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知念孝祥ジョナサン氏
株式会社ドットミー 代表取締役 CEO
渡邉大和
株式会社ドットミー ブランドマネジメント部 CMO(博報堂より出向)
石川りえ
博報堂 αクリエイティブ局 PRディレクター
大久保日向子
博報堂 BXクリエイティブ局 コピーライター
ー「Cycle.me」を手がける株式会社ドットミーは、商社がブランドビジネスに挑む新たな取り組みですね。設立の経緯を教えてください。
知念:私は以前、三井物産のICT事業本部にて、英国IT企業のAI予兆解析ツール「Trendscope」の国内企業への導入を担当していました。そのプロジェクトを一緒に推進してくれていたのが博報堂で、博報堂とはその時からの付き合いになります。
「Trendscope」のプロジェクトを進める中で、提供先のお客様から「SNSのトレンド解析だけではなく、その傾向を踏まえて、原料調達からモノづくり、販売まで一緒に伴走してくれるパートナーになってもらえないだろうか」というご相談をいただく機会がありました。生活者のニーズが多様化する中で、SNSで生活者の声を拾うだけでは、商品にまで落とし込むのが難しいと感じるお客様が増えてきていたのです。
その当時、D2Cビジネスを展開する新興メーカーの躍進により、大量生産を前提とした従来型のブランド開発は転換期を迎えていました。我々総合商社は、原料調達など裏方でサービスを提供してきましたが、お客様の「変わりたい」という要望に対して自分たちも一緒に変わらなければならない、そうしないとお客様に先回りしてビジネスの提案ができないという危機感を持ちました。
それなら思い切って自分たちで商品を作り、ブランドを育て、お客様にその知見やノウハウを還元するようなビジネスに変革していこうじゃないかと考え、自分たちが主体となって商品開発をするというビジネスモデルにゼロから取り組もうと、2021年に設立したのが「ドットミー」です。
三井物産グループ内の原料メーカーもまた、従来型の原料調達だけでなく、提案型ビジネスに変えていきたいと悩んでいました。そこで、博報堂と三井物産グループ企業の同じ志を持つ関係者を集めて、ワンテーブルで議論する中でたどり着いたのが「Cycle.me」のブランドコンセプトでした。その後すぐにプロトタイプ制作に着手し、順調に進んだため、第1弾商品として本格的に開発することになったのです。
ーCycle.meは「時間で選ぶ、おいしい栄養」がコンセプトの食品ブランドですが、このブランドはどのようにして生まれたのでしょうか?
知念:「Trendscope」などを用いて生活者のニーズを分析していく中で、コロナ禍を経て生活様式が大きく変化するなかで、1日の中での行動や気持ちの切り替えや、生活のサイクルやリズムを整えるために食品を利用する人が増えていることに気が付きました。シーズの観点でも、「睡眠の質の向上」や「ストレスの緩和」など、日々の生活シーンの中で多くの人が抱える悩みにアプローチできる素材や食品が増えてきているというトレンドがありました。
そこで、まずは食品から、ゆくゆくは食品以外のカテゴリーもふくめて、朝・昼・夜のそれぞれの時間帯にあった商品をトータルで提案してくれるブランドがあったら、よりよい生活サイクルや、その人らしいライフスタイルの実現をサポートできるのではないかと考えたのが、Cycle.meが生まれるきっかけでした。
ーブランドパーパスである「とらなきゃに、しあわせを。」にはどのような意味がこめられているのでしょうか?
渡邉:健康やウェルビーイングの実現のためには“継続すること”が必要になりますが、一方で忙しい現代人にとって“継続”は至難の業でもあると思います。自分自身がまさにそうですが、ちょっとでも無理や我慢があるものは続かない。だから本当は、健康食品こそおいしくあるべきだし、ブランドやパッケージデザインも「自分にとって“いいこと”をしている」「前向きな選択ができている」という気持ちにさせてくれるものであるべきだと思いました。
また、トクホや機能性表示食品などの“健康食品”は現状、40代以上にユーザー層が大きく偏っているのですが、本来多くの栄養素は、年齢や性別に関係なく、広く多くの人が摂るべきものです。この偏りを解消するための方法を考えると、商品開発における優先順位を「栄養 > 食のしあわせ」から「栄養 ≦ 食のしあわせ」に持っていかなければいけないと気づきました。パーパスのステートメントにもありますが、「好きだから食べる。気がつけば、カラダも暮らしも前を向いている。」というのが本来は理想なのだと思います。まだまだ道半ばで実現できていないことも多いですが、そういうブランドを目指していきたいと思っています。
ークリエイティブやPRで工夫した点はどんなところでしょうか?
大久保:健康を軸にしたブランドですが、、あえて機能や効果はあまり主張しすぎないようにして、、生活になじむようなたたずまいを意識しました。業界のセオリーにとらわれることなく、生活者として手に取りたくなるものをチームで議論しながら、少しずつブランドの輪郭をつくっていきました。情報が整理され、デザイン化されたパッケージを通して、、自分らしく前向きな健康をつくるコンセプトに共感していただけていると感じています。
石川:立ち上げ時にはクラウドファンディングを活用したPR戦略にチャレンジしました。発売前に支援者を募ってコミュニティを形成するという手法ですが、これによってブランドに対して熱量の高い支援者の共感を得られることができたと思います。実際、プロテインドリンク部門としてはそのプラットフォームで過去最高の支援を獲得でき、それがひとつのニュースとなって正式販売スタート後の追い風にもなりました。
渡邉:正式販売がスタートした後には「Cycle.me Lab」というコミュニティを立ち上げました。アンケートやインタビューを通じてブランドに対するリクエストや商品に関するご要望を聞かせていただき、商品開発やサービスの改善に反映させています。今後もお客さまと一緒によいブランドへと育てていきたいと考えています。
ー「Cycle.me」はアジャイル開発で誕生した商品とのことですが、この開発手法を取り入れた理由は何ですか?またそれによって得られたメリットも教えてください。
知念:一般的な大量生産・大規模販売に最適化された開発プロセスでは、大きなコストと時間を要するので、失敗した時のリスクが大きくなります。また、本来エンドユーザーに届けたいと考えていた商品価値が、開発過程で少しずつ変わっていってしまうケースも多く見受けられます。そこで、エンドユーザーと接点を持ちながら小さく始め、改善を重ねながらブランドを育てていくアジャイル型の商品開発を目指しました。
三井物産は、原料調達から製造委託先のネットワークまで、D2Cブランドを形にするための機能を内包しています。この機能を活用することで、これまで商品開発には2年ほどかかるところを、半年から9カ月程度で作ることが可能となりました。
渡邉:アジャイル開発に加えて、商品企画の段階で各領域の専門家がワンテーブルで議論をするスタイルも、ドットミーのユニークネスであり強みではないかと思っています。例えばCycle.meのフルーティプロテインは、“たんぱく質が20gとれる果汁入ドリンク”という、今まで市場にほとんど存在しなかったプロテイン商品なのですが、これは調達のプロから「値段がネックで日本では採用されてこなかったのですが、実はこういう高品質なプロテイン原料がある」という提案があり、それを受けて処方開発のプロが「この原料が使えるなら、ジュースみたいなおいしいプロテインドリンクがつくれる」、マーケティングのプロが「こういうデザインやブランドにすれば、値段が高くても手に取ってくれる人がきっといる」という提案をしたことによって生まれました。ワンテーブルで商品企画をすることで、普通なら見落とされていたであろう可能性が掬い上げられた一つの事例なのではないかと思います。
ーパートナー企業の伴走者となるために会社設立というチャレンジをしたドットミーに対し、博報堂は出資という形で事業に参画しているとのことですが、どのようなパートナーシップを目指していますか?
知念:博報堂には、共同でPoCを実施した段階で、事業メンバーとして共にプロジェクトを推進していこうと話をしていました。短期間で高効率なドットミーのアジャイル開発スキームを実現するには、ブランディング領域のプロの力が、この事業には必要不可欠だったからです。それだけではなく、博報堂の「生活者発想」「パートナー主義」というフィロソフィーが、三井物産の流通事業本部の掲げるフィロソフィーに相通じていることも、ブランド創出の成功の鍵となるとても重要な要素だと思います。同じ価値観を共有しているからこそ、真の価値をお客様に届けることができると確信しています。
渡邉:知念さんが仰る通り、カルチャーが不思議とよく似ていて、仕事をしていてストレスがない、楽しいのはとても大きいなと思います。加えて、商社も広告会社も他社との協業が当たり前な業態なので、全員が自然とオープンイノベーションを志向する姿勢を持っている点もドットミーの強みになっている気がしています。三井物産グループ、博報堂DYグループはもちろんのこと、外部のプロフェッショナルとも積極的につながりながら事業を進めていくことで、イチ企業に閉じていてはできなかったことが、可能になるのではないかと思います。
ー三井物産グループのリソースと博報堂のナレッジの掛け合わせによって、生活者起点の共創型ブランド開発が可能になったということですね。これは総合商社としても前例のない取り組みとして市場からも注目されたのではないでしょうか。
知念:はい。ドットミーはCycle.meのような「自社ブランド事業」に加えて、「共同ブランド事業」の2軸でビジネスを展開していこうと考えているのですが、「共同ブランド事業」の方でもありがたいことに多くの引き合いをいただいております。
「共同ブランド事業」の第一弾となった「粥粥好日」も、味の素さんから「ぜひこの開発スキームでZ世代向けのブランドを作りたい」というオファーをいただき、協業で立ち上げました。このブランドでは商品ローンチまで9カ月という短期間で実績を作ることができました。
渡邉:Cycle.meの方では、23年6月から「セブン-イレブン限定シリーズ」の販売がスタートしました。セブン-イレブン・ジャパンさんはCycle.me立ち上げた当初からブランドに注目してくださって、22年2月から一部店舗でのテスト販売にご協力いいただいておりました。テスト販売の好調を受け、「Cycle.meブランドの傘下にセブン-イレブン限定の商品シリーズを新設しよう」という話になり、セブン-イレブン・ジャパンさん・太陽化学さん・三井物産さん・ドットミーの4社を中心に、10社を超える多くのメーカー様・企業様にご協力をいただいて出来たのがこのシリーズです。
大久保:Cycle.meのセブン-イレブン限定シリーズでは、「時間栄養学」という学術的知見も新たに取り入れることでさらにブランド価値を高めることができました。これによって、より生活者に手に取ってもらう動機付けが明確になったと思います。
石川:情報発信戦略としても「時間栄養学」を軸に、メディアやステークホルダーを巻き込んでいくことに注力し、数多くの仲間や評判の声を増やしていきました。立ち上げ時にはメディア向けの商品発表会を開催。セブン-イレブン・ジャパンさんや太陽化学さん、三井物産さん、ドットミーの知念さんにご登壇いただき、それぞれの視点から、この商品に対する熱い想いや今後のビジョンを語っていただきました。また、渋谷でのポップアップストアも同時開催し、Z世代にも商品の魅力を訴求。一連の活動は、ビジネス系のTV番組からライフスタイル系雑誌まで、数多くのメディアで取り上げていただき、全国への波及にもつながっていきました。
ー従来のブランド開発の在り方に変化をもたらしつつあるドットミーの取り組みですが、今後の展望をお聞かせください。
知念:ドットミーが、従来の自社内製型の商品開発モデルから、生活者起点とした共創型商品開発への大きなパラダイムシフトの中核を担う企業になれたら素晴らしいなと思っています。また三井物産としても、これを機にクライアントとの関係性が「調達先」から「共創相手」に変わって、ともに手を取りながらお客様に価値を届けていけるようなパートナーになれたらというのが今後の思いです。生活者をはじめ、様々なステークホルダーと接点を持ちながら、共同でブランドを立ち上げることで、生活者の潜在ニーズをカタチにし、価値ある商品を届けていけたらと思っています。
渡邉:博報堂のVI「センタードット」と偶然にも似た「.me」という社名の通り、生活者とあらゆるプレイヤーをつないでいく“ドット”(起点/結節点)のような存在になれたらと思います。この仕事に携わってから多くの企業様と協業させていただいてきましたが、「通常ならNGなのですが、何とか交渉してみます…!」と無理難題にも前向きに付き合ってくださる方が本当に多くて、ありがた過ぎて泣きそうになる場面が何度もありました。「企業という枠を超えて一緒に挑戦してくれる仲間ができるなんて、そんな甘い話あるわけない」と内心どこかで思っていたので、仕事観や人生観が変わるくらい大きな経験になっています。この“輪”をどんどん広げていって、生活者にとって本当に価値のあるものを届けていくことができたらなと思います。
【編集後記:ブランド・トランスフォーメーション(BX)の観点から】
最近、セブン-イレブンでよく目にするようになった「Cycle.me」。コンセプトも大変興味深いですが、それ以上に印象的だったのはブランドを生み出すチームのトランスフォーメーションです。企業の枠を超えて専門家が集まり、生活者にとっての価値を起点にして、立場を超えてスピード感を持って新商品を生み出し続けている。その商品作りの仕組みこそが、今後の新しいブランド作りの大きなヒントになるのではないでしょうか。ブランド作りは、チーム作りから始まるといっても過言ではありません。リーダーシップの変革もまた、ブランド・トランスフォーメーションの実現において欠かせないものだと感じました。