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“ 「富岳」×生成AI ”で生まれる技術革新や応用可能性
【理化学研究所計算科学研究センター 松岡 聡氏】

2023.12.15
ChatGPT の登場をはじめ、日進月歩で進化を遂げる「生成AI」。
インターネットやスマートフォンが社会を変革したように、生成AIも過去に匹敵するパラダイムシフトを起こし、広告やマーケティングにも大きな影響を与えると言われています。生成AIはビジネスをどのように変革し、新たな社会を切り拓いていくのか。

博報堂DYホールディングスは生成AIがもたらす変化の見立てを、「人間・社会の変化」、「産業・経済の変化」、「AI の変化」の 3つのテーマに分類。各専門分野に精通した有識者との対談を通して、生成AIの可能性や未来を探求していく連載企画をお送りします。

第2回は、日本が誇るスーパーコンピュータ「富岳」の総責任者でもある理化学研究所計算科学研究センター(R-CCS)センター長の松岡 聡氏に登場いただきます。 「AIの変化」をテーマに、「富岳」と生成AIの共創により生まれる技術革新や応用可能性などについて、生成AIも含めた先進技術普及における社会的枠組みの整備・事業活用に多くの知見を持つ、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任准教授であり、株式会社 企(くわだて)代表取締役のクロサカ タツヤ氏とともに、博報堂DYホールディングスのマーケティング・テクノロジー・センター室長代理の西村が話を伺いました。

松岡 聡氏
理化学研究所計算科学研究センター(R-CCS)センター長
東京工業大学情報理工学院・特定教授

クロサカ タツヤ氏
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 特任准教授
株式会社 企(くわだて) 代表取締役

西村 啓太
博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター 室長代理
株式会社Data EX Platform 取締役COO

デジタルツインと生成AIの融合で「未来予測」が可能に

西村
松岡先生は現在「富岳」を使って「デジタルツイン」の構築に取り組んでおられますが、生成AIは「富岳」の中でどのような位置付けなのでしょうか。

松岡
デジタルツインとは、現実世界から収集したデータを使い、コンピュータの中に現実世界のコピーをつくり、かつ現実世界と関連づける技術です。コピーした世界では、現実には行えない実験が可能になるため、さまざまな社会課題の解決法を見いだすのに役立つことが特徴ですが、生成AIがデジタルツインにおいて期待されるのは「未来予測」です。その手段として考えているものは2つあり、1つ目は、物理(現実)の世界をコンピュータの中に再現していく「物理シミュレーション」と呼ばれるものです。物理シミュレーションはスパコンの中で最も大事な役割を担っており、それによってデジタルツインが構築されますが、生成AIが物理シミュレーションに貢献することで、さまざまな研究や産業育成、未来予測などに応用されていくだろうと考えています。

2つ目が、この物理シミュレーションを生成AIに置き換えたり連携したりといった、「新たなAIの開拓」です。生成AIそのものの研究というよりも、「サイエンスを行うためのAI」、つまり「AI for Science」を研究開発することで、これまでスパコンでシミュレーションしていたものを生成AIが未来予測してデジタルツインを形成したり、場合によってはその2つを連携させたりということを想定しています。

西村
これまではスパコンによる物理シミュレーションによって未来予測していたのを、今後は生成AIが未来を予測し、学習していくということになるのでしょうか。

松岡
そうですね。例えば、「今この瞬間に、海から聞こえる波の音を想像し、それを絵に描いてください」と伝えたときに、人間は実際にその光景を見ていなくても、ある程度は想像できますよね。これは波の様相を頭の中でシミュレーションしているからです。脳内で難しい物理方程式で計算をしているのではなく、頭の中のニューラルネットワークが視覚や聴覚情報を学習し、それを再現しているからこそ、波の音を想像して絵を描くことができるわけです。つまり、人間の頭の中ではすでにニューラルネットワークによるシミュレーションが行われているんですね。それをコンピュータでより大々的に、かつ生成AIがデジタルツインを作っていくという流れになっているのです。

西村
物理環境の予測だけでなく、社会課題の解決などにも、生成AIの未来予測は応用が可能なのでしょうか?

松岡
生成AIの大きなメリットの一つは、 物理シミュレーションよりも生成AIで行った未来予測の方が遥かに速いということです。例えば津波の予測であれば、これまで20分かかっていたことが、生成AIであれば1秒以内に予測が可能になる。それが正確なものであれば、すぐに津波警報を出すことができるのです。

西村
地震や津波といった災害時にすぐアラートを出せるのは、社会課題への新しい対応になりますね。

松岡
津波のシミュレーションはほんの一例に過ぎませんが、重要なのは生成AIが認識しているだけではなく、頭の中を想像して再現していることです。つまり、生成AIが人間の頭の中で想像される現象や言葉、または社会現象や物理現象といったものを“生成”していて、これがまさに生成AIの大きな特徴になっています。

西村
人間の頭の中で想像するものを生成していく、という観点では、言語だけではなく、画像、音、3Dなど多様な情報を学習し、生成していくことで生成AIがデジタルツインを構成していくようになるのでしょうか?

松岡
概ね合っていますが、そういった内容は「AIの古い捉え方」だと思うんですよね。例えば画像なら、その裏に何らかの物理的な背景があるわけで。世の中の森羅万象というか、そのような営みがあって、物が存在しているのです。しかし、生成AIを学習させるときにそれを“画像”と呼んでしまえば、ピクセルという単位でしか見ることができなくなり、物自体の情報量が失われてしまい非常にもったいないのです。これまでの「クラシックなAI」が適用されてきた分野を考えると、人や物が動くモデルは複雑すぎるため、AIが画像として認識するようなアプローチしかできなかった。しかしスパコンが進化すれば、単なる“画像”ではなくその背景の物理条件含めた“森羅万象”を学習することができる。その学習に基づいた生成もリアルタイムに再現できるようになる。

西村
我々生活者が使うChatGPTなど一般的な生成AIよりも、スパコンの方が格段にレベルの高い計算能力を持っているからこそ正確な未来予測が成立するのでしょうか。

松岡
実はそうではなく、ChatGPTの裏でもスパコンが動いているんですよ。GPT-4の場合は、”鉱山で採った原石を磨いて宝石にしていく”ように、最初は原石となる事前学習モデルを作り、その次にファインチューニング(※1)を行って磨いていくのですが、GPT-4ほどの高い計算性能を持つLLM(※2)の訓練というのは、「富岳」を1年間専有しなければ実現できないレベルなんです。海外のビッグテック企業などは生成AIの学習に特化したスパコンインフラを自社のクラウド内に持っていて、最先端の言語モデルを作るために莫大な投資を行っているわけです。
(※1)既存の 生成AI モデルを特定のタスクに適応させるために、新たなデータを使って追加学習させ全体を微調整すること。
(※2)Large Language Models:巨大データとディープラーニング技術によって構築された言語モデルで、人間らしい会話を高精度で行うことができる。

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