- AI分野でのキャリアパスに焦点を当て、どのようなご経験が現在の役職に繋がったのかをお聞かせください。
キャリアの始まりは新卒入社したコンサルティング企業で、最初はシステム開発やアーキテクチャ設計を中心に業務を行っていました。2004年からそのコンサルティング企業の海外の研究所で研究開発のマネジメント業務につきました。当時、ユーザーが生成するUGC(ユーザー生成コンテンツ)や、企業が発信するデータを分析することによって、世の中の動向、人々の世論や意見を分析し、マイニングする手法が注目されていました。この分野でAIやインターネットのインパクトを強く感じていたのです。
さらには、インターネットは単に企業や個人の情報発信だけにとどまらず、様々な企業のシステムや社会のシステムが繋がっていったとき、AIが管理や生産、マーケティングの在り方を最適化していく時代がやってくるであろうと思っていました。「オーガニックインテリジェンス」という言葉を思いつき、“有機的に結びついた知能”というところに世の中が到達していくであろうという考えから、インターネットに溢れたビッグデータとAIを組み合わせ、革新を起こすことを追求しようと2006年にインターネット企業に研究開発をリードしていく立場で参画しました。
2010年ごろまでには、生産システムやマーケティングの最適化、一人一人の消費者にあったパーソナライズドサービスの提供など、データと機械学習を組み合わせた様々なビジネスアプリケーションの可能性が姿を見せ始め、理想的な未来像に向かって進んでいたと感じています。2011年にはディープラーニング技術が再発見され、AIへの注目も一段と高まりました。その一方で懸念点も見えてきました。代表的なものではプライバシーの問題やレコメンドサービスにおける透明性や公平性の問題も議論されるようになりました。
2015年を過ぎたあたりで、単にビッグデータとAIによりイノベーションを起こすという手法には限界があり、もっと人間的な側面や倫理も重視すべきではないかと考えるようになりました。技術の活用とガバナンスという両輪があってこそはじめて健全に成長でき、世の中や生活者へ受け入れられていくイノベーションが生まれるのではないかということです。この時の問題意識は、このあと参画したコンサルティングファームでの「AIの戦略的活用とガバナンスの両輪」という取り組みにつながります。
2017年ごろには、それまでのAIを用いた予測・最適化から、データを基に様々なコンテンツをAIで作成するという新たな適用が見られ始めました。当時、私はこの動きを「クリエイティブAI」というキーワードを用いて表現していたのですが、実際に、AIを使用して音楽、小説、映画の脚本などの創作物の制作に取り組み始める研究者や企業の数は増えていました。ですが同時に、そのような技術の発展が著しいこともあり、AIに人の仕事が奪われるといった脅威論も勢いを増すようになりました。
発展するAIによって人間の仕事が奪われる、という議論は続いています。昨今の「ジェネレイティブAI」の登場は、その驚異的な性能によってさまざまな革新の期待が高まると同時に、人の創造的活動・クリエイティビティもAIにとって代わられるという恐れも一段と深く大きなものにしており、「AIと人間の対立」という懸念を強めているかと思います。
ここに至り、「技術の活用とガバナンス」という手法だけではない、より根本的なアプローチが必要なのではないかと思っています。人間を中心にAIの活用をとらえなおし、人のクリエイティビティの発展にAIがどう貢献するかという視点に立脚したアプローチです。
博報堂DYグループは、生活者を起点とした「クリエイティビティ・プラットフォーム」への変革を掲げています。利便性を追求したAIだけではない、人のクリエイティビティに貢献するAIの活用をまさにリードできる企業グループだと思います。弊グループにて、今までのデータとAIによるイノベーション、活用とガバナンスの両輪という活動を行ってきた経験を活かしつつ、人間中心のAI、人のクリエイティビティへの貢献という新たなテーマに挑戦しています。