■上條からの推薦文
世羅孝祐は博報堂「Bコース採用」(※)という採用試験を突破して入社してきました。Bコース採用はデータ分析の素養や数学的センスを問われる試験。彼に一度どんな試験なのか聞いたことがあるのですが、悲しいかな文系の私は右から左へ受け流すことしかできませんでした。
そんな経歴を聞くと、クールで冷徹な天才を想像してしまいがちですが、彼は、数学的裏付けありますか?とか、それはあなたの感想ですよね?みたいな怖いことは言いません。普段は物静かで、楽しいことが好きで、ちょっと頑固なところがかわいい素敵な人です。
そんな彼の何が素晴らしいのかと言うと「テクノロジーとクリエイティブを掛け算できる」ところです。
広告のアウトプットを考える上でテクノロジーやデータに詳しくても、そこにインサイトやアイデアがないこと。よくあります。アイデアやインサイトがあっても、新規性がない。これもよくあります。彼は、テクノロジーとクリエイティブにしっかりと橋をかけて、美しい解答を導き出せる博報堂の中でも稀有な存在です。
得意先が彼に言っていた言葉で印象的なものを一つ紹介します。
「私は、企画の深い部分はよくわからないけど、世羅さんがとても楽しそうにプレゼンしているから、OKです。お任せします」
テクノロジーの先端と、クリエイティブとしての熱さを併せ持つ世羅くん。
博報堂の新しいクリエイティブは彼みたいな人がつくっていくのかもしれない、と思っています。
※2014年~2019年に博報堂/博報堂DYメディアパートナーズで実施していた新卒採用のコース。基本的なプラニングスキルを問う「Aコース」の設問と並んで、「Bコース」では高度なデータ分析や数学センスを問う問題を選択式で提示していた。
——今回はこれまでの連載に出てこられていない、新しい職域の方としてhakuhodo DXD エクスペリエンスプラナーの世羅孝祐さんにお話を伺います。推薦者の上條さんにはどのような印象をお持ちですか?
世羅孝祐(以下、世羅):上條さんが担う「ビジネスプロデューサー」という職種は、会社においていろいろと守るものが多い立場です。リスクもケアしながら、予算もスケジュールも管理して、クライアントの意向も考える。多くの制約がありながらも、上條さんはいいものを作ることに対して常に真正面に対峙している方。制作サイドの人間としても、上條さんのような存在はとてもありがたいです。
——そんな上條さんより、世羅さんはとてもユニークなバックグラウンドをお持ちと聞いています。なんでも東京大学の哲学科ご出身。大学時代にロボット研究にも携わりながら、プログラミングも習得されたと。ぜひ学生時代のお話を伺いたいです。
世羅:昔から家のパソコンを触っていたような子どもでした。高校生ぐらいからWeb2.0といったことが叫ばれる時代に入って、その中でインターネットが世界を変えていく様を目の当たりにし、そんなこれからの社会がどうなっていくのか、どうあっていくべきなのか、未来のことを研究したいと思っていたんです。大学で専攻に哲学を選んだのは…とにかく考えることが好きだったからでした。
——文系の学部にいながら、ロボットに興味を持たれた理由は?
世羅:技術や道具って「作る人」と「使う人」がいるという関係の中で、使う人がどう使うかという視点で考えることが多いですが、一方ロボットは「作る人」はいるけど「使う人」がいない。勝手に動くという点がすごくユニークだなと思いました。プログラミングも習得したのは、技術を触らず偏見でものを言いたくなかったですし、自分である程度使えるようになって、自分の肌感でロボットと向き合いたいと思っていたからですかね。
——ダイレクトに哲学やロボットといった分野を仕事に選ばなかったのはなぜだったのでしょう?
世羅:僕が大学時代を過ごした2012年って、ドラえもんの誕生した2112年からちょうど100年前に当たります。当時、「ドラえもんが生まれる100年後は、間違いなく今よりロボット社会が進んでいるだろう」ということは誰もが理解していつつも、そこに具体的なビジョンや「こうなったらいいよね」みたいなことが描けていないと感じていて、そうしたことを考えられる仕事につきたいと思ったんです。
——それが広告業界だったということですね。
世羅:そうですね。いろいろな職種は検討していたんですが、未来の社会を考えて、ビジョンを描くみたいな会社って意外と少ないと思ったんです。ちょうど僕が入社したころ、博報堂は博報堂DYメディアパートナーズと「未来を発明する会社へ。Inventing the future with sei-katsu-sha」という合同ビジョンを掲げていて、そういった意味でも、生活者視点で社会がどうなっていくか、どうなっていけば面白くなるかを考えられる業界だと思って飛び込みました。それに、僕は答えがないことを考えるのが好きなので、賢い人が考えたらある程度同じ答えが出るような問いよりも、クリエイティビティを発揮できる仕事がいいなと思ったんです。
——そんな世羅さんは、上條さんからの推薦文にあった通り理系採用での入社なんだとか。
世羅:業界も、既存の広告ではない領域へ着手しなければいけない時代だからこそ、僕のような人間を多く採用するようになったんだと思います。なので、入社してからも、いわゆる“広告”っぽい仕事とは違う、あまり規定のない領域の仕事をしている印象です。
——世羅さんは現在、長く続くエクスペリエンスサービスやD2C事業などの構想、開発、実装までを手掛ける「hakuhodo DXD」の中でエクスペリエンスプラナーとして活躍されています。普段はどのようなお仕事をされているのでしょうか。
世羅:僕の仕事を表現するのはなかなか難しいのですが、分かりやすく言うと「体験をつくる」ということだと思います。マーケティングコミュニケーションの仕事でもサービス開発の仕事でも、それは共通して言えることですね。メッセージ型の広告って「かっこいい」とか「憧れる」とか「美しい」っていう部分にパラメータを全振りするもので、それが醍醐味だと思います。一方で体験型の広告って「楽しい」とか「面白い」っていうジャンルの心の動きをつくる。それが大きな違いです。
——「体験をつくる」上で、世羅さんが特に大切にされていることは何でしょうか。
世羅:僕の仕事ってなかなかKPIを明確化できません。体験してくれた人が「楽しい」と思ってもらうことに尽きるというか。実際に、相手が思うような行動をしてくれるかも分からないですし。故に、“生々しい面白さ”というものは常に追求していますね。
それは「ここを押したらどうなるんだろう?」「こう答えたらどういう展開になるんだろう?」と、自分が探索したくなるような面白さ、とも言えるかと思います。ただ、それはあたかも自分で探索しているようで、こちらがそう行動するように仕掛けを作っている…「押してみたらこんなものが出てきた!」という驚きと、「やっぱり押してくれた!」というこちらの思惑が重なった時、お互いにニヤニヤできるような体験こそ、“生々しい面白さ”だと思うんです。
世羅:フィジビリティは常に考えるべきことですが、逆に「できない」という条件があるからこそいいアイデアが生まれるとも感じています。テック系の体験ではない企画も含めて言えることですが、オリエンや予件において縛りがなさすぎる状態では、アイデアも緩いものになりがちです。逆に制約があると、それを逆手に取ったクリエイティブを考えられたりもする。テクノロジーをベースにした企画においても、これと同じようなことが起きると思っていて、この技術はできないから、敢えてこういう設計にしよう、というような工夫ができる面白さはあると思いますね。
——なるほど。一方で、どうしても「技術力の進化」というテーマで社会や業界の行末を考えると、仕事がなくなるのではないか、人間にとって変わられるのではないか、という議論に落ちてしまいがちですが、その点についてはどうお考えですか?
世羅:AIや技術発展の話になると、どうしてもディストピアな未来を描きがちですが、僕は技術の使い方として、大きく分けると「人間を強くする技術」と「人間をダメにする技術」があると思っていて、僕はなるべく前者の技術が働く世の中にしたいと考えています。例えば服を選んでくれたり、肌診断をしてくれたり。こうしたことって、あくまで人間の感情として「似合う服を着てかっこよくなりたい」とか「肌がきれいになりたい」という感情…つまり欲望があるから、それを助けるために技術を活かすことができます。AIは欲望を持つことができないからこそ、人間の感情や欲望がベースにあって、それを助けられるような技術、ないしそうした技術を活かしたアイデアを追求していく必要があると思うんです。
——そんなこれからの未来において、世羅さんは広告業界でどのようなスキルを身につけたり、立ち位置を開拓していきたいと思いますか?
世羅:2つのレイヤーで考えることができて、一つは、これからも広告会社という形はあり続けると思いますが、広告という存在は形を変えていく気がします。そういう意味で、新しい広告のあり方を発明していきたいですし、技術も常にキャッチアップしていきたいです。
もう一つは、むしろ変化の激しい時代だからこそ、「こうなっていることが一番いいだろう」という大きなディレクションや、昨今でいうパーパスを作る——つまり「強い真ん中をつくる」という能力は磨いていきたいと思います。哲学科だったころ、何か考えるときにはとにかくたくさん批判を繰り返して、その残ったものが強い思想になるということを学びました。
ビジョンかもしれないし、ディレクションかもしれないけれど、「強い真ん中をつくる」ことって人間にしかできない。僕も、こうした「強い真ん中」のつくり方を考え続けられる、クリエイティビティを身につけていきたいですね。
——興味深いお話をたくさん伺ってきましたが、世羅さんが考える、目下のミッションを最後にお聞きしたいです。
世羅:まずは、僕たちのような職群が何をするのかをはっきりさせていくのは重要かと思います。僕らがどういうことができるのかを知ってもらうことで、いろいろな相談を受けることができるはずです。
ただ、やっていることは他の博報堂の人たちと同じで、クリエイティブの会社として、クライアントの期待値を超えるものをつくり続ける。これは言わずもがな、常に続けねばならないことだと思います。僕らはコンサルティングのような仕事が多いので、どうしてもKPIが立てづらいという部分もありますが、基本的な考え方は同じです。
あと、僕自身のことで言えば、冒頭でドラえもんの話をしましたけれど、22世紀ぐらいの社会が、いい感じになっていたらいいなと思うんです。良い未来を創造するというのが、もともと僕がずっとやりたいと思っていたことなので、広告を通してそういう仕事をしていくのが自分へ課しているミッションですね。
取材・執筆=田代くるみ(Qurumu)、撮影=杉能信介