近山 知史
博報堂 PROJECT_Vega エグゼクティブクリエイティブディレクター
横田 恭祐
博報堂 PROJECT_Vega チーフビジネスプロデューサー
-はじめに、Vegaがどういった組織なのか教えてください。
近山:ビジネスドメインとして掲げているのは「官民共創クリエイティブスタジオ」。いまSDGsは小学生が学校で習うくらい一般的なワードになっていますよね。同じように、広告業界でも社会課題解決は無視できない、当たり前に取り組むべきこと。一企業だけでなく、国や行政、民間企業の区別なく手を取り合って、より大きい課題に取り組んだり、みんなで成長するための支援やリードをするというのがVegaの事業になります。
-この事業が必要だと思った理由を、お二人それぞれの視点で教えてください。
近山:強く意識したのは2019年、厚生労働省の職員食堂で「注文をまちがえる料理店*」のコラボイベントを開催したときです。イベント自体もすごく盛りあがったのですが、それが日本ではじめて、認知症の方がお給料をもらって働くイベントになったんです。行政と手を組むことで、こんなにも意義のある成果を出せるんだという、すごく新鮮な発見がありました。
*注文をまちがえる料理店・・・認知症の方がホールスタッフとして働けるレストラン型イベント。2017年にスタートし今も世界中に広がっている。
僕たちの仕事は、クライアントの課題やオリエンをもらってから動きはじめるのが基本。でも、もう待っているだけじゃダメだなって。スケールの大きいテーマを自分たちでつくって、自分たちで解決していくことができないかと考えたのがきっかけです。
僕がやりたいことはただ社会課題に立ち向かうだけではなくて、日本全体を巻き込んでスケールの大きな課題に取り組んでいくこと。このときすでにPROJECT_Vegaという名前も心に決めていたし、やりたいことも決まっていたんですが、「官民共創」という明快な手法に辿りついたのは横田さんと出会ってからですね。
横田:僕は近山が目指しているのと同じ「山」を、ビジネスプロデューサーという違う道から登ろうとしていたんですよね。僕は20年近く官公庁の業務を担当してきました。民間企業がクライアントであれば、商品やサービスのマーケティング課題を見つけてコミュニケーションで解決するのが仕事。政府における商品は政策だとすると、それをつくっている官僚の方に話を聞いて、課題を解決するのが僕の仕事です。いざ官僚の方に話を聞いてみると、悩んでいる方も多くいらっしゃいます。民間企業のマーケティング課題の話を聞く機会も少ないし、自分たちの政策に企業を巻き込む方法が難しい、と。それなら、もっと政府と企業の接点をつくる仕事ができないかと考えました。
政府と民間企業がうまくタッグを組めれば、国益を上げたい政府と、自社の利益を上げたい企業が交わる「パブリックセクターとプライベートカンパニーの交差点」がつくれるんじゃないか。博報堂はたくさんの民間企業とお取引がありますし、クリエイターやマーケターというアセットがあります。このふたつをうまく活用して官民共創を実現すれば、生活者発想の国づくりができるのではないかと考えて、一緒に取り組めるパートナーを探していたんです。そんなとき近山から相談を受けて、感覚がバチッと合うなって。ほしかった相方が見つかった確信と喜びがあって、「一緒にやろう!」と意気投合しました。
-お互いの思いをすり合わせてVegaを構想するなかで、大切にしたことを教えてください。
近山:大切にしているのは「共創機会」というキーワードです。当たり前ですが、どんな課題でもいきなり「一緒にやりましょう」と言って簡単に接合するわけではありません。でも、それぞれの課題意識と思いを聞き出して、徹底的にすり合わせれば、かならず「一緒にやったほうがおもしろい」と思えるポイントが見出せる。そのポイントに「共創機会」という名前を付けました。名前が付いていると、必ずあるはずだと信じて見つけられるから。「こんな相手と一緒にやるなんて思ってもみなかった」というマッチングを、クリエイティブとビジネスデザインの視点で見つけていくのが、僕たちが大事にしているポイントです。
-実際にはどんなプロセスで進められるのでしょうか?
近山:あくまでひとつの例として、「官」がスタートだとすると、まずは行政のヒアリングで課題のテーマを設定し、それに対して民間企業と一緒に意見交換を行う。そこから行政と一緒に新しい政策やスキームを生み出すというケースがあります。また「民」スタートの場合、僕たちが経営の課題をうかがいながら、その課題に対して実は行政もこんな思いをもっているという接点を提案するケースもあります。
結局僕たちの仕事は「交点を探すこと」に尽きるんです。民間企業の思いから探すのか、国/行政から探すのか、入り口が違うだけ。僕はずっと民間企業の業務を担当していましたし、横田さんは公共領域のプロ。それぞれ得意分野を活かしながら依頼を受けています。
-Vega本格始動の第1弾プロジェクトとして、「文化財サポーターズ」がローンチされましたね。
横田:はい。これは、「日本と海外では、文化財への姿勢が異なる」という話を、ある方から聞いたのが、すごく印象的だったんです。海外では、文化財は経済価値をもたらすもの。文化財を活用したサービスを提供している。一方、日本では、文化財は保護対象。静かに鑑賞する対象。日本の文化政策も、海外を参考にしたコンセプトチェンジが必要だという話をきいて、僕らからなにか提案できないかと考えました。それで文化庁の官僚の方に話を聞いてみると、現場の官僚はまた違った課題感を持っていることに気付いたんです。
それは、文化財の補修に充てる資金が足りずに、経年劣化で壊れかけている文化財がたくさんあるということ。個人からの寄付だけだと補修して終わりになってしまって、それだと文化財の所有者だけが満足ということになりますよね。本来文化って公開されるべきで、文化と生活者がつながるべき。補修するなら生活者とのつながりも生みたいというのが従来型の「保護・保全」からの政策転換です。補修した文化財を使ってどんな文化体験を生み出すことができるかまでを考え、それに賛同した企業や個人が寄付を行うというスキームが文化財サポーターズ。民間企業の寄付が大きな鍵になるので、僕らは企業の方々にこの活動の価値を感じていただくためのお手伝いをしています。
-Vegaの活動を通してどんな未来を描いていますか?
近山:官民共創と言っても、ただ行政と民間企業が組めばいいと思っているわけではまったくありません。僕はとにかくみんなが熱くなるような共創をつくりたいんです。「まさか、こことここが組むんだ!」みたいな驚きとか、熱い展開があるのがいい。僕は広告業界で育ったので、どうすればシェア1位の会社に勝つことができるか、という視点ももちろんあります。でも、日本という島国で勝ち負けだけで競い合っていても本当に大きい成長にはつながらないんじゃないかという気持ちもあって。だったら敵味方関係なく、意外とやってみたら熱いぞっていう共創をつくりたい。
パブリックセクターで働く皆さんも、プライベートセクターで働く皆さんも、実際に会って話をしてみると、当たり前だけどみんなすごく熱い思いを持っているんですよね。Vegaでは、理屈だけじゃなく、こことここが組んだらワクワクしますよ!という人間味のある取り組みがしたいんです。
-人間味のある活動にするために意識していることは?
近山:横田さんとずっと大事にしていることがあって、それは「スモールボイス」。文字通り「小さい声」ということです。ネットで検索して一番最初に出てくるものや、いいねがいっぱいついていることではなくて、「本当にそうだよね」と思える一人の声をすごく大事にしています。生活者、企業、国/行政、それぞれから聞いた小さな声を大事にしながら、誰と誰をつなげるか考え、すごく大きいことをやる。頭でっかちになるのはやめて、信じられる一言からスタートしようというのを、とても大切にしています。
これからは共創をカルチャーにしたい。思いが同じだったら会社とか業界なんて関係ないし、壁を壊して夢を追うのがかっこいい時代だと思うんです。
-行政に向き合う横田さんから思うことは?
横田:高度経済成長期には、多くの税収があったから、政府はいろいろな政策にチャレンジできたと思うんです。いまはやりたいことがあっても限られた原資のなかでは難しい。企画したいのにできないというフラストレーションを抱えている霞ヶ関の人たちに、もっとやりがいを感じてもらえるアイデアを僕らからパスしていきたいと思っています。
文化財サポーターズもそうですが、公共側は資金面でもアイデア面でも、政策を推進するためのパートナーがほしい。でも、企業側にもメリットがないと成立しませんよね。企業側の利益のつくり方を知っているのは、様々なマーケティング課題に日々触れている我々の強み。僕らが考える究極のクリエイティブは、経済をつくることなんです。博報堂のたくさんのクライアントをパブリックと結びつけられたら、経済活動全体をつくることができるかもしれません。
すごく大きな話ですが、博報堂の生活者発想を取り入れれば、一生活者のスモールボイスから取り組むべき社会課題を拾いあげることができる。企業からでも、官庁からでもない、生活者発想の国づくりで経済を上向きにすることができるんじゃないかというのが僕たちの思いです。僕たち二人ではじめたことですが、ゆくゆくは広告業界として官民共創という取り組みが当たり前になってほしい。その先駆けになれたらいいと思います。
-最後に、どのような課題を持っている方にお声がけいただきたいか、メッセージをお願いします。
横田:公共側の皆さんには、自分たちの政策課題に対して民間企業の利益も確保しながらどんな取り組みができるか、そのアイデアをご提供できると思います。民間企業であれば、自分たちが取り組むべき社会課題は何かという設定からご一緒したい。一般的には、自社の事業に近しい課題に取り組もうとされますが、見方を変えたら違う社会課題と接点があるかもしれません。国のアセットと企業のアセットをどう見立て、どう交差させるかが僕たちの仕事。単なる社会課題解決事業ではなく、大きい経済をつくるためのチャレンジをご一緒できればうれしいです。
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2003年博報堂入社。2007年よりTBWA\HAKUHODOへ出向。2010年TBWA\CHIAT\DAYで海外勤務を経て2022年より博報堂へ帰任し「官民共創クリエイティブスタジオPROJECT_Vega」を立ち上げ。CMプラナー出身で映像コンテンツを得意としているがマーケットデザインからエンターテインメントまで活躍領域は多岐に渡る。カンヌライオンズゴールド、アドフェストグランプリ、「注文をまちがえる料理店」「あきらめない人の車いすCOGY」でACCグランプリなど国内外で受賞多数。明治大学、一橋大学などで講師を務めるなど後進の育成にも情熱を注いでいる。
1999年、博報堂入社。Public Relationsの専門部門に配属後、民間企業を得意先として、企業広報、商品広報、企業合併広報等を経験。企業不祥事対応を契機に、クライシスコミュニケーション及びリスクマネジメントの知見も培う。その後、官公庁、独立行政法人等を得意先とする営業部門にて、民営化事業、国民運動事業をはじめ、数多くの政策領域でパブリック事業に従事している。民間企業とパブリックセクターの共創を創出するため、近山エグゼクティブクリエイティブディレクターとともに専門組織「官民共創クリエイティブスタジオPROJECT_Vega」を設立。