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こそだて家族を解放する、幸せな新視点 第4弾
進学個別桜学舎塾長・亀山卓郎先生
子ども自身が”腑に落ちる”ことが大事。幸せな中学受験の形とは

2024.10.15
博報堂こそだて家族研究所による、既存の教育の形に囚われない新しい教育に挑戦している方へのインタビュー連載。第4弾は「中学受験の幸せな新視点」をテーマに、東京・上野エリアで個別指導塾の桜学舎を運営し、『ゆる中学受験 ハッピーな合格を親子で目指す』の著書である亀山卓郎先生をお迎えしました。
中学受験をする子どもの数は、2014年から9年連続で増加してきました。少子化の影響を受け、2024年は受験者数こそ微減したものの、受験率は過去最高の18.12%に。一方、学歴を追求するあまり、弊害が出ているケースもあります。家族それぞれの事情に合った幸せな中学受験とは、どういうものなのでしょうか?

ゲスト:
亀山 卓郎 氏
進学個別桜学舎 塾長

聞き手:
豊田 丈典
博報堂こそだて家族研究所
TEKO コピーライター / ディレクター

西尾 創一郎
博報堂こそだて家族研究所
ストラテジックプラニング局 ストラテジックプラナー

末富 新
博報堂こそだて家族研究所
ストラテジックプラニング局 ストラテジックプラニングディレクター

中学受験が加熱するのはなぜ?

末富
桜学舎は、首都圏模試偏差値60以下の中堅校を狙うことを掲げられています。はじめに、中学受験にまつわる最近のデータや、博報堂こそだて家族研究所(以下、こそだて研)の課題意識を共有させていただきたいと思います。

■一人あたりの教育費が増加。コロナ禍を経て教育に対する不安が増し、公立と私立のICT活用の差などから私立を選択する人が増えている。
■長期トレンドで「学歴を信じる」という人が増加。その一方で、学校を出たら学びは終わりという意識も見られる。学歴は学びの結果というよりも、社会を生き抜く上で学歴が重要だから、効率よく獲得していってほしいという人が増えているのではないか。
■結果として、2024年の中学受験率は過去最高に到達。中学受験が過熱する中で、学歴やキャリアなどを追い求めるあまり親が熱中してしまい、子どもにとって過酷な経験になるケースも散見される。

末富
まず、都市部を中心になぜこんなに中学受験は注目を集めているのでしょうか?

亀山
第一に、地域性の観点があります。首都圏の中でも東京は圧倒的に学校数が多いので、親御さんが私立も選択肢に入れるのは自然です。次に、先ほど紹介されましたが、子どもの数が減っている分、教育投資ができることです。かといって小学校受験は不確定要素が大きく、まだ周りに情報も少ない。そうした要因が重なって、多くの方が中学受験を選ぶようになっています。

西尾
先生からご覧になって、どういう場合に中学受験がおすすめですか?

亀山
あまり私たちからおすすめすることはないのですが、唯一のポイントは「本人がやりたいかどうか」だと思います。つい先日、ご両親とともに体験に来たお子さんは、受験にも勉強にもまったく興味がなく、まだ幼い印象がありました。この状態では受験が押しつけになるので、「少なくとも現時点では受験勉強に進まないほうがいい、今は自分の興味関心を大事にして、もう少し後から考えても遅くないですよ」とお伝えしました。
自分で考えて決めたり、取り組んだりできるような成長段階にまだ至っていない子も一定数います。それなのに親の計画に乗せてお尻をたたくことが、悲劇ともいえるケースの根本にあると思います。

1月20日に顔つきがガラッと変わった

豊田
子どもの気持ちを置き去りにして親主導で進めてしまうと、うまくいかないことが多いのですね。

亀山
裏を返すと、本人が本気になると強いです。ある例では、ご両親はとても熱心なのに本人は最後まで気が乗らず、その子が変わったのはなんと1月20日だったんです。

西尾
首都圏の中学入試は2月頭スタートが多いなか、6年生の1月20日ですか?!

亀山
そうなんです。顔つきがガラッと変わった。理由は、その日に初めて自分が行きたいと思う学校と出会えたからでした。それまでは親が偏差値重視で志望校を選んでいましたが、成績的に厳しくなり、お父さんが安全校として別の学校の説明会に直前で申し込んだのです。そして本人と行ったらすっかり気に入り、親が選んだ学校にも受かったものの、本人の希望校に進学しました。

末富
親がどこに行かせたいかよりも、子ども自身の希望を見つけることで一気に受験が自分ごと化したように思われます。

亀山
そう思います。このときは、ぎりぎりでそうした機会があって本当によかったです。
親子関係でうまくいかない場合の多くは、親御さんが支配的というか、どこか上司と部下みたいな構図になっています。でも、実の子どもにはそれは通用しません。大人がどれだけ論理で組み立てても、それを全部ひっくり返すのが子どもです。だから親主体ではなく、子どもの気持ちに寄り添って、常に子どもが当事者になっているかを見ていかないといけないと思います。
一般的な受験指導、また親御さんの考えとしても、学力をある程度高めて偏差値で志望校を絞り込むことが多いと思います。それも否定はしませんが、私たちはそうした手法はあまり推奨していません。偏差値より、どういう学校が理想か、どういう6年間を過ごしてほしいかという観点で、いい学校をたくさん見てほしいと思いますね。学力が定まる前に目標を決めるのです。その上で偏差値という“ラベル”を確認して、「何とか手が届きそう」「かなり厳しそう、頑張れるか?」などと話し合えばいい。すると本人も、ここに行くにはこれくらい頑張らないといけないな、と腑に落ちます。

■子どもの主体性を重視する「ゆる中学受験」の概要(こそだて研まとめ)

親は受験の“プレイングマネージャー”にはなれない

末富
入り口が偏差値ではなく、本人が行きたい学校を探そうというお話がありました。先生の経験された中で、「これは幸せな受験だったな」と思う例を教えていただけますか?

亀山
先ほどの本人が行きたいかを重視することも、つまり子どもを当事者にすることですよね。細かい点だと、塾の準備や「今日やること」などを親が全部そろえてしまうのも、子どもが当事者になるのを妨げます。食器の片付けや布団の上げ下ろしも、自分でやれる子は強いです。親御さんがいかに熱心でも、受験ではプレイングマネージャーにはなれません。代打で入試は受けられませんから。
とはいえ、子どもが雰囲気やイメージだけで学校を選ぶことも往々にしてあります。幸せな受験になった例を聞かれて思い出すのは、親御さんと本人の志望校が異なっていたあるケースです。両方受かったのですがお互い譲れず、進学先を決められなかったんですね。
私はその子に「あなたの味方をしたいけれど、自分の希望を通したいなら両方ちゃんと調べなさい、『親から押し付けられている』と思っている学校は調べていないでしょう」と伝えました。そうしたら本人もまじめに調べて、なんと、親がすすめる学校にすると決めたんです。

豊田
本人の希望を大切にはしつつ、いつも子どもの言う通りに従えばよいわけでもない。興味深いです。

亀山
結果的に進学先は同じでも、親に説得されてなし崩し的に行くのではなく、自分で調べて葛藤した上に意思決定したことが、本人にとって大事になるでしょう。
こういうことがあるから、中学受験は常におもしろいなと思います。おもしろい、というと語弊があるかもしれませんが、ワンダフルというより、マーベラス。経験の長い私たちでも思ってもみないようなことが起きるんです。
どんな道でも進むのは本人なので、本人が納得して進路を歩んでいけることが重要ですね。親や誰かの押しつけではない、自分で見つけた目標なら、努力の量も増えますし、自走できるようにもなります。それが受験勉強の本質のように思いますね。学歴を得るための手段という枠組みではなく、子どもがみずからその枠を飛び出していく、それが教育の世界であり子どもの成長過程そのものなのではないかと考えています。

家庭の教育コンセプトは何か、それは夫婦で一致しているか

末富
中学受験の勉強を始めるとき、例えば公立とは違う環境で学ばせたい、多感な時期の高校受験を避けてのびのびさせたいなど、親が持つコンセプトについてご著書で触れられていました。これらは、やはり親子でしっかり話し合うことが大事なのでしょうか?

亀山
そうですね、ただし子どもといきなり話し合うのは拙速で、まずはご夫婦で意見を一致させることが必要です。大人のコンセプトが定まらないのに子どもに振ってしまうと、子どもと父親は合うが母親の意見が違うとか、子どもと母親は合うのに、といった事態になったりして子どもが混乱します。
私たちは必ず、入塾時に親御さんにコンセプトを書いていただくんですね。受験が佳境になると子どもを追い込んでしまいがちですが、「最初に書いたことを見てみましょうよ」とお声かけすると、初心に立ち返ってハッとされる方が少なくありません。
中学受験は親の受験、とも言いますが、それは親がどう導くかではなく、親自身の教育のコンセプトが問われるということだと思います。

末富
親が先に音を上げることもよくあるそうですね。

亀山
本当に。SNSなどで「受験を撤退しました」という書き込みをしばしば見かけますが、それは親の都合で撤退しているんですよね。やらせたからには、子どもにちゃんと結論を得させて終わらせるべきだと私は思います。中学受験撤退は、子どもの中でかなり大きな傷になるんです。この傷つきは、ないほうがいい。
受験を上位校だけに絞り、うまくいかなければ「高校入試でリベンジしろ」というのも避けてほしいと思います。成功体験がないまま公立中学に進ませるわけですから、このまま高校入試でいい結果になったケースはほぼ見たことがありません。
安全校ひとつでも合格という勲章が取れれば、本人の意思で蹴って公立に進んでもがんばれます。でも、勲章ゼロではつらい。全員とはいいませんが、こうした子たちが中学で荒れていくケースをたくさん見てきました。中高を通して当塾でずっと指導していた子は、高2でやっと心を取り戻すことができた。そこまで、長かったですね。

豊田
「幸せな中学受験」について、総じて子ども主体が大事なのだとよく分かりました。大人の尺度で決めつけず、本人の納得感や成長機会の提供を考えないといけないですね。

亀山
そう思います。人間、やはり「可能性があるな」と思えるからチャレンジできるんです。子どもをちゃんと見ず、無理を押し通していませんか、それは大人の理屈ではないですか、と親御さんに問いかけることはすごく多いです。

自分の興味の“外側”を体験し、視野を広げる

末富
では、視点を少し先に移して、5年後や10年後の中学受験はどういう姿になっていると思われますか?

亀山
業界の変化でいうと、中高と大学のつながりがどんどん強くなっています。例えば北里研究所と順天学園が合併し、26年4月から順天中高が北里大の付属校になりますし、法政大学と横浜創英中高の連携も発表されています。こうした動きが進むと、「大学まで安泰だから付属校」という親御さんのニーズがさらに顕在化しそうです。ですが裏を返すと、付属校はのんびりしていて大学で外に出る動機を持ちにくいので、安泰だけで選んでいいかは一考したほうがいいと思います。
次に、中学受験でも大学入試の総合型選抜や推薦型選抜のような試験が増えているので、この傾向が加速するとかなり様変わりしそうです。仮に大学で求められる力が総合的な力なら、逆算して中学受験で求められることも変わります。入試本番で、小6が大人顔負けのプレゼンをしていたりします。従来の「4教科バランスよく」という競争ではない軸で判断されることが増えるかもしれません。

末富
親としては子どもにバランスの良さを求めてしまいたくなりそうですが、先生は、そうした変化をどう受け止めていらっしゃいますか?

亀山
算数がすごくできるのはいいですが、かといって語彙力がまったくなくてかまわないかというと、将来を考えると違いますよね。バランスのいい子になってほしいという思いはあるので、葛藤がないとはいえません。ですが世界を見渡すと、どこか突出した人のほうが自分の力を発揮できるようになっていますから、闇雲にバランスを求めても仕方ないのかなとも思います。
ただ、総合型選抜は大学入試でも難しいです。要は「大学でどんな研究をしたいのか」を語れないといけないから。なので皆、今だと判で押したようにSDGsだ海洋プラスチックだと話すのですが、それでいいのかは疑問です。これだけ情報社会になりながら、結局、興味の枠はすごく狭くなっているのかもしれません。
さまざまな領域で、画一的ではなく一人ひとりに合わせた「個別最適化」が進み、それがさも良いことのように語られていますが、私は教育上あまり良くないと思っているんです。

西尾
子どもそれぞれ学習課題が異なる中で個別最適化は効率を高める面もあると思いますが、個別最適化の良くない点とはどのような点にあるでしょうか?

亀山
ネットショッピングやコンテンツサイトで「あなた向けのおすすめ」が出てくるように、自分の好きなことや過去に関心を示したことの関連事項にばかり触れてしまうことです。「何かほかにおもしろいことないかな」と探すには向いていませんし、検索しようにも検索キーワードが自分の中にない。現代の子どもたちが直面している、ある種のワナともいえそうです。
だからキーワードを増やすことが大事になりますが、自分が持つキーワードがすごく少ないために与えてくれる人に飛びつく傾向もあり、なかなか難しいです。それに、スマホの中の世界なら際限なく見るのに、自分で体験しようというと途端に腰が引けてしまうんです。
でも、体験して分かることは、映像を見て分かることとは全然違います。現場での体験は、興味の幅を広げるのに大きく寄与します。そして受験の世界でもそうしたことが求められるようになるなら、私たち民間教育も、教室での指導ではなくリアルな世界に飛び出すことが必要になる可能性もあります。
これは、実は教育の原点回帰なのかもしれないですね。子どもにはそもそも、興味を持ったものに夢中になって、自分でどんどん探索する性質がありますから。

末富
最後に、子育て世代にメッセージをいただけますか。

亀山
やはり、自分の子どもの顔を見ながら教育活動に当たっていただきたいと思います。外部の意見や受験情報をまるまる踏襲するのがいい教育だと思われる方もいますが、自分の子どもの教育は、やはり自分でしかできません。
受験はその教育活動の一つなので、一人ひとり違って当たり前です。人間をつくる活動なのだと忘れずに、お子さんの受験を捉えていただきたいですね。

こそだて研メンバー一同
本日は示唆に富んだお話の数々を伺うことができました、ありがとうございました!

スタッフ後記

「親が、どれだけ自分にブレーキをかけられるか」
小学2年生の長男と年長の次男を持つ身として、非常に身につまされました。子どもの行動の結果が予測できてしまう分、ついつい口を挟んでしまいたくなります。が、それこそが余計なお世話であって、子どもの自立を妨げている可能性は、常に頭に置いていた方がいいのですね。実は親が自分自身にかける「ブレーキ」こそが、子育てに一番大切なことなのかもしれません。(豊田)

「中学受験の主人公は、あくまでも本人」
、最近の中学受験における変化とずっと変わらない根底の部分をリアルにご教示いただき、とても考えらせられる対談となりました。中学受験はゴールではなくスタート地点。6年間その学校に通うのは子どもだからこそ、受験本番日をゴールに据えるのではなくその後の学校生活をどう過ごしたいのか子どもと一緒に考えながら中学受験に挑むのが大切なのだと思います。(西尾)

「中学受験で何を得たいか、を考えることが大切」
上の子が中学受験塾に通う親として、「この受験で何を得たいか」というコンセプトを考えることが大切だ、という新たな視点をいただきました。志望校合格を目指して懸命に走ってはいますが、合否という最終結果のみに囚われず、やり抜く力や助け合う力を育むことができる有意義な受験にしてほしいと思います。(末富)

亀山 卓郎

1968年生まれ。千葉県千葉市出身。明治学院高等学校、成城大学文芸学部マスコミュニケーション学科卒。専攻は大衆心理学。大学生時代から塾の教壇に立って30年。大手塾・個人塾などで教務経験を積んだ後、塾経営20年。2007年進学個別「桜学舎」スタート。現在、同塾塾長。主な著書に『ゆる中学受験 ハッピーな合格を親子で目指す』。

博報堂こそだて家族研究所

博報堂こそだて家族研究所は、子育てに正解はなく選択肢が無数にあるこの時代に「こそだて家族」のこれからの姿を研究・調査・情報発信を行うプロジェクトです。現役のパパママ世代が中心となり、クリエイター、ストラテジックプラナー、PRプラナー、メディアプラナーなど、多様なスキルを持つスタッフが所属しています。「小学生の子を持つファミリー」を中心としながら、マタニティから大学生の子を持つファミリーまで幅広いこそだて家族を対象としたマーケティング&コミュニケーションの専門家として、新しい視点や考え方の提案を行っています。
https://www.hakuhodo.co.jp/kosodatekazoku/

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