大高
まずは、田中さんが副所長を務める「100年生活者研究所」と、安並さんが所長を務める「新しい大人文化研究所」の、それぞれの概要と特徴について教えてください。
田中
「100年生活者研究所(以下、100年研)」は、人生100年時代のウェルビーイングをテーマに活動しています。“人生100年時代”を耳にし始めてからそろそろ10年になりますが、私たちの調査によると、日本人で100年生きたいと思う人は3割未満で、これは諸外国と比べても低い状況です。世界有数の長寿国でもあり、またこれから超高齢化社会を迎えようという中で、年を取ることに対してネガティブな感情を持つ人が多いと、社会全体が後ろ向きになってしまうのではないでしょうか。こうした社会課題を解決するために、この研究所を設立いたしました。
大高
ありがとうございます。100年研の調査で「何歳まで生きたいか」と聞くと81.1歳という回答になるんですよね。これは、日本人の平均寿命は現在84.3歳より3年以上短い。調査をした日本以外の国すべてが、平均寿命よりも長く生きたいと答えていました。最も長生きの国であるにも関わらず長生きしたくない、というのが日本人の特徴なんですよね。
続いて、安並さんお願いします。
安並
「新しい大人文化研究所(以下新大人研)」は、シニアマーケティング界のレジェンドと言われる阪本節郎さんが2000年に創設した「エルダービジネス推進室」を母体とする研究所で、シニア世代のトレンドや価値観を研究しています。2000年というのは、団塊世代がちょうど60代を迎えた頃です。たとえば戦中戦後世代が演歌を好む一方で、団塊世代はビートルズを聴いて育っているし、戦中戦後世代に一般的だったお見合い婚が減り、恋愛婚が増加するなど、彼らはそれまでのシニアとは異なる価値観やライフスタイルを持っている。まさにここから“新しい大人文化”が生まれるのだと捉え、2011年から新しい大人文化研究所という名称になりました。
誤算だったのは、予測していたような“シニアマーケットの爆発”が来なかったことです。老いた人がたくさんいる社会というのは、希望よりもペインが可視化された状況になります。そうなると歳を重ねることがリスクとして捉えらえ、消費に対しても消極的になっているのではないかと考えます。そういう意味で、トレンドのウォッチは続けつつも、シニアという社会的負をどう解決するかに力点をシフトしつつあるところです。
なお生活者発想技術研究所の竹内慶所長の受け売りですが、皆いずれは老いるので、今のシニアを見ること=未来の生活者の見立てができるということになる。今後バブル世代の人たちが60代に入ってくるのもあり、また何か違う生活様式や価値観が生まれてくるのではないかと思い注目しています。
大高
未来の生活者を見るために、新大人研では具体的にどういう研究をしていますか。
安並
年間平均すると60人70人ぐらいのシニアの方々にとにかく話を聞くという定性調査を行っており、そこで得た知見をクライアントワークに役立てています。また1年に1テーマで調査を行っており、過去にはコロナ感染症やペットに関する調査を行いました。さらに、「エイジングエネルギー会議」という、シニアコミュニティとの共創プラットフォームを開発しました。シニア世代とのワークショップやヒアリングを通し、シニア生活者が本当に必要なサービスや製品を創っていくというものです。シニアの方々は、「自分の意見が世の中のためになるなら」といって、アンケートでも非常に協力的です。こういったシニア生活者の力を新しい商品やサービス開発、そして研究に活かしていくことは、非常にポテンシャルがあると感じています。
大高
100年研はどんな研究をしているか教えていただけますか。
田中
100年研では、主にリビングラボスタイルで研究を進めています。リビングラボとは、リビング(生活空間)とラボ(実験室)を組み合わせた造語で、生活に隣接する場で、生活者を中心としたさまざまなステークホルダーと一緒に商品やサービスの開発や社会課題解決を試みる活動のことで、近年世界で注目を集めている手法です。
そのリビングラボのベースとして、我々は生活者と常時接続できる仕組みを2つ展開しています。1つは巣鴨で運営している「100年生活カフェ かたりば」というカフェで、お茶をしに来たお客さまの声を直接伺うというもの。もう1つはLINE上につくった会員組織で、毎週アンケートを実施しています。これら2つの場で得た知見をベースに、新しい研究やプロジェクトを進めています。
大高
リビングラボという手法の魅力はどこにありますか。
田中
特に「かたりば」では、お客様は調査に協力しようと思って来るわけではないので、ある意味安全に油断していらっしゃるんです。そこに調査員が出てきて、お茶をしながらリラックスしてさまざまな話を聞くことができる。通常の調査とは空気も違うし、場も違うし、聞き方も答え方も違う。おそらくそこに、生活者の本当の姿がにじみ出てくるのだと思います。
安並
私の研究所も「かたりば」をたびたび利用しています。調査目的のインタビューの場合、まず聞きたいことをリスト化し、時間内に順序通りに話を聴いていくわけですが、「かたりば」の場合まずは関係構築から行う必要があります。そうすると必然的に、私達が聞きたいことを聞くよりも先に、彼女彼らが話したいことを自由に話していただくことになる。そこに、想定外の発見がたくさん出てくるんです。そうした探索型のヒアリングができるのはリビングラボの魅力だと思いました。
大高
特に今の時代、変化のスピードも速いし、自分たちが思ってる常識があっという間に変わっていく中で、仮説を立てることが非常に難しいと感じます。そんな中で、ひたすら生活者の中に何が起きてるのかを探索するというのは、新しいやり方だなと思いますね。
田中
また、そうした空間でゆっくり時間をかけて相手の話を聞くことで、僕らの中の生活者としての視点が喚起されるのも実感しています。通常のインタビューだと時間的な効率などを考えてしまいますが、「かたりば」だと時間に制限がない分、無駄なこともたくさん考えることになります。それによって自分の中の生活者視点が呼び起こされ、自分の中でも気づきがあったりする。それが通常の仕事との一番の違いです。
大高
ほぼ毎日来る方もいて、お話しすることを本当に喜んでくださるんですよね。研究する側のゲインも通ってくださる側のゲインもある、Win-Winを作っている研究ですね。
大高
それぞれ最近どんな活動に取り組んでいるか、代表的なものを教えてくれますか。
安並
新大人研でここ数年力を入れているのが、エイジングの課題を解決するテクノロジー、AgeTech(エイジテック)です。構想やコンセプトづくりで終わるのではなく、確実に実装まで完遂できるよう、サンフランシスコを本拠地にするスクラムスタジオというVCとパートナーを組み、「AgeTechX(エイジテックエックス)」というオープンイノベーションプログラムを展開しています。今年はパートナー企業2社が参加し、年間を通してさまざまなインプットやワークショップを行い、アイデアを創出し、それと同時に国内外のスタートアップを募集し、採択した企業複数社と共創プロジェクトを進めました。
大高
得意先と一緒にスペックを使いながら、社会実装に向けて新しい物事を作っていかれている。ある意味応用研究とも言えそうです。
安並
スタートアップがすでに保有しているアイデアやテクノロジーを活用しながら進めることで、事業アイデア発想のヒントを得たり、スピード感をもって開発を進められることがわかりました。オープンイノベーションだけでなく、個社でも新規事業プロジェクトのプロセスをサポートできるようなプログラムが作れたらと考えています。
大高
ありがとうございます。100年研の最近の活動としては、いかがですか。
田中
生活者との直接の接点で得た知見をベースに、タカラトミーさんと連携し、「100年人生ゲーム」を作りました。通常の「人生ゲーム」では、お金を集めて最後に億万長者になるのがゴールですが、「100年人生ゲーム」で集めるのは幸福度を点数化したウェルポ(ウェルビーイングポイント)で、いろんな経験を通して一番ウェルポを獲得できた人が勝ちます。マスに書かれたエピソードは、「かたりば」やアンケートで得られた実話がベースになっています。ゴールである100歳の誕生日を目指して、100年人生の疑似体験をしながら、自分たちの人生についても話し合ったり考えたりできるという設計にしました。
また、我々の調査によると、自分の価値観や信念に沿った働き方ができると情熱を持ちやすく、結果も出しやすく、仕事に対する満足度も高まることがわかっています。そこで、「100年人生ゲーム」をベースに人生の価値観を見つめ直し、そこから自分の価値観に合う働き方を考えていくという企業向けの研修を、パートナーと共に開発しました。
大高
人生80年時代は、ざっくり言うと教育20年、労働40年、そして老後20年とわけることができました。その考え方のままだと、人生100年時代は老後が40年になり、やることのない期間が長すぎることに対してどうしてもネガティブになってしまいます。でも教育を終えた後の80年間が、自分の人生を楽しむ時間だと考えれば、誰だって前向きな気持ちになれるのではないでしょうか。そこでは、働いてみたり子育てしたり、また学んでみたりと、いろいろなことを体験できるわけです。そういうことも100年研の研究からわかっているんですよね。
田中
そうですね。それもあって、「100年人生ゲーム」では、50歳を超えてからもまだまだ楽しいことはたくさんあるし、そこからがむしろすごくウェルビーイングポイントが溜まっていく設計になっています。ちなみに実際の幸福度を調べると、20代が高く、30代、40代、50代と下がっていき、60代、70代、80代で再び上がっていきます。これは日本だけでなく、世界130カ国以上の調査で同じ傾向です。「100年人生ゲーム」も、60歳を過ぎたあたりから、幸福度合がある意味インフレ化していきます(笑)。ぜひ、体験していただけたらと思います。
また先ほどお話をした「100年人生ゲーム」をベースにした企業研修は、仕事の経験を経たうえで、これからの人生と働き方をどうしようかなと考えている人たち、主に30代から50代の方を対象に考えています。仕事の終わりが人生の終わりではないので、その先も含めて、どういう働き方、生き方をするかを考えるきっかけにしてもらえれば嬉しいです。
大高
続いて、人生100年時代に働き方はどう変わるのか、シニアの働き方にはどんな変化があるか、それぞれお考えを教えてください。
安並
シニアの労働者数は20年間連続で上がっているし、2021年から70歳までの雇用が企業の努力義務にされていて、今後も増えていく可能性が高い。望めば同じ会社で70まで働けることが当たり前になりつつありますが、現実は、60歳から再雇用が多かったり、お給料が減ったり、自分に合う仕事が見当たらないなど、仕事に関するウェルビーイングが下がってしまうことが課題です。一方で起業家の約4割がシニアというデータもあります。そういった自由に働き方を選択する人たちが増えるよう、条件に合った、より良い雇用マッチング市場が必要なのではないかなと思います。
私達は、定年が見え始めた40代後半~50代人たちを「未定年層」と名づけたプロジェクトを数年前から開始しています。私たちが行った調査によるとセカンドライフに向けて準備もしていなければ期待も低い層「サバイバータイプ」が35%と非常に多く、期待も準備も高い「パイオニアタイプ(28%)」よりも多いことがわかりました。関西支社の三嶋(原)浩子さんが2023年に出版した『博報堂シニアビジネスフォース流・未定年図鑑~定年までの生き方コレクション』(株式会社中央経済社)も、コンセプトに共感を覚える人が非常に多く、好評なため大阪ABCラジオで「未定年図鑑」ポッドキャストも配信中です。
大高
未定年の人にとっては、これまで「60歳までがむしゃらに働けば後は楽な生活が待っているよ」と言われて頑張ってきたのに、いきなり「いや65まで働きな」「なんなら70まで」と言われてびっくりしている状況ですよね。まさに、どういう働き方をすれば幸せになれるのか、気になる人は多いと思います。
安並
結局は自分の人生の舵をどう握るかということで、それを考えるきっかけやプロセスが見えずに不安を感じている方が多いのかもしれません。これからの人生の舵取りのスキルを磨いていくお手伝いを、私たちの研究を通じてできるといいなと思っています。
大高
田中さんはいかがですか。
田中
先日実施した「人生において大切なこと」を聞いた調査では、この5年で仕事の順位が下がり、自分の健康的な生活や家族の順位が上昇していました。しかし同時に、仕事での満足度が人生の満足度に影響を与えていることもわかりました。これからの働き方を考えるにあたっては、自分の価値観、信念と合う仕事であるかが、これまで以上に大事になると思います。人生における優先順位、価値観、自分の中での軸となる考え方がきちんと把握できていて、それに沿った働き方を選べるかどうかが、人生100年時代の働き方では大事だということです。
大高
前回の対談で、「これからは人、組織、社会、地球環境をひっくるめたビッグウェルビーイングをみんなで目指す時代になる」「それに生活者発想が役立つだろう」という話が出ました。それぞれの研究所の観点からどんなことが言えるか、ぜひ教えてください。
田中
最近、今と同等以上に未来のことを優先して考えるという、オックスフォードの哲学者が言い始めた“長期主義”の思想を日本でもよく耳にするようになりました。この思想自体には賛否がありますが、僕たちも、100年後の未来の生活者、生活者を取り巻く未来の環境などを踏まえることで、今とは異なる視座が得られるような気がしています。
研究機関である私たちは、現場よりも一つのテーマについての検討に、長い時間をかけることができます。その分、直近のトレンドやできごとに引っ張られるのではなく、射程を長くとり、長く、深く機能し続ける思想を持つことが重要ではないかと思いました。ビッグウェルビーイングを見据えた場合の、それが我々の役割の一つではないかと思いました。
大高
ありがとうございます。安並さんはいかがですか。
安並
たとえば単身世帯の増加も社会課題の1つですが、ある条件をクリアすれば、同居よりも独居のほうが暮らしの満足度が高いといった調査もあります。1人でいる空間と社会の接点をいかに適度に保てるかが鍵なのだと思います。こうした課題はたった一つの商品、一つのサービスで解決できるようなものではありませんから、企業や行政、アカデミアが一緒になって、エコシステム全体で考えていく必要がある。我々の研究所がそれら異なるプレイヤーのハブとして機能できれば嬉しいなと思います。
大高
確かにそうですね。それぞれができることを持ち寄ることで、ビッグウェルビーイングの実現を目指すような時代になってきているのかもしれませんね。
では最後に、今後取り組んでみたい活動、展望についてそれぞれ聞かせてください。
田中
まずは「100年人生ゲーム」をより多くの方に体験していただき、100年人生をポジティブにシミュレーションする機会にしていただけたらと思います。例えば、これから100年人生に向き合う高校生や大学生にも体験してほしい。研究結果を商品の形で発信することでここまで社会の関心が高まるのかと、まさにいま実感しているので、共同研究から何かしらの商品開発を考えている企業があれば、ぜひご相談ください。「100年人生ゲーム」をベーストした企業研修もそうですが、引き続き、さまざまなステークホルダーの方々とコラボプロジェクトを展開できればと考えています。
安並
来年度は未定年のプログラムを社会実装化させたいですね。ただ私たち研究員だけでは難しいことだとも思うので、興味を持ってくれた方、共感してくれる方々を募集中です。
ミドルやシニアの従業員の方のネクストライフプランをどうサポートし、彼らの労働におけるウェルビーイングをどう高めるかという点では、企業の人事の方や人材開発系の方々に向けてのプログラムにもなるかと思います。まだまだ構想段階なので、いろんな方々のご意見を伺いながら一緒につくっていけたらと思っています。
大高
今後の研究成果に大いに期待したいと思います。お2人とも今日はありがとうございました!
1995年博報堂入社。マーケターとして、これまでに幅広い業種のマーケティング、新ブランド開発を手掛ける。2017年に九州しあわせ共創ラボを設立。2023年より現職。共著に「マーケティングリサーチ」。
2004年博報堂入社。トイレタリー、食品、自動車、住宅・人材サービス等様々な業種のマーケティング・コミュニケーション・商品・サービス開発に携わる。2015年より新大人研のマーケティングプランナー兼研究員として、シニアのインサイト研究やマーケティング業務に従事。2019年より新大人研所長に就任。共著に『イケてる大人 イケてない大人―シニア市場から「新大人市場」へ―』(光文社新書)
1990年博報堂入社。30年以上にわたりマーケティングの戦略立案や、新商品開発、新規事業開発などを手掛ける。また、1,000回以上の様々なワークショップでファシリテーターとしての実績を持つ。2013年、「生活者共創マーケティング」を専業にした株式会社VoiceVisionを博報堂の子会社として起業し、代表取締役社長に就任。2023年より博報堂100年生活者研究所所長就任。巣鴨でお客様のお話を聴くカフェを運営し、ひとり一人の声から新しいしあわせの探求を産官学共創で目指している。