかわり、未来の教育をどうしたらいいんだということを真剣に考えるプロジェクトでした。ここに集まったメンバーが、進化したシナリオプランニングを導入し、たとえば、「21世紀スキルを画一的に学ぶ学校」というような皮肉めいたシナリオから、「地域とつながり学ぶ学校」、「社会と一緒に学ぶ学校」などのシナリオを描きました。その中で複数のステークホルダーが一緒に考えたことは、学校の先生を悪者にしたり批判するのではなく、学校の先生自体が学び合える場をつくっていくべきだということ。この動きはティーチャーズイニシアチブという形になって、民間の教育機関や組織開発に関わる企業の役員、臨床心理士、アカデミアの方々などが関わり、法人化し、マネタイズをし、体制を整えて、いまやさまざまなチェンジエージェントとなるような先生たちを生み出し続けています。

我々企業が関わるサステナビリティの領域でも、一部企業だけではとても太刀打ちできないような社会課題に対して、複数の企業で一緒になって未来をつくっていくという意味で、参考になるケースなのではないかと思います。

2つ目の視点である「ダブルインパクト思考」についてお話します。
利益と社会価値は二項対立するのではないかという危惧があったり、本社部門と事業部門の分断といったものが起きていると思いますが、これらを乗り越え、自社のビジネスと社会インパクトの関係を統合的にかつ戦略的に構築していくという視点になります。

ここでは、社会的インパクトと経済インパクトがどう結びつくかという、しっかりとした戦略、ストーリーをつくっていくことが重要だと思います。どのようなインパクトに対してどのようなリソースを活用し、事業として具体的に何をやり、社会的インパクトと経済インパクトをどう打っていき、そしてパーパスをかなえるかというストーリーです。ここで大事なことが2つあると私は考えます。

まずは社会的インパクトと経済的インパクトの関係性を、真剣に考えていくということ。双方を大事にすると表明する企業は増えていますが、実際の社会価値が自社の利益にどのように結びつくかを考え抜いている企業は、まだ多くはないと思います。次に、短期で生み出すインパクトと、中期・長期で生み出すインパクトという、時間軸をしっかりと持つこと。いま足元で我々がやっていることが将来何につながっていくかを理解していることが、会社全体を元気にしていくことになると思います。

私のほうでひとつの事例を考えてみました。
ある飲食チェーンは、循環型システムの構築を通じて、つくる人と食べる人のウェルビーイングを実現することをパーパスに掲げています。この企業がパーパス実現のためにまず手を付けたのは、サステナブルな農産物をつくる農家を、しっかりコストをかけて支援すること。それによりサステナブルな農産物を調達できるだけではなく、いかにそれぞれのメニューが生物多様性やCO2削減に貢献できているかを可視化することで、選ぶお客様も嬉しく感じたり、自分も貢献できていると感じられる。そうしたことをDXを通じて明らかにしていきました。

この体験設計は非常に大きな評価を得て、環境意識の大変高いZ世代、いままでこの企業が取り切れなかったターゲットに評価を受け、事業利益や売り上げを拡大していきました。そしてこの企業は、将来的には漁業や酪農へも事業領域を拡大していき、日本の第一産業に大きなインパクトを残すと同時に利益を拡大していったというストーリーです。
これは私がつくった仮想の話ですが、この企業が何を目指しているか、非常にわかりやすく伝わるのではないでしょうか。こうしたダブルインパクトの手法と、ダブルインパクトのストーリーをしっかりつくっていくことで、社内、そして投資家を含む社外へも、しっかりとメッセージが届いていくのです。

では最後の、「with 生活者」という視点での話です。

これは、顧客をターゲットと捉えるところから、パーパスを実現するコミュニティメンバーと考えるという進化の発想です。いまやメーカーもサービス業にシフトしていき、テクノロジーの進展によって生活者と常時接続が可能になってきている。そして社会意識が高まっていることを考えると、企業が生活者と共に価値を創出していく、コミュニティとなることが可能になったといえるのではないでしょうか。

なお、こうした社会課題やサステナビリティというものは、どうしても規範や理屈が先に立ってしまいます。しかし私たち人間は、「本心」や「喜び」というものが動いたときに、本当に身体が動いていくものではないでしょうか。人の本心や喜びにタッチしていくということも、with生活者の視点においては非常に重要です。

いくつか事例をご紹介します。
「cocokind」という、植物由来のデイリーコスメのブランドがあります。美しさの形を押し付けるのではなく、心の内側からきれいになっていくということを打ち出していますが、ファインディングスが2つあります。

1つは、情報を包み隠さず提示しようという姿勢です。「Sustainability Facts」として、このブランドはパッケージおよびホームページにおいて生産過程から使用過程におけるあらゆる情報を開示しています。たとえばCO2排出量、生産地における労働環境、パッケージにどんな素材を使っているか、リサイクル率およびリサイクルの方法などについて、数値目標と実際の達成度を明らかにしている。クリーンな企業姿勢を示すと同時に、クリーン、そして誠実であるという点において、内側からきれいになろうというユーザーの気持ちともリンクさせているといえそうです。

ファインディングスの2つ目は、顧客それぞれが自己肯定感を高め合うコミュニティをつくっていくということです。ユーザーに投稿してもらった、タグ付けされた自撮り写真を各地のビルボード広告に使ったり、創業者がさまざまなライブコミュニティを展開することで、ユーザーのコミュニティに対する帰属意識を高めている。そうしたことが非常に上手なブランドだと思います。

もう一つ、全米初のカーボンニュートラルな食品ブランド、Neutralを紹介します。ビル・ゲイツの財団がサポートしていることで有名ですが、「この牛乳は気候変動と戦う(This milk fights climate change)」という力強い宣言と、そのためにどういう努力をしているかをパッケージ全体を使ってメッセージしています。またSNSを通じて、自分の生活単位でのカーボンオフセットの習慣も訴求しています。たとえば私たちも、買い物など日常の中で、つい環境に悪いことをしてしまうことがあると思います。そういう人に、「500円の牛乳であなたもカーボンオフセットできますよ」とメッセージしている。またクーポンによるお得感を持たせた販促も行っています。多くの人に何かしら罪悪感があるなかで、少しでもその気持ちを救ってくれるような、上手な訴求を行っているケースです。

生活者の本心や喜びに寄り添いコミュニティをつくっていく

最後に、「本心」と「喜び」について、リサーチベースのお話をしたいと思います。

私たち博報堂がお客様の購買意識と社会行動意識についてリサーチを行ったところ、非常に面白い4つのクラスターが浮かび上がってきました。
まず購買意識においては、社会と環境をよくすることを非常に大事にしているクラスターがあり、「社会貢献ショッパー」と名付けました。この人たちは全体の1割しか存在しません。逆に言うと、規範に沿ったメッセージだけでは1割のマーケットしか取れないということです。しかしその周辺には、「安心・安全を大切にしたい」とか、「世界の進化に関わりたい」とか、「良いものを長く使いたい」という本心や気持ちを持つ人が一定層います。この人たちを合わせると大きなマーケットになっていきますし、こうした「本心」や「喜び」を大事にしていくことによって、生活者と共に歩んでいくことができるのではないかと思うわけです。

社会行動においては、大きく2つのグループがあります。1つは、本当に世界をよりよくしていくために、自ら動いていろんな活動を立ち上げたり、情報発信を行っている層です。そして、そこまではできないけれども、そういう素晴らしい動きがあるのだったらぜひ参加したい、あるいはそういう組織や人を応援したいという、社会行動の応援を大事にする層です。こうした気持ちも汲み取り、生活者に寄り添っていくことで、企業と生活者がよりよいコミュニティをつくっていけるのではないかと思っています。

駆け足となりましたが、以上となります。
ご清聴ありがとうございました。

兎洞 武揚(うどう たけあき)
博報堂SDGsプロジェクト 共同リーダー

マーケティング、ブランディング、を経て、企業の組織変革、インナーブランディング、を担う。企業と社会との関わりにおける、ソーシャルイノベーションプロジェクトのプロデュース、SDGs・ESG経営のコンサルティングが専門領域
1992年博報堂入社 マーケティング業務に携わる。
博報堂ブランドデザインにて、ブランディング業務に従事。組織のビジョンづくりとビジョンに基づくインターナルな意識・行動変革をサポートするコンサルティング業務を行う。
2010年より、マルチステークホルダープロセスによるソーシャル・イノベーション領域へと業務領域を拡大。
現在、全社博報堂SDGsプロジェクトリーダー。
企業が、利益と社会インパクトを統合的に創出していくコンサルティングを担う。
マルチステークホルダープロセスによるソーシャルプロジェクト
「フードロス・チャレンジプロジェクト」「未来教育会議」
「かいしゃほいくえん」「未来を変える買い物 EARTHMALL」等。

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