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アウトバウンドとインバウンドをいかに循環させるか──産学連携研究プロジェクトから見えてきた日本のグローバル戦略(後編)

2024.05.31
オズマピーアールと早稲田大学マーケティング・コミュニケーション研究所の共同研究の結果、産品輸出(アウトバウンド)と訪日観光(インバウンド)を循環させるには、「ナラティブ」の手法が有効であることが明らかになりました。この研究成果を今後どういかしていくべきか──。プロジェクトメンバーによる対話の後編をお届けします。

恩藏 直人氏
早稲田大学 商学学術院教授
早稲田大学マーケティング・コミュニケーション研究所 所長
公益社団法人 日本マーケティング協会 理事長

平木いくみ氏
東京国際大学 商学部教授

石井 裕明氏
早稲田大学 商学学術院准教授

須田 孝徳氏
東洋学園大学 現代経営学部専任講師

林 直樹
オズマピーアール エグゼクティブマネジメントアドバイザー(取材当時)
現在は、公益社団法人 日本パブリックリレーションズ協会に出向

榑林佐和子
オズマピーアール 執行役員兼リレーションズデザイン本部長

谷澤 和哉
オズマピーアール コーポレートコミュニケーション本部 副本部長

アカデミアと民間企業が連携することの意義


産学連携研究プロジェクトの成果を今後どう発展させていくべきか。皆さんのご意見をお聞かせください。

石井
一般にアカデミアにおける研究成果の1つ1つは、企業の現場で実務にあたっていらっしゃる方々から見ると、ビジネスのメカニズムや消費者行動の微細な部分を取り上げているように感じられるのではないかと思います。しかし、そういった成果を根気よく積み重ねていくことによって、実業に資する方法論が生まれると私は考えています。今回のプロジェクトの研究結果も、そういったピースの1つであると捉えています。今後、さまざまなピースを組み合わせていくことによって、恩藏先生がおっしゃった「海外の生活者の背中の押し方」が具体的に見えてくるのではないか。そんなふうに思います。

平木
私はこのプロジェクトの取り組みを通じて、産学共同研究の大きな可能性を感じました。アカデミアだけの研究チームの場合、例えば「旅行」という研究テーマに取り組もうとすると、そのテーマの中に閉じた研究になりがちです。一方、実務に携わっていらっしゃる方々がチームに参加されることによって、「旅行というテーマからどのような新しい価値を生み出すか」「人を動かすにはどうすればいいか」といった多角的かつ現実的な視点を取り入れることが可能になると思います。またそれによって、アカデミアの側にいる私たちにも大きな気づきがもたらされるはずです。今回のプロジェクトのような産学連携の取り組みを、ぜひこれからも続けていきたいですね。

須田
私も平木先生と同じ意見です。また、アカデミアの研究者の多くもそう感じていると思います。というのも、産学連携型の研究が近年非常に増えているからです。私は以前、国際的なマーケティングの学会であるAmerican Marketing Associationが発行している「Journal of Marketing」に掲載されている論文のうち、企業の実務データなどを参照した産学連携型の研究論文がどのくらいあるかを調べたことがあります。過去20年近くの論文を参照した結果、半数以上の論文が産学連携から生まれたものでした。最近では、掲載される論文のほとんどに産学連携型の実験結果が記載されています。それだけ、ビジネス現場のデータや知見がアカデミアでも重視されるようになっているということです。今後は国内の産学連携の取り組みから、グローバルで影響力を持つ研究成果が生まれることも増えると思います。私自身も、そのような意気込みをもって引き続き産学連携を進めていきたいと考えています。

産学連携の3つのパターン


PRエージェンシーや広告会社は、クライアント支援業務の中で最良と考えるアウトプットを様々見出しています。しかし、そのアウトプットの根拠は必ずしも明確ではなく、体系化されているわけでもありません。アカデミアの皆さんと協業することによって、現場で獲得した知見の言語化、論理化、体系化が可能になる。その点に、私たちの立場から見た産学連携の意義があると思います。

恩藏
皆さんがおっしゃるように、産学連携の取り組みは今後も拡大していくでしょう。その形には、3つくらいのパターンがあると考えられます。

1つは、林さんがおっしゃるようなビジネス現場の経験から得られた暗黙知のメカニズムをアカデミズムの側が解明するパターンです。例えば、商品パッケージに関する暗黙知の例が挙げられます。パッケージデザインの世界では、1つの面に文字と図柄を配置する場合、「右側に文字、左側に図柄」とすることが基本的なルールになっているそうです。しかし、なぜそれが適切なのかは、デザイナーの皆さんにも説明がつかないらしい。長年の勘と経験でそうしてきたわけです。実は、これには「半球優位性」という脳のメカニズムが作用しています。人は、視界の右側にあるものを左脳で、左側にあるものを右脳で感知します。その際、論理的な判断は左脳で、感覚的な判断は右脳で行います。したがって、視界の右側に文字などの論理的な要素を、左側に絵などの感覚的な要素を配置するというのは理にかなっているわけです。

また、こんな例もあります。1つ300円の商品を4つまとめて販売する場合、定価の1200円で売るほうが売れるのか、あるいはやや値引きした1180円にしたほうが売れるのか。常識的には、安い方が売れると考えられます。しかし流通現場の方の話を聞くと、実際に売れるのは1200円のほうだと言います。これも実務の中で得られた経験的暗黙知ですが、その理由はやはりわからないとのことでした。このケースについても研究成果が発表されています。購買者は価格を見て瞬間的に情報処理をして、「割り切れる数字」を選ぶ傾向があることが明らかになりました。端数があるとすぐに割り切ることができないので、1つあたりの価格をすぐに把握できない。だから選びにくい。そんなメカニズムがあるわけです。いずれも、ビジネス現場の経験的暗黙知の根拠をアカデミズムの研究が明らかにした例と言えます。

2つ目は、ビジネス現場の皆さんが実務の中で直面した課題があって、かつ解決法についての仮説があるパターンです。アカデミア側が仮説が正しいこと、あるいは誤っていることを証明し、誤っている場合には別の仮説を設定し、しかもソリューションを見つける。そんな取り組みです。一連のプロセスやソリューションは、そのまま研究成果へと結びつきやすいのです。

さらに3つ目として、ビジネス現場に漠然とした課題があって、その解決法が何も見出されていないというパターンが考えられます。そういったケースでは、実務の中で得られた大量のデータをアカデミアの側がお預かりして、ゼロから分析をし、探索的にメカニズムを紐解いていく作業が必要になります。

「ストーリー」を「ナラティブ」にトランスフォームする

榑林
今回のプロジェクトにおける「ストーリー」や「ナラティブ」という視点も、これまでは一種の暗黙知でした。PR業界では以前からそれらの視点が重要であるとされてきましたが、その根拠が明確ではなかったからです。ナラティブの重要性の根拠を明らかにできたことが、この産学連携研究の大きな意義であったと思います。

ナラティブの重要性がアカデミズムの手法で裏づけられたことによって、産品を輸出する企業、生産者、旅行会社、自治体などへの提案がとてもやりやすくなると思います。それらのプレーヤーはこれまで、産品輸出やインバウンドを増やすためのさまざまな試行錯誤を個別に行ってきました。今後、PRエージェンシーがアカデミアの知見に基づいた確かな方法論を提起することによって、ナラティブを軸にしてアウトバウンドとインバウンドを統合する新しい取り組みが実現するかもしれません。

谷澤
先ほど須田先生から、「ストーリーに触れた人を、その人自身がストーリーの一員となったように感じさせるのがナラティブの力」というお話がありました。ストーリーとは発信側の視点でつくられたもので、ナラティブとはそれを受け取る側の「体験」をつくるもの。そう説明することも可能だと私は思います。どれだけ考え抜かれたストーリーでも、それを受容する側が物語を1つの体験と感じることができなければ、行動は喚起されません。PRエージェンシーには、クライアントやブランドのストーリーをつくり、それを生活者に伝えていく役割があります。そのストーリーをいかにナラティブにトランスフォームしていくか──。今回の産学連携の取り組みがなければ、そういった課題意識が生まれることもなかったと思います。

社会全体を見据えた産学連携を

須田
今回の研究結果を世の中に広めていくことによって、生産地の皆さんがナラティブの創出に積極的に取り組む事例が増えていくかもしれません。その際に必要とされるのは、基礎的なストーリーづくりや、それをもとにした動画などのクリエイティブです。しかし、生産者や自治体の皆さんは、ストーリーづくりやクリエイティブのプロではありません。そこで力を発揮するのが、PR会社や広告会社なのだと思います。

先日私は石井先生と一緒に九州の有田焼の調査に行って、九州陶磁文化館という施設を見学してきました。そこでは、有田焼が出来上がるプロセスを展示しているだけでなく、有田の自然の風景などを映したPR動画が流されていました。そのようなクリエイティブもナラティブの一要素であると言っていいと思います。有田ではたまたま動画でしたが、ナラティブを創出する方法は生産地やブランドによって異なります。ブランドや地域の特性を見極め、最適なナラティブを生み出す支援をしていく。そんな取り組みにも、ぜひ産学連携の力を生かしていきたいですね。

石井
独自のナラティブを生み出す基盤になるのは、生産地の「誇り」であると私は考えています。九州陶磁文化館での見学の話に戻ると、有田焼はもともと伊万里焼の中に含まれていたそうです。昔は、焼き物を搬出する港の名前がそのまま焼き物の名前になっていて、伊万里港から搬出される焼き物はすべて伊万里焼と呼ばれていたわけです。

その後鉄道網が整備されたことで、有田でつくられた焼き物は有田から直接搬出されることになり、有田の焼き物は有田焼と呼ばれるようになった。さらに生産地表記が厳密になり、有田焼の一部であった波佐見の焼き物が波佐見焼と呼ばれるようになった──。そんな歴史があるそうです。

それぞれの土地でつくられたものに、その土地の名前が冠されるはとても重要なことであるはずです。それが生産地の「誇り」になるからです。自分たちの土地で、自分たちの手でつくったものが、その土地の名前で日本中あるいは世界中に流通していく。そこから誇りが生まれ、土地への愛着が醸成され、良質なナラティブが創出されていく──。そのような流れがつくれたら理想的ですよね。産学連携の取り組みによって、そんな事例をぜひつくっていきたいと私は思っています。

平木
旅行者の立場に立ってみると、安くはないお金を払って訪日しているわけですから、楽しみたいし、満足したいし、感動したいと思うのは当然だと思います。日本の産品をきっかけにして生産地を訪れた人に「楽しみ」「満足」「感動」を提供することができれば、リピーターを増やすことになるし、新たな旅行者を呼び込むことにもなるはずです。また、産品輸出の活性化にもつながるでしょう。旅行者と生産者、あるいは生産地がすべてハッピーになるような形をつくるお手伝いを研究面から進めていきたいと思っています。


PRはパブリックリレーションズのことであり、PRエージェンシーの仕事は「パブリック」に対してメッセージを発信していくことです。この場合のパブリックは「社会」と言い換えることが可能です。ナラティブによって生活者の共感や体験をつくり出していく手法は、社会課題の解決にも間違いなく有効である。そう私たちは考えています。今後はこの産学連携の枠組みで、「PRによる社会課題の解決」というテーマに取り組んでみたいと思っています。

恩藏
PRは社会課題を解決できる活動であるという考え方に私も賛成します。マーケティングには需要を生み出す力があり、逆に需要を抑制する力もあります。同様に、PRには人々のマインドや行動を変容させ、よりよい流れをつくり出す力があります。マーケティングにもPRにも「ソーシャル」という視点はすでに溶け込んでいます。ぜひ、社会全体を見据えた産学連携を今後も続けていきたいと思います。

(前編はこちら

恩藏 直人氏
早稲田大学 商学学術院教授
早稲田大学マーケティング・コミュニケーション研究所 所長
公益社団法人 日本マーケティング協会 理事長

平木いくみ氏
東京国際大学 商学部教授

石井 裕明氏
早稲田大学 商学学術院准教授

須田 孝徳氏
東洋学園大学 現代経営学部専任講師

林 直樹
オズマピーアール エグゼクティブマネジメントアドバイザー(取材当時)
現在は、公益社団法人日本パブリックリレーションズ協会に出向

榑林佐和子
オズマピーアール 執行役員兼リレーションズデザイン本部長

谷澤 和哉
オズマピーアール コーポレートコミュニケーション本部 副本部長

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