
黒田 忠広氏
東京大学 特別教授
小菅 敦丈氏
東京大学大学院工学系研究科
附属システムデザイン研究センター 講師
秋本 義朗
博報堂 ミライの事業室 室長補佐兼事業開発部長
諸岡 孟
博報堂 ミライの事業室 ビジネスデザインディレクター
一般社団法人WE AT 事務局長
諸岡
黒田先生は、2024年3月に東京大学大学院の教授職を退任されて、東大にまだ10人前後しかいない特別教授に就任されました。半導体の世界では知らない人のいないキーパーソンであり、僕もお邪魔させていただいた3月の最終講義は、広々としたホールにあふれかえるほど多くの参加者が来場していました。講演の最後をご家族へむけたメッセージで締めくくっていて、黒田先生のお人柄のにじみ出る素晴らしい会でした。
黒田
その節は参加いただきありがとうございました。わたしの専門である半導体分野は、いま再び熱気を帯びてきて、ありがたい限りです。
諸岡
黒田先生は、昨年『半導体超進化論──世界を制する技術の未来』という著書も出版されています。半導体産業の勉強も兼ねてさっそく拝読させていただきました。
黒田
ありがとうございます。あの本は中国、台湾、韓国でも出版されて、最近英語版も出ました。たくさんの人に読んでいただいているようです。

とくにアジアの人たちに読まれているのが嬉しいですね。というのも、アジアは半導体の重要なマーケットであるだけでなく、世界の半導体コミュニティの中心地だからです。TSMCの創業者であるモリス・チャン、AMDの会長兼CEOのリサ・スー、エヌビディアの社長兼CEOのジェンスン・フアン──。大手半導体メーカーのトップはみなアジア人です。
諸岡
『半導体超進化論』には、「半導体産業の森」という表現が出てきますね。「森」は多様性の比喩であり、今後の半導体産業は多様性に基づいた共存共栄を目指していかなければならないと説かれています。また、「花」の比喩もとても印象的でした。自然界に花が誕生し、鮮やかな色や香りで虫をひきつけることで、森は急速に豊かになっていった。花が増えることで、虫の種類も増え、それを捕食する鳥や哺乳類も増えていった。それが自然界に起こった現象である。同じように半導体の世界にも多様性の中心となる「花」が必要である──。そう先生はおっしゃっています。

博報堂ミライの事業室は、新規事業開発やスタートアップ支援に取り組んでいます。なかでもWE ATにおいて僕たちが大事にしていることは、多様なプレーヤーがつながり合うエコシステムによって新しい価値を生み出していくことです。まさに先生が「森」という言葉で表現されていることを僕たちも目指しているわけです。では、僕たちが実現しようとしている森における「花」とは何か。それを見つけていかなければならないと、著書を拝読してあらためて思いました。先生は、半導体産業における「花」とは、具体的にどのようなものであるとお考えですか。
黒田
「花」とは何かを僕が明示すべきではないと思っています。それは、これから半導体づくりを担う次世代の人たちが見つけるべきものだからです。僕が「これが花だよ」と言ってしまったら、彼・彼女たちの発想の幅を狭めてしまうことになります。

もちろん、僕が「森」や「花」という言葉で表現した考え方は広く共有してきたいと考えています。これまでの半導体産業は、弱肉強食の世界でした。勝者の条件はキャピタルインセンティブ、つまり資本力です。膨大な資本を投下できる国や企業が勝つ。それが半導体産業のルールでした。競争に勝つためには投資をどんどん増やさなければならない。しかも半導体にはシリコンサイクルと呼ばれる景気変動の波があるのでリスクも大きい。景気がいいときには30%の儲けが出るけれど、悪いときには30%の損失を出してしまう。そんな投機性の高い世界が半導体産業です。マグロ漁のような荒っぽいビジネスなんですよ、半導体産業は。
秋本
釣れれば大儲けできるけれど、一匹も釣れないかもしれないということですね。
黒田
そう。しかも、荒海に漁に出たら船が難破する可能性もあるわけです。そんな弱肉強食のルールによって産業規模が指数関数的に拡大していくのが本当にいいことなのだろうか。どこかで必ず破綻するのではないだろうか。それが僕の問題意識です。

ひと握りの強靭な存在が勝ち残って、周りはそれに付き従っていくというのはダーウィンの進化論的なイメージです。しかし、世の中の仕組みは必ずしもそうはなっていません。僕たちが生きている世界はもっと多様なものです。それを僕は「森」と表現しました。そして、森の多様性をつくったのは「花」である、と。花は虫に蜜を提供するだけではありません。虫に花粉を運んでもらうことで、自らの生存範囲を広げています。花は多くの虫を集めるように進化し、それに合わせて虫も進化する。そのメカニズムは「共進化」と呼ばれています。さらに、その共進化の過程で、花の成長のサイクルが一気に短縮されるという突然変異も起こりました。受粉してから花が咲くまでに1年かかっていたのが、1カ月に縮まった。これによって多様性が急速に広がっていったわけです。
これが、僕が考えるこれからの半導体産業の進化のイメージです。特定の強者が半導体製造のイニシアチブを握るのではなく、多くの人が自分たちのニーズに合わせて半導体をつくり使えるようになる世界になっていかなければならない。しかも、そのプロセスはアジャイルでなければならない。短い時間で半導体がつくれるようにならなければならない──。それがあの本で僕が伝えたかったことです。