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若手!クリエイターが挑む!ソーシャルテーマvol.9
希少疾患を抱える患者さんの未来を明るく照らす。「Illuminate Tomorrow」

2024.02.15
日本ベーリンガーインゲルハイム社の「希少疾患であるGPP(膿疱性乾癬)の存在を社会に浸透させる」ためのコミュニケーションが、世界的なPRアワードである「2023 IN2 SABRE Awards Asia-Pacific」の「Brand Digital Platforms部門」においてWinner(最優秀賞)を受賞しました。プロジェクトのコミュニケーションをサポートした博報堂チームの新倉健人と家村未来に、課題解決のためにどんな戦略を描き、どんなアイデアへと昇華させたのか、クリエイティブが社会課題解決に寄与できることなどを伺いました。

■「Illuminate Tomorrow」とは
希少難治性疾患である膿疱性乾癬※(のうほうせいかんせん)の啓発を目指した、患者さんの未来を照らすデジタルアートプロジェクト。

※膿疱性乾癬についてはこちら

希少難治性疾患というテーマを、いかに前向きに関心を引く仕掛けにするか

新倉
博報堂の「行動デザイン研究所」に相談が舞い込んだことが最初のきっかけです。GPP(膿疱性乾癬)という希少難治性疾患の治療薬の開発に取り組む日本ベーリンガーインゲルハイム社より、患者さんや医師の方々にこの疾患や治療について知っていただくため施策をしたいというご相談でした。膿疱性乾癬は、患者数が日本全国に約2000人※しかいないとされている希少な難病です。患者さんご自身も病気のことがよくわからないまま、周囲の理解を得られずに孤独に陥ったり、そもそも病気が知られておらず、専門医の診療を受けることが難しい、診断を受けるまでに時間がかかるといった課題があります。病気や治療に関する情報提供だけではなく、辛い闘病生活を送る患者さんのためにも、製薬会社として、そういう現状に一石を投じるような施策ができないかというお話でした。
※GPPの特定医療費を受給している患者数(2020年末時点):難病情報センター、特定医療費(指定難病)受給者証所持者数、 https://www.nanbyou.or.jp/entry/5354

―その相談から、最初にどういったアクションを起こしたのですか。

新倉
「行動デザイン研究所」が提唱する行動デザインモデル「PIXループ™」というフレームワークを用いたワークショップを行いました。僕ら博報堂チームのほか、クライアントの新薬マーケティングチーム、患者さんに向き合っているチームなどが主に参加し、普段患者さんがどんなことを考え、どういう風に情報と接触し、クライアントのアセットをどう活用すれば患者さんたちに態度変容を起こせるだろうか、といったことをディスカッションしました。当事者の方へのヒアリングも行い、「明日は今日よりももっと悪くなる」とか、「こんな自分を家族にも見せられない」といった壮絶な苦しみを吐露する言葉から、患者さんは、症状による物理的な苦しみと、孤独や恐怖といった心理的な苦しみの両方に直面していることも把握しました。

ちなみに「PIXループ™」というのは、「Pool (情報を引き寄せ貯めておく)」「Ignite (気持ちに火が点く)」「eXpand (体験をやってみて情報圏を拡げる)」という生活者の欲求を掴むことで、ターゲットの情報プールに入り込み衝動を起こし、これをループ化することで実際の行動につなげていくというアプローチです。※詳細はこちら

―そこからどのように戦略につなげていったのですか。

家村
症状の凄惨さや深刻さから暗いテーマになりがちな中で、一般生活者に向けて拡散するためには、「いかに発想を転換し、生活者が前向きに関心を持って参加したくなるような仕掛けにできるか」ということを起点に戦略を考えていきました。

新倉
そこで着目したのが、デジタルアートです。NFTアートの隆盛などにヒントを得て、暗くなりがちな病というテーマとアートを掛け合わせることで、より明るくポジティブにメッセージを乗せることができるのではないかと考えました。さらに、スローガンとして「Illuminate Tomorrow(患者さんの未来を明るく照らし、彩りをもたらす)」を設定し、暗闇を照らしてくれる「ランタン」をモチーフに、「痛み」「膿疱」「発熱」「孤独」「恐怖」という患者さんが抱える5つの辛さをデザインに落とし込んだランタンアートを制作しました。

当事者から掛けられた「励まされた」「救われた」の言葉

―制作したデジタルアートを、具体的にどのような施策に落とし込んでいったのか教えてください。

家村
まずはユーザー参加型のウェブサイトを制作しました。そのサイト上では、一般生活者や医療従事者が疾患について理解を深めながら、ランタンアートをカスタマイズでき、患者さんへの応援メッセージとともに、その自分だけのランタンをサイト上の3D荒野空間に灯すことができる、という体験を設計しました。参加者が増えランタンが増えていくことで空間が明るくなり、患者さんへの応援メッセージで荒野が照らされていくという趣向です。500を超えるメッセージが集まり、多くの方が共感を示してくださいました。その後、2月末のRare Disease Day (世界希少・難治性疾患の日/世界難病デー)に合わせて、ウェブサイトの3D空間をイベント会場にリアルに出現させ、ARで体験するというイベントを実施しました。

―ARの活用を決めた理由は何ですか?

新倉
拡散され多くの人に知ってもらえるというのはデジタルアートのメリットですが、一方でデジタルに閉じてしまいがちな側面もあります。ARを使ってウェブと連動させたリアル体験に落とし込むことで、より多くの人に体感してもらい、理解を深めてもらえるのではないかと思ったのです。イベント会場全体は暗めの照明にして、タブレット端末を画面にかざすと、灯りの燈ったランタンと応援メッセージが浮かび上がるというもので、その空間に没入しながら、荒野が次第に明るく照らされていく様子を体感できるというイベントに仕立てました。

―まさに「明日は今日より悪くなる」と感じている患者さんの明日を照らしていくアイデアなんですね。

家村
患者さんの精神的な苦しみにも、社会に埋もれている患者さんの存在にも、そして患者さんの未来にも光を灯したいという意味が集約されたアイデアになったと思います。

―どのような反響がありましたか。

家村
メディア、一般参加者はもちろん、患者さんご本人や患者団体・患者支援団体など、ご家族にも多く訪れていただき、非常に好評でした。患者さんから「感動した」「励まされた」「救われた」という声をいただけて、「やってきてよかった」と思いました。

大切なのは「本当に困っている人を置いてけぼりにしない」こと

―プロジェクトを振り返って、最も大変だったことは何ですか。

新倉
この疾患の場合、ターゲットは国内にいる約2000人です。通常の広告キャンペーンに比べると明らかに限定的で、彼らにいかに確実に届けていくかという点が難しかったですね。

―それをどのように克服したのですか?

家村
患者会という、患者さんが多く集まるコミュニティと連携しながら、施策のアイデアにつなげていきました。また、患者さんが少ないだけでなく、希少な疾患のため病気自体を知る医師も多くありません。そんななか、「膿疱性乾癬」という言葉が広がることで、まだ診断されておらずただ症状に悩んでいる人の家族や友人が、「それもしかしたら膿疱性乾癬かもよ?」と気づいてあげられるような状況になればいいと考えていました。そこで、「こんな病気がありますよ」というだけじゃなくて、「患者さんはこんな気持ちでいます」というところまで踏み込んでアートで表現し、関心を持つきっかけをつくったことで、結果的に自然と病気への理解が深まる仕掛けに落とし込めたと思います。

―今回のプロジェクトで得られた新しい学びがあれば教えてください。

新倉
施策を詰めていく際、途中段階を患者さんにも見てもらい、フィードバックを受けながら制作を進めていきました。「こんなに暗いつくりだとまったく気持ちが上がらない」「患者のことをもっと理解してほしい」などと厳しい言葉をいただきながら、一緒につくりあげていきました。アートを使ってポジティブな形でメッセージを伝えることを目指しながらも、病気の辛さ、苦しみにもリアリティを持たせなければ、患者さんに本当に寄り添ったものにはできません。そこの塩梅も難しかったのですが、当事者の方々と何度もやり取りを繰り返す中で着地点を見出していきました。広告会社の仕事で、最終的に届けたい人の反応を見ながらつくる機会というのはなかなかあることではないので、とてもいい経験だったと思います。

家村
ともすればきれいなアウトプットをつくって、ある程度拡散して満足して終わりになりがちですが、そうならずに、当事者と最後まで併走できました。どんな社会課題解決に取り組むとしても、「本当に困っている人を置いてけぼりにしない」ということは、社会課題解決に関わるうえでの大きなラーニングの一つでした。

狭い範囲の人に深く刺さり、喜んでもらうという目的を達成できた

―改めて、クリエイティブの力をどのように社会課題解決に活かせると思いますか。

新倉
あまねく広く伝えることが広告の目的ではありますが、今回のキャンペーンの場合は、社会課題を抱える限られた範囲の方に深く刺さることが目的でした。そして、広く伝えるだけでなく、深く喜んでもらうという目的にもクリエイティブが活かせることを改めて理解できたキャンペーンでもある。決して規模の大きい派手な取り組みではないにも関わらず、国際的な「SABRE賞」で高く評価いただけたのも、その点だったのではないかなと思います。個人的にも、当事者の方たちへ向けて確実なアウトプットができ、心から喜んでいただけたのが今回の一番の成果だと感じています。

家村
世の中に社会課題は溢れていて、自分が力になれたらと思うことは多い。にも関わらずそこで止まってしまい行動に移せないのは、自分事化できずに通り過ぎてしまうからだと思います。クリエイティブの力が光るのは、日常のなかで自然に人を引き込む導線をつくり、前向きに興味をもってもらえること。今回のプロジェクトに関しても、「きれいなデジタルアートだな」「自分のランタンアートがつくれるんだ」というところから入る人もいて、そこからこの疾患の苦しみに触れ、知ることができるようになっています。普通の生活の中ではなかなか深く考える機会のない社会課題に対して、その入り口の導線を自然につくれるという意味で、社会課題とクリエイティブの力は非常に相性がいいのではないかなと思います。

―今後どのような展開を想定しているか、教えてください。

新倉
キャンペーンの次なる展開として、生成されたすべてのランタン、メッセージなどの情報をNFTアート化し、このプロジェクトそのもの、そして広がった支援の輪をタイムカプセル的に残すことを予定しています。

家村
「Illuminate Tomorrow」は、膿疱性乾癬だけでなく、ほかの難病や希少疾患へも応用できるフレームです。同じようにたくさんの人が参画し、患者さんが見て、心が救われるような仕組みとして展開できたらいいですね。

新倉 健人
博報堂 ブランドトランスフォーメーションマーケティング局 【マーケティングディレクター】

テクノロジー、データサイエンスを駆使したマーケティング業務に従事。流通、自動車、トイレタリー、プラットフォーマーなどの戦略プラニングを担当。博報堂行動デザイン研究所に所属。並行してAIを活用した発想支援装置や、新規メディア開発、データを活用した商品開発を実施。個人ではAIを活用したアート作品を制作している。

家村 未来
博報堂 PR局 【PRプラナー】

2021年入社。社会の風を読みながら生活者が共感できるメッセージを立ち上げ、ソーシャルグッドなブランド・事業づくりに取り組む。学生時代から難民支援やフェアトレード活動に携わるなど社会課題解決の活動に従事。

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