―生成AIが様々な仕事の在り方に変革をもたらしている中、広告クリエイティブの現場ではどのような変化が起きているのか、その現状から教えてください。
細田:効率性・創造性の2つの面で大きな変化が起きています。効率性については、例えばデザイナーが撮影前のイメージをつくる際、これまではストックフォトから素材を探して簡易合成などを行っていましたが、生成AIを使えば言葉で指示して簡単にイメージを生成することができます。プレゼン資料を準備する効率性が格段に向上しました。最近では社内向けの映像制作で実験的にAIを試しています。従来はCGクリエイターや音楽家などプロが手掛けることが多かった作業も、AIで素早く低コストにできる部分が増えてきました。
創造性の面では、AIとの対話を通じて人間だけでは思いつかなかったアイデアを見つけられることがあります。私が所属するTBWAではDisruption(古い常識や偏見を破壊することから、新しい可能性を創造する手法)を大切にしていますが、例えば「ラーメンのDisruptionを考えて」という問いに対してラーメンに対する常識的な考え方を列挙した上で、それらを裏切る提案、例えば「私は●●なガストロノミー・ラーメンを提案します」など一考に値する視点が提示されることがある。そのまま使えるかは別として、脳内で行うブレーンストーミングを一部AIで外部化することで新しい閃きにつながることがあります。
―生成AIの進化を、お二人はどのように捉えていますか。
柴山:広告制作においては効率性・創造性ともに大きく進化すると考えています。広告主のサービスや商品を理解し、ターゲットのペルソナを設定後、どういった訴求でどんな広告コピーをつくるのか...というプロセスのその第一歩を踏み出すまでには非常に多くの準備が必要です。すでにこの準備工程においての生成AI活用は進んでおり、効率性を大幅に改善しています。また、我々がアウトプットする広告制作物は、プランナーがこれまで蓄積した知識や経験と、先ほどのサービス理解やペルソナ設定などの新たな外部情報を加えてミックスしています。ただ、この過程では今まではプランナーの脳内の記憶装置の範囲で処理できるものしか出てこない。しかし、生成AIは元になる情報量、生産量、スピードも圧倒的で、この外部記憶装置を活用することにより創造性の面でもプランナーの固定概念にない視点や視座が生まれる可能性がある。効率性の観点で下準備の苦労が減り、創造性の観点で生成AIをヒントにしつつ、さらに質の高い価値創造を目指す業務に人的リソースを配分することで新たな広告制作のプロセスを実現できると捉えています。
細田:柴山さんが言うようにAIに任せる仕事は増えるでしょう。一方、AIと共創する仕事も増えそうです。対話の仕方や指示の出し方を工夫すると想像もしない答えを得られることがある。だからこそ、生成AIは脅威でもあります。アマチュアとプロの差を簡単に埋めてしまいますから。センスや発想があれば、未経験者でもプロと勝負できてしまう時代になってきた。デザインの世界ではそれが顕著で、例えば、いま第一線で活躍するファッションデザイナーの中には専門的な教育を受けていない人も多い。音楽や映画の世界で活躍した才能が、そのセンスを武器に斬新なデザインを次々と生み出しています。AIでその傾向はますます加速すると思います。
―生成AIが人間の立場を大きく変えていきそうですね。一方で、どれだけ生成AIが発展しても人間がやるべきことはなんでしょうか。
柴山:広告も該当しますが、新たなサービスのプロモーションを行うといった未知の課題解決においては、人間が第一歩を考えないといけません。未知の領域に対応するには、過去の知見をAIに頼りつつも、人間が考えなければ新たなもの=オリジナルを生み出せません。オリジナルをつくることをやめてしまったら、AIの進化も止まってしまう。だからこそ、未知の創造を続ける仕事はより尊重されると思います。人間にしかできない尊い仕事ですから。
細田:美意識やモラルを更新することは人間にしかできません。「これはもうダサいよね」という判断はAIには難しい。なぜか。それはAIが過去のデータベースから現在をアウトプットしようとするからです。理想の未来を妄想することから現在を導く機能をAIは原理的に持ち得ない。人間が担うべき仕事なのです。今後、ほとんどの仕事が「ディレクター化」するでしょう。小説家や研究者や経営者は、それぞれAIをうまく活用する「小説ディレクター」「研究ディレクター」「経営ディレクター」になっていくのだと思います。
―お二人は生成AIを活用して今後どのような体験を作っていきたいですか?
柴山:テクノロジーで作業の工程を削って、センスや着想を磨く体験を増やしていけるような環境を作っていきたいです。人が今までの世界線以上に磨き上げたセンスをクリエイティブアウトプットに変換していけば、広告はもっと面白くなるはず。AIを存分に使い倒しつつ、磨き上げたクリエイティビティの力によって、広告をより「いい情報をいい形で伝えてくれる」ものに昇華できることが、生成AI時代における広告プランニングに求められる姿であると考えています。
細田:センスとAIの掛け合わせでできることはたくさんあります。私は柴山さんの言うセンスの正体をある種の「偏り」だと捉えています。「偏り×AI」で、広告を無機質なものでなく、人間性あふれるものにできると思うんです。また今後は、あらゆるインターフェースにAIが埋め込まれていくでしょう。冷蔵庫に「今、卵は何個残ってる?」と話しかけると「2個。君がつくるカルボナーラには足りないかな」と答えて注文してくれるとか、AIによってあらゆるモノが人格化する未来を妄想しています。なにしろ、日本はキャラクターをつくるのが得意です。世界の人気キャラクターランキングの上位には日本のキャラクターがずらりと並びます。欧米型のAIはクセをなくすようにできていますが、逆に偏ったAIこそ面白いのではないか、と。日本らしい想像力を活かせば、AIに愛される個性を持ち込めるかもしれません。また、AIとヒューマニティは対立構造で捉えられがちですが、人間を助けることにこそAIを使うべきだとも考えています。例えば目や耳が不自由な方のために、AIが景色や音を変換して伝えるなど、できることはたくさんある。盲導犬のように人に寄り添うAIがあったらどうでしょう。こうした人間を中心においた活用事例もつくっていきたいと思います。
―クリエイティブ×テクノロジーの社会実装を目指す博報堂DYグループが、今進めている生成AI関連のプロジェクトについて教えてください。
柴山:当社グループでは、クリエイティブ業務のDXを通じて、効率化だけではなく"クリエイターの発想支援"や"クリエイティブの高度化"に積極的に取り組んでいます。その一つが、デジタル広告制作ワークフローに関するAI活用です。ターゲット設定をして訴求の軸を定め、コピーを作り、バナー広告を作る。配信するメディアに合わせてサイズを変えて...というデジタル広告のフローを管理するシステムが存在しますが、そこにAIがすべて関与することを実現してきています。例えば、「この商品のターゲットペルソナはこういう人で、その人に向けたコピーはこれ」という提案をAIが行い、それを元に人間がコンセプトを作る。さらにバナー広告を作るシステムとも連携して、バナー広告の効果までも定量的に予測できます。随所にAIが関与して人間の意思決定を助けてくれれば、どんどんいいものが作れるはず。さらに、制作したクリエイティブが、本当に自分が意図した通りにコンセプトが伝わるのか、AIがチェックシステムとして読み取り検証することができる機能などもすでに稼働しています。
細田:我々がモノを作る時は、市場データだけでなく、自分の主観を信じて突き進む瞬間があります。だからこそ一歩間違えると誰かを傷つけてしまうリスクもあり、独りよがりで思った結果にたどり着かないこともある。でも最初から全方位を見渡してみんなのことを考えていたら相手のこころに届く、意味があるものはつくれません。そこで「こんな受け止め方をされるのか」ということをAIで予測できると、無理なく主観と客観を行き来することができるでしょう。感性に溺れず、正解に逃げず。このバランスをとることは今後のクリエイターの宿命になるのかもしれません。
柴山:そのほか、着手中のサービスとしては、優秀なクリエイティブディレクターの考え方をAIでトレースしたエージェントAIです。例えば細田さんの著書『コンセプトの教科書』をAIに学習させ、細田式のフレームに沿ってAIが答えを出すという仕組みを開発しています。この「細田AI」が各案件にアドバイザーとして入れば、現場クリエイターの大きな助けになるはずです。優秀なクリエイティブディレクターの能力と知識を言語化して、アウトプットをベースにフィードバックを行うことで、スキルトランスファーの助けにもつながると思っています。まずは博報堂DYグループ内でトライアル活用し、精度を磨いていきたいですね。
細田:いよいよAIが脅威に感じますが(笑)、グループ全体の企画力・発想力の底上げにつながることに期待しています。
柴山:人とAIが共創するクリエイティビティ・プラットフォームを目指し、これからも開発を進めていきたいですね。
※「日経ビジネス電子版Special」2024年3月4日に公開
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通信企業やWeb企業にて企画開発を経験したのち、2017年AI×マーケティングSaaS開発のnegociaを設立、代表取締役。アイレップのnegocia社M&Aに伴い、アイレップのテクノロジー領域を管掌。2022年よりアイレップ取締役CTO、博報堂テクノロジーズ執行役員。博報堂DYグループのAIプロダクト開発を管掌。
博報堂、TBWA\CHIAT\DAY(LA)を経て現職。企業ビジョン、事業コンセプトから、ブランドコミュニケーションまでを一貫して手がける。カンヌ金賞、ACCグランプリなど国内外で受賞多数。2023年、Campaign誌によってアジアにおけるクリエイティブリーダー・オブ・ザ・イヤーに選出された。近著に『コンセプトの教科書』(ダイヤモンド社)がある。