HAKUHODO HUMANOMICS STUDIO「オクリレーション レポート」はこちらから
博報堂 ストラテジックプラニング局 ストラテジックプラニングディレクター 伊藤 幹
博報堂 ストラテジックプラニング局 ストラテジックプラナー 松谷 拓哉
博報堂 ストラテジックプラニング局 ストラテジックプラナー 山下 梓
-#1では企業と生活者の関係性におけるオクリレーションについて聞いてきましたが、レポートでは企業と従業員の間にもオクリレーションが成立すると提言していますね。
伊藤:はい。企業から提供される給料や有給休暇、オフィス環境は、労働への対価ではありますが、「会社のために働く」「それに対するお礼・感謝として給与を支払う」という意味合いである種の贈与と返礼であるとも捉えられるのではないか。そこにオクリレーションの視点を取り入れることで、企業と従業員の新しいつながりを見出せないかと考えました。
山下:もちろん、給料は与えられてしかるべきもの。でももう少し視野を広げるため、今回の調査では企業が従業員に与えるものを、一般従業員と経営者への調査をもとにそれぞれの視点でマッピングしてみました。
従業員としても求めているし、企業としても注力しているというのが「適切な給与」「有給休暇」といった右上のエリア。ここは納得度の高い結果でしたが、個人的に意外だったのが従業員は求めているのに実情が足りていない左上のエリアです。ここには「相談を持ち掛けやすい人間関係」「ストレスやメンタルヘルスへのケア」など、精神面で支えてほしいという要望があらわれていました。生活者はもっと労働に対してドライだと考えていたので、意外な発見でしたね。
伊藤:右上のエリアにあるのは正当な対価や基本的な福利厚生など、従業員が安心して働けるために必要な環境要因。一方左上にあるのは、「よりよく働ける環境」「個人としての尊重」など、働きがいにつながる意欲的な要因が多く集まっていました。今回の調査でも、よい労働環境と個人の尊重が両立されている人ほど、いまの勤務先への満足度も勤続意向も高いという結果が得られました。
-実は精神面での支えを求めているという一方、踏み込んだ人間関係に躊躇する社会背景もあり、バランスがむずかしいように感じます。
松谷:これは自分自身の体験で、こうするのが正解というわけではないんですが、僕が新人の頃、配属初日に上司が「個人的な悩みでもいいから、何かあったらここに電話してほしい」と言って個人携帯の番号を教えてくれたんです。いま考えるとそれが僕にとってすごく大きな意欲要因になっていたんだなって。実際に電話するかは別にして、すごく安心感を得られましたし、いまでもその人に恩返ししたいというモチベーションがあります。
山下:私は月に1回以上部長と1on1をやってもらっていて、プライベートな話も込みで状況を共有しながら業務を進めています。気にかけてもらっている安心感があるので、チャレンジする余白も生まれますし、自分の後輩にも同じように1on1をやってみようって。贈与の連鎖が生まれている実感がありますね。
-そういったつながりを生むという意味で個人として尊重されることも贈与のひとつの形なのかもしれませんね。
伊藤:相談しやすい環境をつくるというのは、上司と部下の個人的な関係だけでなく、組織として「個人がなにをやりたいか」を拾いあげるチャンスにもつながっています。たとえば僕は、この「HAKUHODO HUMANOMICS STUDIO」の活動も、会社から与えられている贈与だと思っているんです。僕たちが贈与を起点にした研究・発信活動をしたいという意思を、会社のコストと時間を使って叶えてもらっている。与えられた仕事だけでなく、自発的な活動に挑戦できる場を与えられていることで、これを次の仕事につなげたいと思うし、与えられた分ちゃんと会社に貢献したいと思うわけです。
-社員が「やりがいのある環境を贈与してもらっている」という視点を持つにはどうすればいいのでしょう?
松谷:贈り物をもらったらうれしいし、お返しをしたいと思うのが本来人間に備わっている良い部分。ビジネスシーンでは、そう思えるような自然な循環が阻害されているだけなのかなって。いま持っている仕事で手一杯だと判断されて、新しい領域にチャレンジさせてもらえなかったり。
伊藤:レポートのなかでも書いているのが、「挑戦を許可するだけでなく、評価する環境づくりを」というキーワード。イノベーションを期待する経営層と、なかなか挑戦の機会がないと悩む現場のギャップは取組先にもよく聞かれる課題です。トップダウンで降りてきた仕事よりも、自発的に取り組みたい仕事のほうが、社員は必ず結果を出そうとするし、その機会を与えてくれた会社に貢献しようと結果への責任感も高まるはずです。もちろん、失敗してもなんでもいいからどんどん挑戦させろ、ということではありませんが、社員の能動性を引き出すことで社員が成長し、ひいては会社が成長していく。その循環を信じて、すべてを成果主義的に評価するのではなく、挑戦そのものを評価する姿勢も大切だと考えています。
-はじめに企業と従業員の間のオクリレーションと聞いたときは正直ピンときませんでしたが、挑戦する機会や時間を贈与されることで会社に貢献したいと考える循環はよくわかりました。
伊藤:適切な給与や有給休暇を与えて、制度で管理しながら社員を守る、というのは終身雇用がベースの背景に基づく契約的な雇用関係ですが、社員も与えられた仕事を給与に見合った分こなすようなスタンスになりがちです。ここにオクリレーションの視点を取り入れると、社員の成し遂げたいことを会社が拾いあげ、挑戦の機会を与えることで能動性を引き出すことができる。信頼のうえで、ともに会社の成長を目指す共創関係が生み出せるのではないでしょうか。
-社員の能動性を引き出し、やりがいを持って働くために、ほかにもヒントがあれば教えてください。
山下:企業では通常、なるべく業務が属人化しないように配慮されますよね。病気で急にお休みすることになっても、誰でも同じ仕事ができるようになっていたり。それは「仕事に人をつけている」状態。リスクヘッジのために必要なことでありながら、私じゃなくてもいいんだなという気持ちとセットになっていて、どこか自分ごと化しきれないという側面もあるのではないでしょうか。
レポートのなかでクルミドコーヒーというカフェを取材したのですが、人気メニューだったビーフシチューの提供を、それを考案した従業員の方が辞めてしまったタイミングでメニューから消したというんです。経営の視点で考えたら誰かに引き継ぐべきかもしれませんが、あえてそれをしないという姿勢が従業員のモチベーションを保つことにつながっているのかなと感じました。
大きな企業になるほどむずかしくはなりますが、業務の一部でもその人の「得意」から見出した仕事がつくれたら主体性を引き出すことができるはず。「人に仕事をつける」という視点が、企業内でのオクリレーションを築く第一歩なのかもしれません。
伊藤:仕事は「Must」やらなければならないこと、「Can」得意なこと、「Will」やりたいことの重なり合いと言われますが、「Must」の仕事を誰にやらせるかだけでなく、一人ひとりが持っている「Can」と「Will」をいかに大切にできるか。小さい業務からでも個人の能力や想いを起点にした仕事をつくることがパフォーマンスにつながっていくと思います。
-そうなるとますます、個人の想いを知らないとはじまらないわけですね?
伊藤:博報堂のストラテジックプラナーは一人一枚プロフィールシートをつくっていて、自分の趣味やできること、こんな仕事がしたいということがチーム内で一覧できるようになっています。
山下:仕事関連の真面目な内容から、このアイドルが好き!というような内容まで書いてあって、アサインするときの参考にできるようになっているんですよね。
松谷:そういったツールを活用する手もありますし、僕たちが提言していることのひとつが「部下との対話にはホウレンソウ(報告・連絡・相談)だけでなくザッソウ(雑談・挿話)を」というもの。これは、いままでお話ししてきたことの入り口にあることだと思っています。部下のやりたいことを引き出すためには、業務と関係ない雑談や本筋ではないエピソードトークのようなものを積極的に話して、相手を知ろうとする姿勢をあらわしてみる必要があるかと。
自分のことを知るために時間を使ってくれると感じれば、自然に信頼関係が生まれ、指示されるもの以上の仕事をしようというポジティブな感情が生まれるはずです。対話のなかの雑談、挿話というちょっとした要素が「時間」の贈与になり、それによって従業員とのオクリレーションが成立すると考えています。
-業務に取り入れるためのヒントも含めてお話が聞けましたが、今後このレポートをどのような人に役立ててほしいですか?
松谷:たとえばメーカーさんとお仕事していて感じることがあるのは、「わかりやすいものをつくらなくてはいけない」というプレッシャーを感じているいる気がしていて。もちろん、トップに企画を通すため、うまく流通させるため、尖ったものを丸くすることが求められるケースもあると思います。でも、生活者が求めていることって案外「開発者がどんな想いでつくったものなのか」という熱い部分だったり、それがブランドと生活者の結びつきを強くしてくれるかもしれない。#1で「物がたりよりも者がたりを」というお話をしましたが、熱い想いでつくられたものを世の中も求めているわけですし、もしその情熱がつぶされてしまいそうになったら、オクリレーションレポートを役立ててほしいですね。
山下:一時期ハッカソンという言葉が急激に広まって、流行りだし実践してみたけど効果が得られないからやめようかな、という企業が増えていると言われています。いつまで続ける?KPIどうする?という問題がついてまわって、継続性が危ぶまれている。そんなときこそ、このレポートを読んでいただきたいですね。私たちの提案は、経済性を度外視したCSRのような”いいこと”ではなく、長い目でみたときにちゃんとビジネス的リターンのある投資の視点で考えてみてほしいということです。短期的な金銭面のリターンだけでなく、優秀な人材が長く在籍してくれるというのも、長期的にみれば会社にとっては大きな利益です。いまあるチャレンジをもう少し継続するために、このレポートが役にたったらうれしいと思います。
伊藤:僕たちの提言している贈与は、費用対効果を無視して何かをプレゼントしましょうということではなく、モノそのものから一歩引いて、そこに込めた想いや歴史を見つめ直すと新たなつながりのあり方が見えてくるのではないかということです。ものの価値やUSPのような生活者から選ばれる理由、給料の高さといった従業員に働いてもらえる理由をつくるだけでなく、このブランドが好きでこれからも買い続けたい、好きなこの会社で働き価値を発揮したいという「意味」をつくることが大切になってきます。そのとき立ち返りたいのが、自分たちは世の中にどんな価値を与える企業・ブランドになりたかったのかという原点の想い。もともと何を贈りたかったのかという根源にかえることが、新しいリレーションを生むことにつながるのではないでしょうか。
いま、ものを売るだけのセリングではなくつながりを考えるブランディングへ、ビジネス成長だけでなく社会価値創造へと市場の捉え方が見直されています。そのときオクリレーションは、多くの企業にとって価値のある視点になるはず。変化する世の中で、自分たちはどの方向を向けばいいのか迷ったとき、ひとつの指針になれればうれしいです。
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博報堂入社後、プラニングブティックSIGNINGへの出向を経て現職。戦略プラナーとして、企業/ブランドの成長と社会課題解決の両立に従事。人と社会の幸福に向き合うプラニングスタイルで、2022年朝日新聞社とともに「ウェルビーイング・アワード」を企画・立ち上げ。
博報堂入社後、 一般消費財・耐久財メーカーやNPO、都市開発など多様なステークホルダーのマーケティング活動をサポート。 市場分析やターゲット選定をはじめ、新商品開発やコミュニケーション戦略立案など幅広く対応。
博報堂入社後、ストラテジックプラナーとして、飲料、食品、家電、流通など多くの企業のマーケティング戦略を企画・立案。生活者の心の奥にある「とはいえ、実は…」を捉えるプラニングが得意。趣味は、インスタレーションアートを見ること、やたらと仮説を立ててメモすること。