HAKUHODO HUMANOMICS STUDIO「オクリレーション レポート」はこちらから
博報堂 ストラテジックプラニング局 ストラテジックプラニングディレクター 伊藤 幹
博報堂 ストラテジックプラニング局 ストラテジックプラナー 宮久 流維
博報堂 研究デザインセンター付 ストラテジックプラナー 佐藤 稜子
-はじめに、今回「贈与」をテーマにした理由を教えてください。
伊藤:「贈与」という言葉を聞くと、「贈与税」や「生前贈与」といったお金や法律系の用語をイメージしますが、実はもっと広い概念で、学問では特に文化人類学領域の研究テーマになっています。社会学者のマルセル・モースは『贈与論』という本のなかで「贈与は単なるもののやり取りではなく、社会を繋いで、関係性を築くための重要な仕組みだ」と言っています。また、贈与を成立させるためには、与える義務・受け取る義務・返す義務の3つの義務が必要だとしています。この3つの義務、特に返す義務があることで贈り物が循環し、循環することで社会全体の繁栄につながっていく。贈与は単なる経済活動ではなく、宗教、政治、文化など、社会のあらゆる面に存在する人類社会の基盤であるという主張です。
ポスト資本主義や脱成長というテーマに社会の関心が集まっているいま、経済的な利益より精神的交流に重きを置く「贈与」に、これからのビジネスを変えていくヒントがあるのではないかと考え、贈与がつくる贈り手と受け手の関係性におけるポジティブな変化を「オクリレーション」と名付け、着目しました。
-伊藤さん(編集長)に「贈与」がテーマだと聞いてどう感じましたか?
宮久:はじめに聞いたとき「ゾーヨ???」って横文字だと思ったくらいなんですが(笑)、近年資本主義に傾いた経済活動に疑念が生まれていたり、身近でもコロナを経て人間関係の希薄さが加速しているのを感じていたので、ぜひ取り組んでみたいテーマだと思いました。
佐藤:わたしは大学生のときに『贈与論』を読んだことがあって、かなり学術的な堅い内容だと感じていたのでちょっと驚きました。でもよくよく考えてみると日常生活にも溶け込んでいるし、現代に生かしたらこんなよさがあるかもしれない、といろいろな可能性が見えてきましたね。
-日常生活に溶け込んでいる「贈与」というのは、具体的には?
佐藤:日本の昔からの風習に贈与的なものってたくさんあるんですよね。お中元やお歳暮、年賀状も年に一度つながりのある人に近況を贈り合うという意味で「贈与」にあたると思います。そのほか、バレンタインや母の日、父の日、お盆や正月など、リストアップしてみると一年を通してほとんどの月に何かを贈るイベントがある。日常的に、こんなにもものを贈り合う習慣があるんだと改めて気付かされました。
-母の日や父の日は、先ほどの3つの義務のうち「返す義務」がないもののように思えます。それも贈与に当てはまりますか?
伊藤:母の日や父の日については、子どもの「返す義務」由来の文化とも考えられます。子どもは、お母さん、お父さんからは常に「受け取る」ばかりですよね。子どもはそのお礼・返礼としてプレゼントや手紙を通して感謝を伝える。両親は子どもにもらった手紙や似顔絵をまた”贈り物”として受け取り、さらに子供に愛情・子育てという形で”贈り物”を続ける。そういう循環が生まれるという意味で贈与が成立していると思います。
-なるほど。循環が生まれるということが重要なんですね。
佐藤:そうですね。たとえば、「会社の先輩にランチをおごってもらった」というのもひとつの贈与だと考えられます。実態として手元に残るものはなくても、一緒に食事をしてもらった時間や体験が精神的なつながりになったり、関係性を深めたりしてくれる。自分が先輩におごることはなくても、同じように後輩におごってあげることで循環が生まれます。
宮久:今回のレポートでは、いま世の中でどういう贈与が行われているかを「生活者と生活者の間」「生活者と企業の間」「企業と従業員の間」という3つの観点で調査しました。さらに、それぞれの贈与が人間関係にどのように影響しているかを深掘りすることで、どういう贈与をすれば人間関係につながる“オクリレーション”になるのか、逆にどういう贈与だとただの“市場交換”になってしまうかを分析しています。
たとえば、この分析でわかったのは、“義務感”のある贈与は人間関係にはつながらず、思いがこもった贈与が人間関係を強めてくれるということです。結婚式のご祝儀で儀礼的に包んだ3万円より、日頃の感謝の気持ちで贈った1,000円分のコーヒーギフトカードの方が関係性を深めてくれた、というように、“システム的”になっていないことが大事なのかもしれません。
-関係性が深まるものをオクリレーションと定義づけているわけですね。そのほか調査で印象的だったことは?
佐藤:フリーアンサーで答えていただいたエピソードがどれもすごくあたたかいものばかりでしたよね。
宮久:普段のアンケートではなかなかここまでリアルな回答は出てこない。やはり贈り物のエピソードはしっかり記憶に残るものだし、誰かに伝えたくなるものなんだということがよくわかりました。
伊藤:それくらい「贈与」というのは関係性にポジティブな変化を与えてくれるものなんですよね。それを生活者同士だけでなく、ブランドと生活者、あるいは企業と従業員の関係性にも応用する考え方が「オクリレーション」なんです。
-「オクリレーション」を定義するうえで重視したポイントは?
伊藤:贈与という大きなテーマに向き合う中で、特に「つながり」の形成を重視した、ということでしょうか。近年、テクノロジーの発展や感染症の拡大などで、人間関係の希薄化が課題視される一方、ハーバード大学の研究では「人間の幸福を司るのは人とのつながり」であると発表されています。これからのビジネスにおいても「つながり」の重要性が高まっていくと考えられるときに、本プロジェクトでは贈与がつくるポジティブなつながりに着目し「オクリレーション」と定義しました。
-ブランドと生活者の関係において、つながりが生まれる贈与というのは?
佐藤:生活者には「消費者」的な人格と「受贈者」的な人格があると考えられています。安いから、お得だから買うというのが経済合理性を求める消費者的人格。受け取ったものに喜びを感じて、何かお返しをしたいという気持ちを持つのが受贈者的人格です。たとえばキャンペーン期間に一斉配信される500円クーポンといったものは、消費者的人格にヒットするかもしれませんが、お返しをしたいという気持ちは生まれにくいですよね。
一方、なじみのケーキ屋さんがケーキを購入した際に「今日お孫さんの誕生日ですね、おめでとうございます」と声をかけてくれるなど、自分のための声がけやサービスだと思えるとうれしいし、つながりを感じる。消費者としてではなく、個人に向けて贈られたものであることが重要だと考えられます。
-行きつけのお店など、顔が見えるコミュニケーションでない場合は、どういった工夫で「オクリレーション」を実現できるのでしょうか?
伊藤:たしかに実店舗があって交流が生まれる業態のほうがイメージしやすいですが、一般的な商品・サービスの中にも贈与的視点を取り入れることは可能です。様々な産業でコモディティ化が進む現代、そのもの自体の機能的価値で差別化することに限界が訪れつつあります。これからは物の価値を訴求する「物がたり」よりも、開発者の情熱やブランドとして込めている想い・大事にしている文化などを届ける「者がたり」が必要だと考えます。開発者の熱量や愛情を伝えることで、消費者的人格ではなく受贈者的人格を刺激してブランドとのつながりを生む。それもひとつのオクリレーション・デザインです。
僕たちが伝えたいのは、単に予算と時間をかけていい贈り物を作って贈りましょうということではなく、ビジネスのなかにいかにオクリレーションのエッセンスを取り入れるかということです。先日、SIGNINGが運営するソーシャルイシューギャラリーSIGNALで「おくりあいコーヒー」という企画を実施しました。店内に置いてある「おくるチケット」を提示すると、通常500円のコーヒーが無料で飲めるのですが、その「おくるチケット」は、以前にお店を訪れた誰かが、次の誰かのために100円で買ったもの。チケットを使用して無料でコーヒーを飲んで帰ることもできますし、自分も次の誰かにコーヒーを贈りたいと思ったら、同じように100円で「おくるチケット」を買って残していくこともできます。
差額の400円分はお店で負担しているのですが、販売収支的には「いまだけコーヒー100円セール中!」と変わりません。しかし、このメッセージに書かれている通り、「とってもしみる美味しさでした」「あたたかな気持ちになりました」と、非常に豊かな顧客体験につなげることができました。単なる割引・クーポン配布ではなく「おくりあいコーヒー」という企画にすることで、より豊かで精神的なつながりが生まれるサービスにできたと思います。
実際、この「おくりあいコーヒー」では、未使用のチケットがたくさん生まれる形となりました。無料でコーヒーを飲む人より、誰かのためにチケットを贈りたいと思った人のほうが多かった証拠です。
-「オクリレーション」のエッセンスを取り入れるために、企業が意識すべきことは?
伊藤:これまで、ブランドの熱狂的な受け手である「ファンづくり」の重要性は多く語られてきましたが、これからは「サポーターづくり」と捉えることが大切だと思います。生活者は商品を受け取る「受容者」ではなく、共創する「仲間」になっていく。ブランドを企業と生活者の共有財産にすることで、コミュニティ全体の成長ストーリーが描けるのではないでしょうか。
「贈与」とは何なのか、またブランドと生活者の間のオクリレーションについてきいた#1につづき、オクリレーションレポート リリース記念#2では、企業と従業員との間のオクリレーションについて語ります。
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博報堂入社後、プラニングブティックSIGNINGへの出向を経て現職。戦略プラナーとして、企業/ブランドの成長と社会課題解決の両立に従事。人と社会の幸福に向き合うプラニングスタイルで、2022年朝日新聞社とともに「ウェルビーイング・アワード」を企画・立ち上げ。
博報堂入社後、TV×デジタルの統合メディアプラン業務に従事。その後、データサイエンティストとして、MMMなどの統計解析を利用したデータ戦略業務を担当。
現在はマーケティングプランナーとして、主に生活者起点×データ起点の戦略立案業務に従事。
博報堂入社後、ストラテジックプランナーとして医薬品、自家用車、食品など多くの企業のマーケティング戦略を企画・立案。
現在は研究デザインセンターに所属し、上記に加えて東京大学教養額学部全学共通ゼミ「ブランドデザインスタジオ」の講師を務めるなど、幅広い分野で「生活者」に関する研究・実践を行っている。