INDEX
•高機能が当たり前の時代に問い直す“価値”
•生活者を欺くブランディングは、必ず見抜かれる
•600品種に埋もれていた「2つのブランドライン」
•追加された「匠マーク」に隠れた視点
•企業に眠る“本当の魅力”を伝えたい
「世界一のパン職人が、家でパンを焼いてくれる。その一言に尽きます」
「匠ブランジェトースター」の魅力について、企画デザイン担当の青木佳氏はそう語る。
“世界一のパン職人”とは、共同開発・監修者である浅井一浩氏のこと。ドイツで開催されるパン職人の世界大会「iba cup」で、日本人初の総合優勝を果たしたパン職人だ。
あらゆるパンを研究し尽くしてきた浅井氏の暗黙知が、ツインバードの高い技術力によって、この「匠ブランジェトースター」で再現されている。
最大の特徴は、食パンやクロワッサンなど、5種類のパンに合わせたオートモードにある。
パンを温め直す「リベイク」に最適化し、冷凍したパンでも、ボタン1つで焼き立てのような香りと食感をよみがえらせるという。
開発元であるツインバードの創業は、1951年。日本を代表する金属加工の町であり、ものづくりの魂が息づく新潟県燕三条地域で産声を上げた。
メッキ加工業として創業し、1984年には家電事業に本格参入。高い技術力とマーケットインの発想で、お求めやすい価格でシンプルな家電を中心に事業を展開してきた。
しかし2021年、ツインバードは大胆なリブランディングを打ち出した。創業70年目のブランド再構築のきっかけについて、取締役の浅見孝幸氏は次のように語る。
「かつて、家電は豊かさの象徴でした。戦後の高度成長期には『テレビが家に来た!』と、大騒ぎされる存在だったわけです。
しかし現在では、高度化した家電は言わば“当たり前の存在”となりました。
近年は、生活者のニーズも多様化し、ただ機能を果たすだけでは、価値を感じてすらもらえない時代です。
こうした状況下で、大手家電メーカーが市場シェアを占めるなか、我々が戦うには“独自の価値”を定義せねばならない。
ツインバードを知ってもらい、愛してもらい、誰かに勧めたいと思ってもらうために、リブランディングに踏み切りました」
すでに5年ほど前から中期経営計画で、ブランディングとダイレクトマーケティングを戦略の柱に置いて動いてきたツインバードは2021年3月、いよいよリブランディングを本格的にスタートさせる。
社運を賭けたプロジェクトのパートナーに選ばれたのが、大手広告会社の博報堂だった。
「ツインバードはこれまで、いわゆる広告会社と取り組むことをしてきませんでした。今回パートナーを探すなかで、博報堂のフィロソフィーの1つに『生活者発想』とあるのを知ったのです。
そのようなフィロソフィーを掲げる博報堂であれば、他社にはない目線で、我々と共に考えてくれるのではないか。そうした期待から、お声がけしたのです」(浅見氏)
リブランディングに際して、博報堂が重視したのは「リソースベース」。
博報堂のクリエイティブディレクター 宮永充晃は当初「ツインバードが70年間培ってきたもの、そのリソースをベースに、正直に伝えることがリブランディングのあるべき姿である」と伝えることから始めたという。
「自社にないものを、あたかも持っているかのように見せるのは、真のリブランディングとは言えません。
生活者を欺くブランディングは、いずれ必ず見抜かれます。
嘘をつかず、長続きするブランドをつくるには、5年先10年先を見据えながら深い次元で対話をし、アウトプットを重ねていくしかないと思うのです」(宮永)
ツインバードが本来持つリソースを探るべく、博報堂が最初に取り組んだのは、ツインバード社内への徹底したヒアリングだった。
その範囲は、マーケティングから物流、経営企画、商品企画といった各部門、コールセンターまで多岐にわたり、工場へも足を運んだ。
目指したのは、ツインバードの全部署、全社員から話を聞くこと。
「ツインバードのみなさんが当たり前にやってきたことは、外から見ると実はすごい。ヒアリングを通じて、企業の価値を掘り起こしていきました」
博報堂のビジネスデザインディレクターを務める木村俊介は、現場の様子をこう評した。
「たとえば、お客様の声を開発に活かしていく姿勢です。
ツインバードはコールセンター業務を外注せず、自社でお客様対応をしています。その隣には、商品企画や開発の部署を置き、問い合わせへの回答に困ったらすぐに確認ができる。
すると、顧客の不満やニーズが開発側にダイレクトに伝わり、次の商品企画へとつなげていける。これは、大手にはなかなかできないことだと感じました」(木村)
かつて本社勤務で、まさにコールセンターからのお客様の声を商品企画に活かしていたという青木氏は「当たり前のことだと思っていました。博報堂さんに言われて初めて自社の強みだと気づかされましたね」と話す。
大手総合電機メーカーを経験した浅見氏も「コミュニケーションのスピードや柔軟性は、間違いなく我々の強み」と頷く。
「気づいていなかったり、言語化できていなかったりする自社の長所を、改めて博報堂からご指摘してもらい、『なるほど』と腹落ちする部分は多かったですね」(浅見氏)
リブランディングを経て、ツインバードは2つのブランドラインを新設した。
この2つのブランドラインは、およそ600SKU(※)あったツインバードの製品群を整理するなかで見えてきたという。
※Stock keeping Unit。在庫管理の最小管理単位
「自分が欲しい家電を買い求める生活者にとって、品揃えが600種類もあることは、直接の価値に結びつきません。
そこで、大胆な経営判断で製品を半分以下に絞り込みました。残る300SKUを2つのブランドラインとそれ以外の既存品に大きく分けました」(宮永)
ブランドラインの1つは、掃除機やドライヤーのように、生活の煩わしさを解消し、言わば“マイナスをゼロにする家電”。
もう1つは、匠の技術を具現化した製品。生活に付加価値を与え、“ゼロをプラスにする家電”と言えるだろう。
その代表例が、2018年発売の全自動コーヒーメーカーだ。自家焙煎コーヒーの第一人者・田口護氏が監修し、発売から5年を経過する現在でも売れ続けるロングセラー商品となっている。
「生活者にとって、このラインナップ自体が価値になると考えました。そこで前者を『感動シンプル』、後者を『匠プレミアム』とブランド化し、目に見える形で価値化を図ることにしたのです」(宮永)
そして前述のコーヒーメーカーのヒットを受け、次なる“匠との共創”として青木氏が注目したのが、トースターだった。
「当時、高級トースターは食パンばかりにフォーカスしていたのです。
私のようにバゲットが好きな人も、クロワッサンが好きな人もいる。ただ、トースターで焦がしてしまうからとリベイクを諦め、常温のまま食べるか失敗しにくい食パンを選ぶ。
トースターがそんな文化をつくってしまったのかもしれないと感じて、“食べたいものをいつでも美味しく食べられる幸せな体験を生み出したい”という発想で、『匠ブランジェトースター』を着想しました」
リブランディング、の傍らで、2020年から進んでいた「匠ブランジェトースター」の開発も大詰めを迎えていた。
開発中の「匠ブランジェトースター」について説明を受けた宮永は、その技術力の高さに驚いたという。
「ツインバードは『庫内の温度を秒単位で計測し、それに応じて上下のヒーターが自動的に温度調節します』と、当たり前のように話すんですね。いや、すごいことですよ、と(笑)。
しかも5種類のパンを、浅井さんという匠の焼き方をもとに、それぞれ最も良い状態に仕上げる。並大抵の技術ではありません」(宮永)
青木氏は「私たちツインバードはものづくりが得意な一方で、その魅力をお客様に伝えるのが苦手なんです」と語る。よく言えば職人気質、悪く言えば口下手なのだ、と。
博報堂は同社の“口”、つまりコミュニケーションを担った。「匠ブランジェトースター」でも、商品の魅力や開発者の思いを最大限に伝えるべく、さまざまな取り組みが検討された。
生活者発想に基づく博報堂からの提案の1つで、製品そのものに反映されたアイデアがある。それが「匠マーク」だ。
「スタートボタンを押すと、カチカチという音と共にセンシングが始まります。この立ち上がりの時間にも匠の技術が染み出ているのだろうな、と。
ならば、『いま匠が考えている』ということを、プロダクトのUIの中心に据えてはどうかと、匠マークを提案しました。
匠との共創というコンセプトがより明確に伝わり、市場で差別化にもつながるはずだと考えました」(宮永)
同製品を象徴するかのような匠マークだが、実は当初の構想にはなく、開発はすでに終盤に差し掛かっていた。この段階での仕様変更は、現場として異例の判断だったと青木氏は振り返る。
「最初は『何を今さら』と言われましたね(笑)。ただ、博報堂からのご提案はとても腑に落ちたんです。だからこそ、私も会社に持ち帰り、現場も納得してくれて、なんとか仕様に盛り込むことができました」(青木氏)
パン職人の浅井氏は、世界にただ一人。しかし「匠ブランジェトースター」があれば、浅井氏はどの家庭にも現れ、いつでもパンをベストな状態にリベイクしてくれる。
木村はこうした感情を含めたヒトとモノの接点を「生活者インターフェース」という概念で説明する。
「5GやIoTによって、モノ同士、あるいはヒトとモノとの間でリアルタイムにデータがやりとりされ、生活における新たな接点、つまり『生活者インターフェース』が続々と生まれています」
「生活者とつながるインターフェースは、テクノロジーにとどまりません。
リーフレットも製品自体も、こうした対話さえも、すべてがインターフェースとなり得るはずです。トースターというモノが、世界一のパン職人と世界中の生活者をつなげるように。
さまざまなインターフェースを、どの順番で、どのような伝え方でつなげていけば、生活者に届くのか。
多角的に接点を考えることが、生活者インターフェース市場における私たち博報堂の役割と考えています」(木村)
2023年11月に発売を迎えた「匠ブランジェトースター」。発売直後から話題となり、たった3カ月弱で年間の目標売上台数を達成したという。
ヒットに至る背景としてキーパーソンたちがたびたび口にしたのは「ワンチーム」という言葉だ。なぜツインバードと博報堂の間に、強い信頼関係が生まれたのか?
「最初の社内ヒアリングでの理解がベースにあったからこそ、クライアントとして相対するのではなく、ワンチームになれたと感じています」(青木氏)
「私たちツインバードには真面目で素直な社員が多い。アドバイスを納得すれば受け入れ、納得できなければとことん議論する。そんな姿勢が功を奏したのではないでしょうか」(浅見氏)
「じっくりと対話できたことは大きいですね。提案する側・される側の関係は、お互いを信頼しきれず、見栄を張り合ってしまうこともあるんです。
その結果として市場に出るモノは、すぐに見破られ、消えていくんですよね」(宮永)
嘘をつかず、長く続くブランドをつくり上げる。それはともすれば、短期間で成果を上げるマーケティング手法に逆行するかもしれない。テクノロジーに頼らず、何度も現場へと足を運ぶことになるかもしれない。
それでも、「日本企業に眠る“本当の魅力”を伝えたい」と、博報堂の2人は口を揃える。
「続いていく企業には、それぞれに存在理由や価値があると思うんです。今回の事例のように、企業価値に光を当て、魅力を掘り起こすサポートができればと考えています」(宮永)
「企業や商品の魅力を生活者に届けるのが、広告という仕事の原点。そう考えれば、CMやキャンペーン以外にも、生活者に届ける手段はあるはずです。
これまで培ってきた生活者視点をもとに、最適な生活者インターフェースを見極め、企業と生活者をつないでいく。
その結果、企業も生活者も社会も豊かになり、経済に良い循環が生まれたらと思っています」(木村)
執筆:井上マサキ
撮影:西田香織
デザイン:小鈴キリカ
取材・編集:中道薫
(NewsPicks Brand Design制作)