ゲスト:
安居 長敏 氏
ドルトン東京学園 中等部・高等部 校長
こそだて研メンバー:
伊勢 壮太
博報堂 ミライの事業室 ビジネスデザインディレクター
豊田 丈典
博報堂 TEKO コピーライター / ディレクター
末富 新
博報堂 ストラテジックプラニング局 ストラテジックプラニングディレクター
伊勢
まさか、あぐらで車座になってお話をうかがうとは。こんな空間がライブラリーの真ん中にあるなんて、とても開放的ですね。
安居
ここは「ラーニングコモンズ」と呼んでいて、書架エリアと複数のラウンジがあります。2022年に建てたSTEAM棟2階に位置しており、上下のフロアにクラフト・ラボラトリーやサイエンス・ラボラトリーを設けています。校舎のしつらえや演出などの環境づくりも、学校がどんなことを大事にしているか、というひとつのメッセージですね。
末富
改めて、今日はよろしくお願いします。はじめに少し、中学受験や中高一貫校についてのリサーチを共有させてください。
大学受験に備えるだけではない、その先の可能性も含めた選択肢として中高一貫校を考えたく、ドルトン東京学園さんに取材をご依頼しました。ドルトンプランを踏襲されている点が大きな特徴ですが、まず、どういった教育なのかうかがえますか?
安居
ドルトンプランは100年以上前に米国で生まれた教育メソッドで、学習者を中心とした教育をモットーにしています。平たくいうと、学ばせる側ではなく、学ぶ本人が主体的に探究する姿勢を重視しているんですね。「自由」と「協働」という2つの大きな原理を掲げて、一人ひとりの興味に基づいた自主性と創造性を育むこと、そして他者との交流を通して社会性と協調性を身に付けることを大事にしています。
末富
今では、ドルトンプランを導入した学校が世界中にあるそうですね。
安居
はい。日本の中高では当校が1校目ですが、米ニューヨークや欧州各国のドルトンスクールともさらに異なっていて、世界にも例のないドルトンプランの展開だと評されています。既存校は、学びを自分のペースで進められるのが特徴ですが、ドルトン東京学園ではそれに加えて学ぶ教科や、何を学ぶかというテーマ自体を生徒が模索し、探究していきます。一人ひとりがそうできるように、さまざまな観点でサポートしています。
末富
先ほどの2つの原理をどう実現するかという点で、ドルトンプランでは3つの柱を提示されていますね。
安居
「ハウス」「アサインメント」「ラボラトリー」の3つですね。何を学ぶか、に大きく関係するアサインメントからお話しすると、教科学習の単元ごとにその単元を学ぶ目的や、小テストやグループワークの予定などをまとめています。これを生徒が把握し、個々人で学習プランを計画していきます。
当校には、中間、期末のような大きな試験はありません。先生は普段の活動や成果物などをすべて細かく評価し、その積み上げで前期と後期の成績をつけています。他校でも複数の観点で評価されているでしょうが、ドルトンはその素材がとても多いと思います。
伊勢
すばらしいと思う反面、先生の手間や時間がすごくかかりますよね? 一元的に管理できなさそうです。
安居
管理を止めたらいいんですよ。
全員を管理して一緒に進める、ということを完全に止めているのがドルトンなんです。各自の興味に基づいてさらに深掘りできる「ラボラトリー」の柱にも通じますが、例えば理科の授業で同じ学年の生徒が理科室にいても、みんな違うことをしている。それは一人ひとりのアサインメントに基づいて、生徒と先生がわかっていたらいいんです。
豊田
相当、一人ひとりに任されているのですね。10代前半の子どもには、自分でコツコツ進めるのは難しくないのでしょうか? 定期テストで挽回することもできませんし。
安居
もちろん、生徒全員が一度は失敗しますよ。でも、そうすると「次は得意科目は早めにやろう」などと工夫します。自分で決めて、遂行する、それも含めて学びです。アサインメントの言葉の通り、生徒である自分と先生との約束なので、できなくても自分で刈り取るしかないんです。
末富
「ハウス」の仕組みも興味深いです。学年縦割りで、異年齢の生徒が同じホームルームにいるのですよね?
安居
そうですね。当校は中高を通して「1~6年生」としており、ハウスは1~6年生が均等に所属する100人程度の集団(ビッグハウス)があり、さらにそれを4等分した25人程度のスモールハウスが基本になっています。もちろん同じ授業を受けるわけではなく、各自が専門教室で授業を受けては戻ってくる“居場所”で、昼食をとったりハウス対抗の運動会をしたりします。
異年齢がまぜこぜになると、兄弟姉妹のような関係性が自然と生まれます。保護者会でも、低学年の保護者の不安に高学年の保護者が答えてくださるようなことが起こっています。
豊田
ハウスがあり、授業で一緒になる同学年のコミュニティがあり、部活や委員会がある。複数のコミュニティがあると、どこかで悩みがあっても息抜きができますね。
安居
そうです。同学年の間ではリーダーになれなくてもハウスではなれるとか、環境が違うといろんな面を発揮できる。自分が固定化された見え方にならないのはいいことだと思います。
末富
実は今日うかがった3人とも中高一貫校の出身ですが、時代もあってやはり大学受験の先取りの色が濃かったので、ドルトン東京学園の実践は新鮮です。冒頭で触れたように中学受験が増え、中高一貫校も増えているわけですが、この背景をどうお考えでしょうか?
安居
特に首都圏でいうと、やはりニーズが大きいから学校も増加しているのだと思います。高校受験が不要なことをメリットと捉えて、早い時期から将来に向けた教育を望む家庭が増えているのでしょう。保護者には、中学受験の次は大学受験という道筋が描きやすいです。
一方、あくまで一般論ですが、学校側は「中高一貫」を打ち出すことで集客につながる。つまりマーケットそのものが中高一貫校を求めている点がいちばん大きいと思います。
豊田
中高一貫校に通った身としては、迷走できることがメリットですよね。中1でライフワークを決められる子は多くないですが、6年あればぐるぐる回る余裕があります。
末富
そうですね。「迷走できる」という点は、安居先生から見てどうお感じになりますか?
安居
すごくいいメリットだと思います。当校でも、いちばん時間をかけているのが「生徒がゆっくりじっくり考える」ことなんです。6年間を「2・4」で区切って、1・2年次はいろいろな領域を見聞きし、自分が学びたいことを模索する。そして3年以降は興味がある方向性をどんどん深掘りしていきます。先ほどのハウスでも1・2年次はクラスが替わり、3~6年は固定になっています。
中学受験では親御さんや塾の先生と、ある“レール”を想定して備えますよね。それでいざ入学したら、いきなりレールがなくなって「自分でやってね」となるのは無理があります。高学年になると選択授業も増えてくるので、個人差を加味しながら2年で下地をつくっておくのです。
末富
2年を基準に、一人ひとりの生徒を見ながら、下地ができる時期を待つという感覚ですね。
安居
はい。「待つ」のは重要なキーワードですね。基本的に、こちらが答えを提示してはいけません。声をかけて反応が返ってこなかったら、また考えておいでと伝える。いつか必ず本人の意思が出てくるので、時間がないから「はよせえ」と急かしては絶対いけないと思っています。
末富
3月に、子どもを連れてDalton Expo(※中等部の修了探究・高等部の卒業探究の個人発表や教科・ラボの成果発表イベント)にうかがったのですが、プレゼンテーションでなかなかうまく話せなくても、先生が手を貸さずにずっと待っていた姿勢が印象的でしたね。
伊勢
私も子どもとDalton Expoにおじゃましました。海外研修を通した学びの展示も多く、ある生徒さんがよかったら見てください、と15分ほどいろいろ説明してくれて、何てしっかりしているのだろうと驚きました。
安居
人に対する壁のなさ、年齢関係なく伝えたいことを表現できる点は、ドルトンの生徒らしいところだと思いますね。自分の言いたいことをちゃんと言えるのは、安心が担保されているから。それも当校の文化です。
豊田
社会人でも、年齢が離れると途端に会話できない人も少なくないですよね。本来、他者との会話は生きる力のひとつですし、備わってしかるべきなのに。
安居
学校のときだけですよね、ほぼ同一学年で過ごすのは。どうして学校は年齢制なのかというと、やはり歴史的に、管理しやすかったからでしょう。要は、学ばせる側の都合です。
その点も、ドルトンのハウスの仕組みは社会のありようになるべく合わせているといえます。教科で学ぶコンテンツも、今の社会のありのままを取り込んでいます。
伊勢
2019年に入った一期生が、来春まさに初めての卒業生になりますね。自分で学び取る姿勢が身についた先には、どんな進路があるのでしょう?
安居
ひとつは、海外に目を向けること。また、大学名や偏差値で選ばず、やりたいことで学校を選ぶことです。ある生徒はテントウムシが好きで、テントウムシを研究できる研究室を見つけて「だからこの大学のこの学部に行く」と決めていました。また、内閣府の「地域みらい留学」(https://c-mirai.jp/)制度を使って三重県の公立高校に1年通った生徒は、地方創生に興味を持ち、それを学べるところを探しているそうです。
末富
「やりたいこと」ありきですね。この学校にいると、やりたいことの解像度が高くなりそうです。
安居
もちろん全員が全員ではなく、まだわからないからひとまず大学へという生徒も一定数いますが、やはりうちのような学びを積むと、履修科目などが決まっている学校に行ってもおもしろくないかもしれないですね。今は進学せず、海外に行って知見を広げてから大学を考える子もいます。生涯学び続けるなら、何も高卒ですぐに進学しなくてもいい。
伊勢
そうした自由度が、とても理想的に思えます。ただ、先ほどのアサインメントの話もそうですが、子ども目線で理想を実現しようとすると、どうしても手がかかりますね。
安居
そうですね。当校は学校という機関が目指すことや、多くの先生や保護者が「こんな学校があったら」という理想像を、ある程度は実現していると思います。ただ、おっしゃるように手間はすごくかかるので、先生が余裕を持てるよう、人数も多いです。
それ以上に他校と決定的に違うのは、先生にも「学校はこうあるべき、他がこうやっているから」という理屈が皆無で、「子どもにとって必要だから」という動機で動いていることです。当校が目指すことを、そのまま形にしている。それを楽しめる人が来ていますし、先生によって全部違うのでおもしろいですよ。きっとストレスも少ないでしょう、これがいいと思ってこうする、何が悪いねん、でいいので(笑)
でも、人生がたぶんそうですよね。日本は他者の評価を気にして行動を決めるようなところがありますが、そういう日本人の性格的なものをつくっているのも学校教育だと思います。最低限のルールを守ることは必要ですが、人と比べて卑下することはありません。決まった物差しを外せばいいんです。
末富
どれも納得することばかりで、貴重なお話をありがとうございました。では、5年後、10年後に中高一貫教育はどうなっているとお考えでしょうか?
安居
基本的には未来はつくるものだと考えているので、理想の未来をつくる努力を続けるべきだと思います。その上で中高一貫という観点で見ると、例えばグローバル教育や探究活動は今やどの学校も掲げているので、中身の多様化が進むでしょう。どこも同じなら意味がないから、偏差値ではない「行く理由」を見つけてもらえる学校にならざるを得ない。他校との差別化を図れないと学校が成り立たなくなりそうです。その先頭を、ドルトンは走っていきます。
他校を見渡しても、これまでの「難関大学を目指すための中高一貫校」「今やりたいことを犠牲にして将来のために準備する学校」といったあり方が疑問視されてきています。5年ほどで、中高一貫校のイメージは大きく変わりそうです。
「自分に合う」と思う学校が見つかったら、子どもにとって、そこがいちばん幸せになれる場所なのではないでしょうか。だから偏差値ではなく、この学校は他校とどこが違うのかを探すのが、受験校選びの大きなポイントになると思います。
伊勢
その点では、今日ドルトンの特徴をたくさんお聞きしましたが、これからさらに強化したいのはどこでしょう?
安居
最初にお話しした2つの原理のひとつ、協働の部分ですね。校内での協働は当然ですが限界があるので、フィールドを広げて、協働の相手をどんどん外に求めます。留学や、先ほどの地域で学ぶのはもちろん、大学や企業の方々とも協働したい。学校と外を行ったり来たりして学びを継続し、6年の課程を終えるのが将来像のひとつです。
「どうあるべきかよりも、どうありたいか」
他と比べてどうかや学校や教育はこうあるべきだ、といった固定概念に縛られることなく、生徒や先生方が実現したい学校の姿を追求されているのがとても印象的でした。生徒によって学びも全然異なるが、それがいいと思っているので「何が悪いねん」。志の高い実践をされているのに、安居校長のキャラクターからは“楽しさ”さえ感じるほどでした。昔と違ってもいい、他人と違ったっていい。言われてみれば当たり前かもしれませんが、新しい視点を頂きました。(伊勢)
「何を与えないか、も重要な視点」
子どもたちの管理が難しい仕組みはやめようという発想ではなく、管理そのものを止めてみる。子どもたちの模索も失敗も受け止めながら、自分から動き出すのを、辛抱強く待つ。与えることばかり考えず、何を与えないかを決めることが、実はすごく重要なのだろうと感じました。・・・実践するのは難しいですが!(豊田)
「大学受験の、その先を見据えた6年間に」
自分自身が中高一貫校を卒業した身として、型破りな学校のあり方に驚きの連続でした。中高一貫校のメリットは、大学受験への道筋が立てやすいことだけではありません。「迷いながらチャレンジし、今後の人生でやりたいことの解像度を高められる」という点に目を向け、子どもとの学校探しを楽しみたいです。(末富)
1959年生まれ、滋賀県彦根市出身。82年、滋賀女子高校(現・滋賀短期大学付属高校)に赴任。2002年、教員生活に区切りをつけコミュニティーFM局を設立。06年、滋賀学園中学・高校に奉職。13年に高校校長就任。15年から中学校長を兼務。17年、沖縄アミークスインターナショナル小学校・中学校長、同年6月1日付で学校法人アミークス国際学園・学園長。19年、同学園顧問(非常勤)、ドルトン東京学園中等部・高等部の参事(副校長補佐)となる。20年、ドルトン東京学園中等部・高等部副校長、22年7月から現職。
博報堂こそだて家族研究所は、子育てに正解はなく選択肢が無数にあるこの時代に「こそだて家族」のこれからの姿を研究・調査・情報発信を行うプロジェクトです。現役のパパママ世代が中心となり、クリエイター、ストラテジックプラナー、PRプラナー、メディアプラナーなど、多様なスキルを持つスタッフが所属しています。「小学生の子を持つファミリー」を中心としながら、マタニティから大学生の子を持つファミリーまで幅広いこそだて家族を対象としたマーケティング&コミュニケーションの専門家として、新しい視点や考え方の提案を行っています。
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