堂上:博報堂の新規事業開発組織「ミライの事業室」で、ウェルビーイングをテーマに活動している堂上です。連載初回である今回は「ウェルビーイング産業」の現在地とこれからについて、最前線を走る3名の方と語り合えたらと思っています。まずはそれぞれが携わっている事業について簡単に伺えますか?
小田部:私は博報堂SDGsプロジェクトのメンバーで、社会的と経済的なインパクトを同時達成する「ダブルインパクト」のビジネス化に取り組んでいます。ウェルビーイングはSDGsの目標のひとつ「Good Health and Well-being(すべての人に健康と福祉を)」でもあります。マイナスをゼロにしたその先、人にプラスをもたらすのがウェルビーイングだと思っていますので、そこに向かうためのチャレンジについてお話しできたら嬉しいです。
大高:100年生活者研究所の所長・大高と申します。私が在籍している博報堂DYホールディングスのグループ会社Hakuhodo DY Matrixのビジョンは、まさに「The Well-being company」。人生100年時代を迎える生活者を見つめて、みんなが幸せになっていける理想社会実現に貢献しようと、この研究所を今年3月に立ち上げました。生活者と共にアイディアを出し合う「リビングラボ形式」で研究を進めていて、巣鴨に拠点があるんです。
小田部:100年生活者の町ですものね。
大高:そうなんです。まずは人生の先輩方のお話を聞こうと「100年生活カフェ かたりば」をオープンしました。美味しいコーヒーやナポリタンを囲みながらお客さんにインタビューをするという、一風変わった研究所なんです。つまり私は、所長でありカフェのママでもあります(笑)。
亀山:なるほど、面白いですね。 私は株式会社SIGNINGの共同CEOを務めている亀山です。博報堂DYホールディングスのグループ会社で、社会とビジネスの課題を同時に解決していく「ソーシャルビジネススタジオ」と銘打っています。私自身もソーシャルビジネスデザイナーを名乗っておりまして、「社会性を取り込んだビジネスデザイン」に携わっています。ウェルビーイングは我々の事業においても非常に重要なテーマですね。
大高:この場を借りてぜひ皆さんに伺いたいのですが、みなさんは100歳まで生きたいと思いますか?
小田部:はい、生きたいです。
亀山:私もですね。
堂上:僕は生きたい、じゃなくて、生きると思う(笑)。
大高:なんと、全員マイノリティですね。100年生活者研究所で実施した調査によると、世間では「100年生きたい」と答える人は3割もいません。7割を越える人が「100年も生きたくない」と答えるのです。巣鴨のカフェでそう答えた方の真意を深堀していくと、年を重ねるのはリスクだとおっしゃる。できることがどんどん減っていって、行動範囲も人間関係も狭くなると。この「加齢=リスク」の図式を「加齢=チャンス」に変えるのが、100年生活者研究所の至上命題です。
「人生100年時代」5カ国の意識調査を比較
https://well-being-matrix.com/100years_lab/news/100pressrelease0915/
堂上:日本人の生涯は3つの期間「教育」「仕事」「引退」に大別されますよね。3つめのステージで「どう生きればいいのか」に悩む人は多いと思いますが、どうアドバイスされていますか?
大高:実はアドバイスはしていないんです。重要視しているのはファシリテーションで、「どんなことが好きですか?」「チャレンジしたいことは何でしょう」と丁寧に聞き取りを重ねて、個々に内在している希望や欲望、野望を引き出す。ウェルビーイング・ニーズではなくて「ウェルビーイング・ウィッシュ」をどれだけ広げていけるかが課題ですね。
小田部:「生きるための意志」を明確にするということですね。
大高:おっしゃる通りです。かつては「教育」「仕事」「引退」のシングルレールでしたが、これからは”マルチルートの人生”を歩む時代。そのなかで人生設計をどう組み立てていくか、学生さんも巻き込んで一緒に考えていきたいと思っています。あと80年も楽しめると思って生きていけば、まったく違った景色が見えるはずですから。
堂上:確かに「ウェルビーイング・ウィッシュ」を持てたら人生に張り合いが出ますよね。ただ、齢を重ねるとどうしても病気や介護の問題が付き纏ってしまう。このウィッシュは健康な身体を持っていることが前提なのでしょうか?
大高:私は、病気だろうと要介護者であろうと「自分にとって心地良い状態」であれば、すべて健康であると考えています。以前、うちの研究員が、ウェルビーイングを構成する「身体・心・社会的つながり」の中で、どれを最も重視しますか? という調査をしたんです。結果は1位が身体、2位が心。最後が社会的なつながりでした。でも実は、社会的なつながりのバランスが取れている人ほど幸福度が高く、そうなると自ずと身体や心も整ってくるという結果が出ました。例えば、ご近所に友人がいれば、おめかししてお出かけする回数が増えますよね。心も弾むし、身体も動かすようになっていく。
幸福度における体・心・つながりの影響に関する調査
https://well-being-matrix.com/100years_lab/posts/100news_230825/
亀山:ウェルビーイングというと難しく思われがちですが、本質はごくシンプルで「あらゆる人が幸福になれるためのアプローチ」。大病をして体が多少不自由になっても、社会的なつながりと心の充実があれば、まだまだ幸せに生きていけるんじゃないか。そんな可能性を人生100年時代に示してくれるわけですね。
堂上:ウェルビーイングが目指すのは、誰ひとりとして取り残さない“全員の幸福”です。一方で「そんな理想論はうまくいくはずがない。ごく限られた人のための考えだ」という意見もありますよね。
亀山:私のところにもそうした声は届きます。理想論をどうすれば現実にできるか日々リサーチするなかで、興味深かったのがビジネスマンにおける研究結果でした。働き方改革など会社の福利厚生としてウェルビーイングを使っている人よりも、お客様にウェルビーイングのサービスを提供している人の方が幸福度が高かったんです。
ザ・ウェルビーイングレポート
https://hdy-matrix.co.jp/well-being/pdf/report_20221125.pdf
大高:インナーではなくアウターの方が幸せを実感しやすいんですね。
亀山:そうなんです。内向きのウェルビーイング経営を推進することも重要ですが、「御社がもともと行っているマーケティングやコミュニケーション活動に、ウェルビーイングの視点を取り入れてみませんか?」と提案することで、ビジネスもうまくいくし、従業員の満足度も上がり、社会全体の幸福度も向上させていける。私ひとりで全員の幸福を実現することは難しいですが、そうしたビジネスサイクルを回すことができれば、理想が現実になるのではないかと感じています。
小田部:社会全体の幸福度向上について言えば、多くの個人が「よく生きる」ためには、世界が「サステナブル」である必要があると思います。先日のSDGsサミットでは、目標達成率がわずか15%であることが明らかになりました。
堂上:2030年まで残り時間半分を切っているのに?
小田部:コロナ禍やウクライナ侵攻の影響が大きいですが、生活者ももっと“自分ごと化”していかないといけません。最近では「エコ疲れ」も起きていて、節約中心のサステナブルな活動にも嫌気が差している。そこを越えていくには、「SDGsは“私”にとって価値がある」と感じられることが大切なんです。まさに自分がより良く生きる=ウェルビーイングですよね。ウェルビーイングとサステナビリティの関係を整理してみると(下図)、ウェルビーイングは個人寄り、サステナビリティは社会寄りに位置していますが、表裏一体であることがわかります。
小田部:人生100年時代にウェルビーイングを実現するには、しごと(生きていくための日銭を得る「稼ぎ」および社会への貢献や使命といった「務め」)と健康が大切であり、健康は食べ物と心身の状態に依る。そして仕事は、人と人とのつながりから生まれます。それらが健全に営まれるには、世界が平和である=サステナビリティな状態でなくてはいけない。SDGsの意味でも、今後ウェルビーイングへの注目度はますます高まると思います。
亀山:地球側ではなく、人間側の問題にする解釈は非常に有効ですね。生活者としてウェルビーイングを通じ、SDGsに触れていく。その結果、自然とサステナビリティ・アクションができるケースも増えていくでしょうね。
小田部:最近「サステナブル・ツーリズム」がマイブームなんです。行けば行くほど、その地域と自分が良くなるウェルビーイングな滞在体験を提案できないかと考えます。例えば、地元の料理をそこに住むおばあちゃんから教えてもらう。高齢者の雇用にもつながりますし、その土地の野菜を育て、地域経済を回すことにもなる。自分自身も美味しく体に良いものを食べられて、文化的で知的な喜びも感じられます。
堂上:同じ発想を私は「ウェルビーイング・ツーリズム」と呼んでいて(笑)、その時を楽しむだけではなく、旅を通じて人と繋がり、またそれが次に向けての活力になっていく。サステナビリティが軸にあるんですよね。過疎化や街の産業の活性化など社会課題の解決を含めて、「地域のウェルビーイング」は今後のキーワードになると思っています。富山や福井ではすでに県をあげて取り組んでいますよね。
亀山:地方型ビジネスにおいては、「地域のスモールコミュニティをウェルビーイングかつサステナブルな状態にする」ことがルールになるでしょうね。地域住民にとっての心地よさはもちろん、訪れる人にとっても、単に遊びに行くツーリストではなく「そこに住まう一員」になれるような感覚をもたらす。そうした体験を提供しつつ、地域資源を活用して差別性を作れば、他にない付加価値が生まれるはずです。
堂上:地域通貨を使ってウェルビーイングの産業を興そうと、NFTを発行する動きもありますよね。ただ、地域の活性化には発起人とそのフォロワーが絶対に必要です。スモールコミュニティゆえの人不足もあるなかで、果たして手を挙げる人はいるのか、産業をうまく回していけるのかという課題がある。
大高:規模が小さいからこそ、個人の主張が立ってしまい、どうしてもパーパスもバラつきがちですしね。まずは、ボトムアップで「目指すべき一番星」を作ると良いのかなと。そのために欠かせないのがテクノロジーで、といってもローテクなものでいいんです。例えば、町全体でレタスを生産するとして、需給のバランスを全員が共有する。「今日は十分収穫できたので、もういいです」とかね。フードロスや過度の労働を防げますし、レタスの価格も下がらないので街の人みんながハッピーになる。経済がきちんと伴っていれば、テクノロジーへのアレルギー反応を起こさず、コミュニティ一体となって取り組めるのではないでしょうか。
堂上:競争から“共創”への転換ですね。「良いものを作った人だけが勝ち残り幸せになれる」という考えから進んで、「作りすぎたから分配するよ」とお互いに思いやりを持って融通し合う。
小田部:私も地域で事業開発ワークショップを開くときは、「持ち寄りの精神が大事です」とお伝えしています。まずは、自分からギブをする。その見えない投資が後でちゃんと回ってくる仕組みをテクノロジーでカバーすれば、共創関係を築けるのではと。
堂上:亀山さんのお話にあったように「アウター向けにウェルビーイングを実践している方がウェルビーイング度が高い」わけですしね。そうした周りを巻き込んでいく人材の教育プログラムを、例えば地域の大学等で行っても良いかもしれません。
小田部:教育は重要ですよね。SDGsにおいても10~20代の理解度が高いんです。学校でちゃんと学んでいるからこそ、仕事でも携わりたいと思ってくれる。
亀山:今、ある地域の活性化プロジェクトをお手伝いしているのですが、若い移住者はかなり多いですし、皆さん積極的にビジネスに取り組んでいます。私たちに対しても構えるところがないというか、良い意味で「使えるものは何でも使おう」というスタンス。ウェルビーイングの知見があり柔軟な姿勢の世代が増えることで、私達の関与もより進むように感じています。
亀山:「世界幸福度ランキング」で、日本は137カ国中47位(2023年)と、数字で見れば幸せとは程遠いのですが、実際のところ世界の幸福の尺度は多様化していっています。ハシゴ型で点数をつけるのではなく、「昨日と比べて今日はちょっといいな」「悪いことがあれば良いこともあるさ」という“振り子型”の幸福感マネジメントに移行しつつある。これは日本的な価値観にかなり近いんですよね。だからこそ、世界にも提示できる「幸福へのアプローチ」を探れるのではと思います。日本版ウェルビーイングを打ち立てることで、ビジネスにもなるし、競争力も獲得できる。
堂上:「幸福の尺度は人それぞれ」という現代の価値観そのものが、ビジネスチャンスになると。これからはよりパーソナライズされていきますからね。
小田部:「こんな時に自分は幸せを感じるんだ」というパターンを見出したり、自分を「超ご機嫌モード」にしたりするサービス需要が高まってきますよね。センサーによって、気づかなかった疲れをファクトをもって知らせてくれるとか、適切なケアを提案してくれるとか。さらに進んで「どんな自分でありたいか」に寄り添った食べ物や旅先を教えてくれたらいいですよね。
堂上:そうして一人ひとりがウェルビーイングなライフスタイル、価値観へと変化していく。すでに「Wellbeing for All」を掲げる会社が現れているように、全ての産業はウェルビーイング・トランスフォーメーションになっていくと言われています。
大高:だからこそ「攻略発想」はやめて、全顧客をターゲットではなくパートナーと呼ぶように提言したいんです。これからの産業は、「パートナーと一緒に成長できる世の中」をどう作っていくかが重要だと思いますから。
亀山:素晴らしいですね。クライアントも共にクリエイションするパートナーなのだという視点でビジネスをしていく。また、クライアント同士もそうした関係性を構築してほしいと思います。「共創関係」でビジネスを作っていくのをルールにすべきだなと。
堂上:その「共創関係」を築く上で、私が必ず最初にお伝えしているのは「主語を会社ではなく、自分にしてください」。「私はこんな社会を作りたい」というライフモデルの発想からスタートすれば軸はブレません。ウェルビーイングは自分自身の変革にも繋がりますし、やがては社会に変革をもたらす。とくに今、失われた30年の渦中にある日本はウェルビーイング・イノベーションを待ち望んでいると感じています。
堂上:最後に、直近の取り組みを紹介させてください。ミライの事業室では事業共創を加速させるべく、ウェルビーイング・リコメンドエンジン「WellーGiving Cycle」を博報堂DYグループのマーケティング・テクノロジー・センター(研究開発部門)と共同開発し、特許を取得しました。また、ウェブメディア「Wellulu」ではウェルビーイングに関する記事を300本近くアップしています。これらについては次回、次々回で詳しくお伝えする予定ですが、ぜひリリースやサイトをご覧いただけたらと思います。加えて、慶應義塾大学の宮田裕章教授と「Better Co-Being」プロジェクトも稼働しています。先ほどお話したように、ライフモデルの設定からウェルビーイングのビジネス化を行っていくパッケージですので、ご興味あればぜひお問い合わせください。
小田部:私は毎年2〜3月に「生活者のサステナブル購買行動調査」を行っておりまして、そのレポートが発表になりました。近々の展望で言えば、サステナブルトラベラークラスターを作りたいなと。「地域に貢献したい」という旅の欲求を明らかにする試みです。
大高:100年生活者研究所は、研究員28名が一丸となってニュースを毎週リリースしています。LINEの公式アカウントもありまして、登録者は約3300人。毎週のアンケートに答えると幸福度が上がるという研究結果も出ていますので、ぜひ登録してください(笑)。巣鴨のカフェでもお待ちしています!
亀山:私からは「WELLBEING AWARDS」の紹介を。朝日新聞さんと去年立ち上げたもので、ウェルビーイングを推し進めている企業や団体、人、アクションを集めて表彰しています。ウェルビーイングをテーマに活動しているプレーヤーの交流の場にもなっていますので、ぜひ盛り上げていきたいなと。第2回の受賞者は2024年の3月に発表予定です。また、株式会社SIGNINGでは、ウェルビーイングに関連した「居場所」の研究をしています。居場所の数が多いほど、人は幸福度が高くなる。どうすれば質の高い居場所を増やしていけるかを提言していますので、レポート「iBASHO」をぜひ開いていただけたら嬉しいです。
Welluluでは、この4名が実践しているウェルビーイング・アクションなどをご紹介しています。ぜひあわせてお読みください。
https://wellulu.com/mutual-cooperation/9915/
2004年博報堂入社。マーケティング局、エンゲージメントビジネスユニット、HAKUHODO THE DAY を経て、2016年より現職。国内クライアントを中心に、戦略からエグゼキューション、トータルなコミュニケーションデザインを行う。生活者をパートナーと捉えた、創発型プランニングを好む。また、自身もNPO運営をしており、サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)業務も積極推進中。
博報堂SDGsプロジェクト1990年博報堂入社。30年間にわたりマーケティングの戦略立案や、新商品開発、新規事業開発などを手掛ける。また、1,000回以上の様々なワークショップでファシリテーターとしての実績を持つ。2013年、「生活者共創マーケティング」を専業にした株式会社VoiceVisionを博報堂の子会社として起業し、代表取締役社長に就任。2023年より現職。
100年生活者研究所社会課題解決×ビジネスグッドをプランニングするソーシャルビジネスデザイン領域の業務を手掛ける。 2017年“プレミアムフライデー”のプランニング&プロデュースをし、新語・流行語大賞にノミネート。2019年にポイントドネーションWEBサービス“BOSAI POINT”をアスリート本田圭佑氏と立ち上げ、グッドデザイン賞を受賞。2020年から日本発クリエイティブオンラインビジネスイベント“Innovation Garden”を手掛ける。
WELLBEING AWARDS1999年博報堂入社。食品、飲料、保険、金融などのマーケティングプロデュースに従事後、ビジネスアーツ、ビジネス開発局で事業化クリエイティブをプロデュース。業界を超えてイノベーション活動を支援し、スタートアップや大企業とのアライアンス締結、オープンイノベーション業務を推進。現在、Better Co-Beingプロジェクトファウンダー、経団連DXタスクフォース委員。
Well-Giving Cycle