※1:TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)
「気候関連財務情報開示タスクフォース」と訳され、G20の要請を受け、金融安定理事会(FSB)により、気候関連の情報開示及び金融機関の対応をどのように行うかを検討するため、マイケル・ブルームバーグ氏を委員長として設立された組織、またはフレームワークのこと。
※2:TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)
「自然関連財務情報開示タスクフォース」と訳され、自然環境の変化や生物多様性が企業の業績にどのような影響を及ぼすのか、つまり「自然資本」に関する情報を企業や金融機関などが情報開示するために、必要となる枠組みの構築をするための組織、またはフレームワークのこと。
【アジェンダ】
<前編>
●キーノート1「ネイチャーポジティブ経済に向けた政府の取組と企業への期待」
環境省 浜島直子氏
●キーノート2「世界の潮流から企業や生活者に期待すること」
一般社団法人コンサベーション・インターナショナル・ジャパン ジュール・アメリア氏
●キーノート3「ネイチャーポジティブとビジネスイノベーション」
PwCコンサルティング合同会社 服部徹氏
<後編はこちら>
●キーノート4「未来生活者発想で発見するネイチャーポジティブの機会」
博報堂 根本かおり
● パネルディスカッション「ネイチャーポジティブをビジネス機会に変える視点」
浜島直子氏、ジュール・アメリア氏、服部徹氏、根本かおり
環境省生物多様性主流化室では、ネイチャーポジティブの普及啓発を行うほか、マルチセクター、自治体やNPOとの協業、TNFDを通じて企業活動の変容を促すなど、生物多様性を配慮し、損なう行動をとらないということを“当たり前化”する取り組みを行っています。またネイチャーポジティブ経済を実現するためにも、企業の声を聞いて政策に反映させています。
2022年12月にカナダのモントリオールで行われたCOP15では、2050年に向けた新世界目標「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が決定されましたが、その中間目標として「生物多様性の損失を止め反転させる」2030年ミッションが定められました。達成に向けて、自然保護だけではなく、ゼロカーボン、サーキュラーエコノミーなども含めて実現しなければなりません。取り組みのきっかけもビジネスチャンスもさまざまなところにあると考え、大規模なビジネスマッチングイベントやフォーラムも開催しています。
※COP15:生物多様性条約(Convention on Biological Diversity:CBD)の締約国による会議のこと。今回は第15回目の締約国会議となり、2020年までの世界目標であった「愛知目標」に代わる「ポスト2020生物多様性枠組」を策定することが最大の議題とされた。
また、COP15で企業の方の関心が最も高かったのは、ビジネスの影響評価や情報開示についてです。企業は自然との接点を見出し、どういう影響を与えているのかを計算し、負の場合は減らし、正の場合は増やしていく必要があるため、我々は多様な計測ツールを紹介するワークショップも実施しています。
COP15では2030年までの国際目標「30by30」も採択されました。陸と海のそれぞれ30%以上を2030年までに保全エリアにしようというもので、日本でもこの目標の達成に向け、有志の企業・自治体・団体による「生物多様性のための30by30アライアンス」を発足しました。2023年12月時点で627団体に登録いただき、環境省も共に取り組みを推進しています。また環境省は、「自然共生サイト」(民間の取り組みなどによって生物多様性の保全が図られている区域)として、2023年前期に122サイトを認定しました。今後はこうした取り組みに参画することの経済的インセンティブとして、この活動で人、モノ、金のいずれかを支援した場合に出す「支援証明書」を、TNFDに活用できるように設計する予定です。
これらの取組みにおける企業・団体のメリットとしては、例えば、自然共生サイトの産物の販売価格にプレミアムを上乗せすることなどが考えられます。内閣府の令和4年度世論調査でも、30by30のような取り組みを通して収穫された農作物などを購入したい方や、取り組みに熱心な企業の製品やサービスを積極的に購入したいという方がいずれも5割近くいることがわかりました。
さらに「支払意思額」という環境経済学の実験を行ったところ、アライアンスのロゴマークと説明文が表示されているだけで、同じ140円の飲料でも150円くらいまでは出すという結果が出ました。こうした実験結果やデータは今後も公開していこうと考えています。
このような機運の醸成や取り組み促進のために、企業に「ネイチャーポジティブ宣言」の発出・登録も呼びかけています。気候変動に対する活動をすでに行っている企業にとっては、いま実施されている取り組みの目的を再確認していただく機会にもなると考えています。
コンサベーション・インターナショナル・ジャパン(CIジャパン)では、私たちが呼吸する空気、食べ物、水、またキャッシュフローやサプライチェーンもすべて地球の生態系の健全性に依存していると捉え、このことを「PEOPLE NEED NATURE」と表現しています。政府や企業と連携しながら、地球規模のチャレンジのために資金を調達し、効果的に現場に活かしていく活動を行っています。
重点テーマは3つ。1つは「自然を活用した気候対策」です。自然の力は、2030年までに地球上の気温上昇を1.5度以下に抑えるために不可欠です。最悪のシナリオを回避するために減らすべき二酸化炭素のうち、30%が自然の力によって削減できると言われています。森林や湿地などの自然の保護、適切な管理、再生によって炭素吸収量を増やすという点で、気候変動に大きく貢献できるのです。2つ目は「かつてないスケールの海洋保全」。多国間で海洋保護区を広めたり、持続可能な水産品の強化やブルーカーボンの研究などを進めています。3つ目は「ネイチャーポジティブな経済の普及」。栽培や畜産が地球上の面積の40%近くを占める中、企業と共に生産と保全のバランスをとる活動に取り組んでいます。
生物多様性とは小さなバクテリアから植物、動物、昆虫、菌類まであらゆる生き物を含む、地球上の生命の多様性を指す言葉です。こうした生態系から我々はさまざまなサービス(恩恵)を受け取っています。1つは光合成や土づくりなど、一次産業には非常に重要なプロセスになる光合成や土壌形成など「基盤サービス」。2つ目は飲み水や木材エネルギー、魚など生活に欠かせない資源を直接的に受けている「供給サービス」。3つ目は水のろ過、空気の浄化、気温調節などの「調節サービス」。4つ目はレジャーや精神的な癒しなどの「文化サービス」です。いずれも値段がつけられていませんが、人の健康やビジネスの安定に欠かせないサービスばかりです。
しかし、生物多様性の宝庫であるアマゾンの熱帯雨林は、過去50年の間に面積の約20%が失われ、全海洋生物の4分の1に生息域を提供しているサンゴ礁も、水温上昇や汚染、海岸開発などにより過去30年で50%が死滅しています。世界規模では100万種が絶滅の危機に瀕しており、20分に1種が絶滅するほどそのスピードは加速傾向にあります。
これまでどおりのビジネスを続ければ生物多様性は損なわれ続けるしかありませんが、保全活動を強化しながら、持続可能な生産と消費をイノベーションしていくことで生物多様性を回復させることができます。特に2030年までに各企業において、自然戦略を立て、ビジネス転換していくかが最も重要です。
海外では多様な取り組みが行われています。例えば、コンサベーション・インターナショナルではスターバックスと共に、1998年から生物多様性を強化するコーヒーの栽培方法を模索するプロジェクトを推進しています。日陰でコーヒーを栽培することで動物に生息域を提供、土壌を健全化させ、肥料や農薬使用を減らすという栽培法を各地に普及させた結果、2000年には生産量が30%上昇、農家の収入も40%上昇しました。この手法を、「C.A.F.E.プラクティス」というサプライチェーンのサステナビリティを測る認証プログラムに昇華させました。農家を含むステークホルダーとの関係を経済・社会・環境の側面から、支払いが正常か、医療や教育へのアクセスがあるか、新しい土地が伐採されていないかなど200項目を第三者機関が評価。2015年にはエシカルコーヒー率99%を達成しました。スターバックスの調達元のうち98%が零細農家であり、彼らの発展と土地の健康に投資することがいかにスターバックスのビジネスと未来に結びつくかがわかる事例だと思います。
ネイチャーポジティブ戦略を考えるうえで最も必要なのは、以下の6つのマインドセットの転換です。
1つ目は、いま儲けが出るかではなく、いま投資しないと遠くない未来に資源が安定的に調達できなくなり、自社の存続リスクになると考えること。
2つ目は、自然は時間を与えれば再生しリターンを得られるので、短期間で金銭的リターンを求めるのではなく、長期的に企業のオペレーションを自然と調和する形に転換していくという思考をもつこと。
3つ目は、企業に求められるのは大胆なコミットメントとアクションであり、グローバルかつ大企業であるほど規模に見合ったアクションが必要だと理解すること。
4つ目は、グローバル企業ほど原材料を国外から調達しているので、他国でのネイチャーポジティブアクションも支援することが企業責任であるということ。
5つ目は、ブランディングやマーケティングの視点から、企業はつい独自の取り組みを行おうとしがちですが、1社だけの活動では小規模に留まってしまうため、スケールとインパクトを狙う意味でも、他社と協業して取り組む必要があるということ。
そして、最後の6つ目は、ネイチャーポジティブに向けたアクションをとるのは、“いつか”ではなく“いま”であるということ。2020年から2030年までが、地球の未来の軌道をポジティブに変えられる最後の10年と言われています。自然戦略をつくり、実証実験を行い、スケールアップするためには、今年からの6年が非常に重要な時間となるはずです。様子見で終わらせず、ぜひ今日から取り組んでいただきたいと思います。
SDGs×ビジネストレンドという視点で今後を日本から俯瞰してみるとき、「調達」という観点においては、生産地の減少や不安定さ、自然資本の劣化などから、調達価格が高くなりビジネスを圧迫する傾向を踏まえる必要があります。「商品」の観点では、グリーンブランディング、グリーンウォッシュ対策、生成AIを活用した価値の創りこみや話題づくりが大事なトレンドになりそうです。「提供」の観点からは、リユース、シェアリング、廃棄物削減のトレンドが強化されていくかもしれません。こうした動向をネイチャーポジティブの動きでカバーし、いよいよ本格化するのが2024年といえるかもしれません。
自然資本は、自ら回復する力を持っているとされています。ネイチャーポジティブとは「自然再興」と訳されますが、「依存し影響を与えている自然を再生しながらビジネスを営む」ことです。すでにさまざまな環境対策、環境管理を実施されている企業も多いと思いますが、ネイチャーポジティブという枠組みの中で新たに考えるべきイノベーションの論点とは、「調達から廃棄までのバリューチェーン全体を見直し、中長期的なビジネスにつなげていく」ことです。
経済全体をネイチャーポジティブに移行させ、2030年にはビジネスが「環境再生型」に対応していることが望まれます。「環境再生型」の経済とは、長期スパンで見ると、自然資本を使いすぎたら戻すので文字通りサステナブルな経済ということです。世界の潮流を見ても、こうした視点で「環境再生型」に長期で取り組んできたケースは成果が出ているものも多く、自然や生物多様性の視点でストーリーを考えていくことが重要です。
今後必要なイノベーションは、「自然の再生力」と未来を一緒に創るパートナーとしての「生活者の力」を借りるという視点から、中長期でビジネスをとらえ、持続的に成長するための市場をつくり、信頼されることです。企画・調達・ブランド設計といった川上領域と、メンテナンス・機能追加・リユースといった川下領域それぞれで付加価値を高く出す余白があり、「調達」「商品」「提供」を革新しバリューチェーンを再構築するアプローチが、ネイチャーポジティブと事業成長・利益を実現させるための論点になります。
まず「調達」のイノベーションにおいては、自然の供給のばらつきと我々の需要を上手にコントロールし、取りすぎない、使いすぎない工夫が必要です。そのためには、地域との関係を強め、自然を豊かにし、ブランディングにつなげることで影響と依存を受ける自然資本を安定的に使えるようにしていく。調達元の地域の自然再生を行い、ダイナミックプライシング(時価)を導入して長期で需給をコントロールし、自然資本の欠損を理由に欠品にさせないこと。そして、自然再生や種の保全などをわかりやすい物差しで生活者に伝えることも重要です。生活者が納得できるコミュニケーションは、そのマーケットを守ることにもなります。
次に、「商品」そのもののイノベーションや再定義も重要です。もしも2030年にネイチャーポジティブが社会の主流になっている、あるいは、未来の生活者の日常と常識になっているとしたらどうでしょうか。今あなたが何らかの取り組みをネイチャーポジティブの分野で始めるとしたら、あなたの挑戦が2030年には「売れ筋」になっており、「トレンドセッター」として成功していることはとても重要です。あなたの未来のヒット商品がトレンドを作り、未来生活を創り、自然を支えているような道筋を商品に織り込んでいく……サプライチェーンの入り口からあなたの商品と自然のストーリーをつくり、伝えるナラティブなマーケティングも仕掛けてゆく必要があります。今の枠を外してゼロから未来の生活者のための商品を考えてみる思考実験は役に立つと思います。
商品を通して生活者がさらに便利になったり、商品そのものを楽しめたりして、ロングセラーを実現するためには、「提供」のイノベーションについても考える必要があります。切り売りではなく、より長いスパンで商品やサービスを設計し、リユース・保守・サブスク・中古市場など全体を含めて市場を考えなければなりません。商品が長く愛されるために、未来の生活者を思い描き、未来のヒット商品を実現する投資の仕組みも重要です。ネイチャーポジティブな未来の視点から生活者へ問いかけ、対話し、商品へのフィードバックを受け、商品をバージョンアップさせていく。さらにユーザーが参加するオープンコミュニティを利用して、商品を共同開発したり、周辺のエコシステムやファンをつくっていくことも有効でしょう。リセールバリューを高める工夫など、長く愛されるための仕組みづくりも提供のイノベーションのひとつです。
▼後編では、博報堂の根本かおりによるキーノート、そして、環境省の浜島直子氏、コンサベーション・インターナショナル・ジャパンのジュール・アメリア氏、PwCコンサルティングの服部徹氏と共に行ったパネルディスカッションの内容をレポートします。
(後編はこちら)
2003年環境省入省。炭素税(現:地球温暖化対策税)の制度設計、自治体の温暖化対策のご支援(環境モデル都市など)、公害健康被害者の補償、東京電力福島第一原発の除染等に携わる。2012年にコーネル大学公共政策大学院にて修士号取得。2020年4月から千葉商科大学准教授(出向)。2022年8月より現職となり、生物多様性の「当たり前化」に取り組む。2022年12月の生物多様性条約締約国会議(COP15)や、2023年4月のG7気候・エネルギー・環境大臣会合にも交渉官として参加。
マーケティングのワンダーマン、イノベーション・コンサルティング の IDEO Tokyo を経て、2023年 国際NGOコンサベーション・インターナショナル・ジャパンのカントリー・ディレクターに就任。日本人の母とアメリカ人の父のもと、東京の多文化コミュニティで様々な価値観に触れながら育つ。20年以上にわたり、あらゆる規模のクリエイティブプロジェクトをリードし、IDEO Tokyoでは、高齢者向けの医療機器や農業システムのデザイン、循環型デザインなど多岐にわたるプロジェクトに携わる。サステナビリティこそが世界でもっとも大事なイノベーション・チャレンジだと強く感じ、キャリアを転換。現職までの経験を活かし、自然と調和したビジネスや経済をデザインすることを志している。
大手電機企業・外資系SIerのAIコンサルタント等を経て、PwCにて入社。PwCコンサルティングでは、生物多様性・ネイチャーポジティブをリーダーとして担当し、生物多様性・ネイチャーポジティブ分野のビジネスコンサルティングを実施。2023年~2024年で日本経済社会を「ネイチャーポジティブ」に移行することに、全力を注いでいる。東北大学 環境科学研究科 高度環境政策・技術マネジメント 人材養成ユニット修了(修士)、生物多様性・環境ビジネス分野での20年のNGO活動歴がある。
●博報堂SDGsプロジェクト
SDGsの視点からクライアント企業のビジネスイノベーションを支援する全社的プロジェクト。マーケティング・ブランディング、PR、ビジネス開発、ナレッジ開発、クリエイティブ、メディア企画など、SDGsに関する経験と専門性を持つ社員で編成。次世代の経営のテーマとなる、企業の経済インパクトと社会的インパクトの統合に資するソリューション開発や経営支援、事業開発支援、マーケティング支援などを行います。
https://www.hakuhodo.co.jp/news/info/82711/