展示やワークショップでの対話を通じ、多様な「AI倫理」の視点が浮かび上がりました。世界各国から集まったフェスティバル来場者の80以上のコメントや、ダイアローグブレクファストでのアーティストや専門家の発言を分析した結果、「AIと共生する未来」を描く3つの物語に対し、ヨーロッパではAIへの「警戒」、アジアはAIの「受容」という対照的な傾向が明らかになりました。記事前編でも触れたように、下記のような東西の価値観の違いを巡る対話も、多く生まれました。
この視点をさらに深めるため、三菱電機と博報堂、アルスエレクトロニカの3社で議論を重ね、ヨーロッパでの法規制の歴史や、東西の文化を踏まえて考察を行いました。
中でも、コメントが多く集まり、ヨーロッパとアジアの視点の違いへの言及が集中した次の3つのトピックを取り上げます。
①「AIが提供する情報やシステムを、どこまで信用すべきか?」
②「AIの浸透が、人間の意志決定や価値観にもたらす影響とは?」
③「AI技術の所有権・責任は、誰がもつべきか?」
マンガに登場する「監視カメラ等を通じてAIに個人情報や行動データを提供し、その代わりにリコメンドやポイントを得るシステム」。ヨーロッパ圏の来場者からはデータ利用の目的やアルゴリズムの不透明さや、悪用リスクに対する懸念が根強い一方で、アジア圏の来場者からは、個人情報の提供が効率化や社会善へ寄与するといった前向きな意見もあげられました。
ヨーロッパでは、独裁政権の歴史を背景に、強力なデータ保護法「GDPR(一般データ保護規則)」も存在しています。これを踏まえても、プライバシーや個人の自由が重要視され、監視社会や不透明なデータ使用への用心深い姿勢が根付いていると考えられます。一方、アジアでは、高度な技術が「生活の利便性・効率性を向上させるツール」と見なされることが多く、AIの恩恵や可能性に注目が集まりやすいと考えられます。
マンガの中で「主人公がAIのレコメンドに従って、日常の行動を選択する」描写に対し、ヨーロッパ圏の来場者では、人間の自由意志の制限や潜在的なコントロールにつながるといった批判的な解釈がありました。一方で、アジア圏からは、AIの提案が未知の選択肢との出会いや、新しい行動習慣につながるという肯定的な捉え方もあげられました。
ヨーロッパでは、権力集中や支配への懸念が強く、技術革新が人間の価値観や行動をどのように変化させるかに慎重な姿勢が見られる一方、アジアでは生活の豊さに目を向け、新しい技術との共生を思い浮かべる傾向があると考えられます。
マンガで描かれる「AI判断に頼る社会の在り方」に対し、善悪の意識や権利を持ちえないAIに判断を下させることの危険性や、社会に悪い結果をもたらした場合に誰が責任を負うのかといった疑問が集まりました。共通して、AIを利用する人間自身に責任が伴うという見解がみられた一方で、アジア圏ではAI技術の自由な開発ができる環境への前向きな意見もありました。
ヨーロッパでは、「欧州AI規制法」をはじめとして、個人や社会に与える影響を厳格に管理するための法整備が進む一方で、アジアでは企業や個人に技術を自由に活用できる環境が整っており、責任も個々が伴う形式で受け入れられる傾向があると考えられます。
投げかけた問いから、市民・アーティスト・専門家の間で対話が活性化し、次々と新たな問いが生まれてくる、そんな「問いが、問いを生む」場となりました。
これらの3つの問いに対して、皆さんはどのように感じましたか?
人間と異なる存在としてAIと明確に境界線を設け、新しい技術が人間の心理や行動を操作しうる危険性や、(マンガで描かれたような自動運転車の事故など)身の安全を脅かすリスクを見据え「いかにAIから私たち人間の身を守るか?」を問うヨーロッパ。一方、AIは人間の延長にある存在として、私たちに未知の選択肢を提案して生活の質を高めてくれる可能性を想像し「いかにAIを私たちに調和させるか?」を問うアジア。このように、AI技術がもたらしうる未来への懸念や期待のコメントは、AI倫理観の多様性を明らかにしました。
グローバル化やソーシャルメディアの浸透で国や地域間での価値観の違いが小さくなっている一方で、ヨーロッパでは植民地政策や独裁政治といった歴史的背景が、アジアでは「生きていないものにも精神がやどる」といった宗教に由来する文化的価値観が、AIに対する倫理観の違いに影響していると考えられます。
ただし、AI倫理において、批評的に見て身を守ることと、調和の視点で新たな価値を生み出すこと、どちらが”正しい“ということではありません。AI技術がもたらしうる「リスク」と今後ひらきうる「可能性」の双方に目を向けて、「AIと共にある未来」に対する対話・議論をすることが、より良い未来社会をひらくために必要不可欠であると考えます。
今回の取り組みでは、ヨーロッパ・アジアで対立した議論をはじめとして、多様な文化・専門分野を持つ生活者が集まり、対等な立場から異なる意見を引き出し合って深める場を生み出しました。
ヨーロッパでは法律化が進んでいるからAIリテラシーや意識が高い、日本は遅れているので追いつかなければならないといった「二元論」的な視点ではなく、「テクノダイバーシティ」という言葉に代表されるように、AI技術の捉え方・活用の仕方も、文化やモチベーションを反映して、多様性が表れると我々は捉えました。
*テクノダイバーシティ:哲学者であるユク・ホイ氏が提唱する文化や哲学の多様性を反映した技術のあり方
リサーチの結果の今後の活用展開としては、問いやコメントが集中したシーン、つまりAI倫理観に多様性が生まれた部分を、マンガ内の「ストーリー分岐点」として可視化をすることで、ワークショップなどにおける対話の刺激材として、より深い議論に繋げることを検討しています。ヨーロッパとアジアで大きく違いが見られたように、文化的背景や個人の価値観に基づく「他者の視点」を取り入れることは、自身の倫理観を改めて理解することや、思考の枠を超えて気づきを得ることにつながると考えています。
本プロジェクトの企画および展示の設計した博報堂研究デザインセンター生活者発想技術研究所は、「未来生活者発想」の一つでもあるアートシンキングを取り入れることで、AI倫理に関する議論をより多角的に深める場を生み出しました。来年度も引き続き、企業や生活者と共に、未来生活者発想とアートシンキングを「技術」としてすべての生活者や組織にひらき、より良い未来社会の実現に向けた対話を通じて社会ごと化することを目指して、可能性を模索してまいります。
*博報堂研究デザインセンター生活者発想技術研究所は、生活者発想をクライアント企業の活動全般に広く活用することを目指し、2024年に新設された研究・開発・教育・発信を専門的に行う組織です。博報堂の原点である「生活者視点」をさらに深化させ、企業活動や社会全体にその視点を広げ、より良い未来社会の実現を目指しています。
来年のアルスエレクトロニカ・フェスティバルへの展示、より良い未来社会に向けた対話の創造や、生活者発想とアートシンキングを用いたプロトタイプの開発にご関心のある方は、下記より当研究所へお問い合わせいただけます。
また、来年度の「アートシンキングラウンジ」ではさらなる展開として、新しい未来のリテラシーとなる生活者発想ツールの研究開発を進めております。博報堂アートシンキング・プロジェクトの今後の活動・発信に乞うご期待ください!
・ Re-Writing the Script of AI SPEC について
https://ars.electronica.art/hope/en/re-writing-the-script-of-ai-spec/
・AI SPEC公式サイト
https://www.mitsubishielectric.co.jp/ai-spec/
・Re-Writing the Script手法について
https://www.foundationbad.nl/re-writing-the-script/
・博報堂研究デザインセンター生活者発想技術研究所 公式サイト
https://hakuhodo-rdc.com/
2019入社。グローバル企業を中心に、マーケティング・コミュニケーション戦略の立案から、没入型広告の企画やSNS運用など戦術領域まで担う。2022年より、企業ブランディングやビジョン策定、商品開発を担当。2024年からは、研究デザインセンターにて研究員として、生活者の「創造性」をひらくため、国内外にて「アートシンキング」を用いた体験づくりや発信活動、未来生活者発想を用いた心理/行動の研究を推進。