【参考:ブランド・アクセシビリティ*レポート】
https://www.hakuhodo.co.jp/magazine/105024/
*「ブランド・アクセシビリティ」は、さまざまな生活者データを博報堂プラナーが読み解き、これからの社会・生活にとって重要だと思われる商品やサービスの提言を発信する、博報堂内の部門横断活動「Future Evangelist」(主管:研究デザインセンター)から生まれました。
今回のテーマは「どうすれば障害のある方の視点を起点として、ブランド体験にイノベーションを生み出せるか」。はじめに、博報堂の奥村よりブランド・アクセシビリティの重要性についてお話ししました。
奥村:博報堂が提唱する「ブランド・アクセシビリティ」とは、製品やサービスの利用にペインを感じやすい方の困りごとから着想を得て、障害の有無に関わらず、あらゆる生活者がブランドを心地よく使い続けられるように体験設計を行うこと。
障害のある方やサポートを必要とされる方、そしてその当事者と同居する人の数も含めると、日本で約7人に1人の方が、何らかの生活障壁を意識した購買行動を取っていると言われています。さらに、今後高齢化が進み、障害のある方も増えることを想定すると、市場のボリュームとしてもはや無視できないレベルに達していきます。
また障害のある方は、製品やサービスに対して「自分が利用することを想定されていない」と感じやすく、特に視覚障害のある人の場合は2人に1人がそう感じているというデータも。
一方で、障害のない方も、“言われてみると気になる”使いづらさ、潜在ペインを抱えているのが実情です。製品やサービスの利用にペインを感じやすい人=「コアペイン層」の困りごとから「潜在ペイン層」にも響く新たなイノベーションを生み出すことができるのではないでしょうか。
よく、ユニバーサルデザイン、インクルーシブデザインとはどう違うのかという質問をいただきますが、これらがデザイナー主体の発想でより使いやすい製品を開発するものであるのに対し、「ブランド・アクセシビリティ」はマーケターを主体に、コアペイン層の困りごとを聞き、製品開発のための新たな視点を見つけることで、あらゆる生活者に心地よい体験設計を行うもの。
今後、マイノリティとされてきた方々の意見なくしてブランドの成長は見込めません。あらゆるマーケターは障害のある方の声を直接きいて、製品開発に活かすことが必須であるという観点から、今日は当事者である薄葉さま、原さまを交えてセッションしていければと思います。
つづいて、参加者からの質問に薄葉さま、原さまにお答えいただき、製品・サービス開発のヒントを探るダイアログセッションを行いました。
薄葉:たとえば化粧品などのキャップで、閉めるとカチッと指の感覚に伝わるものがありますよね。閉まったことが直感的にわかるので便利なんです。耳の聞こえる方でも、とくに忙しい朝などは感覚的に開閉がわかると便利なはず。そういった工夫はすべての人に役に立つと思います。
原:弱視だと駅の案内板を探すのが大変。近年床に案内表示のある駅が増えてすごく便利です。周りを見渡す必要がないので、他の多くの人にとっても助かる工夫なのではないでしょうか。
薄葉:聞こえない、聞こえにくいということを気遣って、同じ空間にいるのに直接話しかけていただけないことがあります。隣にいる家族などを通じてお話ししてくださるのですが、私としては直接コミュニケーションしたい。相手が聞こえない、聞こえにくい人であっても直接コミュニケーションをとってください、とお願いしています。
原:買い物に行った際「これがほしい」と言うと、店員さんが売り場から商品を持ってきてくださることがあります。とてもありがたいのですが、自分で選びたいから売り場まで連れて行ってほしい人もいる。人それぞれ求めている対応が違うことをわかっていただけるとありがたいですね。
参加者:障害のある方に対して過剰に遠慮して、うまくコミュニケーションできないというのは往々にしてあること。相互理解の重要性を感じました。買い物のときの「選択肢」も重要なアクセシビリティなんですね。
薄葉:先天的に耳が不自由な方など、衛生用品の使い方や薬の飲み方など、そもそも健康についての情報に乏しい人もいます。商品の広告だけでなく、啓発的な情報を入り口に商品に辿り着くケースもあるので、多面的な情報発信に効果があるかもしれません。
原:家族が買ってきたものを使うなど、基本的に冒険しない人が多いですが、このメーカーの商品にはQRがついている、と認知されれば手に取るかもしれません。また、メーカーのサイトに読み上げ機能がついていればそこから情報を入手すると思います。情報の入手経路は普通の人と変わりませんが、視覚障害者のコミュニティがあるので、そこで情報交換をしています。やはり口コミがいちばん強いですね。
薄葉:レジャー施設など、楽しむことを目的とする場合は口コミが強いですね。聞こえない、聞こえにくい人も「参加できる」というのと、「楽しめるかどうか」は別の問題。どれくらい配慮があるかは施設によって異なります。たとえば、案内をするガイドさんが立ち止まって顔を見て説明してくださるとありがたいですね。完璧を求めてはいないので、できることから取り組んでもらえたらうれしいです。
原:まず調べるのは、ホームページやアプリに音声読み上げ機能があるか。また、全盲の人にとっては触れる体験があるかが重要です。工場見学だとガラス張りになっていることが多いですが、機械音や摩擦音、ちょっとした振動など、目で見る以外の情報が感じられるとすごく体験価値が高いと思います。
あと、施設選びで重要なことは「障害者向けのスペースあります」など一文でも書いてあること。お子さんがいる方は「お子様歓迎」とか「キッズ用の椅子があります」と書いてあるだけで行きやすくなりますよね。それと同じで、心的負担が一気に少なくなるんです。
薄葉:耳にかけるタイプの人工内耳を使うようになってから、帽子が当たって被りにくいのが悩みです。補聴器を使う人にも使いやすい帽子、サングラスなどがあるとありがたいです。耳に当たりにくかったり、軽かったりするものがあれば、障害の有無に関わらずみんなにとってうれしい商品になるのではないでしょうか。
原:服を買いにいくだけでもプレッシャーを感じるので、「視覚障害に対して知識のあるスタッフがいます」といった一文があるだけで行ってみようと思います。そうしたら口コミでどんどん広がっていくと思いますよ。
薄葉さま、原さまと参加者のダイアログセッションを終え、さいごに博報堂の西尾より、今後企業と向き合いたい「問い」についてお話ししました。
西尾:本日皆さまとのセッションを通じて、「選択肢を増やす」ということが重要なテーマのひとつになると感じました。今後、障害のある方を含む、あらゆる方に心地よいブランド体験を提供するため、企業のブランドづくりはどんな方向を目指すべきか、そのために重要な「問い」は何かも含めて、ぜひ対話を続けていきましょう。
博報堂とミライロでは、市場ごとのアクセシビリティ課題に合わせてマーケティングや製品開発プロジェクトの伴走をさせていただきます。今後も、当事者の皆さまと一緒に議論を深める場を設けていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
ご参加いただいた皆さまに、ダイアログセッションを通じ印象に残ったこと、今後自社で取り組みたい内容などを伺いました。その一部と、ファシリテーターを務めた二人の振り返りをご紹介します。
【参加者からのご感想(一部抜粋)】
・「選択肢」というのがよいキーワードでした。コアペイン、潜在ペインという考えも社内に持ち帰って広げていきたいです。
・自社ビジネスに関することだけでなく、他業態のお話をきくことで共通する部分や新しい視点を得ることができました。
・障害のある方だけに合わせるのではなく、それ以外の方を含めた利便性を追求する考え方が大事だと思いました。
・今回はプロジェクトメンバーのみの参加でしたが、人事やグループ会社などにも参加してほしいと思いました。
・開発プロセスにおいて、多様な視点を取り入れ、提供価値を高めていくための仕組みづくりを進めていきたいです。
【博報堂:西尾 創一郎】
今回はさまざまな企業でアクセシビリティの課題に取り組まれている方にご参加いただきました。薄葉さま、原さまに具体的なヒントをいただけたと思います。障害のある方に向けた取り組みは、どうしても「こうあるべきだ」というビジョナリーな部分からアプローチしがちですが、ここにいる企業のご担当者、一人ひとりによる改善が世の中を変えていくこともできる。その積み重ねで社会はきっとよくなるはずです。現場から共通認識が生まれていけば、あらゆる人が過ごしやすい社会になっていくと感じました。今後も機会を重ね、各社との協業を深めていきたいと思います。
【博報堂:奥村 伸也】
今日は多業種17社の皆さまと当事者のお二人とお話しすることができて、非常に学びが多い時間でした。ブランド・アクセシビリティは博報堂単体で推し進めることではなく、各企業とともに、さらには業界横断で取り組むべきこと。広告自体のアクセシビリティももっと進化しなくてはいけませんし、それをリードする存在になりたいと考えています。
博報堂は生活者発想に基づくプランニングを強みにしている会社として、世の中全体がこんなペインを抱えている、という「潜在ペイン」を言語化し、イノベーティブな製品・サービスの開発をお手伝いすることができます。博報堂とミライロはともに製品開発をしていく協業チームになっていますので、今後はさまざまな企業のお手伝いをさせていただきたいです。
【「障害者」の表記について】
本イベントレポートでは、「障害者」 と表記しています。 「障がい者」 と表記すると、 視覚障害のある方が利用するスクリーン ・ リーダー (コンピュータの画面読み上げ ソフトウェア) では 「さわりがいしゃ」 と読み上げられてしまう場合があるためです。 「障害は人ではなく環境にある」 という考えのもと、漢字の表記のみにとらわれず、 社会における 「障害」 と向き合っていくことを目指します。
〔ゲスト〕
薄葉 ゆきえ
株式会社ミライロ
日本ユニバーサルマナー協会講師
東京都出身。2016年から現職。幼少時の病気の後遺症で感音性難聴に。徐々に聴力低下が進行し、30代で完全に失聴。現在は人工内耳を装着している。全国各地の企業、自治体、教育機関で障害理解とコミュニケーションをテーマとした講演活動や人権研修を行うほか、電話リレーサービスのコンサル業務、障害者アートを使用した研修にも関わっている。
原 聡
日本ユニバーサルマナー協会講師
1986年、愛知県生まれ。神奈川県在住。20代で視力と視野が徐々に失われる「網膜色素変性症」と診断される。会社員として働く傍ら、自身の経験を活かしユニバーサルマナー検定講師として活躍中。プライベートではブラインドラグビーの日本代表として活動している。パラリンピック競技であるゴールボールや、盲学校でも盛んに行われているフロアバレー、ハンドボールなど様々な競技の経験あり。
〔ファシリテーター〕
奥村 伸也
株式会社博報堂 ストラテジックプラニング局
2020年博報堂入社。日用品、食品、飲料、家電などの領域における広告戦略策定から、事業開発・サービス改善を得意とする。ブランド・アクセシビリティの考え方を市場に広め、すべての人にやさしいブランドづくりに貢献したい。
西尾 創一郎
株式会社博報堂 ストラテジックプラニング局
2021年博報堂新卒入社し、以後ストラテジックプラナーとしてブランド戦略立案から新商品開発まで幅広い商材のプラニングを担当。ありとあらゆる人の共創の触発で明るい未来を作りたい。