博報堂アートシンキング・プロジェクトは、2024年9月にオーストリア・リンツ市で行われたアルスエレクトロニカフェスティバルにて、参加者が相互に刺激しあいながら、よりよい未来を考える空間「Art Thinking Lounge」展示をアルスエレクトロニカと共に実施しました。
2022年から、博報堂はアルスエレクトロニカと共に、フェスティバルで「ラウンジ」を展開しています。社会の変容を促すプロトタイプを複数展示し、畏まった雰囲気ではなく、寛いだ空間で未来について語り合う場をつくり、トークイベント等を実施してきました。 (昨年まで「Transformation Lounge」という名称で実施)
2024年からは「Art Thinking Lounge」と名前を一部変更し、博報堂アートシンキング・プロジェクトが考えるアートシンキングとは何か説明するコーナーを設けると同時に、訪れた専門家や市民・生活者が、アーティストや制作者のプレゼンテーションを受けてフィードバックする、という対話が生まれる仕組みを加え、様々な人々が未来を切り拓く視点について議論を行う空間として実施しました。
そこで展示されたのは、新たな未来像の創出に向け、挑戦を行う作品や企業の未来ビジョンのプロトタイプたちです。展示者は、生活者の声を聞くことで、自分たちの狙いを超えて何を感じ取ってもらえたのかを知ることができ、研究の一環として開発中のプロトタイプの批評を受ける場として活用する他、活動の今後の可能性を探求する機会としていました。
Art Thinking Lounge参加アーティスト・企業(一部抜粋)
中里唯馬さん『FASHION FRONTIER PROGRAM 2024』『Dust to Dust』
衣服の未来、人類の未来を、探求/共創するプログラムの発表と、ファッションにまつわる社会問題を扱ったドキュメンタリー映画を行った。
三菱電機,Ars Electronica,博報堂研究デザインセンター『Rewriting the Script with AI SPEC』
「AIとともに生きる未来」について議論する機会を創出する取り組み “AI SPEC”を題材にした展示。AIが浸透した社会で起こり得る課題を表現した漫画作品に対して、来場者が自由にストーリーを書き直す仕組みをつくり、自らの未来を創り出すための活発な対話を生み出した。※この記事に後続してレポートを発信します。
JT D-Lab『Practice of Value-Centric Innovation』
人間らしい生活、豊かさ、質の高い時間を「呼吸」に焦点をあてて開発されたプロジェクトを『stonn』『Fufuly』を展示し、新しい呼吸のスタイルの体験と来訪者からフィードバックを受ける取り組みを実施。
こういった対話の空間の創出だけでなく、博報堂アートシンキング・プロジェクトも展示を行いました。通常の思考回路では見えてこない生活者の主体性・創造性に着目した展示「Rhythms of People」です。都市の主要な構成要素である生活者の動きを「リズム」として見立て、生活者がそこにどのように存在しているか、彼らの主体性を示す振る舞いを東京・渋谷で複数収集し、10のシーンを描き出しました。またその調査手法を元に、フェスティバル会場でのリズム収集を来訪者へ促す体験を加え、参加を楽しむことができる展示に仕立てました。この一連の活動によって、渋谷を例とする大都市が抱える潜在的な課題の発見と共に、都市という空間、生活者の存在の捉え方に対する新たな気づきや、主観的な都市マップ制作への示唆を得ました。
今年のフェスティバルのテーマは、『HOPE-Who will turn the tide(希望-潮目を変えるのは誰か) 』。それは自分以外の「誰か」が創り出す希望に期待することではなく、世界中のアーティストも含め「私たち」がそれぞれ考え、行動することが潮目を変えることを指し、そうして互いに創り上げる未来を「希望」と呼んでいました。現在の課題の指摘にとどまらず、未来志向でのアーティストの実践、その彼らの現実の活動との地続きに未来、希望が存在する、と感じさせてくれる作品が多数展示されていました。
博報堂アートシンキング・プロジェクトは、テーマ展(さまざまな展示カテゴリがあるなか、フェスティバルテーマに応じてキュレーションされた一連の作品群)のステイトメントに見られた「Entanglement(もつれ) 」を今を象徴するキーワードとして捉えました。複雑なもつれは、全てがつながっているという現実を映し出す鏡でもあり、同時に見方を変えることで未来への可能性になり得ると考えます。そのもつれを未来へと拓くために解きほぐすのか、もしくは新たな解釈を用いて、また違う世界を創り出す新たな起点・結節点とするのか。そのもつれを受け入れ、どのような態度で接するか、もしくは行動するかで未来を変えていくことを私たちは検討する必要があると考えています。
アルスエレクトロニカフェスティバルには、アート界だけでなく私たちのような産業界も含めて様々なバックグラウンドを持つプレイヤーが参加しています。目的はそれぞれですが、“アートが社会・既存システムの変容を促す”という共通認識が存在しています。2010年代から続く、欧州委員会がサポートする『S+T+ARTS』の活動にもみられるように、アートが人の感性に働きかける芸術の領域を超え、様々なプレイヤーが未来を構想し、アート界以外の方々と対話を生み出す触媒となる機能に注目が集まっており※、そこに多くの人が、言うなれば希望を見出しています。
また、このようにアートが広義の意味を持つ文化が育つことで、アーティストの役割も拡大し、アーティストの視点・態度・行動力が社会的に重要視される時代になっていると感じています。
博報堂アートシンキング・プロジェクトは、昨年まで「日本の産業界に創造性を取り戻す」をスローガンにアートシンキングを提唱していましたが、今年博報堂内で誕生した生活者発想技術研究所に籍を移し、アートシンキングを従来よりも開かれた考え方として、以下のように再定義を行いました。
アートシンキングは、アートに触発されて、よりよい未来をつくりあうために、未来社会の当事者(未来生活者)として行動すること。
このアートシンキングを、一部の人・組織だけが扱えるものではなく、すべての人・組織にひらかれた「技術」とすることを目指しています。
上記に示した「もつれ」あう現在をどうほぐし、より良い未来を創り出すことができるのか。そのためにどう自ら動くことができるのか。その問いかけに応答する未来生活者発想の技術としてのプログラム開発を展開していくと共に、その効力を発揮できる場を、今後アーティストと創り出していきたいと考えています。今年フェスティバルで行った「Art Thinking Lounge」はそのビジョンのプロトタイプであり、日本でもそういった空間の創出や、組織としての問い(探究テーマ)を形にし、フィードバックを得るアーティスティック・リサーチ/リサーチ・スルー・デザインを企業の皆さま、また生活者と共創していきたいと考えています。
次回は、アートシンキングラウンジで行った三菱電機との共同研究内で発見したAI技術に対する東洋と西洋の意識の違いについて、劉・山野井からレポートを行います。
※参照 https://starts.eu/about/
欧州委員会がサポートする活動体『S+T+ARTS』は、ヨーロッパが将来直面する課題を克服するイノベーションを求め、科学・技術・アートの融合でそれに貢献するプロジェクト・人に焦点を当てています。
今年のフェスティバルでは、社会の声を引き出し、未来を切り拓くアートの可能性を評価し、多くのアート作品をインキュベートするヨーロッパの姿勢が見られました。
2007年博報堂入社。アートシンキングを起点に、企業のイノベーション支援プログラムを多数提供。未来社会での課題発見のリサーチ・アクションプラン開発など、未来を構想するプログラム制作、アーティストと協働するコミュニティづくりに従事している。アルスエレクトロニカとの協働プロジェクトを2015年から推進。修士(政策・メディア)。