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連載「2030年、旅ってどうなっているんだろう?」
第11回/一般社団法人日本アドベンチャーツーリズム協会 山下真輝さん【前編】

2023.10.11
コロナによってしばらくの間、移動が制限されてきましたが、2022年10月にはインバウンドが再開され(12月のインバウンド旅行者は137万人)、国内の旅行支援キャンペーンもあり、人々がまた動き出しました。また、最近はSDG'sやサステナブル・ツーリズムへの関心の高まりから「持続可能な旅や地域との関係」が注目されています。
コロナ前から旅は少しずつ変化していましたが、有名観光地への物見遊山の旅から、様々な旅の意義やスタイルへ変化はさらに加速していきそうです。そして「観光」の捉え方も「旅に行く」だけではなく、「地域の人たちとつながる」「地域のものを買う」など"旅人と地域の関係”は新たなフェーズに入ってきているようです。
その様な中、2030年には「旅」というものはどうなっているのでしょうか?
wondertrunk & co.代表の岡本岳大が、さまざまなジャンルで活躍する人たちに「2030年の旅はどうなっているのか?」「その時に、大事な人に旅を贈るとしたら、どんな旅をつくる?」といった話をお伺いします。

観光×地域振興に先駆的に取り組んでいた大分県

岡本
2030年という少し先の未来の旅について、多彩なゲストの方々と語り合ってきたこの連載も今回で11回目を迎えます。振り返れば連載がスタートした2018年からこれまで、コロナ禍と重なった期間も長く、必然的に「コロナで旅はどう変わるのか?」という話が裏テーマになっていたように思います。2030年もだいぶ具体として見え始めてきたいま、少し別の視点で旅を考えられたらと思い始めているところです。

さて、山下さんには以前から事業でもお世話になっていましたし、個人的にもいろいろと勉強させていただいていましたが、なぜ現在アドベンチャーツーリズムというジャンルに注力されているのか、それまでの経緯などについて詳しく伺ったことがなかったので、そのあたりから話をお聞かせいただけますか。

山下
私は福岡県北九州市の八幡に生まれ、大分県大分市で育ちました。1993年に株式会社JTBに入社し最初に配属されたのがJTB大分支店で、そこからいまにつながる私のキャリアが始まりました。入社後は海外へ渡航するお客様をアテンドする仕事を多く担ったのですが、いわゆる海外旅行だけではなく、自治体の方々や観光関係者と一緒に海外に行き、海外の先進地の調査、また大分県と海外の国や地域との国際交流、一緒に大分県を売り込み海外からの誘客につなげるという仕事が多かったですね。おそらく当時の訪日外国人旅行者数は、いまの10分の1くらい、数百万人程度だったはずですが、大分県は先進的に当時からそうしたインバウンドの取り組みに力を入れていました。それから2002年のFIFAワールドカップ日韓大会では、大分で開催された3試合の観戦客輸送や大分県や中津江村の村長らと共に、カメルーン代表のキャンプ誘致をする活動にも尽力しました。

岡本
そうだったんですね!

山下
実は当時大分県知事だったのが、「一村一品運動」という活動を推進していた故・平松守彦さんだったんです。私は平松さんが知事に就任されていた後半の数年間ご一緒し、様々な薫陶を受け、ローカル外交として世界中を回り“一村一品国際交流”をお手伝いしていました。大分県というのは、江戸時代まで小藩が分立していた地域の集合体なので、ある意味一体感はないんですが、地域ごとに自然・文化・歴史的な特徴を持っており「一村一品運動」との相性が非常にいいんです。マイナーな県ではあるけれど、それぞれの地域から世界に誇れるものを1つつくろうよという考え方がこの運動の理念であり、その考えは海外へも発信されていきました。なおその後JICAの海外支援においても「One Village One Product」の言葉が使われるようになり、小さな村を光らせる、世界に誇れるものを生んでいこうという一村一品運動は世界的に認知されるようになりました。平松さんが常々言われていた「グローバルに考えローカルに行動する/Think Global, Act Localという言葉は、その後の私の仕事観に大きく影響し、座右の銘でもあります。

また、九州というエリアはインバウンド観光地の走りでもあるんです。というのも、北海道やほかの地域にまだまだ外国人観光客が来ていなかった時期、九州には韓国や台湾から多くの旅行客が訪れていました。単純に距離が近いということもありますが、ゴルフ場、温泉だけでなく、大分のハーモニーランド、宮崎のシーガイヤ、長崎のオランダ村といったテーマパークが豊富なのも人気の理由でした。そして平松さんが知事だった当時の大分県は、特に東アジア地域への観光PRでリーダーシップをとっていて、JTBにいた私はそういう仕事を手伝っていたのです。2002年のワールドカップの際も、観光協会や県庁の皆さんと一緒にヨーロッパまで大分を売り込みに行っていました。

岡本
地方創生という言葉もまだない時代に、ずいぶんと先進的な取り組みをされていたんですね。

山下
はい。一方で、ある時、海外にPRするにあたり、海外の観光地は知っているが、本当は自分の地域のことをそこまでわかっていないのではないかと考え、それ以来、大分県内をくまなく回り、伝統行事や名物など、一つ一つの地域の価値を徹底して探して回るようになりました。そのうち、たとえばハワイに行ったとしても、リゾートエリアよりも、ハワイがどのようにデスティネーションマネジメントをしているかなど、海外の先進地の観光政策の方に関心を持ち始めました。

岡本
関心事が移っていったんですね。

山下
その結果、旅行商品をつくって売るというよりも、デスティネーションそのものをプロデュースすることこそが重要だと考えるようになったんです。幸いにも大分県には、全国的に知名度のある温泉地である別府や由布院をはじめとして、観光におけるまちづくりに長年携わってきた教科書のような先生たちがいたので、彼らと話をしていく中で、観光による地域活性化の可能性を追求したいと思うようになりました。

岡本
そうでしたか。

山下
ちょうど、いわゆる平成の大合併があった頃です。合併特例債といって、合併して新しい街づくりや新しい事業を始めるための予算が総務省で動いており、大分県もそれを活用して合併を進めました。そして合併後に何の事業をやるかというと、やはり軸になるのが観光なんです。そうして私も、観光プロデュースの真似事のようなことに着手するようになりました。また、JTBの先輩で、豊後高田市にある「昭和の街」のプロデュースに長く関わってきた方とも知己を得るようになり、ワークショップの活用や地域ブランディング、新しい観光商品開発をどう進めるべきかなどについて、学び始めました。それが30代の頃です。

岡本
当時の旅行会社の社内でそのような動きをしている方はほかにいらっしゃったのですか?

山下
いいえ。相当変わり者と思われていたはずです(苦笑)。でも地方分権の気運がものすごく高まっていた時期でもあり、もしいまの段階で観光による地域活性化のプロデュースを追求していけば、おそらく20年後にはその分野におけるトップランナーになれるだろうと漠然と思っていました。幸い社内にもそうした考えは次第に浸透していって、大きなムーブメントに成長していきました。

岡本
そうすると、いまの日本の現状は、当時想像していた以上の盛り上がりということになりますか。

山下
ここまで国の大きな成長戦略として観光が位置付けられるようになったのは感慨深いですね。

大分支店には計13年ほどいて、その後は福岡のJTB九州本社に3年間在籍しました。当時、九州新幹線が開通する3年程前で、新幹線開通予定の沿線の自治体が観光でまちづくりをやろうという気運が高まっていました。そこで、久留米市の観光まちづくりを3年ほどお手伝いし、いまも続いている「久留米まち旅博覧会」というものをプロデュースしました。観光という切り口、手法を使えば、観光地ではない地域の住民が自分たちを誇りに思ったり、ブランド化させ、まちづくりにつなげたりするということを体感しました。

岡本
その後、どういう経緯で東京に来られたのですか。

山下
元観光庁長官で現在大阪観光局理事長の溝畑宏さんという方がいらっしゃいますが、彼はもともと大分県庁にいて、平松知事のもとで様々な政策を牽引されていました。大分トリニータやAPU(立命館アジア太平洋大学)の創設にも尽力された方で、僕も大分でずっとご一緒していました。その溝畑さんが2010年に観光庁長官になられるタイミングで私も東京にJTB本社に異動となりました。2011年には震災があり、震災復興に関係する政府の観光政策にどっぷりと関わった期間もありました。溝畑さんはスポーツにも造詣が深い方ですから、スポーツと観光を掛け合わせて何かできないかと言われ、スポーツツーリズムについての提言を副大臣会議でプレゼンしたこともあります。ほかにも、観光×アートや観光×食などさまざまなテーマに関わってきましたが、おそらくいまのアドベンチャーツーリズムというものが、これまでの集大成的なテーマになるのではないかと考えています。

岡本
そうでしたか。ありがとうございます。
大分という地域は、別府、湯布院があって、観光業としても一定のパワーがあり、かつ一村一品運動のようなものづくりの動きもあり、農業も鉄鋼もあり…地域の経済を担う多様なパーツが揃っている地域ですね。

山下
そうですね。大分にはそうした高い地域力があります。たとえば国東半島には、Walk Japanという、日本におけるガイドツアーを主催している先駆者的会社の代表、ポール・クリスティさんが移住され、それを機にトップ級のツアーリーダーさんが次々と集まっています。APUを卒業した外国籍の方が住み着いて、新しい観光事業を展開しているケースもあります。僕が若い頃とは違って、優秀な人がどんどん地方に回ってきているのを感じます。著名な人の影響もありますが、やはり人が人を呼んで、地域にどんどん新しいプレイヤーが入ってきている。地域特有の面白さを感じる人が増えているのかもしれません。

岡本
実は僕の父親も生まれが北九州でした。大分は身近な地域だったので、子どもの頃はよく遊びに行っていました。海も山もあってとても魅力的ですよね。

山下
そうでしたか。大分県には国立公園もジオパークもラムサール条約の湿地帯もあるし、摩崖仏や、平安・鎌倉時代に花開いた仏教文化の古寺名刹も多い。「おんせん県」としてだけのブランディングではもったいないと感じています。日本中をあちこち旅して回ったからこそ、改めてわかる大分県の魅力がありますね。

岡本
お話を伺っていると、山下さんが、「観光交流と地域づくり」という道を歩まれてきた蓄積がいかに厚いものかわかります。現在、地域創生などに関わっていらっしゃる旅行会社出身の方々の中には、団体旅行やマスツーリズム視点に違和感を覚えて、活動の軸を移行する方がもいらっしゃるような気がしますが、山下さんの場合は、むしろ大分県で先駆的にやり続けていたことの積み重ねが、JTBや、ひいては日本のスタンダードに育ってきたような感がありますね。

山下
そうかもしれません。

経験経済の視点から考える、
トランスフォーメーションを生む旅の力

岡本
僕自身は、2005年に博報堂に入社し、2009年頃から観光やインバウンドの仕事をするようになりました。当時、“ニューツーリズム”は一応概念化されつつあって、スポーツツーリズムはもちろん、グリーンツーリズム、エコツーリズム、フードツーリズムなどなど、どんどんその範疇が広がっていく感じだったのを覚えています。そうした新しいテーマの誕生とインバウンドの伸び、そして観光自体のデジタル化が同時に進んでいき、従来型ではない新しい旅のあり方が一気に広がっていった印象です。

山下
確かにそうですね。
大分県にグリーンツーリズムの先進地である安心院(あじむ)という町があるのですが、JTB大分支店勤務時代、私は安心院のグリーンツーリズム実践大学に通ったり農家民泊を体験したりしていました。関東や関西からもたくさんの子どもたちがやって来るのですが、最初は気乗りしなかった子どもたちも、帰るときにはすっかり農家のお母さんたちのファンになっている。また、中学時代に安心院で農家民泊を経験したある方が、大学生になり拒食症で悩まれていたのですが、「安心院のおばちゃんの家で食べた鶏飯のおにぎりなら食べれるかも」ということで、その後一週間ほど滞在したところ症状が改善したというエピソードもあります。そこにある観光の力、地元の人の力、ツーリズムの力を体感したし、人生を変えるほどの何かがあることを確信していました。そしてその頃から、観光における「経験価値」とは何だろう?ということを考え始めていました。そんな折に『経験経済―エクスペリエンス・エコノミー』という本を通して、コモディティから商品、サービス、エクスペリエンスという段階があり、その先にトランスフォーメーションがあるという考え方に出会った。この考え方は観光にそのまま当てはめることができるなと気づいたんです。

岡本
なるほど。いまでこそエクスペリエンスという言葉を使いますが、当時からその重要性に気づかれていたんですね。

山下
九州本社に移ってから久留米のまちづくりをお手伝いしたときも、これからは「コトづくり」をすべきだと地元の方にお話しました。飲食店ひとつとっても、どういうメニューにすればいいかではなく、そこでどんな体験をし、どんな時間を過ごしてもらいたいかを考えるべきだと。それはどんなツーリズムにも当てはまる話で、いかに楽しい時間を過ごしてもらうか、価値ある時間を過ごしてもらうかが重要だということです。さらに、広告代理店によるブランディング手法ではなく、観光的アプローチのブランディングを進めるべきだとも考えました。たとえばその地域を体現するような、シンボリックな体験をつくっていって、それを育てながら、地域のブランドをつくっていくという考え方です。このような考え方を私たちは「地域デザイニング」と呼んでいます。

岡本
確かに山下さんが続けてこられた取り組みは、ニューツーリズムというよりも、経験経済という言葉でとらえた方がしっくりきますね。観光という枠にとどまっていないという意味でも。

山下
そうですね。そして何かの経験を通して人生観が変わるという、「トランスフォーメーション(自己変革)」の概念についても、当時は観光にはまったく結び付けられていなかった。ようやくアドベンチャーツーリズムが出てきたときに、自分がそれまで考えてきたことが集約された旅の形だと思ったんです。私自身、ガイドの方と森の中を歩いているうち、抱えていた悩みがとても些末に感じられて、解放され、人生観が変わるくらいの体験になったことがあります。悩みなんてほとんどが人間関係とか、人がつくり出した組織に起因するものですが、本当の大自然の中に身を置き、身を任せると、自分ではどうしようもない世界がそこにあるというのを痛感するんです。頭ではわかっているつもりのことを改めて体感できるのは大きいです。観光の中には確かにトランスフォーメーションがある。それこそが、旅の究極のテーマでもあると思います。

コロナ禍でこの思いは特に強まりました。欧米の人たち、中でも若い世代は特に、本格的なロックダウンを経験して動けない期間が長かった分、旅によってトランスフォーメーションすることへの思いは非常に強いと思います。

山下 真輝(やました まさき)
株式会社JTB総合研究所 主席研究員
兼アドベンチャーツーリズム推進プロジェクト長

観光による地域活性化のための計画・戦略の策定、人材育成、旅行商品開発を専門とする。近年はスポーツツーリズム、アドベンチャーツーリズム分野の調査研究も手掛ける。内閣府地域活性化伝道師として全国の観光振興政策を支援。

岡本 岳大(おかもと たけひろ)
株式会社wondertrunk&co. 代表取締役共同CEO

2005年博報堂入社。統合キャンペーンの企画・制作に従事。世界17カ国の市場で、観光庁・日本政府観光局(JNTO)のビジットジャパンキャンペーンを担当。沖縄観光映像「一人行」でTudou Film Festivalグランプリ受賞、ビジットジャパンキャンペーン韓国で大韓民国広告大賞受賞など。国際観光学会会員。

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