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AIとともに未来の社会はつくれるのか? - 人間中心のAIと別解をつくる、Human-Centered AI -【生活者インターフェース市場フォーラム2024レポート】

2024.12.05
#生活者インターフェース市場
AIが当たり前になる“AIネイティブ時代”の到来で、人間の想像力をこえた新たな創造が広がりつつあります。多様な場面で生成AIが浸透しはじめるなか、単なる効率化や正解の追求にとどまらず、生活者に新たな体験や感動、驚きや喜びを提供し、社会をアップデートする力がAIには秘められています。
博報堂DYグループの原点である「生活者発想」と、「AI」が融合した先にある未来とは何か――。
本稿では、先日開催した「生活者インターフェース市場フォーラム 2024 AIと、この世界に別解を。- Human-Centered AI -」の冒頭に登壇した博報堂 代表取締役社長・水島正幸と、博報堂DYホールディングス 執行役員 Chief AI Officer・森正弥によるオープニングの内容をご紹介します。

AIは「ともに問いをたてるパートナー」

水島正幸
博報堂 代表取締役社長

今回のフォーラムのテーマは「AIと、この世界に別解を」です。
私たちはAIを、正解を出すツールとしてだけではなく、新たな課題を発見し、別解を生み出す「ともに問いをたてるパートナー」だととらえています。別解を生み出す際の下地となる「生活者インターフェース市場」においては、情報のデジタル化に続き、暮らしの様々な分野でデジタル化が進んでいます。アプリを通じて家電や自動車、決済などが繋がり始めています。
さらに、「生活者エクスペリエンス」はデータとして蓄積され、それが商品やサービスの改善のために解析され、より便利になって生活者へ提供されていく。このようなループがどんどん生まれています。

生活者インターフェースの実例を紹介すると、富山県朝日町で展開する日本初のマイカー公共交通サービス「ノッカル」では、住民が持つ数千台の自家用車を“町の資産”ととらえ、“住民をドライバー”として登録できる仕組みを構築しました。
朝日町では公共交通が年々少なくなり、行きたい場所に行けない住民が増えていました。そこで、自由に移動したい住民とマイカーを持つドライバーをマッチングするサービスがノッカルです。
たとえば温泉センターで友達と会いたい、水泳教室に子供を行かせたいとき、 LINEに時間と行き先の希望を登録すると、「その時間に近くを通るから乗せてあげますよ」と連絡がきます。このサービスは、生活者の「ありがたいおせっかい」を仕組みにしたものです。

さらに、朝日町の取り組みは進化を続けています。
マイナンバーカードの空きスペースをカスタマイズした「LoCoPiあさひまち」という新しい公共サービスです。LoCoPiの端末が朝日町の様々なところに設置され、マイナンバーカードが“生活インフラ”として使われ始めています。
たとえば子どもたちが登下校の際に学校のLoCoPi端末にマイナンバーカードをかざすと保護者にメッセージが送られるという見守りサービスや、またマイナンバーカードにLoCoPiポイントをチャージし、決済や地域ポイントをためて使うなど、朝日町ではマイナンバーカードが「生活者インターフェース」となっています。

「生活者インターフェース市場」の発展を支える重要な要素がAIです。生活者インターフェースにAIが融合され、そこに生活者発想を掛け合わせると、生活者の欲求や幸せを感じる瞬間を理解することができるようになっていくでしょう。

LoCoPiもノッカルも、AIと生活者発想の掛け算で、 さらなる発展が考えられます。 朝日町のマイナンバーカードの膨大な行動データを解析し、 新たなコミュミティサービスを考えてみると、 新しい町興しの形が作れるかもしれません。

「AIと新たな生活スタイルを発見し、暮らしを変えていく」。その試みはすでに始まっています。今、積水ハウス様と共同で、「PLATFORM HOUSE touch」で蓄積したデータを活用した、新たなプロジェクトを推進しています。エアコンや照明、窓や玄関の開け閉めなど、住まい手の行動を「生活ログ」として蓄積しており、既に4100邸を超える新築住宅で導入されています。

そんな数千万件の「生活ログ」にAIがかけ合わさったらどうなるか。
住まい手の行動実態を把握して、もっと暮らしに寄り添ったサービスを提案していくことができるのではないでしょうか。
例えば、あつまった生活ログの解析から、在宅ワークの時には家事モードと仕事モードが目まぐるしく変化する生活スタイルが予測できるようになりました。家事も夫婦そろって隙間にやることが当たり前の時代に、それぞれの家庭ごとの理想の住まいの在り方は?AIとタッグを組むことで、様々な新しい問いも生まれてきそうです。

博報堂DYグループでは「生活者発想とAI」をテーマに、様々な取り組みもはじめています。社員の創造性を拡げるツールとして、AIを活用した統合マーケティングプラットフォームを開発し導入しています。
24年4月には人間中心のAI技術の研究開発や、その実践をリードする先端研究組織「Human Centered AI Institute」を設立しました。そのリーダーを務めるのは、長きにわたりAIの専門知見を構築してきた、日本のAIの第一人者である森正弥です。

博報堂DYグループのグローバルパーパスは「生活者、企業、社会。それぞれの内なる想いを解き放ち、時代をひらく力にする。-Aspirations Unleashed」です。生活者の「内なる想い」をAIと共に探索し理解し、新たな生活者価値をAIと共にデザインできるようになるでしょう。
「人間中心のAI」は、これからの生活者や社会の内なる欲求、時代の変化の兆しなど、根源的な構造や変化への問いをともに発見していくパートナーとなると信じています。

「情報×AI」から「クリエイティビティ×AI」の時代へ

森正弥
博報堂DYホールディングス執行役員 Chief AI Officer

水島社長に次いで、私からはHuman-Centered AI Instituteの設立とそこに込めた想い、博報堂DYグループが考えるAIのビジョンについてお話させていただきます。
私は20年以上にわたってAIによる事業開発や産業振興に従事してきました。数年ほど前から「創造性とAIを掛け合わせる時代」へのシフトを感じ、博報堂DYグループの持つクリエイティビティとの大きなシナジーを企図し、24年4月からグループに参画しています。

いま現在のAIは、機械学習をベースとした「第三世代のAI」と呼ばれることがあります。第三世代のAIの取り組みは2000年頃から始まり、データ量を増やし研究を飛躍的に進めていく「e-Science」という方法論が提唱され、一定の成果を見ていました。
2010年頃から「ビッグデータ」という言葉が広まり、インターネットを介した膨大なデータの活用が注目されるようになりました。さらに、ディープラーニング技術とかけあわせることで、情報処理性能を高め、画像認識や言語解析、様々な予測処理が実現できると判明したのです。それにより、製造の最適化やマーケティングでのパーソナライズ展開など、ビジネスでのAI活用が進んでいくようになりました。
2020年頃には、膨大なデータと大量のGPUを用いて、多量の組み合わせ計算を行うことで、従来の単純な情報処理をこえた高度なAIモデルを構築可能とする「Scaling Law」という法則が発見されました。

それが、現在の生成AIや大規模言語モデルのブームへとつながっており、AIが単に予測や最適化を行うという枠を超えて、人が持つクリエイティビティをサポートしていく可能性も見出されてきています。

まさに「情報×AI」から「クリエイティビティ×AI」の時代へとシフトしていくなか、博報堂DYグループでは、生活者と社会に資する人間中心のAI技術の研究組織「Human-Centered AI Institute」を設立しました。 人間中心のAIとは、人が持つ価値観やニーズに基づき、 AIの開発と活用を行うアプローチです。

Human-Centered AI Instituteで進める4つの取り組み

Human-Centered AI Instituteは、主に4つの柱を軸に活動しています。

①AI技術の進化による生活者や社会の変化を見据えたビジョンの策定
②先進的なAI研究や実践的応用も行う研究開発
③テクノロジー企業や AIスタートアップと共同で AI開発を行うアライアンス
④博報堂DYグループ横断でのサービス開発やBPR、人材育成といったイニシァティブ推進

主なプロジェクトとして、ビジネスの要求水準に応えられるような画像・動画生成におけるAI活用、博報堂DYグループならではの生活者理解に基づくデジタルヒューマン技術の研究を、テクノロジー企業やAIスタートアップの皆様とともに進めています。順次ビジネス展開も行っていく予定です。

そして、その先の技術である「世界モデル」の研究も行っています。世界モデルはAIが現実をシミュレートし、創造性に加え、物理法則や因果関係を把握した合理性をあわせもっていくことを可能にします。
自動運転やロボティクスの高度化、分子から宇宙レベルまでの物理空間の理解、クリエーターのプロフェッショナルな創作支援など、多様な領域でブレークスルーが期待される技術であり、パートナー企業の方々と共に挑戦していきます。

また、今年10月には博報堂DYグループで「生活者のAIに関する意識調査」を実施しました。その結果、生活者の半数以上が「AIによって世の中が変化する」と感じていることが明らかになりました。
AIはインターネット以上に社会へ大きな影響を与えるだけでなく、人間との新たなコラボレーションが生まれ、私たちがこれまでにない問いを見つけるのを助ける、そのようなイメージを持ち始めています。

他方で多くの企業でもAIを導入し、積極的に自社のビジネスへ活用していく動きも見られますが、期待通りの成果に結びついていないケースが散見されています。
我々は、これまでのAIの適用に対するアプローチの精度が十分でないことが原因なのではと考えています。例えば、社員の業務プロセスの一部をAIに置き換えて業務効率化を進めようとしても、本来のAIが有する精度をうまく引き出せずに自動化が進まないことはよくあると思います。
現代のAIは機械学習をもとにつくられており、確率統計処理がベースになっているため、処理にブレがあり、誤差が発生します。時にそのブレは「ハルシネーション」と呼ばれ、虚偽の情報を出力しているものとして評価されます。つまり、AIは常に正解を出すとは限らないのです。

生活者と社会が豊かになる“別解”を、AIで導き出す

そのため、私たちは発想を転換し、「AIはもう一つの可能性=別解を出す技術」と捉え、人間中心のアプローチをとる必要があるのではと考えています。
人を中心において、その人がやりたいことを第一に考え、AIの力で生産性や創造性を高めたり、業務領域を広げていく。あるいは、AIに自らのアイデアを検証してもらったり、別のアイデアをサジェストしてもらうことで壁打ちを行い、創造性をひろげていく。
さらにはそのようなAIが基盤となり、部署や領域の異なる人たち同士が、境界をこえて、新たなコラボレーションを実現していく。このような方向でこそ、AIを活用していくべきではないかと考えています。

「人間中心のAI」のビジョンは、「AIの信頼性」と「人間の創造性の進化・拡張」という二重のループであらわすことができます。

これまでも、国内外で「人間中心のAI」に関する様々な議論がされてきました。そのなかで、生産性向上や価値創出などの社会的・経済的ベネフィットの実現は1つめのループにあたる「AIの信頼性」を高めていくことが重要であると考えられてきました。
ですが、博報堂DYグループではその先を問いかけていきたいと思っています。
「人間の創造性の進化・拡張」のループを達成し、生活者と社会が豊かになる別解を、AIと導き出していく。
人間中心のAIというアプローチは私たちに新たな可能性をもたらしてくれます。創造性をひろげ、AIとともに別解という新しい可能性を生み出し、生活者、企業、あらゆる業界において、自分の内なる想いを解き放つようになる未来がそこまで来ています。その大きなうねりを、本フォーラムを通じてお伝えしていきます。

水島 正幸
株式会社博報堂
代表取締役社長

1982年博報堂入社。営業局長、経営企画局長、取締役常務執行役員などを経て2017年4月より代表取締役社長。2019年6月より博報堂DYホールディングスの代表取締役社長も兼任。

森 正弥
株式会社博報堂DYホールディングス執行役員
Chief AI Officer
Human-Centered AI Institute代表

外資系コンサルティング会社、インターネット企業を経て、グローバルプロフェッショナルファームにてAIおよび先端技術を活用したDX、企業支援、産業支援に従事。東北大学 特任教授、東京大学 協創プラットフォーム開発 顧問、日本ディープラーニング協会 顧問。
著訳書に、『ウェブ大変化 パワーシフトの始まり』(近代セールス社)、『グローバルAI活用企業動向調査 第5版』(共訳、デロイト トーマツ社)、『信頼できるAIへのアプローチ』(監訳、共立出版)など多数。

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