THE CENTRAL DOT

経営にサービスに、心地よい余白をつくる。SBNRがビジネスに与えるヒント|SBNR レポートリリース記念#2

2023.04.20

2023年4月、博報堂と博報堂DYグループのSIGNINGは、「経済活動に豊かな人間性を」をテーマに、“人間経済学”の社会実装を目指して研究と実践を行っていくプロジェクト「HAKUHODO HUMANOMICS STUDIO」の立ち上げを発表しました。プロジェクトの第一弾としてリリースしたのが「SBNRレポート」。そもそもSBNRとは何なのか、なぜいま注目されているのかを紐解いた「つながりを感じて、豊かに生きる。いま注目のSBNRとは?|SBNR Reportリリース記念#1」につづき、SBNRがビジネスに与えるインパクトについて編集メンバーの橋本明意と伊藤幹にききました。

「身体知」や「襲名」など。こころ、からだ、つながりを大事にする日本文化

―SBNRはビジネスの領域にも大きなヒントをもたらすということですが、なぜそう考えたのでしょう?

伊藤:前回の記事でもお話ししたように、技術やサービスが発達し、あらゆるものが満たされるようになった現代社会では、物質的な豊かさよりも精神的な豊かさを求める人が増えてきています。こういった変化の中で生まれた新しい価値観、ライフスタイルであるSBNRには、これからの経営やビジネスへのヒントがあり、これからより浸透していく概念だと考えました。

―とくに日本と親和性が高いというのはなぜですか?

伊藤:まず、特定の宗教を信仰しているわけでなくても、初詣やお墓参りに行くといった文化背景がわかりやすいですよね。レポートの中では、日本人の思想や宗教観についてのエッセイをご紹介しているのですが、ひとつ例を挙げると、「身体知」という考え方があります。鍛錬を重ねていくと型や作法を意識しなくても、自らの身体が勝手に動くようになる。こうした身体性を伴う知識を身体知と呼び、日本の芸能・武道の発展に大きく貢献してきました。身体と知識を不可分なものとして捉えてきた日本文化の特徴とも言えます。「腹を決める」など、日本にはからだの部位を使った慣用句が多いですが、これも精神と肉体の結びつきを強く感じる日本人ならではの考え方なのかもしれません。
僕は中学から大学まで弓道を続けていたのですが、弓道もアーチェリーも弓と矢で的を狙うスポーツですが、その考え方は大きく異なります。アーチェリーは的の中心に当ててスコアを競う競技ですが、弓道は己と向き合い、正しい姿勢・型で弓を射ることが重視され、的に中ったかどうかは結果でしかないと考えられています。身体動作を通して己の肉体と精神を鍛える、というのは日本武道の特徴と言えます。この前のオリンピックでも空手の「形」が種目に追加され話題になっていましたが、弓道でも同様に、型を極めている方の姿は息を呑むほど美しいんです。

橋本:オーラって、そういうところから生まれるのかもしれないですよね。ほかにも面白いテーマとしては、襲名という文化もご紹介しています。歌舞伎や相撲でみられますが、個人の名前ではなく、一門の権威や技術の高さを引き継ぐという考え方ですよね。自分が伝統の一部に組み込まれ、歴史を背負っていく。つながりの中に自分を置くという意味では、非常に日本らしい文化なのかなと思います。

日本のSBNR的文化資源を観光に。SBNR視点を社員のモチベーションアップに

―具体的にはどんなビジネスの可能性が考えられますか?

伊藤:日本流のSBNR文化や価値観に世界が注目しはじめている中で最もわかりやすいのは、観光資源としてSBNRを活用し、インバウンド顧客を取り込む観光業の活性化です。例えば、田舎で貸し出している安価なレンタサイクルも、「里山」という日本独自の文化を通せば、自然と人とのつながりを感じる文化体験として発信できる。お土産屋さんで売っている干し柿も、そこに込められた知恵と文化、歴史的背景をセットにすると、途端に特別なものに感じられる。このように、日本人からすると当たり前のように感じている中にもSBNR的文化資源は豊富にあります。これらを活用することで、インバウンド顧客を上手く取り込めるポテンシャルがあると考えています。

―観光資源以外にもビジネスにつながるヒントはありますか?

伊藤:経営の観点からも活用できると思います。ここ数年、働き方も大きく変化して、社員だけでなく、それを率いる経営者もさまざまな課題を抱えていらっしゃいます。どうやって組織力や稼ぐ力をつけていくか、サステナビリティ・社会課題への向き合いが求められているときに、どう会社としての社会価値をあげていくか…など。終身雇用が当たり前でなくなり、自分のキャリアを模索し続けなければならない社員たちと、社員の満足度を上げたい経営者がいるときに、今後の経営者は「社員のこころの豊かさをどう高めるか?」と、「顧客のこころの豊かさをどう高めるか?」の両輪をうまく回していくことが重要だと考えました。そこにSBNR視点が役立つと考えています。

橋本:レポートでも「SBNR視点からの経営への7つのインスピレーション」としてまとめているのですが、そのなかのいくつかを紹介しますね。1つ目が「パーパスは、答えだけでなく問いを」。コロナ禍で働き方がすごく変わって、リモートワークも増えましたよね。自由度が増したことでより力を発揮できる人もいれば、自分をコントロールできなくなる人もいたり、働き方の個性が顕在化したように思います。そんな中で、社員のモチベーションをいかに高く維持させるかがとても重要だと思いました。いままで、企業のパーパスの多くが、こうなるべきだ、みんなで同じ目標に向かって進んでいこうというような、社員の意識をひとつに定め、統率するものが多かったと思うんです。でもそうではなくて、「これをどう思うか」「君はどうしたいのか」と問われた方が、社員の能力が引き出されることもあるのではないでしょうか。そういった投げかけに苦しさを感じる人もいるかもしれませんが、「周囲や自分を見つめる、考える」という行為は、AIが台頭してきているいま、一層重要になっています。

伊藤:パーパスに共感した社員が、トップダウンで言われたことをやるのではなく、個人としてどう行動すべきか考える“余白”をつくっておくことが大事なのかもしれません。ルールや目標、目的が決められていて、それを遂行するよりは、社員一人ひとりが課題意識を持って仕事をしていくことが、より成長的な企業文化をつくるヒントになるのではないかと考えています。
橋本:もうひとつ「企業ストーリーは、ビジョンだけでなく社史を」というのもヒントとして挙げています。会社の社史って意外と知らないんですよね。ついつい未来のことばかり語りがちですが、なぜ自分たちがその仕事をすべきなのかは、過去を振り返らないとわからない。会社ごとに固有のストーリーがあるはずで、その中で育まれてきた企業風土を振り返ることはとても大切だと思います。

伊藤:企業のストーリーや風土を振り返るというのは、クライアントの様々な課題に向き合う私たちの普段の仕事においても有効な視点だと思っています。

自分なりの工夫や楽しみをプラスできる余白が、精神的な豊かさを高める

―自分たちの仕事の「やるべき理由」を振り返ることが、社員のモチベーションにもつながるということですね。対社員ではなく、生活者視点で考えるとどうでしょうか?

伊藤:ユーザーの視点ですと「ブランディングは、エンゲージメントだけでなくリチュアルを」というヒントを挙げています。たとえば「いただきます」を言うとか、朝日を浴びるといったSBNR的な行動は、日常の習慣に溶け込んでいるものが多い。コーヒーを豆から挽いて淹れるといったように、同じことを繰り返しながらその行動を極めていく「道」的な楽しみ方をしている人も多いですよね。インスタントでも十分なのに、わざわざ自分で豆を選んで、挽いて、時間をかけて淹れる。ちょっと面倒なひとつひとつの行動に感じる心地よさというのが、精神的な充実に繋がっていると思うんです。ある種儀式的な心地よさを感じる体験設計が重要だと考えています。

橋本:メイクもそうですよね。テクノロジーの進化で、オンライン会議にAIメイクアップ機能がついたり、メイクプリントをしてくれる商品もありますが、手間や時間がかかっても、やっぱり自分の手でメイクするのが楽しい。

伊藤:僕がすばらしいなと思った海外のテクノロジー製品に、手の動きが不自由な方に向けたメイクのサポート器具があって。手元が安定しなくてもリップが塗れるように導いてくれるものなんですが、技術的には機械が自動で全て塗ってくれることもできると思うんです。でもそうせず、自分でメイクする楽しさ、余白を残し、精神的豊かさを大切にした設計がすばらしいなと感じました。

―効率を追求すれば便利になれるけど、そうではない精神性を大切にするのがSBNR的?

伊藤:日本のSBNR研究の第一人者である渡邉賢一さんは「おもてなしからの脱却」と表現されていました。快適さや便利さを突き詰めた設計はもうやり尽くされていると思うんです。そこに自分なりの工夫や楽しみ方がプラスできる余白をつくっていくことが、精神的な豊かさを高める体験につながっていくし、自分の心地よさの追求のために体験を繰り返すことで、知らず知らずのうちに生活に入り込むものになるのではないでしょうか。

橋本:たとえ手間のかかることでも、自分の中で儀式化することで、それがあることによってリズムが整うという習慣になるんでしょうね。レポートの中では「UX設計は、計画/快適/発信だけでなく、偶然/不便/受信を」というヒントでご紹介しています。

―レポートではビジネスにおけるさまざまなヒントを紹介しているということですが、どんな方に読んでいただきたいですか?

橋本:まずは、経営者の方や、人を導く立場の方に読んでいただけたら嬉しいですが、どんな方にとっても興味深い内容になっていると思います。これまで自然にやっていたことが、実はこころを整えることにつながっていたんだと実感するだけで、ちょっと幸福度が上がると思うので。ただ、SBNRはあくまでひとつの考え方なので、他の人に強要するのでは本末転倒。うまい付き合い方を見つけていただければ、心地よく生きるヒントになると思っています。HAKUHODO HUMANOMICS STUDIOとしては、社会の人たちがどうすれば心地よく生きられるかを、これからさまざまな社会実装やフィールドワークを通じて探求していこうと思っています。

伊藤:読んでいただけた方に、目に見えない精神的な豊かさを追求するっていいことかも、ということに気づいていただいて、少しでも気持ちよく、豊かで健康な生活を送るきっかけになれたら嬉しいです。ビジネスの面では、会社の歴史を振り返ることで発見があったり、自社のサービスと自然を掛け合わせてみたら新しい価値が生まれたり、SBNR的な視点を取り入れることで、新しいビジネスや経営のあり方が見えてくるのではないかと思います。今回はSBNRをテーマにレポートをまとめましたが、HAKUHODO HUMANOMICS STUDIOではほかにもさまざまなテーマに取り組んでいますので、今後のリリースを楽しみにしていてください。

HAKUHODO HUMANOMICS STUDIO「SBNRレポート」はこちらから

橋本明意
博報堂 ストラテジックプラナー・・コミュニケーションプラナー

2016年博報堂入社。“「リアルなまなざしでとらえた人や社会の気持ち”を起点とするプラニングが得意。趣味はヨガとスピリチュアル探訪。ヨガ好きが高じて、2022年にインストラクターの国際資格を取得。

伊藤幹
SIGNING コミュニケーションデザイナー

2017年博報堂入社後、2020年よりSIGNING出向。戦略を軸足に、事業共創、ソーシャルアクションの立ち上げなど幅広い領域のプラニングに従事しながら、ウェルビーイングを1つのテーマに様々なプロジェクトを推進。一児の父として、育児と仕事の両立に奮闘中。(所属は取材当時のものです)

FACEBOOK
でシェア

X
でシェア

関連するニュース・記事