石澤かおる氏/NHK コンテンツ制作局 第3制作センター ドラマチーフ・プロデューサー
ファシリテーター:
中島静佳/博報堂DYホールディングス サステナビリティ推進室 室長
中島(博報堂DYホールディングス)
当グループには、「生活者、企業、社会。それぞれの内なる想いを解き放ち、時代をひらく力にする。Aspirations Unleashed」というグローバルパーパスがあり、それを支えるのが、「すべてを生活者として発想する」「ともに描く。ともに叶える」「ちがいを交ぜて、ちからにする」という行動指針です。
現在、我々のグループは非常に大きくなり、グローバルに臨時従業員の方を含めて約4万人います。仕事の範囲は広がり、仲間も増え、社内外での連携がますます強まる中で、多様性が生み出す可能性の広がりを実感しています。
グループの社員一人ひとりが生活者であり、それぞれがクリエイティビティを持っています。その社員が生活者としてさまざまなテーマとつながることで、誰もがいきいきと活躍できる社会の実現につながるのではないでしょうか。
一方で、価値観やライフスタイルが異なる人と仕事をする際には、摩擦が生じるのも事実です。その摩擦をどう乗り越えたらいいのか、多くの人が日々悩んでいるのではないでしょうか。だからこそ、私たちは「ちがいを交ぜて、ちからにする」集団でありたいと考えています。そして、その先に何かを変えていきたいという想いがあります。
今回のイベントでは、ゲストやグループ会社の社員と一緒にDE&Iの各テーマにまつわるお話をうかがいます。私たちの仲間にもLGBTQ+の方や障がいがある方がいます。そうした皆さんのことを、見えない存在にするのではなく、その声を通じて知っていただけたら、きっと私たちのつくるものがより良いものになると信じています。
中島
本日はNHK連続ドラマ小説『虎に翼』のプロデューサーを務められた石澤かおるさんにお越しいただきました。
今回、石澤さんにご登壇をお願いした理由は3つあります。1つ目は、老若男女みんなが観る“朝ドラ”で、「多様性」といったテーマが取り上げられたことはとても画期的だと感じ、その秘密をぜひうかがいたいと思ったこと。2つ目は、「ドラマ・コンテンツ」というものが新しい考え方を広めるとき、どのような役割を果たすのかということ。そして3つ目は、石澤さんは管理職になられたばかりとうかがっていたので、まさにこれからどのような時代にしていきたいと思っていらっしゃるかということ。この3つの視点でぜひお話をしていただきたいと思い、今回お願いしました。
石澤(NHK ドラマチーフ・プロデューサー)
本日は『虎に翼』の制作に至った経緯や、この作品が終わった今考えていることなどを、自己紹介も兼ねてお話ししたいと思います。
私は2008年にNHKに入局し、岐阜局に配属されました。3年目の、岐阜局が開局70周年のタイミングで、「ドラマをやらないか」と声をかけられ、演出を担当することに。ドラマの知識が全くない状態だったので、苦労の連続で、毎朝「カット割ができていない!」という夢を見て飛び起きる日々でしたね(笑)。それも今となってはいい思い出ですし、当時の経験があったからこそ現在ドラマ制作に携わることができています。
その後東京へ異動し、情報番組『あさイチ』に2018年まで携わりました。『あさイチ』の制作スタッフは半数以上が女性。そんな環境で働いたことが、今の考え方の基盤になったと思います。
『あさイチ』では、多様な視点を意識する大切さを学びました。主婦をターゲットにした企画を議論する中で、男性からの「女性だからわかるでしょ」という先入観と、「女性でくくられる」ことへの違和感を強く意識させられた良い経験だったと思います。
ある時、番組の料理コーナーでシェフと一緒にレシピを開発することになったのですが、私が師匠と思っている先輩がこんなことを教えてくれました。「普通の家庭にはプロが使うようなスパイスはない。テレビで紹介するレシピを考えるときは、材料が全国の一般的なスーパーで手に入るかどうかを基準にしなさい」と。この言葉は今でも印象に残っています。番組の視聴者には、都市部に住んでいる方、地方に住む方、仕事をしながら子育てをされている方、年配の方……多様な方がいらっしゃいます。手に入る情報量や買えるものが違う中で、私たちが届けるレシピには、「なるべくどこでも手に入る食材を使う」という配慮がとても大切なんです。
その後、コロナ禍で私が韓国ドラマにハマりまして、ドラマ制作の魅力を再認識しました。情報番組の生放送も楽しいですが、ドラマは時間が経っても多くの人に見てもらえますし、「観た?」と話題が広がりやすい。そこで再びドラマ制作に挑戦したいと思い2021年に再びドラマの門を叩きました。その時意識したのは、突然飛び込んできた私が、「こうした方がいいのでは?」「今までのやり方は古いから、こうすべき」と言ったら、ドラマ制作に長年携わってきた人たちに戸惑いを与えてしまうだろうということ。そこで私は「アウトサイダーとしての心得」を自分の中で決めました。それは、こうした方がいいと思うことは「一度は」提案するけれど、最終的には以前からいた人の声を尊重するということです。違う環境から来たからこそ見えることもあるけれど、たとえそれがどんなに良い提案でも、受け入れられなければ意味がありません。(もちろん提案そのものが間違っていることもあるはずです)。互いの視点を尊重する姿勢を大切にして、現場に入ることを今も心掛けています。
その後、『虎に翼』の制作に携わることに。『虎に翼』は、「強い女性の物語をやりたい」という思いからスタートしました。脚本家の吉田恵里香さんとの打ち合わせの中で、まず「強い女性」をテーマにブレインストーミングを行い、日本初の女性医師、日本初の女性弁護士など、“日本初”の功績を持つ女性たちをリサーチ。30人ほどの候補の中で、日本初の女性弁護士が3人いることがわかりました。
少し調べてみると、3人とも明治大学の出身であることがわかり、「なぜ全員が同じ大学に?」と疑問がわきました。明治大学が戦前から女性に法律を教える学部を設置していたことを知り、この発見をチームで共有すると、「どうしてこれほど重要な人物たちのことが広く知られていないのか?」と議論に。掘り下げていく中で、三淵嘉子さんの人生にたどり着きました。
三淵さんは、日本初の女性弁護士の一人で、戦前は弁護士として活躍し、戦後は裁判官となるという非常にユニークなキャリアを歩んだ人です。シンガポール生まれで、お父様は仕事柄世界を飛び回るという、いわゆるスーパーエリート家庭育ち。ただ、彼女のような特異な人の物語をそのまま描くと、「すごい人だね。私とは違う」と多くの視聴者は距離感を感じてしまうかもしれない。そのため、脚本家の吉田さんをはじめチームで相談し、三淵さんを補完するキャラクターを作ることにしました。そうして、真逆の性格だけどずっと友達でいられるような親近感のあるキャラクターの花江ちゃんに加え、よねさんたちのような多様な女性キャラクターがたくさん登場することになったのです。
私もそうですが、30代後半になると、自分に子どもがいないことで、子育てをしている人たちと分けられてしまうことがあります。それによって話題が限定され、「なんとなく友達じゃなくなったような感じ」がするのがすごく寂しいんです。先輩方からは、「60〜70歳くらいになるとまた合流するらしい」と聞くのですが、それまで分断されたままなのかなと思うと、とても悲しくなります。その経験から、「性格も全然違うし、バックグラウンドも違う寅ちゃんと花江ちゃんが、ずっと友達でいられる方法を描きたい」と考えました。そこで、花江ちゃんを主人公・寅子のお兄ちゃんの妻として描くことにしたんです。こうしたアイデアが、『虎に翼』が多くの方に支持された理由の一つではないかと感じています。脚本家の吉田さんも、「この物語を観る人が『自分はこの中に入れない』と感じないようにすること」を意識してキャラクターを作り上げてくださいました。その結果、多くの方が寅ちゃん、そして花江ちゃんを愛してくださったことをとても嬉しく思っています。
『虎に翼』の後、私は管理職になり、今は「叱る」や「指導する」という課題に直面しています。どうしたら優しい言葉遣いでありながら、必要なことをきちんと伝えられるか、まだ模索中です。また、働き方についても試行錯誤しています。
ドラマの現場では働き方改革がまだまだ進んでいません。「子どもが生まれたばかりで、8時から23時までのドラマの現場仕事を引き受けるのは難しい」という声が挙がります。時短勤務をしている方や育児中の方だけを特別扱いするのではなく、全員が短時間で仕事を終えられる環境を作ることが本当の解決策だと分かってはいるのですが、ドラマ制作では限られた予算の中でできるだけ多くの撮影を進める必要があるため、実際には短時間労働の環境が整っているとは言えません。現場全体のスケジュールをより短い時間に収める取り組みが、これからの大きな課題だと思っています。
上司として目指す姿についても最近気づいたことがあります。以前、「あの上司、暇そうでいいな」なんて思っていた人がいたのですが、管理職になった今、その人は「暇そうに見せてくれていた」ことに気づきました。部下が話しかけやすい雰囲気を作るための配慮だったんだと理解し、自分もそれを実践しようとしています。
また、メディアの表現はある種の暴力に近いと私は思っているので、全員に100%配慮するのは無理だとしても、「どうしたら傷つく人を減らせるか」を常に想像することが重要だと思います。「誰かが傷ついてまで出さなければならないコンテンツとは何なのか?」という疑問を、ようやく口に出せる社会になってきました。そしてこれからも、そうした姿勢がさらに広がるべきだと考えていますし、私も実践していきたいと思っています。
中島
貴重なお話をありがとうございました。石澤さんご自身、地方局での勤務や、情報番組の制作、ドラマ制作など、本当にいろいろなご経験をされていて、その経験がドラマに詰まっているのですね。
また、寅ちゃんも花江ちゃんも愛してほしいというメッセージにもすごく共感しました。今は女性活躍に注目が集まっていますが、偏りすぎると女性の中でも分断を生む。これまでの社会ではモーレツに働かざるを得なかったかもしれませんが、これからはさまざまなロールモデルを増やしていきたいですし、それは女性だけでなく、男性にとっても働きやすい未来につながると信じています。
「ちがいを交ぜて、ちからにする」ためには、違いがあるだけではだめ。違いを知る、仲間のこととして考えることから始めていきたいですね。
2008年にNHK入局後、岐阜放送局で地方発ドラマの制作を担当。12年より『あさイチ』の制作に携わり、21年にドラマ部へ異動。24年に連続テレビ小説『虎に翼』を担当。2024年夏に管理職になったばかり。
2004年博報堂キャリア入社。化粧品、金融、飲料などのマーケティングなどを担当し、22年より現職。