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生成AIで変わる生活者の情報探索行動
―プラットフォーマーや広告ビジネスに求められる変化とは
【東京理科大学経営学部国際デザイン経営学科 教授 柿原 正郎氏】

2024.03.11
Chat GPT の登場をはじめ、日進月歩で進化を遂げる「生成AI」。
インターネットやスマートフォンが社会を変革したように、生成AIも過去に匹敵するパラダイムシフトを起こし 、広告やマーケティングにも大きな影響を与えると言われています。生成AIはビジネスをどのように変革し、新たな社会を切り拓いていくのか。

博報堂DYホールディングスは生成AIがもたらす変化の見立てを、「AI の変化」、「産業・経済の変化」、「人間・社会の変化」 の3つのテーマに分類。各専門分野に精通した有識者との対談を通して、生成AIの可能性や未来を探求していく連載企画をお送りします。

第8回は、デジタル環境におけるユーザーの情報探索行動を研究する東京理科大学経営学部国際デザイン経営学科の柿原 正郎教授に登場いただきます。検索エンジンが普及してきた過去から考えるべき生成AIのあり方や役割について、生成AIも含めた先進技術普及における社会的枠組みの整備・事業活用に多くの知見を持つクロサカ タツヤ氏とともに、博報堂DYホールディングスのマーケティング・テクノロジー・センター室長代理の西村が話を伺いました。

柿原 正郎氏
東京理科大学経営学部国際デザイン経営学科 教授

クロサカ タツヤ氏
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 特任准教授
株式会社 企(くわだて) 代表取締役

西村 啓太
博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター室長代理
株式会社Data EX Platform 取締役COO

生活者の情報探索の初手は、検索エンジンからSNSへ

西村
生活者の情報取得行動・購買行動は、検索の時代からSNSの時代、そして動画の時代へと変化を続けてきました。柿原先生はこれまで国内外の大手デジタルプラットフォーマーにお勤めでしたが、その目線で見たときの課題についてはどのような認識をされていたのでしょうか。

柿原
2000年代初頭は、各社ともモバイルへの対応も進めてはいたものの、まだ大部分のサービスはPCベースでの提供が中心で、事業者側も「モバイルでできることは、あくまでガラケーの延長線上に過ぎない」と考えていました。それが2008年以降、スマートフォンの急速な普及にともない、モバイルアプリ市場におけるエコシステムの発展や将来性が急速に注目されるようになりました。事業者だけではなくさまざまなサードパーティや一般ユーザーがモバイルアプリをリリースできる環境が提供されるなど、エコシステムの広がりを肌で感じられる時期だったわけです。こうした流れのなかで、大手プラットフォーマーもモバイルファーストを打ち出し、スマホ対応を急ピッチで進めていきました。さらに、2000年代後半からSNSが一気に社会に浸透していったことで、 生活者の情報取得や探索の仕方なども変わってきたのです。SNSを使うユーザーの動機として、当初はSNS上では友達同士が繋がってたわいもない雑談や趣味の話をするだけかと考えられていましたが、それだけではないことが徐々にわかってきて、世の中に一気に浸透していったわけですね。

そんななか、私が個人的に長年追いかけているのが「デジタル環境における生活者の情報探索行動」です。スマホとSNSの普及によって、人の情報探索行動がどう変わっていくのか。それに対して事業者は何を提供しなければならないのか。そして、生活者はどういった心構えでサービスを利用しなければならないのか。また私が大手プラットフォーマーに在職していた当時は、“ググらない若者”という言葉が象徴的に示しているように、“何かを情報収集する際にウェブ検索しないユーザー“が増えているのではないかということが、プラットフォーマーの課題認識として広がりつつあった時期でもありました。その“ググらない若者”の存在の真偽を確かめるという目的も含め、若者への調査を中心に情報探索行動の分析をかなり深くやっていましたね。

西村
SNSに対する当初の捉え方が“ユーザーはたわいもない話をしている”という観点は興味深いと思いました。当時は、何かを知りたくて情報取得するための検索行動があり、その一方で、たわいもない話をする場としてのSNSがあった。次第に検索しなくなってきたことで、SNS自体の役割も変わってきたということなのでしょうか。

柿原
その点については、そもそも人はなぜ情報を得たいと思うのか。そこにある動機やモチベーションに関わってくる部分だと考えています。検索エンジンは、すでに何かのテーマやトピックに対して“知りたい”という動機を持っている人が、PCやスマホで検索エンジンを開き、検索キーワードを打ち込んで得られた検索結果から情報を取得する、というユーザー行動を前提にしているサービスです。しかし人は、情報を取得する際の目的や問題意識をいつもしっかりと持っているのでしょうか。
スマホを手にしている時間の大部分は、何かを知りたいという意識を持っているわけでも、検索キーワードを頭に思い浮かべているわけでもないという人は多いと思います。言ってしまえば、SNSで自分用に自動生成されるフィードを眺めながらスワイプしていくなかで、特に目的意識も持たないまま情報を取得し、それを消費して、何らかの認知や理解が頭の中でされていくわけです。それも人間の生活においては非常に重要な情報取得のひとつですし、何ならユーザー自身も気づいていないかもしれない。でも、そうした何気ない情報取得の行動こそ、いろいろな意思決定や問題認識に多大なインパクトを与えていると思っています。

現代社会のメディア環境を考えてみても、新聞やテレビの普及のプロセスと同じように、 いつの間にか人々の情報取得のプロセスに“無意識にSNSをチェックする”という行動が埋め込まれていっていると感じています。ユビキタスコンピューティング(社会や生活のあらゆるところにコンピューターが存在し情報にアクセスできる環境をあらわす概念)の祖として知られるマーク・ワイザー氏の、「最も意味深い技術は消えて見えなくなってしまう技術だ」という言葉を大学院生の時に知って、まさに言い得て妙だなと思って、それ以来私の研究の指針になっています。技術が消えて見えなくなるというのは、それ自体がなくなってしまうのではなく、人々の生活や意識の中に深く埋め込まれていき、本当に誰も気がつかないくらい、自然に浸透していくプロセスこそが技術の普及の本質だということです。そういった「デジタル技術が消えていくプロセス」に私もすごく関心があり、そのプロセスの中で起こる人間の行動や意識の変化をずっと研究しているのです。

以前実施した若者への調査では、多くの人が情報探索の手段としてもっとも利用しているものとしてSNSを挙げました。ですが、そこからより深くヒアリングしていくと、実は検索エンジンもかなりの頻度で利用していたことがわかりました。多くの若者には“検索エンジンを使っている”という認識自体はないものの、SNSからの日常的な情報取得を通じて形成された認知や理解のプロセスのなかで、気にも留めずにスマホのアプリやウィジェットなどから検索エンジンを使うのが、現代のデジタル環境における情報探索行動における自然なプロセスだと言えるでしょう。

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