「&e(アンディー)」とは
イーデザイン損保が手掛ける保険商品。&eアプリから取得した運転データを使って交通事故削減を目指すほか、同社の活動に共感してくれた生活者と共創するさまざまなプロジェクトを展開している。
―今回の案件に関わることになった経緯について教えてください。
吉岡
クライアントであるイーデザイン損保さんには、もともと博報堂のさまざまなメンバーが関わっていましたが、あるとき「&e(アンディー)」という新しい保険商品のPRにあたり、「今までの保険とは異なる、新しいアプローチの施策にトライしていきたい」という相談をいただきました。クライアントは、「マーケティング予算をCM出稿だけではなく、安全運転の啓発など、お客さまに還元するような方法があるのではないか」と考えられていました。そこで僕らがクライアントと一緒に、お客さまに本当の意味で共感してもらい、結果として契約に結び付くようなPR施策を考えることになりました。
―そこから具体的に、どのような戦略を練られましたか。
吉岡
いろいろと議論を重ねた結果、始めから施策に共感を得てくれるポテンシャルの高い生活者を探り、その方々と深く濃い『共創』を行っていくという方向性が定まりました。一方的なコミュニケーションを行うのではなく、もともと安全運転に対する意識が高かったり、危機管理意識が高い人など、「&e(アンディー)」の特徴や思想に共感してくれそうな方々と一緒になって、施策自体を作り上げていくことにしたのです。最終的には、以下の3つの価値観を持つ方々と共創していくことになりました。
1つ目は、運転に対する意識が高い「スマートドライバー」と呼ばれる人たちです。「あの人が右折してきそうだから少し車間を開けておこう」などと考えながら、論理的に運転すること自体に喜びを感じるような方々です。2つ目は「アウトドア本気層」。登山など本格的にアウトドア活動をしている人たちはそもそも危険やリスクに対する意識が高く、テクノロジーを積極的に活用しています。登山前や下山後の移動にマイカーを使う人も多いため、テクノロジーを積極的に活用する「&e(アンディー)」との相性もいいと考えました。3つ目は「アクティブ子育て層」です。子どもがいると、自分の運転はもちろんのこと、交通環境などにも目を向けるようになります。中でも車でいろいろとお出かけするのが好きなアクティブ層に着目しました。
―3つのプロジェクトのうち、実際にお2人が実施まで関わったのがスマートドライバーとアウトドア本気層との共創プロジェクトとうかがいました。それぞれのプロジェクトの概要と、こだわった点などについて教えてください。
吉岡
スマートドライバーとは、「スマートな運転を、みんなで探求する」ことを目的とした「Smart Drivers Project」を立ち上げました。その中心となったのが、車好きからの支持が厚いモータージャーナリストであり、人気YouTuberとしての顔も持つ五味やすたか氏です。普段の運転での本当に大切なことを教えてくれる“新しい教本”を共創することをゴールに、視聴者を巻き込みながら様々なコンテンツを制作しました。例えば、「プロドライバーは右折時にどこを見ているのか?」ということをアイトラッキング・センサーを用いて徹底検証するYoutubeコンテンツを作ってみたり。専用websiteでは著名なイラストレーターと共にスマートな運転のためのTIPSを発信してみたり。一方的に自動車保険をおすすめするのではなく、“スマートな運転を探究する”という共通の目標を掲げたことがポイントだったと思います。スマートドライバーの方々は自分なりの哲学やTIPSがあるため、Youtubeのコメント欄などでそれぞれの意見を書き込んでくださり、自然と建設的な議論が活発に交わされました。コミュニティの人の共感を得るには何かしら共通の目的や、手を握れるポイントが不可欠になりますが、そうしたPRの発想が非常に活きたと思います。
ただ、大義を掲げるだけだと説得力に欠けてしまいます。「活動体として何かシンボルが欲しい」と思い、竹之内にデザインをお願いしました。
竹之内
このプロジェクトを象徴し、実際にスマートドライバーを増やすことに貢献できるようなシンボルマークをつくるところから、僕の作業が始まりました。サイトのデザインも含めて意識したのは、単純にかっこいいとか、このプロジェクトっていいなと直感的に感じてもらえること、また統合的にプロジェクトの顔として見栄えよくつくることです。吉岡と議論する中でイメージとして浮かんだのは、車に貼るステッカーです。「私はこの活動に賛同します」という意思表示かもしれないし、単純にかっこいいからかもしれないけど、とにかく“貼りたくなる”シンボルになるよう心掛けました。結果的に、スマートのイニシャル「S」と、多くの人が行き交い交差する道路をモチーフにしたデザインが生まれました。
―アウトドア本気層に向けてのプロジェクトはどのようなものでしたか。
吉岡
登山者の利用率が非常に高い「YAMAP」というアプリでは、登山者がマップを使いながら、「ここは危ない」とか「ここは今こんな状況で通れません」などの報告ができ、そうして集まったデータを集合知として活用し、安全な登山につなげることを目指しています。そのコンセプト自体、お客さまの運転データを安全運転に活用する「&e(アンディー)」ととても親和性が高いので、以前から対談などのコラボ企画を実施していました。そんななか、YAMAPさん経由で、「山梨県甲府市が金峰山にある古道を復活させたいと考えている」という話をうかがいました。昔からある登山道の復活は登山家にとっても嬉しいし、「&e(アンディー)」が参画することで「面白いことやってるな」と思ってもらえる。これはコミットするしかないと考え、甲府市、YAMAP、有志からなる金峰山を愛する登山者の会、イーデザイン損保の4者で協定を結び、「金峰山古道復活プロジェクト」と称する活動体を立ち上げました。
竹之内
金峰山を象徴する五丈岩をモチーフにマークとフォントをデザインし、クラウドファンディングのサイトや、Tシャツや手ぬぐいといった返礼品に活用しました。登山好きな人たちが身に着けたくなるような、アイテムに入るとよりかっこよく見えるデザインを目指しました。
―2つのプロジェクトそれぞれの反響はいかがでしたか。
吉岡
「Smart Drivers Project」は3年目に入ります。継続しているという時点で、得意先からもある程度の評価をいただけていると思います。YouTube動画のコメント数を見ても、エンゲージメントが非常に高いことがわかりますし、マーケティングという言葉はあまり使いたくないのですが、いわゆるマーケティングの成果としても、一定の費用対効果が見込める兆しが出てきています。
竹之内
金峰山の古道復活プロジェクトは、まず「道をつくる」というプロジェクト自体がとてもワクワクするもので、関わる人皆さんが喜んだり期待してくれていることが純粋に嬉しいですね。保険会社のチャレンジとしても面白いし、企業としての独立性を出すにしても、アセットとしても、重要なものになったと思います。
吉岡
クラウドファンディングはすでに終了し、古道整備の工事自体も昨年の10月に完了しました。コメント欄には、「金峰山は思い出の山なので古道が復活すると嬉しい」ですとか、「こういう活動はいいですね」といった声が寄せられ、皆さんが本当に真摯に応援してくれるのを感じ、身が引き締まる思いがしました。なにより「道をつくる」というプロジェクトに参画する、というイーデザイン損保のみなさんの決断が凄いですし、結果的に生活者・甲府市・YAMAP・イーデザイン損保の“四方よし”が実現できたことは本当によかったと思います。
―振り返ってみて、嬉しかったことや、逆に大変だったことを教えてください。
吉岡
まさに前例がない新しい取り組みだったので、ゼロベース&手探りで作り上げていくしかない大変さはありましたが、竹之内はじめ、コピーライターなど同世代のメンバーと共にチームとして取り組めたのは楽しかったです。また、皆が喜ぶ目的をゼロから設計するとか、立場の異なるプレイヤー間の合意形成や調整も含めて、“手触りのある”PRに携われたことは勉強にもなりました。
竹之内
同期で、研修の時から知っていた吉岡と仕事ができるという時点で、単純に嬉しかったですね。それから僕自身、車が好きでよく運転するので、プロジェクト自体にとても共感しながら仕事ができました。
―PR職とデザイン職というタッグでしたが、どのような相乗効果が生まれたと思いますか?
吉岡
戦略からアウトプットまで、どのフェーズでもテンポよく話を進めることができました。デザインとPRって全然違う職種に思われますが、実は両者とも「シンボル」を活用するという点で共通点が多いのではと思っています。ただ、PRは言葉や概念などの抽象的なシンボルを操るのが得意で、デザイナーは具体的なシンボルに定着するのが得意、という差異もある。ゴールは共有しているけど、思考回路が違う、というのが相性がいいポイントなのかと。実際、僕がどれだけ概念的に考えたことでも、竹之内はきちんとしたカタチに落としてくれますし。PR職とデザイン職という組み合わせは、かなりポテンシャルがあると勝手に思ってます。
竹之内
PRもデザインも、世の中との接点に対してすごく意識的で、具体的なイメージとしてきちんと想像できる職種のような気がします。デザインの方向性などを2人で話しているときも、イメージの共有がとてもスムーズで助かりました。
―改めて、クリエイティブの力を社会課題や問題解決にどのように活かせると思いますか。
竹之内
僕自身が運転しているときも、「危ないな」と思う瞬間は山ほどあります。スマートドライバーを増やして、皆の安全を守っていき、事故のない世界をつくるという考えには本当に共感するし、少しでもその実現に向けて自分ができることを最大限できたらと思います。世の中の変化を実感できるようになるまでどれくらいの時間がかかるかはわかりませんが、その想いは抱き続けたいですね。もともと普段の仕事でも、すぐに消えてなくなるデザインには抵抗があって、長く続く、価値がたまっていくデザインを目指しています。ロゴやシンボルって、一瞬見ただけではそこまで印象に残らないかもしれませんが、何か少しずつ好感を醸成していけたり、ブランドやプロジェクトのファンを増やすようなことに貢献できたら、デザイナーとしては何よりもの喜びです。
吉岡
他の仕事でもそうですが、「自分が携わった広告やコンテンツが存在することで、世の中が少しでも良くなった」と思えるものを作りつづけたいと思っています。この仕事をしていると、ついバズるとかインパクトを起こすことに目が行ってしまいがちですが、クリエイティブでは「どんなに小さくても世の中にポジティブな変化をつくること」を目指したいですね。
そういう意味では、「クリエイティビティ」という言葉よりは、「工夫」と言った方がいいかもしれません。立場がまったく異なる人たちが、小さな「工夫」を持ち寄って、地道に積み重ねていく。そうして初めて、さまざまな課題解決に結び付けられるのだと思います。
―最後に、今後の展望について教えてください。
竹之内
普段から社会課題に関連する仕事が比較的多いのですが、今後も引き続き、デザインやアイデアの力で社会課題解決に貢献できることを追求していきたいですね。できればそうした仕事をもっと増やしていけたらと考えています。
吉岡
世の中をちょっと良くしていくためにも、プロジェクトを継続する力をつけていきたいですね。そのために必要なのは直感的な共感で、やはり生活者発想ということになるのだと思います。きちんと生活者に向き合い続け、残るものをつくりたいですね。それから僕は、以前作家の村上春樹さんがエルサレム賞を受賞したときのスピーチで、「もしここに硬い大きな壁があり、そこにぶつかって割れる卵があったとしたら、私は常に卵の側に立ちます」と語った、あの言葉を普段の仕事でも大切にしています。社会課題に向き合うときも、つねに卵側に立つ仕事をしていきたいですね。
博士(工学)習得後、2017年博報堂入社。社会発想を起点としたPR・クリエイティブ領域の戦略立案・施策実行からプロダクト開発まで、幅広い領域を担当。外資系企業による日本市場参入コミュニケーションや新商品・サービスの統合コミュニケーションを得意とする。カンヌライオンズ ゴールド、スパイクスアジア ゴールド、ヤングライオンズ日本代表、TAKEO PAPER SHOW 2024出展など。
2017年博報堂入社。強さとアイデアのあるキービジュアルをつくり、社会や事業などフォーカスの大きいアートディレクションをすることで、カルチャーに昇華するデザインを目指す。 ヤングカンヌ2023デザイン部門GOLD日本代表、ACC YOUNG CREATIVITY COMPETITIONグランプリなど。