■野田からの推薦文
上條さんはクリエイティブの一部から「チャンスおじさん」と呼ばれています。
それは、若手のクリエイティブにチャンスをくれるから。そして、その仕事がいい仕事になるのか、チャンスがあるのかの匂いを嗅ぎ分ける能力があるからです。
もともとコピーライターだった上條さんは、企画に対して、いいと思ってないと「匂わないねぇ(チャンスの匂いが)」と言います。いい企画になりそうだと、「匂うねぇ」と言います。これで提案する企画が決まります。笑
しかもいつもものすごいハイレベルなクリエイターとも仕事しているので、企画を見せるのが緊張するBP(ビジネスプロデュース職)の一人でもあります。
しかも良い企画やアイディアを出したりすると、後で個人的にメッセージをくれて「いい企画だせるようになったよね」などと褒めてくれることもあります(号泣)
普通に優秀なBPは基本的にはクライアントにとってその企画が通るか通らないか。ということを判断基準にされてる方が多いんですが(それも素晴らしいことです)、もちろん、クライアントやブランドにとってそれが合ってるか合ってないかもしっかりわかっていながら、本当に世の中に出た時に「ちゃんと世の中に届くか」「話題になるか」「褒められるのか」さらに、クリエイティブの若手にとって重要な「それが賞などに届くか」ということまで考えてくれるのです(ありがたすぎる存在)。
そこまで考えてくれる上條さんのために、本気でその仕事で全力を出してやろう!とモチベーションがあがります。そうやってクリエイティブはうまく転がされてるのかもしれないのですが笑
今後もずっと仕事をして、チャンスを物にできるように一緒に頑張りたいと思えるのがBPの上條さんです!
——今回は、前回の野田さんが“尊敬するBP職の先輩”として上條さんを推薦いただきました。野田さんにはどのような印象をお持ちでしょうか。
上條直人(以下、上條):野田さんは、僕の中で「とにかく広告が好きな熱いAD(アートディレクター)」というイメージです。一見とてもクールで物静かなタイプそうに見えますし、僕も当初はそういうADなのかなと思っていたのですが、一緒に仕事をすればするほど、広告への愛を感じます。あの年次であそこまで広告愛が強い人ってなかなかいないんじゃないでしょうか。
——確かに、前回のインタビューで野田さんの広告愛の深さを感じました。そんな野田さんから、上條さんは元々クリエイティブ職で、職種転換してBP職、以前でいうと営業職になられたとお聞きしました。そのお話はぜひ後ほど伺いたいと思うのですが、そもそも広告業界に入られた理由をお聞かせいただけますか?
上條:実は、そんなに大した理由はないんです。大学に入るまで広告業界のことも知らなかったですし、会社の名前すらもよく分かっていなくて。たまたまサークルの先輩に「こういう業界好きだと思うよ」と勧められて、興味を持ったというのが正直なところです。
——どうして先輩は広告の世界を上條さんに勧めてくださったんでしょう。
上條:おそらく、僕が漫画とか小説とか映画とか、エンターテインメントが好きだったからかもしれません。マスコミや出版社にも興味があって、特に「コピーライターになりたい」「エディターになりたい」といった具体的な職種まではイメージできていなかったんですが、ふわっと“言葉に携わる職業に就きたいな”とは思っていたので、そう考えると先輩の後押しは大きかったと思います。
上條:僕、正直営業って向いてないなと思っていたんです。広告会社の営業って…なんか、体育会系的な先入観を持ってしまっていて。僕はそんな“ザ・陽キャ”ってタイプでもないですし、パーソナリティ的に向いてないと思っていたんで、クリエイティブ職しか考えていなかったです。最初の配属でも営業にならないように、めちゃくちゃアピールしました(笑)。
——なるほど。そうして2005年に入社してコピーライターとしてお仕事を始められた、と。
上條:コピーライターという肩書きではありましたが、CMの企画もするし、プロモーションの企画もするし、結構なんでもやっていましたね。ひたすらコピーだけ書いている日々ではありませんでした。当時は若かったし、手探りで仕事をしていたのは事実ですが、経験を重ねていく中で「クライアントのオリエンは、必ずしも商品やサービスの課題を全て浮かび上がらせているものじゃないな」というのは徐々に気づいていったことでした。
上條:当たり前ですが、クライアントの広告はクライアントがお金を出して作るものですし、クライアントのために僕たちも広告を作るわけですが、オリエンで出された「こんなものを」っていうお題に沿ったアイデアを考えるだけじゃダメだなと感じていたことを、今でも覚えています。それはクライアントが悪いんじゃなくて、広告会社がオーダーされたものを作るだけじゃいけないという話です。いわゆる“前さばき”というものですけれど、BPが話を聞いた段階で紐解いておくべき課題をちゃんと認識していないと、意味のないものを提案することになっちゃうよなと思っていました。それはもちろん、当時僕が一緒に仕事をしていたBPを責めているわけではなくて、「こういう前さばきがあったらもっといいだろうな」と思う瞬間が何度かあった、という経験談です。
——そうした経験があったからこそ、BP職に職種転換されたのでしょうか。
上條:それもまたそういうわけじゃなくてですね…。先述の通り、相変わらず“広告会社の営業=体育会系”というイメージは拭えていなかったんですが、当時クリエイティブから営業に社内留学するという潮流があって、そこで2011年に職転することになったんです。なのでめちゃくちゃ希望して行ったわけじゃなくて、普通に「戻りたいな」とは思っていました(笑)。
——なんと、そうだったんですね。とはいえ、それから現在に至るまで、もう12年近くBP職を続けられているわけですが、なぜなのでしょう。
上條:いろいろ理由はありますが、一つはクライアントに恵まれたというのは大きいと思います。僕が担当するクライアントは、みなさん広告に対して愛があって、ありがたいことに僕らのような広告会社に対してもリスペクトをしてくださる会社ばかりで。それは僕にとって大きなモチベーションになっていると思います。
——BP職としてのキャリアがスタートした当初は、手探りだったこともあったのではないでしょうか。
上條:それはたくさんありましたね。僕は経歴上、いわゆる営業的な“お作法”を仕込まれているわけではないので、例えば「飲み会の席で、クライアントのグラスが空いたらお酒を注ぐ」みたいなことは慣れてなくて。もちろん、すべての営業がそうした“お作法”を第一にしているわけではないことは前段として断っておきますが、でも例えばクライアントとせっかく腹を割って話せる飲みの席で、相手のグラスばかり見ていては、それは本質的な時間の使い方ではないと思っていて。
——確かに、そういった場でこそ出てくる本音というものがありますよね。
上條:一般的に、広告の仕事って、恐らく営業がいないと成立しないものだと思うんです。前さばきの部分もそうですし、ブランドやサービスを含めクライアントの未来まで描くのが僕らBPの役割だと思っています。「こういうものを作って」と言われて、その場しのぎでいたら、その程度のスタッフィングにしかならないし、意味のある広告は作れない。
だからこそ、ちゃんとクライアントと何度も膝をつき合わせられるBPが、いかに時間を割いてお客様と話すか、ということに尽きると思います。クライアントの方々も、すべて自社の課題を整理できているわけではない場合も少なくありませんから、だからこそ僕みたいな広告会社のBPを壁打ち相手にしてもらって、一緒に思考を整理していくステップが必要だと感じているんです。
——「とにかく話す」、シンプルですがBP職だからこそできることですね。
上條:雑談でもいいと思うんです。だから僕も、クライアントに行って2、3時間話す日もあります。なので、コミュニケーションの取り方にはものすごく気を遣うようになりました。この対話で、どれだけのことを引き出せるか、明文化できるかが僕の最大の役割なんです。そこで得られたものを整理して、持ち帰って、クリエティブと話をするのが正しいスタイルだと思います。僕もクリエイティブにいたから分かるのですが、企画を出すっていう仕事って本当に大変で、そのためにクリエイティブの人たちが人生を削っているのも知っているから、クライアントに対してはもちろん、そういった社内の仲間に対してもリスペクトして仕事をしようと常々考えています。
——なるほど。野田さんがそんな上條さんを「チャンスおじさん」の愛称で呼んでいらっしゃいます。これは“若手のクリエイターが活躍できるチャンスを作ってくれるBP”ということだそうですが、この「チャンスおじさん」はご自身でも意識していらっしゃることなのでしょうか?
上條:意識していますね。元々自分がクリエイティブにいたということもありますが、博報堂ってクリエイティブを大事にしている会社って言うじゃないですか。だからこそ、特に若い人たちにはしっかり活躍できる場を作ってあげたいという思いは大きいです。博報堂のクリエイティビティのレベルが上がれば、それがゆくゆくは必ず仕事として返ってくるという信念もあります。
——上條さんの言葉から、「チャンスおじさん」と呼ばれるゆえんが分かります。打席に立ってもらう若手のクリエイターにはどのようなアドバイスをされているのでしょう。
上條:若い人にとってのチャンスって、世の中で話題になるものを作れたり、賞を取れたりすることでしょうし、みんなそういう仕事をしたいと思っていると思うんです。だから本当にチャンスになるか、その時は実感が持てなくても少しでも可能性があればチャンスなんだ、という話はしています。ただ、何でもかんでも「チャンスだから頑張れ」というのではなくて、チャンスボールが来たら「これ、チャンスボールだよ」と言ってあげますし、違えば「違う」と言うようにもしています。
——上條さんが「これはチャンスボールだ」と思える基準というものはあるのでしょうか。
上條:チャンスを見極めるのはとても難しいと思うんですが、スーパーマリオやゼルダの伝説を生み出した任天堂の宮本茂さんがおっしゃっていた言葉が、自分の考えに近いなと思っています。それは、「アイデアというのは 複数の問題を一気に解決するものである」という言葉です。ブランドの課題・クライアントの事情・予算・世の中の空気など広告を作る上で抱える課題を、複数解決できているなと思えるアイデアやアウトプットに対して「チャンスだ!」と思っている気がします。
——一度に複数の課題を解決できるアイデアを見極める力…確かに、消費者の趣味嗜好や情報を受け取る環境、そしてマーケットの状況なども目まぐるしく変わる今だからこそ、そうした視点はこれからのBP職にとって欠かせないものになると感じます。今後はどのようなBPとして動いていきたいとお考えですか。
上條:「チャンスおじさん」は継続したいと思っています。なかなかすぐに結果が出るものではないかもしれませんが、そうして若手が活躍できる場所を作ることが、ひいては僕がこの会社にいて「すごいな」と思えた諸先輩のDNAをちゃんと下に受け継いでいくことにもつながると信じています。それにもちろん、そのチャンスが若手にとってだけでなく、クライアントにとってもチャンスでなければならないとも思っています。
——上條さんの一言一言から、博報堂という会社への愛も感じます。
上條:愛というほどでもないかもしれませんが、やっぱり自分が働いている会社がすごいものを作っている会社であってほしいじゃないですか。そのためには、僕一人が「こうありたい」と思ってもダメで、仲間たちと一緒に何かを成し遂げないといけない。“BPとクリエイティブの掛け算の凄さ”みたいなものを、一つ一つ積み上げていきたいですね。
取材・執筆=田代くるみ(Qurumu)、撮影=杉能信介