―黒田さんといえば、これまで数々の広告賞を受賞してきた生粋の「コピー職人」「表現職人」という印象が強いクリエイター。今日のテーマは「フルファネル・クリエイティブディレクション」ということで、少し意外な切り口のように感じます。
黒田:もしかしたらそうかもしれません。僕はマス広告で“決められた枠”に最適解を出していくという時代を長く過ごしてきましたし、それはもちろん大切にしている仕事です。しかしいまや、アクティビティが機能する場がものすごく広がって、かつリアルタイムになっていますよね。生活者がブランドを体験する場が多様化していくなかで、そのひとつひとつの表現のクオリティが保てず、うまくブランドのリフトアップができていないケースが多々あると感じています。だからいま、担当するブランドのフルファネル、すべてのクオリティを高めるのが僕の仕事。それが「フルファネル・クリエイティブディレクション」です。
これまでも統合クリエイティブや統合型マーケティングコミュニケーション(IMC)といった概念はありましたが、それよりもっと細かいクリエイティブの実制作やブランド世界の統一など、ディレクションというよりクリエイティブそのものをリアルタイムで自ら行なっていくスタイルです。
―そういった仕事のスタイルになったきっかけは?
黒田:いまから4年ほど前、そのサービスがまだ世の中に出ていない状態で事業開発から携わったプロジェクトがありました。新しい顧客体験をつくるという、企業としてもチャレンジングな取り組みで、僕らも共同事業者くらいの心持ちで草創期から並走してきた仕事。この事業をどうやって存続させ、発展させるかという視点でみていくと、おのずとすべての領域でクリエイティブの質をあげることが必要になりますよね。そこで確立していったのが「フルファネル・クリエイティブディレクション」という概念。サービス自体がまったく新しいものだったので、どうやればうまく実装できるかの雛形が存在しない。ノウハウがないわけです。だからこそ、すべてがPoC(実証実験)だと考えるようになりましたし、トライ&エラーで発見したことを次に生かすということの連続。その仕事のやり方がものすごくおもしろいと感じました。
―新しい体験をつくるというのがいまの黒田さんの軸になっている?
黒田:これからは、たとえば車が自動運転になったら、その車内の空間でなにができるだろうと考えるのが僕らの仕事。広告のカタチが不定型化し、ブランド体験とイコールになるということは、仕事が「プロジェクト化」することだと考えています。次何をするか、やるべきことのフィールドを自分たちで拡大していく。それが、予測できないくらい流動的に、アメーバ状に連続していくのがこれからの仕事のあり方ではないでしょうか。そうなったとき、ブランド体験って「どこも手を抜かずにやること」ではじめて確立すると思うんです。
―「フルファネル・クリエイティブディレクション」というのはどのレベルまでタッチするのですか?
黒田:事業戦略やCRMから、マス広告のクリエイティブ、web動画の絵コンテも描きますよ。展示会をやるとなったら空間デザインもするし、デジタルの獲得アドのコピーも書く。すべてのブランド体験、コミュニケーションのクオリティをディレクションしています。
―それぞれの領域のプロフェッショナルと組んで仕事をするということでしょうか?
黒田:そうですね。それがすごくおもしろいところでもあり、苦労するところでもあり(笑)。よく、従来のマス広告をやっている人とデジタルの人とでは言語が違うと言われますよね。わかりやすい例で言うと、コピーライティングに対する考え方が違う。デジタル広告では成果のデータをみてコピーを洗練していくというアルゴリズム的な考え方が通例ですが、僕らのようにコピーや映像でいかに人を動かすかを追求してきた人間は、「まだ気づかれていない価値を発掘すること」がコピーライティングの醍醐味だと考えるわけです。それはデジタルの人にとってはハッとする発見。
僕は、言語の違う人たちといっしょに課題解決する現場は、最高のリスキリングの場だと考えているんです。僕自身も、全方位的にディレクションする立場ではありながら、知らない分野については謙虚に教えてもらう姿勢を大切にしていますし、異なる文化を決裂させるのではなく、お互い学びながらチームを成長させていくことが重要。そのために、CDの翻訳能力やコミュニケーション能力がますます問われる時代と言えるかもしれません。
―デジタルの環境から黒田さんが影響を受けたことはありますか?
黒田:数的な成果をかなりシビアに見るようになりました。クリエイティブの成果がすぐに数字で見える時代になりましたから、そこには真摯に向き合って次の打ち手に生かすようにしています。もうひとつは、運用型の広告は爆速でクリエイティブを実装しなくてはいけないので、打ち返しの速度がめちゃくちゃ早くなりましたね(笑)。
もしかしたら料理も同じかもしれませんが、「上手い」というのは「早い」というのに置き換えられると思うんです。じっくりクリエイティブに向き合って、クラフトを追求してきた自分だからこそ、このスピードでこのクオリティのものができる。そこに価値を感じていただけているのだと思います。マスのクリエイティブで培ってきた能力がこんなふうに生かさるとは思っていませんでしたけれど(笑)。
―さまざまな分野で活動する人を束ね、チームで力を発揮してもらうために心がけていることは?
黒田:僕は昔もいまも現役のコピーライターとして新しい価値、新しいやり方、新しい表現を追求してきましたし、動画に特化していた時代もあるので映像やアートディレクションに対しても総合的にスキルを高めてきました。その総合的なクリエイティブディレクションのスキルを現場で発揮し、チームのみんなに信頼してもらうこと。僕の過去の仕事を知らない若いスタッフもいるわけですから、これまでやってきたことを旧文脈でふりかざすのではなく、違う領域で活動しているスタッフに敬意を払いながら学ばせてもらうという姿勢も忘れない。「思考の仕方」を謙虚に学ぶムードを現場につくるのも、フルファネルCDの大事な仕事だと考えています。
アメーバのように領域を広げていく仕事では、いつもどこかでいろんなお皿が回っている状態なんですよね。あっちのお皿がグラグラしたら駆けつける。そうするとまた別のお皿がグラグラして「黒田さん助けて!」って声がかかる。その窮地をクリエイティブの力で救っていく。フルファネル・ディレクションってそういうことなんです。
―フルファネルをディレクションするのに、コピーライターとしてのスキルが生かされていると感じますか?
黒田:限定的なスペースのグラフィックでどれだけ効果を出すかということを訓練しつづけてきたので、そのスキルはデジタルの場で生かされますね。それにコピーライターは、これからなにをすべきかを概念でハンドリングできる。トータルでブランドをみるCDとして、コピーライターの“背骨”は非常に重要だと思います。それと同時に、営業職と一体化して事業をバリューチェーンから深く理解するということも重要。博報堂では営業をビジネスデザイン職(BD)と呼んでいますが、ビジネスデザインというワードを営業に取られたのはちょっと悔しいなと思うくらいです(笑)。いま僕らがやっていることって、まさしくビジネスデザインなんですよね。
―黒田さんにとって、いまいちばんのやりがいは?
黒田:やっぱり事業やブランドが力強く成長することですね。全領域でクリエイティブをディレクションすることでブランドを守っている、という自負もあります。
これまで磨いてきた表現クオリティへの異常なほどのこだわりを、デジタルに生かす。そんなスタイルを確立したいと考えています。統合的なディレクションは今や普通ですが、デジタル広告までブランドコントロールを徹底している人はまだ多くはないはず。だからこそ、クライアントにも価値を感じていただけるのだと思います。
全領域をディレクションしていると何がいいかというと、クリエイティブにおけるハブになるだけでなく、得意先側の各領域をつなげるハブにもなれるということ。そうやって、クライアントにとって不可欠なパートナーになれることがうれしいです。新しいプロジェクトがローンチするとき、「黒田さんがいると心強い」と言っていただけることが、最近のモチベーションですね。
コピーの能力を核とした構想力と実装力。"BRAND X DIGITAL"本質クリエイティビティでブランドトランスフォームを実現する。
賞歴:クリエイターオブザイヤーメダリスト('13)、ACC最優秀個人賞「小田切昭賞」、JAA賞WEB最高賞、TCC賞3回受賞、Facebook Creative Award、ACCゴールドなど多数。