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「戦略PM」を強みに、生活者の心を動かす「コマースPR」を確立したい|Next Creativity Map Vol.14 桑嶋剛史

2024.09.04
企業のコミュニケーションやマーケティング課題に、さまざまな「得意技」でクリエイティビティを発揮する博報堂のクリエイターやマーケター。連載「Next Creativity Map」では、クライアントの課題に寄り添い、解決、変革へと導くランドマーク人材にスポットを当て、その「技」を解き明かします。第14回は、ビジネスコンサルタントの桑嶋剛史。博報堂におけるEコマース領域の「一人目のコンサルタント」として、HAKUHODO EC+の立ち上げにも携わった桑嶋。コマースビジネスの現在地と、これからのビジネスコンサルタントに必要な視点について語ります。

初任の営業職でメディアや制作の現場から事業戦略までを経験

-桑嶋さんは2015年の新卒入社ということですが、博報堂を志望した理由は?

桑嶋:大学時代はずっと演劇をやっていて、就職活動のときはまだ自分が何をやりたいかはっきりしていない状態でした。OB訪問でいくつの会社をみるなかで、博報堂の先輩に会い、たくさん面白い人がいて、どんなビジネスにもチャレンジできる環境だな!と思ったんです。やりたいことがはっきりしないからこそ、いろいろなチャンスがある会社に入りたいという思いで志望しました。

-入社後どんな仕事を担当したのですか?

桑嶋:東京の営業局で3年半、製薬会社の通販事業を担当していました。営業として、新聞、テレビ、デジタルとオールメディアのプラニングやクリエイティブに携わった後、最後の1年はデジタルシフトに向けた施策を打ち出すのがメインの仕事に。当時はいまほどECの文化も根付いていなくて、ちょうどAmazonが伸び始めているかな、くらいの時期でした。
僕が担当していた製薬会社の業務では、単純なメディアや制作のプロデューサー業務というより、与えられた予算のなかで得意先の売上や営業利益をどれだけ伸ばせるか、事業パートナー的な仕事が求められていたんです。この先利益を生み出すためにはデジタルシフトが重要だとチームで考え、ECへチャネルをシフトしていくプロジェクトをリードしました。最初の配属でメディアや制作の現場を経験したこと、そしてクライアントの売上げをつくるための戦略を考えられたことは非常にいい経験。自分のキャリアのベースになっています。

2020年前後で大きく変化したECビジネス。求められるのはコンサルティングからプロデュースへ

-その後のキャリアは?

桑嶋:入社4年目の第2配属も営業職だったのですが、社内にECコンサルティングチーム(現 HAKUHODO EC+)を立ち上げるというのも辞令のひとつでした。それまでECに特化した部門はありませんでしたし、専門的な知見もまだまだ少ない時期。EC領域の第一人者となるべく、とにかくいろいろなプラットフォームに出向いて話を聞いたり、海外の事例を調べたりしながら、ECでの戦い方を学んではクライアントに提案しての繰り返し。HAKUHODO EC+の活動がスタートしたのは2021年ですが、その3年前から前身となるチームの発足に携わっていました。

-2019年当時から現在まで、ECビジネスはどのように変化してきたでしょう?

桑嶋:これからECが伸びるぞ!と言われながらくすぶっていたのが2019年くらいの時期。しかし、パンデミックを機会に2020、21年にはECの大ブームが起こりましたよね。22年以降生活が元に戻りはじめてからは、特需が終わったというか、日常の中に標準化された状態。ECはすでに当たり前のもので、特段ほかの消費活動と切り離す必要がないものになりました。
僕自身も、「ECの専門家です」という肩書きを使う機会は減ってきてますし、会社の所属も以前は「ECコンサルティング部」だったのが、いまは「コマースDX推進グループ」。ECという言葉はどこにも入っていません。
データが取れるECを起点としながらも、オフラインチャネルの実店舗もあわせて、全チャネルのコマースを考えるというのが、いまの向き合い方になっています。

-ECを起点としたビジネスにこれから必要となる視点は?

桑嶋:自分の業務をふりかえると、ECのテクニックが価値になった第一フェーズは2019、2020年くらいまで。それ以降はECを事業の軸にして事業計画を描く経営コンサルが仕事になり、競合がコンサルティング会社になることが増えました。それが第二フェーズ。現在はまたそこからも状況が変わり、新しい「第三フェーズ」に入っています。それは、ECを軸にして事業をコンサルするのではなく、プロデュースするということ。
改善点を提案し、戦略をつくるのがコンサルだとすると、プロデュースは戦略からクリエイティブ、バックヤードまでフルファネルを並走して一緒に責任を負うことです。HAKUHODO EC+はそれが実現できるチームとして評価されていますし、企業のパートナーとして売上はもちろん、いかに各社にとっての新しい価値を生み出せるかを求められています。
とくに、私が最近注力しているのが、コマース事業成功の方程式である「コマースPR」の手法の型化です。
コマース=購買体験のすべてをプロデュースするとき、「こういうPRをして、こういうふうに生活者の心が動けば、こうやってものが売れるんですよ」という方程式は、日本においてまだ確立されていません。そうした手法を僕は「コマースPR」と呼んでいて、なんとか型化していきたいと思っています。お客さんの気持ちをPRの力で動かして購買まで結びつく方程式があれば最強。それをつくる仕事をやりたいと思っています。

重要なのは翻訳力。戦略を描き、目標に導く「戦略PM(プロジェクトマネジメント)」

-その方程式のヒントとなりうる具体的な事例はありますか?

桑嶋:石井雄樹さんの回でも紹介されていた梅乃宿酒造の仕事はひとつの成功事例です。僕視点で改めてお話しすると、ポイントとなるキーワードはふたつあると思います。
ひとつは、「戦略PM」というキーワード。前提として、DtoC事業を伸ばすための事業パートナーとしての役割が求められていたわけですが、単に戦略を描くだけでなく、商品開発から体験企画のプラニングまですべてを行う必要がありました。これは、ブランドをつくって生活者に伝えるという博報堂がもともと培ってきたスキルを存分に生かせる分野。そのうえで、ダイレクトマーケティングの目線で事業売上に直結する「戦略」を考えつつ、社内外のチームスタッフをその目標に向けて正しく導いていく「プロジェクトマネジメント」を行っていくことが非常に重要なことでした。

奈良県にある梅乃宿酒造のDtoC事業をプロデュース。「ワクワクの蔵」というコンセプトのもと事業開発を行い、「PARLORあらごし 大人の果肉の沼」を発売。SNSでも話題を呼び、半年でEC売上を10倍まで伸ばした。

-プロジェクトマネジメントを行うにおいて大事なことは?

桑嶋:博報堂の業務で切っても切り離せないプロジェクトマネジメントですが、正直OJT的に身に着ける部分が多いかな、と感じています。一方で俯瞰的にプロジェクトマネジメントの仕方を学ぶと頭が整理されるかな?と思い、会社の制度を使ってProject Management Professional (米国PMP)というプロジェクトマネジメントの国際資格を取ったんです。

そこで改めてプロジェクトマネジメントについて学び、自分の今までOJTで身に着けた部分と照らし合わせると、いちばん大事なのは、相手の立場を考えた言葉の変換「翻訳力」なのだと感じました。メンバーそれぞれの目線でどう見えているかを想像し、いちばんふさわしい伝え方をする。
僕は最初のキャリアで営業をやっていたので、営業やコンサル、マーケの視点はもちろん、クリエイティブ職をはじめとする社内の他スタッフの業務への想像力を比較的持つことができている気がします。また、得意先であるメーカーや米国のデジタルマーケティング会社への出向経験もあるので、事業会社やデジタルマーケティング担当の視点も持っている。キャリアのなかでそれぞれの立場の考え方を知ることができたのは大きな財産でしたし、専門外の領域であっても概略はすべて理解する姿勢を大切にしています。

生活者との共創、熱量のあるエヴァンジェリストの存在が「コマースPR」のひとつの勝ち筋

-もうひとつのキーワードは?

桑嶋:先ほど少しお話しした「コマースPR」ですね。いまはSNSの普及もあって生活者の情報リテラシーが非常に高い。インフルエンサーに情報拡散を依頼しても、そこに熱量がなければまったく響かない時代になりました。梅乃宿酒造の仕事では、事業計画を作ったのち、それを実現するために始めにふたつ決めたことがあります。ひとつはブランド設計をあえて決め切らず、ファンであるユーザーを巻き込んでいくことで、メーカーがお客さんといっしょにブランドを育てていく「生活者共創型マーケティング」を行うこと。もうひとつは安易なインフルエンサー起用はせず、熱量をもったファンであるエヴァンジェリストをもとに体験価値を広める「エヴァンジェリストマーケティング」を行うことです。
生活者の熱量を生む体験ってなんだろうということを石井さんとゼロイチで考えて生まれたのが「PARLORあらごし 大人の果肉の沼」。ほとんど宣伝費のない中で、熱量の高いユーザーがSNSで拡散したくなる「ブランド価値」や「飲用体験」を設計しました。その狙い通りいろいろなユーザーの方がSNSでブランドの良さを広げてくれて、その口コミがまた次の輪を広げて、、、狙った通りの広がりのおかげで大きく売り上げを伸ばすことができました。また、梅乃宿の事業全体も、ファンである声優さんなど、熱量をもって梅乃宿を大切にしてくれるエヴァンジェリストの方と様々な企画をやったことで、この数年で大きく成長することができました。どうしても短期的には目先の数字(売り上げ)がほしくなってしまいますが、そこは急がば回れ。本当に熱量をもった人とブランド体験を作っていくことは、コマースPRの勝ち筋としてひとつ見えてきたことかなと思います。

-今回「戦略PM」「コマースPR」というふたつのキーワードが出ましたが、今後桑嶋さんが強化していきたい分野、チャレンジしたいことなどありますか?

桑嶋:これまでのキャリアで足りていないと感じるのはファンドや投資家など金融マーケットの視点です。株主は何を考えているかまで理解してプロマネができればもっと事業に貢献できるはずなので、いまはそこを強化したいですね。
なにより僕は、パートナー企業の事業成長を支援することで博報堂も成長する「真の事業パートナー」としてのビジネスモデルを推進していきたいので、同じ目線を持った社内メンバーともっと仕事をしていきたいです。博報堂で仕事をすることのよさは、自分の領域を常に拡張できることだと思っています。さまざまな分野のスペシャリストと仕事ができるということもありますが、自分の裁量で仕事そのものの定義を拡張することができる。僕にとってこの7年は、ECやコマースというものの定義を拡張し続けた時間だと思っています。はじめは特定のECプラットフォームに限られた仕事だったものが、ECの経営コンサルに、さらにECにとどまらないコマース事業全体のプロデュースへとどんどん拡張している。それが叶えられたのはやはり博報堂というバックボーンがあるからです。クライアントとの信頼関係のうえで、自分のアスピレーションと仕事を結びつけられる環境をとても幸せに感じています。

桑嶋 剛史
博報堂 コマースコンサルティング局
コマースDX推進グループ
ビジネスコンサルタント
HAKUHODO EC+
地域DXソリューション リーダー

通販事業の運営チームを経て、博報堂のEC支援チームの旗揚げに参画。米国Kepler社への短期出向を経て、現職。新規ビジネスの立ち上げや変革、事業設計を得意とする。各種講師や記事/書籍執筆なども担当。

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