堂上:博報堂の新規事業開発組織「ミライの事業室」の堂上です。本日のテーマは「組織のウェルビーイング」。組織がウェルビーイングな状態とはどのようなもので、その実現のためにどのようなソリューションがあるのか、といったお話をお三方にお伺いしたいと思っています。
兎洞:よろしくお願いします。簡単に自己紹介をすると、博報堂に入社以来、マーケティングやブランディングを手がけてきました。ある時期からは今日のテーマにかかわる組織開発の領域の仕事に携わっています。具体的には組織を元気にするため企業風土を変えるとか、ブランドのパーパスを共有するといった内容です。
原:私のキャリアスタートは銀行員でしたが、博報堂に入社してからはブランドコンサルティングを主に手がけてきました。強いブランドを作るために、社会課題の解決をマルチステークホルダーで行うプロジェクトを手がけたり、インターナル領域の組織開発等に取り組んでいます。最近では兎洞さんをはじめBIDのメンバーで「創造する組織」というプログラムを開発しました。後ほど詳しくご説明できればと思います。
久保:僕が最初に就職したのは航空会社で、そこでマーケティングや広告宣伝をしたいと思っていたのですが、だったら広告会社に入ったほうがいいだろうと気づきまして、博報堂に転職しました。今はミライの事業室でウェルビーイング関連の事業を担当しています。博報堂に入社してからは、担当クライアントをもち、「フォー・ザ・クライアント」の精神で営業をしていました。ある時期に”ウェルビーイング”というテーマに出合い、現在は新たな会社人生の起点としてウェルビーイングに関わる事業開発に取り組んでいます。
堂上:ありがとうございます。まず皆さんにお尋ねしたいのは、「ウェルビーイングな組織とはどういうものなのか」ということです。
兎洞:信頼関係を築いているチーム、あるいは組織ということだと僕は思っています。もう少しかみ砕くと、自分の大事にしていることや価値観などを周囲が理解している状態。会社では仕事上のスキルはそれぞれ知っていても、その人が生き方として何を大事にしているかといったことまでは知らないですよね。互いの内面にある価値観まで共有できている組織が、ウェルビーイングだと思います。
堂上:それには「対話」が必要ですよね。
兎洞:原さんらと一緒に開発して進めている「創造する組織」というプログラムがまさにそれです。私たちは、自分自身が何を大事にしているかさえわかっていないことが多いものです。「創造する組織」では自分が何を大事にしているかに気づき、それを同じチームメンバーと共有していくところからはじめます。
堂上:その結果として、チームワークが良くなるということでしょうか。
兎洞:もう少しベタな言い方をすると「許し合える」ようになるということです。たとえば職場に自分とは考え方も仕事のやり方も違う人がいたとします。それをストレスに感じていたとしても、その人が内面で何を大事にしているかを知ると、行動の意味が理解できることからイライラがおさまり、許容できるようになります。それだけでもチームの空気は変わりますよね。
堂上:ここで「創造する組織」とはどういうものか、簡単に教えてもらえますか。
原:ひと言でいうと個人の創造性と、個人の集まりである組織とかチームの創造性を最大限に発揮できる「土壌」を作るプログラムです。一人ひとりが「自分」を起点にして、自分にとって大切な価値観は何かを考え、その上で自分と会社のパーパスとの関係を捉え直しながら、自分や組織の創造性を最大限に発揮するアクションとは何かを考えていくプログラムです。。メンバー全員でその過程を共有していくことで、それぞれの可能性の源泉を理解し合える状態を作り、そこからどのようなアクションを起こすか、一つひとつ丁寧にプランを作り上げていきます。
堂上:ということはパーパスへの向き合い方やつながり方も、一人ひとり違っていいということですか。
原:その通りです。目指す頂上は全員同じでも、山の登り方は色々な方法がありますよね。それと同じで一人ひとりがクリエイティビティを発揮することで、イノベーションが創発される創造型の組織を作ることを目的にしています。
兎洞:会社のパーパスを本当に理解するために、会社の方針などからではなく、「自分」から考えていくというものです。会社の方針より、まず自分がどうありたいかが先ということです。
堂上:なるほど、ウェルビーイングな組織を作るには、まず一人ひとりがウェルビーイングでなければならないわけで、個人が先にくるのですね。ちなみに「創造する組織」では、原さんや兎洞さんがファシリテーションを手がけられるのですか。
兎洞:私たちが直接手がけることもあれば、クライアント企業の内部に、経営陣を含めた「創造するチーム」を作り、会社が主体的に進めていくことを支援していくケースもあります。
原:私たちのような外部の人間がファシリテートすることもありますが、クライアントの社内に創造するチームを育成して、自社で進めていく形をとると、みなさんが「自分ごと」として取り組むようになり、組織文化の基盤に定着しやすい、ということは言えますね。
堂上:考え方はよくわかりました。ただ、そうしたステップが用意されているとはいえ、互いのことを内面から理解し合い、信頼関係を築くのは容易ではないですよね。
兎洞:たしかにいきなり人前で自分を開示しろと言われても、できるものでもないですよね。だからベイビーステップを繰り返して、少しずつ変えていく。たとえば自分が大事にしている価値観を発表するというのではなくて、まずはそれを言い表す言葉で選んでもらうようなステップを入れていくんです。やがて安心して話せる環境が作れたら、少しずつ自己開示を増やしていきます。土壌が一気に変わるということはありませんから。
堂上:オープンに対話できるかどうかは、「聴く」環境があるかどうかも重要だと僕は思うのですが。仕事上のつきあいの人に心の内面まで打ち明けることは可能でしょうか。
原:私たちもいろいろなアプローチをとります。たとえば「ペアインタビュー」というプログラムがありますね。2人1組で互いに相手の話を聴き合うというシンプルなものですが、ほとんどの人が驚くほど積極的に話し始めますよ。質問項目を事前にかなり工夫して設定しますが、意外と、社会人になると自分の話をゆっくり真剣に聞いてもらえる機会はなかったりするので。
堂上:それはたしかに聴く環境として良さそうです。原さんはウェルビーイングな組織とはどのようなものだとお考えですか。
原:仕事でも日々の暮しの中でも、一人ひとりが自分の「内的動機」をしっかり意識している組織だと私は考えています。なぜかというと心の内に行動の源泉となる「燃える炎」があることが重要だと思うんです。これがないと、仕事が「やらされ感」になってしまい、何かあると人のせい、会社のせいに感じてしまう。
だから、まず自分が大切にしていることを明確に自覚することで、自分なりのパーパスへのつながり方を見つけていくと。自分の考え方と行動が一致してくるわけです。全員がこういう状態で働いている組織を、私はウェルビーイングな組織だと考えます。
堂上:メンバー個々の思いを組織内で共有することは大切なことだと僕も思うのですが、それぞれがバラバラの考えを持っている状態だと、組織としてまとまりがなくならないのでしょうか。
原:先ほどお話しした通り、パーパスへのつながり方も、山の登り方と同じで人それぞれです。Aさんはきつい急斜面もいとわず最短距離で登りたい人、Bさんはなるべく勾配の緩やかな道を着実に登りたい人、とみんなで各人の特徴を共有していれば、このチームの強みの生かし方がわかってきますよね。それが創造型組織です。
堂上:登り方を指定してしまうと、ノットウェルビーイングになるということですね。多様性を強みにするということだと思いますが、そうなるとリーダーの役割も従来の組織とは異なりそうですね。
原:組織形態が縦型からフラット型に移行している今、リーダーの重要な役割は、個を尊重をしつつ、同時に軸を作る、つまり明確な意思決定を示すことが大切だなと思います。。
兎洞:企業によっても業態によってもリーダーのあり方は違ってきますから、リーダーもリーダシップも多様で良いと思います。ただ、良いリーダーには共通する資質があると考えます。何かというと、「それぞれどの人にも可能性があって花を咲かせばすごいことになると知っている、もしくは信じている」ということです。一般的な企業経営の言葉として「人的リソース」などという表現を使って、人ひとりの働きはおおむねこれくらいだろうと、標準を定めていますが、そこにはイノベーションはないと僕は考えています。
堂上:メンバーの可能性を最大限、引き出すのがリーダーの役目ということですね。そして一人ひとりの可能性を信じるからこそ、オープンな対話もできるようになると。
兎洞:そこが大事なポイントだと思います。
久保:リーダーシップと同時にオーナーシップも重要かと思いました。リーダーが誰であれ、自分の役割を果たすという、メンバー側の姿勢というか、考え方のところが大事だろうと思うんです。
兎洞:言い換えるなら「セルフリーダーシップ」でしょうか。誰もが自分のリーダーであるという意識を持ち、自分に対するリーダーシップを発揮することで、リーダーがだれであろうと自分のパフォーマンスが発揮できるといわれています。
久保:そうです! まさにそのことを言いたかったんです。
堂上:次に話題にしたいのは、ウェルビーイングな組織にするための「場」についてです。やはり働く環境は重要だと思うのですが、「信頼関係」を築ける「場」とはどういうものでしょうか。
兎洞:スウェーデン発の「フューチャーセンター」がひとつのヒントになると思います。この場所は企業、行政、教育機関、NPO団体などが集まり、マルチステークホルダーの対話によって社会課題を解決する施設です。いろいろなタイプのスペースがあって、話し合いの内容や目的によって選べるようになっているんですよ。利害関係が一致しない人たちも顔を合わせて対話をする場として注目されています。ここの視察で思ったのは、スペースデザインと対話は関係が深いということです。たとえば日本で言う「掘りごたつ形式」の広い空間なんかもあります。博報堂でいえばUoC(UNIVERSITY of CREATIVITY)にそういうスペースがありますが、それ以外にも変わったデザインのスペースが用意されていました。
堂上:特に印象に残ったスペースがあれば教えてもらえますか。
兎洞:たとえば、特別なプロダクトデザインの椅子とそのセットの仕方に特徴のある施設です。隣の椅子が反対方向を向いていて、目を合わさずに会話ができるんです。ちょっとここで再現してみていいですか(椅子を移動)。
兎洞:こんな感じで互いに後ろ向きになるように椅子がセットされています。
堂上:これは斬新ですね。兎洞さんにふだん聞けなかったことも聞けそうな気がします(笑)。
兎洞:現地の椅子は背もたれがもっと高くて、目は合わさないけど声は聞こえるというデザインになっています。それともうひとつ、紹介したいのは、ベンチャーの集合オフィスを運営する、スウェーデンのVinnグループのオフィスです。エコシステム的に互いの顧客を紹介し合えるような入居するベンチャーを選択している点が戦略的にユニークなのですが、空間デザインの最大の特徴は広いフロアのすべてが見渡せるようになっていて、それぞれのベンチャー企業の様子も一目でわかります。面白いのは通路の脇のところどころにいろんなソファが置いてあって、たまたま顔を合わせた人同士、そのまま座って会話ができるような関係資本を作りやすいデザインになっているんです。
堂上:実は僕たちがいる、このミライの事業室のフロアもそういうデザインを意識しています。
兎洞:ここはそれに近いですよね。気軽に対話ができるスペースがあちらこちらにある。
原:仕切りをはずして全体が見渡せるのも重要ですよね。
堂上:こういう空間では上役はどこに座っておくべきなんでしょう。
原:他のみんなと一緒にいるのが良いと思う。役職で差をつけることなくフラットなほうがコミュニケーションもとりやすいでしょう。それと、キッチンがあることも重要かな。ビングループの施設にもあったし、UoCにもありますね。
堂上:キッチンってやっぱり重要なんですか。
原:キッチンには自然に人が集まるし、一緒に料理を作って食べるといった「共体験」が生まれやすいんです。
堂上:共体験って大事ですよね。何かを一緒に体験すると、一気に打ち解けますから。
堂上:ある外資系の会社では、コミュニティマネージャーというポジションの人がいると聞いたことがあります。その人は組織のウェルビーイングを支援する専門人材で、たとえば朝、焼きたてパンをみんなで一緒に食べようといったことを企画するんです。かと思えば、スケジュールが過密な状態の人がいると、マインドフルネスの時間をとるようアドバイスしたりと、心身の状態まで気にする面白い役割の人なんです。
兎洞:たしかにスペーシングというハードだけでなく、コーディネーター人材というソフトの面からもウェルビーイングの後押しをするのは効果があると思います。
堂上:場づくりはハードとソフト両側から考える必要があるのですね。
兎洞:どのような場でもある種のコーディネーター機能を持つ人が、オフィスには必要だと思います。北欧にはシェアオフィスの集合体のような施設もありましたが、そこでは人と人をつなぐスーパーコネクターがいました。
堂上:先日、博報堂のウェルビーイング専門サイト「Wellulu」の企画で、ある大きな会社のCFOにインタビューさせていただきました。そこではCFOとしての財務戦略の一環で人財もマネジメントしているんです。人材活用の施策で面白いと思ったのが、あるシニア人財をカウンセラーとして再雇用する制度です。現場の人が悩みごとを抱えた時に相談に乗ってあげる、現場のコミュニティの相談屋になってもらうわけです。家族の話も自由にしていい存在なんですって。特に相談ごとがなくても年に2回は、必ず全員相談を受けるのがルールになっているそうです。
原:やはり組織のウェルビーイングにおける要(かなめ)は「人」ですよね。
久保:ちょっとしたことでもすぐに相談できる環境があると、メンタルをすり減らすといった危険は免れることができそうです。「創造する組織」のお話を伺っていて、なんとなく博報堂の社会的な役割について考えていました。博報堂の人ってちょっとお喋りで、ちょっと人間に興味があって、何か社会に働きかけていきたい人が多いですよね。そういう意味では、博報堂の人たちは、さまざまなコミュニティのおせっかいな一人の役割を担っていく人の集まりなのかなと思ったんです。ということは、そういうポテンシャルを持つ人たちの集団として、社会の中で未来に果たせる役割にも繋がるお話だと思いました。
堂上:今後、「おせっかい」はウェルビーイングのキーワードになるような気がしますね。
兎洞:お話を通して、「創造する組織」はウェルビーイングと親和性が高いとあらためて感じました。発表以来、引き合いも多いです。僕たちはこのプログラムを通じて、今後もウェルビーイングな組織づくりに働きかけていこうと思います。
堂上:みなさん今日はありがとうございました。
Welluluでは、10万人の読者アンケートから見えてきた困りごと「職場の人間関係」を解決に導くウェルビーイングな組織について語り合います。本連載と合わせてぜひご覧ください。(https://wellulu.com/trust/12171/)
1992年博報堂入社。マーケティング、ブランディング業務に従事した後、ビジョンに基づく企業の組織変革のコンサルティングにおいて豊富な業務経験を重ねる。2010年より、企業の利益と社会インパクトの同時実現を専門としてきた。日本で最初のSDGs有識者プラットフォームであるOPEN 2030 PROJECT(蟹江憲史 代表)を組織化。全社横断の博報堂SDGsプロジェクトのリーダー。主なソーシャルプロジェクトとして「フードロス・チャレンジプロジェクト」「未来教育会議」「かいしゃほいくえん」「未来を変える買い物 EARTH MALL」等。
博報堂ブランド・イノベーションデザイン
https://h-bid.jp/
銀行および、銀行系シンクタンクを経て2000年博報堂入社。以来、運輸、自動車、金融、流通サービス、不動産、飲料、トイレタリーを中心としたグループ・企業の統合ブランド戦略立案、事業開発、CI・VI開発、インナーブランディング、組織変革等に主に携わる。昨今は、経済インパクトと社会インパクトの同時実現に向けた博報堂SDGsプロジェクトやソーシャルイノベーションプロジェクト(未来教育会議等)を推進中。金沢工業大学 客員教授。
航空会社・外資系広告代理店を経て、2007年博報堂入社。ビジネスプロデューサーとして、通信キャリア・飲料メーカー等をはじめ、国内外ナショナルクライアントのマーケティングコミュニケーション領域での戦略立案~実行支援にフロントラインで携わった後、現職。 ミライの事業室では、ウェルビーイングテーマでの事業創出をリードする。
1999年博報堂入社。食品、飲料、保険、金融などのマーケティングプロデュースに従事後、ビジネスアーツ、ビジネス開発局で事業化クリエイティブをプロデュース。業界を超えてイノベーション活動を支援し、スタートアップや大企業とのアライアンス締結、オープンイノベーション業務を推進。現在、Better Co-Beingプロジェクトファウンダー、経団連DXタスクフォース委員。