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アウトバウンドとインバウンドをいかに循環させるか──産学連携研究プロジェクトから見えてきた日本のグローバル戦略(前編)

2024.05.30
博報堂DYグループの一員であるオズマピーアールは、早稲田大学マーケティング・コミュニケーション研究所との産学連携研究プロジェクトに2022年から取り組んできました。海外への産品輸出(アウトバウンド)と訪日観光(インバウンド)をいかにつなげて循環させていくか──。そのような問題意識からスタートしたこの取り組みから見えてきたものと、アカデミアとPRエージェンシーがコラボレートすることの意義を、プロジェクトメンバーが語り合いました。

恩藏 直人氏
早稲田大学 商学学術院教授
早稲田大学マーケティング・コミュニケーション研究所 所長
公益社団法人 日本マーケティング協会 理事長

平木いくみ氏
東京国際大学 商学部教授

石井 裕明氏
早稲田大学 商学学術院准教授

須田 孝徳氏
東洋学園大学 現代経営学部専任講師

林 直樹
オズマピーアール エグゼクティブマネジメントアドバイザー(取材当時)
現在は、公益社団法人日本パブリックリレーションズ協会に出向

榑林佐和子
オズマピーアール 執行役員兼リレーションズデザイン本部長

谷澤 和哉
オズマピーアール コーポレートコミュニケーション本部 副本部長

プロジェクト発足の背景にあった課題意識


早稲田大学マーケティング・コミュニケーション研究所の所長である恩藏直人先生とオズマピーアール(以下、オズマ)のメンバーが中心になって産学連携プロジェクトを発足させたのは、2022年のことでした。恩藏先生はかねてより数多くの産学連携研究を手がけられており、一方の私たちはPRエージェンシーとして「インバウンドとアウトバウンドを統合する」というテーマでアカデミックと協業して取り組んでいきたいという思いがありました。そのテーマで産学連携研究のプロジェクトを立ち上げられないかと恩藏先生にご相談したところ、ご快諾いただき、そこから共同のプロジェクトがスタートしました。

プロジェクトチームには、早稲田大学の恩藏研究室出身の3人の先生方にご参加いただきました。いずれもマーケティング、特に消費者行動論の専門家でいらっしゃいます。オズマからは、グローバルPRに携わってきた榑林と谷澤に加わってもらいました。はじめに谷澤から、オズマ側の問題意識について説明してもらいます。

谷澤
私はこれまでグローバルPR業務の一環として、インバウンドとアウトバウンドの両方の領域の仕事に携わってきました。インバウンドのPRは訪日観光客を増やすこと、アウトバウンドのPRは日本の産品輸出を活性化させることを目的とした取り組みです。その仕事の中で私はいつも「もったいない」という気持ちを抱いていました。

インバウンドPRもアウトバウンドPRも、対象となるのは同じく海外の生活者です。しかし日本では、訪日観光を担うプレーヤーと産品輸出を担うプレーヤーが別々なので、海外の生活者へのコミュニケーションも個別に行われていました。それは非常にもったいないことです。なぜなら、2つの活動をうまく連携させることができれば、産品輸出と訪日観光を循環させる大きな動きがつくれる可能性があるからです。そのような循環の形をつくりたいというのが、私たちの思いでした。

榑林
日本に興味を持っている海外の生活者の中に、「日本に行きたい」というマインドと「日本のものが欲しい」というマインドがあったときに、これまではそれぞれのマインドに向けてばらばらにアプローチをしてきたということですよね。しかし、その2つのマインドが一人の生活者の中にあるのなら、それらを結びつけることは可能なはずです。


その問題意識を私たちから恩藏先生に提起させていただいたわけですが、先生はその論点をお聞きになってどう感じられましたか。

恩藏
たいへん興味深いお話であると感じました。というのも、「インバウンド」は私自身にとっても非常に重要なテーマだったからです。

「訪日外国人2000万人達成」という目標を掲げて、観光庁が新設されたのは2008年です。2014年には、同庁の中に「マーケティング戦略本部」が設置されました。これは、長年マーケティング研究に携わってきた者から見て、極めて画期的なことであり、嬉しいことでもありました。国が設置したタスクフォースに対して、「マーケティング」という言葉を冠したわけですから。

マーケティング戦略本部に出席するのは、観光庁長官や次長など、庁内の主要メンバーです。私は、外部委員の一人として加えていただきました。私たちは会議を重ねながら、各国別のプロモーション計画を考案しました。この取り組みもあってか、インバウンドは順調に増加していきました。もちろんほかの要因も大きかったと思いますが、マーケティング戦略本部の活動は高く評価され、予算規模が数年で大幅に拡大していきました。

そのような経験もあって、私はインバウンドに非常に強い関心を持っていたわけです。もっとも、マーケティング戦略本部への参加は研究活動とは別のものです。私としては、この経験を何とか自分の研究に活かせないかと考えていました。オズマの皆さんから問題提起をいただいたとき、「インバウンドをテーマにした研究ができる」と率直に思いました。ですから、とても前向きな気持ちでプロジェクトに参加させていただくことができました。

「もの」と「旅行」の結びつきを明らかにしたい


プロジェクトチームにご参加いただいたのは、恩藏先生が推薦してくださった先生方です。それぞれから、プロジェクトに参加されたモチベーションについてお話しいただけますでしょうか。

石井
私自身、「ものを買う」ことと「それが生まれた土地に行く」ことにはつながりがあると以前から感じていました。例えば、山梨産のワインを飲んで好きになったら、山梨に行ってみたくなるということが人々の心の中で起きているのではないか。そう考えれば、オズマの皆さんがおっしゃるように、産品輸出と訪日観光には連続性が間違いなくあるはずである。そう思いました。しかしそのつながりは、ビジネスにおいてもアカデミズムにおいてもまだ言語化されていません。ならば、ぜひ共同研究を通じて言語化してみたい。それが私にとっての大きなモチベーションでした。

須田
ほかの先生方と同じく私の専門領域も消費者行動ですが、「旅行」というテーマで研究したことはこれまでありませんでした。しかし、製品を起点に海外渡航の意向が生まれることは十分にありうると思いました。例えば、私は革靴がとても好きなので、革靴がつくられている国に実際に行ってみたいという気持ちが強くあります。同じような気持ちを抱いている海外の人もたくさんいるはずです。そんな観点から研究ができるならとても意義深いことであると考えて、プロジェクトチームに参加させていただきました。

平木
私はプロジェクト参加のお声がけをいただくまで、「もの」と「旅行」の結びつきを意識したことはほとんどありませんでした。しかし、石井先生や須田先生がおっしゃるように、その2つは十分に結びつくはずだし、例えば日本を一度訪れて、お土産を買った海外の人が、そのお土産を見るたびにまた日本に行きたくなるといったことも大いにありうると思います。私たちの専門領域である消費者行動論の文脈でも、「もの」と「旅行」の結びつきは非常に興味深いテーマであると考えました。

日常と非日常を「ナラティブ」によってつなぐ


このプロジェクトにおける研究内容とその成果について、須田先生からご説明いただきたいと思います。

須田
日本の特産品を海外の生活者にどのように訴求すれば、その特産品の生産地への渡航意向が生まれるか──。それがこのプロジェクトの研究テーマでした。議論の中から出てきたのが、「特産品がつくられる過程を見せる」という視点でした。それを実験を通じて実証することが具体的な取り組みとなりました。手法としては、被験者に対して「特産品だけを見せる」「特産品がつくられる過程を時系列に沿って見せる」「特産品がつくられる場面をランダムに見せる」の3パターンを訴求したときに、どのパターンが最も生産地への渡航意向を高めるかというたてつけにしました。

その結果、当初の仮説どおり、最も渡航意向が高まるのは「特産品がつくられる過程を時系列に沿って見せる」方法であることが明らかになりました。ものそれ自体だけではなく、ものがつくられるばらばらの場面でもなく、ものが出来上がっていく「ストーリー」を見せるのが最も有効であるということです。

さらに、その意向が生まれるメカニズムも合わせて確認しました。ストーリーを見た被験者のマインドにどのような変化があったのかを確認したところ、「ものが生まれる過程に自分自身が参加しているような感覚になった」「ものが生まれた場所のイメージが沸いた」といった意識が他の被験者に比べて高いことがわかりました。ものがつくられるストーリーへの参加意識や生産地の具体的なイメージが生まれ、それが「その場所に行ってみたい」という気持ちにつながったと考えられます。

私たちは、それを「ナラティブ」の力と捉えました。ストーリーもナラティブもともに「物語」を意味しますが、ナラティブは「ストーリーに対する共感や共鳴」を含む概念です。ストーリーに触れた人が、自分自身をストーリーの一員となったように感じる力。それがナラティブです。ものづくりの過程を効果的に見せることで、ストーリーだけではなくナラティブの力が加わり、それが「その場所に行ってみたい」という気持ちの醸成につながる。そんなメカニズムがあると私たちは考えました。


先生方のご協力を得てそのような研究結果を導くことができたことは、PRエージェンシーである私たちにとってもたいへん意義深いことでした。産品輸出、すなわちアウトバウンドと、訪日観光、すなわちインバウンドの統合という私たちのビジョンの可能性が具体的に示されたからです。

榑林
これまでのインバウンドコミュニケーションでは、「DCATS」と呼ばれるモデルが基本的な考え方とされてきました。海外旅行や観光という行動は「Dream=夢見る(渡航先を想起する)」「Consider=渡航について具体的に検討する」「Activate=予約(渡航準備)をする」「Travel=渡航して観光する」「Share=渡航先の印象や感想をSNSや口コミで共有する」といった流れになっている。そんな考え方です。

しかし実際には、「Dream」の前の段階があるはずです。「日本に行きたい」と考えた海外の生活者は、いろいろな選択肢がある中でなぜ「日本」を想起したのか。そのトリガーとなる要因があったからではないか。逆に言えば、そのトリガーを提供することで、日本への渡航意向が生まれるのではないか──。それが私たちの仮説でした。そのトリガーとして、「日本の特産品をめぐるナラティブ」が非常に有力であることが明らかになったことが、このプロジェクトの大きな成果であると思います。

谷澤
海外からの渡航者を対象にしたマーケティングは、トラベルマーケティング、あるいはディスティネーションマーケティングと呼ばれています。それらのマーケティング手法では、渡航者をたんに「旅行する人」と捉えてきました。しかし、渡航者は旅行のことだけを四六時中考えているわけではありません。仕事をし、学校に行き、ものを買い、食事をし、人々と交流する「生活者」です。DCATSモデルは、「旅行」という文脈の中ではたいへん有効な考え方です。しかし、渡航者を生活者として広く捉えたときには、そのモデルを拡張する必要があるはずです。今回の研究結果は、その拡張の方法を明らかにするものでした。「生活」という日常と「旅行」という非日常をナラティブによってつないでいく──。そんな方法論が示されたと思います。

海外の生活者の「背中を押す」ということ


オズマでは、インバウンドとアウトバウンドの統合を「クロスバウンド」という言葉で表現しています。また、DCATSにおける「Dream」の前段階としての「Experience=経験」が重要であるという考え方を提唱しています。その新しい考え方に基づいたモデルが「ExDCATS」です。日本の特産品やそれにまつわる情報の「経験」を提供することによって、「日本に行きたい」という意向が生まれる。そんな考え方です。このプロジェクトの取り組みから、そのモデルの裏づけが得られたと私たちは考えています。では、この研究の成果を今後どのように発展させていけばいいか。恩藏先生はどうお考えですか。

恩蔵
さまざまな可能性があると思います。日本人も含めて世界中の人は、日々いろいろな「もの」を買っています。その多くは輸入品です。しかし、「もの」を買っても、それが生まれた国に行こうという発想がすぐに生まれるわけではありません。「もの」はもの、生産地は生産地。それがこれまでの生活者マインドだったと思います。林さんたちがおっしゃるように、アウトバウンドとインバウンドは分断されていたのです。

しかし、先生方からもお話がありましたが、その2つは本来結びつく可能性が大いにありそうです。海外の生活者のいわば「背中を押す」ことで、その2つが結びつくかもしれない。その「押し方」の1つがナラティブです。そんなことが今回のプロジェクトから見えてきました。では、どのようなナラティブを、どのような人たちに、どのようなタイミングで届けていけばいいか。それが次の課題になるのではないでしょうか。

オズマの皆さんが提唱されている「クロスバウンド」は、マーケティング研究者の立場から見ても、大きな可能性を持った着眼であると思います。国が推進すべき政策であると言ってもいいでしょう。これまで日本は数々の産品を海外に輸出してきました。それがインバウンドにほとんど結びついていないとすれば、谷澤さんがおっしゃったように非常にもったいない。そこを結びつけていく具体的な方法論を皆さんと一緒に考えていきたいですね。

後編に続く

恩藏 直人氏
早稲田大学 商学学術院教授
早稲田大学マーケティング・コミュニケーション研究所 所長
公益社団法人 日本マーケティング協会 理事長

平木いくみ氏
東京国際大学 商学部教授

石井 裕明氏
早稲田大学 商学学術院准教授

須田 孝徳氏
東洋学園大学 現代経営学部専任講師

林 直樹
オズマピーアール エグゼクティブマネジメントアドバイザー(取材当時)
現在は、公益社団法人日本パブリックリレーションズ協会に出向

榑林佐和子
オズマピーアール 執行役員兼リレーションズデザイン本部長

谷澤 和哉
オズマピーアール コーポレートコミュニケーション本部 副本部長

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