<プロジェクトメンバー>
(写真左から)
西村 啓太
博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター 室長補佐
本プロジェクト共同代表
柿原 正郎氏
東京理科大学経営学部国際デザイン経営学科 教授
澁谷 覚氏
早稲田大学大学院経営管理研究科 教授
本プロジェクト共同代表
石淵 順也氏
関西学院大学商学部 教授
米満 良平
博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター 上席研究員
杉谷 陽子氏
上智大学経済学部経営学科 教授
西村
「デジタル時代のブランド論」を新たに構築することを掲げた本プロジェクトですが、先生方と発足したのは2023年10月でした。その経緯について、あらためてご説明したいと思います。
生活者発想を掲げる博報堂では、以前から生活者やマーケティングに関するさまざまな研究に取り組んできました。研究の方向性が変化したのは、16年前の2008年です。それまで博報堂内で進めてきた研究開発活動が、博報堂DYグループ全体の取り組みとなったこと、それから、「デジタル」や「データ」といったテーマが重視されるようになったこと。その2つが大きな変化でした。
その後、機械学習モデルなどのアルゴリズム開発、データ活用などの研究が博報堂DYグループ内で一層進みました。それらの研究を通じて、「どういう人が広告に接しているのか」「どういう人が購買をしているのか」といった生活者の行動をデータである程度把握できるようになりましたが、一方で「その人はなぜその商品を購買したのか」「その人の中でどういう情報咀嚼があったのか」といった、一人の生活者の中での行動や判断の背景を明らかにすることがなかなかできないという課題がありました。
また、従来のマーケティングやブランディングのベースになっていた「ファネル」や「ブランド・ロイヤリティ」などの捉え方も違った視点が必要ではないかという問題意識も出てきました。特に若い世代には、商品やサービスを認知し、理解し、検討したうえで購入に至るといったファネルのプロセスをたどらず、「商品の情報に接した瞬間に直観的に購入する」「ブランドのことをよく知らないけれど購入する」そんな生活者も少なくありません。
これらは、デジタル時代特有の現象なのではないかと私たちは考えました。従来のブランド論や消費者行動の理論や概念の多くは、デジタル以前の情報環境を前提としており、必ずしもそのまま援用できるとも限りません。デジタル時代において生活者はどういう情報行動をとって、どういうモチベーションをもって商品やサービスを購入しているのか、そのときにどのようなブランド論が有効になるのか──。そのような問いを私たちは立てました。
そこで、マーケティングやブランディングの研究に取り組んでいらっしゃる先生方と一緒に、デジタル時代におけるブランドを考えるための理論づくりができないかと考えたわけです。具体的には、消費者行動論、社会心理学、感情心理学などといった研究分野の知見をデジタル時代に合わせて学際的に再構築することがこのプロジェクトの大きな狙いです。幸いにして、素晴らしい知見と実績のある4人の先生方をお招きすることができたことをとても嬉しく思っております。
米満
弊社の中ではこうした課題意識から、2022年3月から社内プロジェクトを立ち上げ議論を進めてきました。デジタル環境における生活者側の変化だけでなく、以前と比べブランドやブランディングが話題となる機会が減っているという企業や広告会社側のマーケティングの変化も同様に感じています。デジタルマーケティングにおける様々なツール類は短期的な効果に焦点を当てたものが多く、かつてブランドやブランディングという概念が持ち込まれる以前のセリング中心の考え方に逆行しているのではないか、という懸念も含めてこのプロジェクトの中では皆さんと共有してきました。ブランディングは中長期的な視点に立ったマーケティング活動ですが、デジタル時代になって企業がそういった視点を持ちにくくなっているのかもしれません。
このプロジェクトの中で、あらためてブランドの今日的な役割や機能について議論を深めていきたいと考えています。一方で、巷には様々な書籍やフレームワークなどが溢れています。博報堂DYグループだけで新しいブランド論を考えるよりも、様々な分野に知見を持つアカデミアの皆さんと一緒にアウトプットを作っていくプロセス自体にも大きな意義がありますし、私個人としてもとてもワクワクしています。この連載では、プロジェクトで皆さんと議論している内容の一部をシェアすることで、同じような課題意識をもっている企業や研究者の方々への刺激になればと思います。