-これまでの経歴を簡単に教えてください。
石川:メディアのセクションを経て、その後営業として大手ゲーム会社の担当をしていました。もともとクリエイティブをやりたくて入社したこともあって、営業でありながらCDと二人三脚でディレクションの一部を担うことも。肩書きにこだわらず、どんなかたちであってもクリエイティブに携わることができると感じていました。営業だと「何をつくるか」が決まっていない段階からクライアントと向き合うことができるんです。クライアントの課題に合わせて取り組むべきクリエイティブを見定め、アウトプットする。そんなことを4年ほどやった後、社内に新規事業セクションが新設されて、志願しました。
広告ももちろん社会に影響を与えるものですが、そのときは、サービスのほうが「長く続く」という点で社会への影響力が大きいのではと考えていたので、新しいサービスをつくることにも興味があったんです。位置情報を使った観光ソリューションアプリを開発したり、妊婦さん向けの情報アプリを企画したり。
もともと垣根なくクリエイティブしたいという気持ちが強かったし、新規事業を経験したことは大きかったですね。この期間にデジタルクリエイティブの知識やコンテンツづくりのノウハウを深め、次のステップとしてクリエイティブ局へ異動しました。
-現在はブランド価値を高めるクリエイティブに力を入れているということですが、そこに軸足を置くようになったきっかけは?
石川:僕は営業もやって、新規事業も経験して、いまはクリエイティブ。色んな視点を持てるのは自分の強みなのかなあと思ったりします。例えば、はじめてのクライアントの方と向き合うときも、営業のときに培った「課題や困りごとを聞く」という姿勢で向き合えたり。そんなこともあってか、ベンチャー系のお得意様と仕事をする機会も多かったです。
広告って基本的にはブランドや商品がすでにあり、それを世の中にどう発信するかが仕事。ブランドとしての大きな幹はすでにあって、枝葉を広げていくイメージです。でも、新しい会社の場合、まずはいかにその幹を太くするかが重要。ブランドとしてどうあるべきかをいっしょに考えることが仕事になったというのがひとつです。
もうひとつは、本でした。個人的に本がすごく好きで、本屋も大好き。書籍や児童書のプロモーションに携わることが多かったんですね。『おしりたんてい』という人気シリーズのブランドパートナーも担当させていただきました。シリーズ100万部を目指したいというタイミングで、やるべきことは広告を打つことなのかな?って。『おしりたんてい』はそのとき8冊出ていて、ファンもいて、キャラクターもあって、すでにブランドになっていると思ったんです。単なる広告ではなく、もっと人が集まるような体験をつくれないかと考え、本屋で謎解きイベントを開催したり、グッズをつくったり、お店をつくったり…。本をブランドだと見立てることで、こんなにも統合的な取り組みができる。ブランドをつくるっておもしろいなと実感したのも大きなきっかけです。
たまたま僕は、ドメインがひとつに定まっていないので、アウトプットの幅が広いというのはあるかもしれません。何をつくってもいいと思っている。クライアントの方の持つ色々な悩みに対して、手口フリーに解決策を見つけることを意識しています。事業をつくる仕事も経験しているので、ブランドをつくっているみなさんと同じ目線に立てるという強みもあるのかもしれません。
-クライアントと一体となってブランドづくりをしているイメージですか?
石川:そうですね。でももちろん最初からうまくいったわけではなく、なかなか得意先のご担当者様に刺さるアイデアを出せない時期もありました。やはり我々は、いかに尖ったクリエイティブかで勝負しがち。それを押し付けていたのかもしれないと。でもそれではうまくいかない。どれだけアイデアがあっても、ブランドのことをちゃんと知って、好きにならないとハリボテの仕事になってしまうし、そこそこわかった気になってやっていることは見透かされてしまいます。
ブランドをつくっている人は四六時中そのことを考えているわけです。その人にとってブランドは、人間と同じように顔を持って、意思を持って、キャラクターを持った存在になっている。ときに思わぬ方向に進んでいくことがあっても、それはブランドの「意思」に見えるんですよね。毎日向き合っていると、ひとつの生命体のように感じられる。とにかくブランドのことを知ることからはじめないといけないということは痛感しました。
-ブランドが意思をもつ生命体のように見えるまで向き合わなければならないということですね。
石川:いま丸亀製麺様の仕事を担当させていただいているのですが、丸亀製麺は「ここのうどんは、生きている。」というメッセージを一貫して掲げています。店内製麺をはじめ、その言葉を体現する活動を常に行っていますし、それがまったくブレない。担当になった当初はこのメッセージだけを貫くことに若干の不安を感じていましたが、知れば知るほど「これでいい、これしかない」と思えるようになりました。強いブランドってこういうこと。ブラさないところはブラさず、ブランドのキャラクターを軸足にしながら少しずつ変わっていくのが強いブランドのあり方なんだと感じます。
もちろん、まったく新しいことにどんどんチャレンジする、新規の取り組みも行っています。2023年に発売されたのが「丸亀シェイクうどん」。ドライブスルー用のテイクアウト商品として開発されたものでしたが、ただ持ち帰りに便利なだけでなく、新しい体験価値を与えるにはどうすればいいかを考えました。
振るという行為自体はワクワクして楽しいですよね。でもそれを「ここのうどんは、生きている。」というブランド価値にどう結びつけていくかが大事。それで生まれたのが「うどんがおどると、ココロがおどる。」というキーワードです。
「ここのうどんは、生きている。」のシグネチャーカットがおどっているうどんだったんですよね。うどんを振るんじゃなくて、うどんがおどるとすれば、それは丸亀うどんを象徴するものになる。ようやく「シェイクうどん」という新しい価値が見つかった瞬間です。もし、外部視点のクリエイティブがなく商品開発をされていたら、単純に「カップうどん」として発売されていたかもしれません。
ブランドの価値を知りながら、ひとつの生命体としてリスペクトして、愛をもってクリエイティブする。その姿勢が、企業とは別のかたちでブランドを拡張する一助になれるんだと思います。
-ブランドの価値を拡張するうえで、外部視点はどのように役立てると思いますか?
石川:ブランドのなかにいるとイノベーションを起こすのがむずかしいと言われますが、それはおそらく、ちょっとした視野の問題なのかなあと。ブランド側の意見が世の中の意見に見えてしまう。僕も事業をやっていたときは少なからず、そういう経験があるので、そう思うんです。。博報堂は「生活者発想」を掲げていて、生活者が主役というDNAとさまざまなデータを持っているのが強み。客観的な視点で事業を見つめることが、ブランドの価値を広げるアイデアにつながります。僕もついついブランドに入り込みすぎてしまうところがありますが、その視点は常に忘れないよう意識しています。
-ブランドへの愛を深める姿勢と「生活者発想」という博報堂のDNAで、バランスよく向き合っているわけですね。
石川:そうですね。まずはどの仕事に対しても、ブランドを深く知って、ひとつの人格として尊重する。僕は「ブランドの世界にダイブする」と考えています。ブランドって本当に子どもみたいな存在なんです。ずっと見ていると性格がわかるようになるし、ひとつの生命体なのでこちらがすべてをコントロールできるわけじゃない。それを受け取る生活者がいるし、社会のなかでのブランドのあり方がある。それを総合的に見つめながら向き合うことが大事だと思います。
-石川さんの強みをいかして、今後取り組んでみたい仕事などありますか?
石川:すでに確立しているブランドにダイブして、それを深めていくという仕事ももちろんやりがいを感じますが、ブランドの価値、強みがどこにあるのか、いま一度見つめ直したいという企業さまともぜひご一緒していきたいです。
もうひとつは、ブランドの価値を世界に拡大する活動もお手伝いしていきたい。世界進出には、文化も言語も超えたブランドの価値をシンプルに追求できる人間が必ず必要になると思うんです。僕みたいなのめり込むタイプはとくに向いている(笑)。日本発の世界的企業を下支えする仕事ができたら最高ですね。
メディア、営業を経て、新事業開発セクションでサービス開発などを経験。その後、クリエイティブ局で、TVCM、コンテンツ、PRなどの企画制作、様々な業種の統合キャンペーン、さらにブランド構築、事業戦略、商品開発まで幅広いエグゼキューションを担当。