生成AIの社会実装が加速度的に進んでいるが、博報堂が開発している「バーチャル生活者」とは、一体どのようなものなのだろうか。
「Chat GPTに何かを聞くことが一般化しつつありますが、私たちの取り組みを簡単に言うと、Chat GPTに属性や価値観などの人格を与え、返答してもらうということです。例えば『秋田県在住のおじいちゃんになって答えてください』とか『コンビニでアルバイトをしている名古屋の女子大生の気持ちで』などと、人格を定義して生成AIと対話すると、違う答えが返ってきます。
我々は“人格の与え方”を研究し、バーチャル生活者を生成する技術のβ版を開発しました。博報堂オリジナルの大規模生活者データベース『HABIT』と生成AI技術を掛け合わせて、7000人のバーチャル生活者を生成しました。バーチャル生活者だからこそ、価値観やバイアスにとらわれず“あらゆる人の本音”を引き出すことができ、『生活者の声を聴くツール』としてヒアリングやインタビューに活用できると考えています」
そもそも、博報堂グループが「バーチャル生活者」の生成を着想したのは、AIを単なる効率化のツールとしてではなく、人の創造性を高めるための手段としての活用を目指していたからだという。
「AIによる業務効率化も必要不可欠です。ただ、博報堂はクリエイティビティを大切にする会社で、新たな価値創造を目指すDNAがある。人のクリエイティビティを拡張するために生成AIをどう活用していくのかという視点で様々な検討を重ねました。 例えば、生成AIは広告コピーも書けるし、CMのコンテもつくれる。『新商品のコンセプトアイデアを考えて』とリクエストすれば考えてくれます。でも、僕らの感覚からいうとちょっと物足りない。超短時間で100個のコピーをつくるなど人間を超える部分は確かにあるけれど、60点のものが100個できてくるという感覚があります。でも、その100個のコピーを眺めているとこちらが気づかなかった新しい視点に気づき、ヒントになる。つまり、『生成してもらう』ものではなく、インスピレーションやイマジネーションを刺激してくれるモノだと考えると、非常に有効なのです。だから、『バーチャル生活者はイマジネーションのために活用する』ものと認識することが僕らなりの1つの切り口だと思っています」
では、バーチャル生活者を生成し、プランニングに活用していく上での博報堂ならではの強みとは何なのか。
「まずは前述の『HABIT』という博報堂オリジナルの大規模生活者調査データベースです。生活者の基本プロフィール、価値観、意識、生活行動、消費行動、メディア消費、ブランド評価などに関する数百の設問に回答した7000人分のデータが、20数年分も蓄積されています。膨大なシングルソースデータは同一の生活者から行動や意識などの多面的な情報を得る上で貴重です。
生成AIが出してくれる回答は、根拠がよくわからず間違えていることもあるので、正解データとして扱うのは憚られます。定量調査であるHABITのデータは、ある種の正解データだと思っていて、例えば『大阪在住の21歳女性で、コンビニでバイトしている大学生』が、どういう意識で消費行動をしているかというデータをある程度は把握できるのです。バーチャル生活者の回答とHABITデータの差分はありますが、バーチャル生活者をHABITが補強してくれるので、定性的な回答と定量データの双方を見ながらイマジネーションを膨らませられることは、大きな強みだと思います。
また、一般的にChatGPTが返してくる答えは機械的で口調がかたいのでイマジネーションにつながりにくい面があるんです。そのため回答の確からしさに応じて、自信のないところは自信なく、自信のあるところは自信があるようにインターフェースをつくることによって、イマジネーションパートナーとしての役割が高まります。まだ実験段階ではありますが、データサイエンスに加えUI/UXデザインの観点でもバーチャル生活者を強化していくことに、我々の独自性が発揮されていると思います」
「バーチャル生活者」の開発にあたっては、2023年に神戸に誕生した、AI/IoTを活用したサービス開発の支援拠点 「Microsoft AI Co-Innovation Lab」を利用しているという。
「この博報堂のバーチャル生活者は、神戸のMicrosoft AI Co-Innovation Labで実証実験をしながら開発しています。マイクロソフトには技術的な知見はもとより、AIを倫理的に正しく使おうというポリシーがあるので安心感と信頼感があります。最初は、これを博報堂社内でプロトタイプ的に活用するところからスタートしますが、いずれ幅広いお客様に提供したいと考えており、信頼性を担保するためにマイクロソフトとの共創は非常に有効だと感じています」
生成AIでの人格再現の精度を高めるために、技術的にどのような工夫をしているのか。
「初めに人格をつくる際に、まず実在の生活者データであるHABITの項目をそのまま聞いてみるんです。HABITのデータとしての答えと、バーチャル生活者が導いた答えには、当初は結構ズレがありました。初回のPoC(概念実証)での正答率は50%程度だった。それが現在では83%まで上がっています。データサイエンティストとともに、『この項目をこう聞けばいいのでは』という試行錯誤をずっと重ねてきています。まったく同じ質問を投げかけても毎回答えは変わってきますから。人間だって環境とか気分に応じて感情が揺れるので、回答が変わることはよくある。そういう意味でChatGPTは非常に人間的だといえますよね。現在、83%まで精度を上げられたので、ある程度は信頼できるレベルになっているという認識です。
なお、我々は現時点の生成AIで正解が出せるとは思っていません。『購入意向は30%でした』という調査結果はある種の正解ですが、『バーチャル生活者』のある女性がとある化粧品ブランドについて語ることは、正解とは限らない。現時点ではあくまでイマジネーションパートナーとして、着想のヒントとして使うべきなので、そこは特に留意して取り組んでいかなくてはいけないと思います」
具体的にはどのようなユースケースが考えられるか。
「まずはマーケティング領域での活用。例えば商品開発だと、コスメが大好きでプチプラを使っている25歳の女性を仮にバーチャル生活者でつくる。そこに複数の商品コンセプトを与えて、それぞれどう感じるかを回答させる。また、最初の商品コンセプトから考えさせることもできるし、こちらが考えたコンセプトに対する反応を聞いてもいい。各段階でのイマジネーションのヒントになるはずです。
『それだとリサーチの代替に過ぎない』という意見もあると思いますが、対象者が本音を語ることが難しい状況も多く、リサーチには限界があることも事実です。例えば育休明けの女性社員が目の前の上司に対して、本当は育児との兼ね合いで仕事に悩みがあったとしても、面と向かっては言いにくいこともあるでしょう。事実、Web上には育休明け女性の心の叫びが溢れている。そんな本音をAIで拾い出して、悩みを抱える人たちに向き合うことができるかもしれない。バーチャル生活者にしても完全とはいえないですが、悩める人たちの本音により迫った回答が引き出せる可能性があります。そんな声を聞いて人事制度に生かすことや、組織改革につなげることもできるのではないか。我々が担う領域はマーケティングコミュニケーションがメインですが、決して広告だけに閉じないで、人材育成や組織改革など、もっと幅広い活用の可能性を検討したいと思っています。博報堂のフィロソフィーである『生活者発想』を核として、これまでユーザーに聞いても出てこなかった本音をより引き出せる。それがバーチャル生活者であり、大いに可能性があると思っていますね」
最後に、今後の技術開発の展望について、入江に聞いた。
「これまでの話は、あるバーチャル生活者1名との対話を前提とするものでした。これが2名だとしたらどうなるのか。例えば、中学受験に肯定的な親と否定的な親という2人のバーチャル生活者同士を討論させたら面白いでしょう。人間同士だとヒートアップしてしまいがちなテーマでも、バーチャル生活者同士なら大丈夫ですしね。いずれは、そんなふうに複数のバーチャル生活者に意見を聞いたり、議論させたりすることができたらいいなと思っています。これがさらに大きく発展していくと、“バーチャルな社会”をつくることもできるかもしれません。数万人規模のバーチャル生活者の社会に、ある新商品を発売して、果たして売れるのか…というAI社会実験ができるかもしれない、という構想を膨らませています。多様性の時代といわれますが、100%の多様性が担保されている組織は多分ないでしょう。多様性を受け入れているつもりでも絶対に盲点があるのです。盲点を完全につぶすことは難しいけど、可能な限りは埋めていきたい。だから補助ツールとして、より多様な視点を取り込んだソリューションをつくることをこれからも目指していこうと思っています」
※「日経クロストレンド」2024年3月22日に公開
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複数年にわたって機能するUXやサービスの開発を中心に行う専門チーム、hakuhodo DXDをリード。アートディレクション、テクニカルディレクション、サービスデザインの3つから成る職種混合型チームで、構想~開発~グロースを一気通貫で担う。