THE CENTRAL DOT

位置情報の共有はキケンなもの?懐かしく心地よい未来へ導く「シン密圏」とは|シン密圏レポートリリース記念#1

2024.06.27
博報堂と博報堂DYグループのSIGNINGによる、生活者発想で経営を考える人間経済学プロジェクト「HAKUHODO HUMANOMICS STUDIO」。活動第四弾では株式会社LinQを共同研究パートナーとして、 Z世代を中心に広がる位置情報シェアに着目し、 “親しさ”から拡がる新たなつながりを「シン密圏」と名付けレポートを発表しました。ユーザー調査や実証実験を通して見えてきた、新たな「人と人とのつながり」とは?調査を行うまで位置情報共有サービスを使ったことがなかったというメンバー3人が、レポートを通じて見出した兆しについて語ります。
HAKUHODO HUMANOMICS STUDIO「シン密圏レポート」はこちらから

SIGNING ストラテジスト 牧之段直也

博報堂DYホールディングス グループ人材開発室 マネジメントプラニングディレクター 山上早恵

博報堂 ストラテジックプラニング局 マーケティングプラナー 奥村耕成

10代の4人に1人が利用経験あり。位置情報の共有に情緒的な喜びと実用性を感じている

-今回「親密さ」をテーマに調査を行おうと考えたきっかけは?

牧之段:位置情報共有サービスが若者の間であらためて話題になっているというのが、ひとつのニュースとして気になっていたんです。これまでのSNSとはちょっと違うコミュニケーションが生まれている。コロナ禍も経験した社会がどんどんオンラインシフトするなかで、人とのつながりや親密さがどう変わっていくかに興味がありました。HAKUHODO HUMANOMICS STUDIOは「経済活動に豊かな人間性を」をテーマに活動しているプロジェクト。人の親密さというのは、まさしく人間性に直結するテーマだと思っています。プロジェクトメンバーは比較的若い世代が中心なので、ユーザーとそれほど歳は離れていませんが、実際に活用しているメンバーはいなくて、第三者目線で価値観を探っていくというアプローチでしたね。

-具体的にはどんな調査を行なったのですか?

奥村:定量調査と、位置情報共有サービス「whoo your world」の現ユーザー調査、まだ使っていない人に実際に使ってもらう実証実験を行いました。それらをレポートでは「イチノグラフィ」と呼んでいます。有識者インタビューも併せ、いまどんなことが起きているのか、この先どんな変化が起こり得るのかを予測しています。

-レポート結果からどんな発見があったか教えてください。

奥村:定量調査で見えてきたことは、10代の約4人に1人が位置情報共有アプリを利用したことがある「位置シェアラー」であるということ。年代が低いほど広がっていることがわかります。

牧之段:想定より多かったですね。この先若年層から火がついて普及されていったInstagramやTikTokのような存在 になるかもしれないという可能性を感じました。

山上:この数字を見ただけでも、Z世代の価値観と位置情報共有アプリがもたらすベネフィットが呼応し合っているのかな、と予測できますよね。実際、現ユーザーのインタビューでは、位置情報共有アプリは「友だちが待ち合わせに遅れているとき、どこにいるかわかって便利」といった声が聞かれ、相手の正直な居場所がわかることで、互いにタイパ(タイムパフォーマンス)よく行動できることを評価していることがわかりました。他方で、「彼氏が私の位置情報を見て、バイト終わりにサプライズで迎えにきてくれた!」と喜んでいた女性ユーザーも印象的で、実用性だけでなく、親密さの実感や相手に気にかけてもらえる喜びなど、情緒的な価値も感じていることがわかりました。
ほかにも面白かったのが、位置情報共有アプリをライフログ的に使っているというケース。自分の行動履歴が残せるので、過去の行動を振り返ることができますし、まだ行ったことがない場所に足跡を残したいという気持ちが、新しい行動を起こすきっかけになっているようです。

「ついで会い」というリアルな体験が発生。その瞬間の素直な気持ちで動けるのが心地よい

-ライフログのような使い方なら、大人世代も楽しめそうですね。

山上:待ち合わせのためだけに使うアプリでもないし、使い方を誤らなければそれほど危なっかしいものでもない。現ユーザー調査からは、新しい関係性や行動を生み出す使い方がたくさんヒアリングできたと思います。

牧之段:いま待ち合わせの話が出ましたが、現ユーザーの調査からわかったことは、そもそも待ち合わせという概念がなくなってきているということ。相手の居場所がわかるので「いま近くにいるから会おうよ」という待ち合わせのような事前の計画を必要としない偶発的なつながりが生まれるんですね。
位置情報を共有することで「ついで会い」というリアルな体験が発生していることがわかりました。隙間時間にちょっと会いたい、というニーズにも対応できるので、「駅でちょっと立ち話をしてバイバイする」という人もいて、「短尺でも幅広い友達とたくさん会う」という新しいコミュニケーションが生まれているのが興味深かったです。

奥村:若い世代はデジタルネイティブと言われていて、オンライン上でつながる関係性に目が行きがちですが、実際にはリアルで会うことを大事にしているというのが発見でしたよね。コロナ禍で会えない状況が続いたことが、ちょっとでも会いたいという行動にあらわれているのだと思います。

山上:会いたいけど、事前に約束するよりその場その場で行動したいというのがZ世代的だと感じます。予め予定を組んでしまうと、当日 行きたくない気分かもしれないし、体調がよくないかもしれない。それよりも、その瞬間の素直な気持ちで行動できるほうが、関係性として心地よいという声が聞かれました。

牧之段:位置がわかっていることでコミュニケーションコストが抑えられるというのも大きいですよね。近くにいれば遊べる確率が高い。都合がつくかもわからない相手に連絡して、相手に誘いを断らせてしまう のが申し訳ないという配慮もあるようです。

監視ではなく見守られている感覚。未使用者のほぼ全員が「使ってみたら面白かった」

-実証実験ではどんな気づきがありましたか?みなさん自身の感想も含めて教えてください。

牧之段:実証実験は、①若年世代の同僚同士、②同じ趣味(サウナ)を持つ多世代、③多世代にまたがる同僚同士という3グループで行いました。①と③では、同じ職場で働く人に位置情報を共有してもらったらどんな行動や関係性が生まれるかを検証したのですが、面白かったのが「位置情報を見たら同僚が出社していたので、リモートではなく出社することにした」「残業中アプリを開いたら、同僚もまだ社内にいることがわかって、自分もがんばろうと思った」という声。位置情報を見ることで連帯感を感じたり、励まし合う感覚が生まれているようです。

山上:遅くまで残業してから会社を出たとき、位置情報共有アプリでつながっていた 同僚から「いままで仕事だったんだね、おつかれさま」とメッセージをもらってうれしかったというエピソードもありました。自分から残業していることをSNSでアピールはしないけれど、位置情報から読み取って労ってもらえたらうれしい。自分から発信せずとも気遣ってくれる人がいると思うと、見守られているような安心感を感じるようです。

-監視されているというより、見守られているという感覚なんですね。

山上:使ってみるとわかるんですが、1日でアプリを開くタイミングはそんなにないし、いつも見ているというより時間があるときちょっと開くくらい。相手もきっとそうだろうと思うと、当初思っていたような監視されている感じはないんですよね。それは使ってみてはじめて気づくことでした。

-ほかにも使ってみて感覚が変わったことは?

牧之段:はじめは位置情報を共有することに抵抗があったんですが、特に居場所を追求されるわけでもないし、逆に「先週旅行に行ってたよね」と言ってもらうことでそのときの話ができて楽しかったり、コミュニケーションが豊かになった感覚があります。自分からわざわざ話すようなトピックだと思っていなくても、聞かれたら話しやすいし、会話のきっかけになりますよね。

奥村:この人はインスタまでにしよう、この人には位置情報も共有しようと、共有の範囲を事前に決めてコミュニケーションするのが前提。信頼関係のうえで成り立っているからこそ、お互いに配慮して使うんですよね。実証実験に参加してくれた人、ほぼ全員に「はじめは怖かったけど、使ってみたら面白かった」という態度変容が起きていました。いまはZ世代向けのサービスと思われていますが、今後世代をこえて広がっていくポテンシャルを秘めていると感じます。

偶発的な「賑わい」や趣味の「深め合い」、「信頼」「安心」が生まれるシン密圏

-そういったユーザーの声や実証実験を通して見えてきたのが「シン密圏」という概念なわけですね?

牧之段:位置情報をシェアすることで、親密圏という従来の関係性に、「親しみ」だけでない新たな価値が生まれていることがわかり、4つの「シン」を内包した「シン密圏」と定義しました。

ついで会いのような偶発的な「賑わい」や、動きを察し合うことで生まれる「信頼」、ありのままの動きを感じられる「安心」というこれまでお話しした価値に加え、実証実験②の同じ趣味を持つグループでは、「他の人の位置情報からどんなサウナに行っているか知ることができ、知識を深められた」という声も。位置情報の共有が趣味や興味を深め合えるきっかけになるというのも興味深い発見でした。

奥村:私が印象的だったのは、位置情報を共有することで安心感が得られるということですね。自分のことを話してもいいんだという自己開示のきっかけになったり、逆に相手に思いを馳せるきっかけになったり。これまで上司の休日の姿なんて考えることもなかったけど、位置情報を見ることで「お子さんを連れて出掛けているのかな」と想像するようになる。仕事は仕事と割り切る風潮が強いいまだからこそ、普段は見えない部分を感じられて安心感につながるというのは気づきでした。

牧之段:少し前まではワークライフバランスという考え方が主流で「仕事」と「プライベート」を切り分けるということが前提の考え方としてありました。 しかし、今はコロナやリモートワークの経験をきっかけに「仕事」と「プライベート」が融合するワークライフインテグーレションの考え方が広がりつつあります。 そんないま、仕事の側面だけでなく、一人の人間がいろんな側面を持っていて当たり前だという視点を捉えられていることが 、信頼や安心につながっているのかもしれません。

セルフブランディングから解放され、ちょっと懐かしいリアルなコミュニケーションを叶えてくれる

-位置共有に対する抵抗感より、サービスを利用することで得られる価値が上回れば、もっと広い世代にも受け入れられそうですね。

山上:そうですね。例えば、XやInstagramなどでは、多くの人が“自分がどう見えるか”を色々考えながら文章や動画を編集して投稿していると思うのですが、位置情報共有アプリの場合、位置情報は盛れないし、自分がわざわざ投稿しなくても、自分の位置だけが自動的に共有されている。自然体でいられるという意味で、セルフブランディングからの解放というのはひとつの価値になると思います。 さらに、基本的にレスポンスがない前提で使っているので、どれくらい「いいね」が付くか気になるというモヤモヤもありません。私自身、SNSにまつわるさまざまな呪縛から解放されて、自然体でいられるという実感はありました。たくさんの人とつながれなくても、本当に親しい人とつながるツールとしてはすごく可能性があると思います。

奥村:今後、利用する人の数は増えるけど、つながる人の数が爆発的に増えることはない。ここがポイントですよね。実際いま使っている人も「人に強要できるサービスではない」ということを前提にしています。つながる相手を適正に保てるからこそ、自然体でいられるし、大切な繋がりが生まれるんです。

-慎重に向き合い、適切に使うことが前提ということですね。セルフブランディングから解放される、ということのほかにどんな未来が期待できそうですか?

牧之段:レポートの最後に位置情報共有がもたらすオルタナティブな社会の姿を「オルタナ社会」として提示しているのですが、もともとは、こういった先進的なサービスが広がった先には、いまでは考えにくいような突飛な未来が待っているのではないかと想定していたんです。
でも、調査を通じてわかったことは「友だちともっともっとリアルで会いたい」とユーザーたちが本当は思っていること。 位置情報共有サービスは、デジタルを駆使して新たなバーチャルコミュニティを生み出しているということではなく 、昔は普通にあったようなリアルなコミュニケーションを叶えてくれるものなんです。

山上:レポート内で哲学研究者の戸谷洋志さんも指摘されていたのが、位置情報共有サービスは「人と人との間に本来あった物理的距離感」と「その距離感に応じた向き合い方」を 復活させるかもしれないという視点。いまのSNSはすべての友人が並列に表示されて、物理的に離れているか近くにいるかを感じることはできません。でも、位置情報が共有されると、相手の存在が地図上に表示されて、いわばリアルな3次元の空間に人の存在を戻すことで、相手の存在をよりリアルに感じられる。そして、この場所にいる相手は今どんなふうに過ごしているのだろうと思いを馳せたりする。それはSNSが発達する前は、むしろ当たり前の関係性だったわけですよね。
ただ、友人たちとの向き合い方は、単純に過去に戻るわけではなく、テクノロジーを使って今らしい進化を遂げている。そういう意味を込めて、シン密圏は「懐かしい未来へ」導いてくれる概念だと考えています。

インタビュー後編となる#2では、位置情報共有アプリ「whoo your world」を提供する株式会社LinQの原田豪介さんを迎え、位置情報の共有がもたらす価値について語ります。

HAKUHODO HUMANOMICS STUDIO「シン密圏レポート」はこちらから

SIGNING ストラテジスト 牧之段 直也

2020年博報堂入社後、2023年よりSIGNING出向。幅広い世代にまで波及するZ世代の価値観に着目した「Z志向型」プランニングで、リアルとデジタルが融合する未来における社会やコミュニティのあり方を提案。

博報堂DYホールディングス グループ人材開発室 マネジメントプラニングディレクター 山上 早恵

民間シンクタンク、教育系事業会社を経て博報堂に入社。日用品・消費財を中心に幅広い業界のマーケティング戦略立案に従事した後、2024年から人材開発に携わる。本業の傍ら、中年世代のつながりやよるべについて自由研究を行っている。

博報堂 ストラテジックプラニング局 マーケティングプラナー 奥村 耕成

1999年生まれのZ世代。飲料・自動車・製薬など様々なカテゴリで、ブランド戦略立案から新商品開発まで幅広く担当。丁寧な生活者洞察から、世の中の前提・当たり前を問い直すプラニングが得意。

FACEBOOK
でシェア

X
でシェア

関連するニュース・記事